バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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インブリウムの夕暮れ

 

 王都インブリウムの検問はデカい。

 とにかく王都ってだけあって出入りが多いもんだから、検問だって幾つも窓口がある。スーパーのレジみたい。

 そこで身分や積荷を確認したり、税を徴収したり色々やるわけだな。まぁ時間のかかる作業だから、出入りを円滑化するために広くしてあるんだろう。同じ理由で馬車駅もレゴール以上に広かった。

 

「久しぶりの王都! ……あ、でも護衛の邪魔はしないので!」

「じゃあ僕の荷物持ちを任せるよ」

「……まぁ、そのくらいなら」

 

 馬車を降りると、様々な人が行き交っている中に混じって一際威勢の良い声を上げている連中が目につく。

 別に露天を出してる奴ってわけでもない。

 そいつらは個人で馬車駅を中心にやってる靴磨きだったり、有料の荷物持ちだったり、自称観光ガイドだったり……まぁ前世でも空港近くにちょくちょくいたような人たちだ。

 

 中には真面目にやってる奴も居るんだろうが、詐欺まがいのことをやってる連中も多い。スルーが安定である。

 まぁそもそもギルドマンが護衛としている場合はああいう手合いが声を掛けてくることもないんだけどな。そこらへんは向こうもよくわかっている。一応ギルドマンも“怖い商売”の一員だしな。

 

「いやぁ久しぶりの王都ですねぇー……あまり変わってないなぁ」

「ケンさんは王都から来たんすよね。レゴールでの暮らしは不便だったりしたでしょ」

「いやぁそうでもないですよ? むしろ私のお菓子作りに下手な指示をする人がいないので快適でしたから。ぬふふ」

 

 超ワンマン気質だなぁケンさん……言っちゃ悪いが一緒の職場には居てほしくないタイプだな!

 

「煮炊きの出来る厨房付きの宿があるので、そこを取りましょう。荷物を置かないと買い物もできませんからねぇ」

「マジかー、そういう宿って高そうだぜケンさん」

「良いんです良いんです、久々の王都なんですからね、新鮮な食材を使って色々試してみませんと!」

 

 ケンさんは良い笑顔でぬふぬふしている。相変わらずおじさんとは思えないバイタリティだ。

 貴族に菓子をお出しするまでの数日間は、試行錯誤に費やしてしまいそうだな。

 

 

 

 王都を歩く時は、まぁ必然的に俺が先頭になる。護衛なんでね。

 しかし俺を見て顔を顰めたりわざと肩をぶつけてきそうな連中の多いこと多いこと。

 レゴールだったら衛兵もよくわかってるし、万が一殴り合いになったとしても俺の便宜を図ってくれるだろうが、王都だとその辺りは微妙だ。

 差別意識の強いひでぇ衛兵だって居ないわけじゃないから、万が一そういうのに当たった時が事だ。サリーも一緒だからゴールドクラスの威光でどうとでもなるだろうが、できれば護衛中はそういう面倒を起こしたくはない。

 なので今日の俺は非常に慎ましく器用に歩いている。

 

 ま、道の真ん中を肩で風を切って歩いてもメリットなんて無いからね。

 なるべくケンさんに話し掛け続けて“今護衛やってる最中なんすよ~”アピールは欠かさないでやっておく。

 任務中のギルドマンにちょっかいを出す奴はあまりいないからそこそこ有効だ。まぁどの世界にも馬鹿はいるし、これやってても絡んでくる軽挙な奴はいるんだが。

 

「こっちの道かい? ケンさん」

「ええ。ああ、そこの宿です。そこの」

「おー、良い通りに面してるんだな。市場にも近い」

「ぬふふ、いい宿でしょう。王都で勤めていた頃にも何度か利用したものです。清潔で火も安定するのですよ。まあ、今日は長旅で疲れたので控えめにしておきますが……それでもまだ開いている市場で目ぼしいものを買っておきたいですねぇ」

「精力的な人だね。出来上がるお菓子が楽しみだ。ああ、暗くなっても室内用の蝋燭は買わなくてもいいよ。僕が魔法で照らしておくからね」

「本当ですか!? いやぁそれは助かります! 是非試作が出来たら味見してくださいねぇ」

「うん、最初からそのつもりだったから楽しみにしているんだ」

「ちょっと母さん……! すみませんケンさん、この人ちょっとおかしいんです!」

 

 こうして賑やかな俺たち一行は宿屋をとることに成功した。

 滅多に満室になることのない宿らしいので助かった。まぁその分高いんだろうけども。

 

 部屋割りは二つ。男と女で分かれている。というよりベッドの数の問題でそうならざるを得ないそうだ。

 ベッド無しで敷布団のようなものを使って強引に一部屋で過ごすこともできるが、そこはサリーが“ベッドで寝たいから”とダダを捏ねたので分かれることになった。

 まぁ夜寝る時に護衛が必要な人ってわけでもないから良いんだけども。

 

 部屋自体はさすがに高い宿泊費を払っているだけはあり、清潔で調度品も良い。

 俺の住んでる部屋はかなり俺好みにカスタマイズされているからさすがにそれほどじゃないが、数日住むには文句の出ない快適そうな部屋だ。

 片隅にはちゃんとケンさん用の簡素キッチンもついている。さすが王都だ。二階まで石造りの床なんてそうそうあるもんじゃないぜ。

 

 

 

「さて、食材探しといきましょうか! 暗くなるまでが勝負ですよ!」

 

 旅の疲れ本当にちゃんと感じてんのか? ってレベルに元気なケンさんに引っ張られるような形で、再び市街へと躍り出る。

 とはいえもう今は夕方ちょい前くらいだし、市場も寂しいもんだ。生鮮食品なんかは萎れた状態で疎らに並んでいるし、店自体もさっさと撤退して歯抜けになっている。暗くなる寸前までやっているようなところなんてほとんどない。

 

「お、見てみなよモングレル。干しクラゲだ」

「ほー、まるごとか。良いな、これだけあれば酒のつまみには困らないぞ」

「クラゲ……デザート……食感……そうか! これならば!?」

「いやケンさん無理にインスピレーション働かせなくて良いんだよ」

「インス……? むむむ……何にせよ私もクラゲのお菓子は嫌ですよ!」

「僕も嫌だなぁ」

 

 てっきりこの薄暗い市場でお菓子に使えそうな品を駆けずり回って探すことになるのかと思っていたが、ケンさんが無駄にじっくりとひとつひとつの食材を前にして考察するものだから、案外大きく動くこともなくその日の買い物は終えたのだった。

 今日は助かったけども、じっくり過ぎて逆に明日からの買い出しに不安を覚えちまうな……マジで王都での生活が市場のショッピングと宿のクッキングだけで終わっちまうんじゃねえか……?

 まぁそれはそれで楽しそうだから良いんだけども。

 

 

 

 結局この日は萎れた元気のない野菜とか肉とかを買い込み、宿に戻ってきた。

 

「この宿には飯場がないので、せっかくですから私が料理させていただきますね」

「おーケンさんの料理か。お菓子以外は初めてだな」

「お菓子もできて料理もですか! すごいですね!」

「ぬふふ、料理も菓子作りも大きくは違いませんからね。甘く味付けすればそれはもう全てがお菓子なのですよ……!」

 

 いやいやそれは言いすぎだぜ。俺は豆の甘露煮をお菓子とは認めないタイプのギルドマンだぞケンさん。

 

「調理していますので、しばしお待ちを。皆さんその間は自由に寛がれてくださいね」

「うん、じゃあ僕はお言葉に甘えて。……あ、キッチンの上に小さな光魔法だけ置いておこうかな」

「お、おおお……助かります! いやぁこれは良い……素晴らしい……!」

「辛すぎなければ僕はだいたいなんでも食べられるから、よろしく」

 

 サリーが何気なく魔法を放ち、キッチンの真上の天井に光量抑えめの光魔法が定着した。その光はまるで蛍光灯のように安定しており、白く素直な輝きを放ち続けていた。

 あっさりやってみせたが、本来はあれくらいの光を長時間維持するだけでも難しいのだという。調理中ずっとそれを光らせるのだから、腐ってもゴールドクラスって感じだ。

 

 ちなみについ今しがたサリーが“辛くなければなんでも食べれる”とかほざきやがったが、嘘である。こいつほど食い物で好き嫌いの多い奴を俺は見たことがない。

 

「わ、私はそこの瓶に水を補充します! 私の宿代まで払っていただいたので……!」

「ぬふふ、それは助かりますねぇ。ぜひともよろしくお願いします」

 

 そしてモモはというと、ちゃっかり宿まで一緒についてきている。こいつの分の費用まで払ってくれた辺り、ケンさんの懐が深いというか、あまりにお金に無頓着というか……まぁモモ自身がタダで厄介になりたくはない真面目気質だから、その分は魔法で役立ってくれるだろう。

 

 俺? 俺は何もしないよ。ケンさんに言われた通り全力で寛ぐぜ……!

 

「じゃあケンさん、俺は隣の部屋行ってるから」

「はいー」

 

 しかし働いている人がすぐそこにいるのにダラダラできるほど俺の神経は図太くないのだった。

 

 

 

「それでわざわざ僕たちの部屋に来たのかい」

「しかも桶まで持って……魔法使いに魔法をねだるのは卑しい人のすることですよ!」

「うるせーなモモ、ちゃんとお湯出してくれた分の金は払うっつの」

「まあまあ良いじゃないかモモ。どうせ僕たちの分も用意するんだ、一緒にやればいいだけのことだろう」

「……まぁ、そうだけど」

「あ、お湯の温度は山羊の体温かややそれよりも高めくらいで頼むな?」

「細かすぎる上に山羊の体温知らないんですけど!?」

 

 それでも“熱を出した馬の体温くらい”という言い方をすると二人で試行錯誤してその温度に仕上げようとする辺り、なかなか挑戦好きである。

 というよりも魔法の制御で何かしらの課題を出されるのが楽しいのかもしれないな。まぁ俺は身体を拭くのにちょうど良い適温のお湯が欲しいだけだけど。

 

「……モングレルはいっつも宿屋でお湯を頼んでるんですか?」

「おう、そりゃそうだよ。俺はレゴールで一番綺麗好きな男だからな」

「お金が掛かりそうな習慣だねえ。僕も気持ちはわかるけど、魔法使いでもなければ手痛い出費になりそうだ」

「まぁ定期的に頼む分まけてもらってはいるけどな。お湯がねえと身体の汚れが落ちた気がしねえんだよ」

「わからないでもないな。モモだってお湯のが良いだろう?」

「……そりゃあ、どうせならそうですけど」

 

 お、いい匂いだ。ケンさんの料理もそろそろできたかな。

 

「明日からは護衛本番だ。飯食ったらさっさと寝て備えるかね。ケンさんの今日の様子だと市場始まってすぐに動き出しそうだしな」

「早起きだねぇそれは。忙しくなりそうだ」

「……私も一緒に同行して構わないんですね?」

 

 モモがちょっと自信なさげにしている。ついてきたことを今更気にしてるのか。

 

「ケンさんが大丈夫って言うならそれで良いだろう。モモだってちゃんと魔法使って手伝ってるしな。……まぁ、本当なら勝手に呼ばれてもいない任務に参加するのは褒められたもんじゃねーけどよ」

「う……そ、それは……はい」

「まあ今回は大丈夫な。その辺で気にする依頼人でもないからな。お菓子とか料理をくれたら素直に“美味い”って伝えりゃそれで大丈夫だろうさ。悪いようには思われねえよ」

 

 ケンさんは変わった人だけど悪人ではないからな。

 

「……私よりも母が口に合わない物を不味いって言いそうで怖いんですけど」

「確かに」

「僕は言わないよそんなこと。入ってるものが嫌いとかは言うけど」

 

 ……いや、モモが一緒に来てくれて良かったかもしれんな。

 サリーだけだったら万が一のことがあってケンさんとビッグバン引き起こしてたかもわからんぞこれ。

 

 ケンさんのお菓子を口にしてさらっと否定的なこと言いそうな未来がうっすら見えたわ。

 

「良いかサリー、これから食う料理にもくれぐれもケチつけるんじゃないぞ」

「うんうん」

「人をなんだと思ってるんだ二人は……」

 

 結果から言うと、ケンさんの作る料理はとても無難に美味しく、サリーがケチを付けることもなかった。

 めでたしめでたし。

 

 いやぁ、美味いもの食って良い寝床で寝れる仕事は悪くねえな。

 


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