バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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ケンさんの外見描写が老人→中年に修正されています。ご注意ください。


よそ者に甘くない

 

 翌日から、ケンさんのお菓子作りが始まった。

 本番に向けた最後の調整である。

 しかし、ケンさんの熱意は単なる調整ではなく、それ以上を目指そうとする、まさに“職人”と呼ぶに相応しいものだった。

 

「……やはりこの粉では駄目ですねぇ……」

「クッキーうめぇ」

「この粉では私の望み通りの食感が出ない……やはりネクタールの粉でなければ……」

 

 王都で買った様々な粉を使ったクッキーの試作で、それぞれの良し悪しを測ろうとしているらしい。

 しかしケンさんの作ったものだし普通に美味しくいただけているんだけどな。

 

「うん、美味しい。これにドライフルーツが入っていると僕の好みかな」

「……文句つけないの。美味しいですよ、ケンさん」

 

 俺たち三人は専らその試食係だ。ケンさんがとにかくガンガン色々なものを作って、それを食う係である。王都で買い食いする余裕がマジでない。主に胃袋にない。それくらいケンさんは一日中色々な物を作ってくれる。いや、作ってくれるっていうか“食べて下さい”って無尽蔵に渡し続けてくる。ケンさんのお菓子工場が開店してないのにフル稼働してやがるぜ。

 

「ケンさん! ケンさんそろそろ新しい素材を買いにいこう! キッチンで悩むよりその方が良いかもしれねえ!」

「むぅ……確かにそうかもしれませんねぇ……そうしましょうかね。確かに、このまま闇雲に作り続けていても現状は打開できなさそうです」

 

 

 

 しかし市場に出たら出たで、ケンさんは色々な物を買い漁っていく。

 

「良いですねぇこのスパイス……しばらく王都に来ない間に随分と品揃えが……すみません、これとこれとこれとこれとこれ、ひとつずつ下さい」

「はいよぉ!」

 

 試作品作りだからなんだろうけど、買う量がすごい。

 俺も試しに一欠片手にとって匂いを嗅いでみたりしたが、どう考えても耳かき一杯分だけで充分そうな強いクセがある。ちょっとしたお菓子に使う分には確かに一個で充分だし、なんなら今回の王都で使い切れないくらいありそうだ。

 

「あとはクリームですねぇ……クリームばかりは専門店のものに頼るしかありません。産地直送の良品であれば尚良しだったのですが……ううむ、しかし……」

「乳製品は厳しいだろケンさん」

「ええそうなんですよねぇ。管理を誤ると腹を下してしまいます。今回のお客様にそのような品を出すわけにもいきません。……別の食材で品質を上げるしかないですね」

 

 王都はなんでも揃っている。が、それも日持ちするものはって話で、乳製品や足の早い物なんかは産地に近いレゴールの方が物は良かったりする。王都じゃあったとしてもかなり割高だな。王都価格ってやつだ。

 

「ふおおさすがに果物は良いの揃ってますねぇ。良いですねぇ……買っていきましょう!」

「マジかよケンさん……そんな食いきれねえよケンさん……!」

「問題ありません、美味しいですからねぇ……ぬふふ……!」

 

 いや俺そろそろ王都のこう、しょっぱくてお酒進む感じのやつ食べたいんすよ……。

 

「よし、こんなものでしょう! さあ、宿に戻って調理しますよ、調理! ああ、新たに薪と炭を買い足しておかなくては……!」

 

 食品を買って、宿に戻って調理。その繰り返しも3日になる。

 

 ……いやね、俺も王都観光するのつれぇなーとか、王都の商人いけすかねえなーとか言ったよ? いや内心で思ったよ? 思ったけどね?

 うん、やっぱこう、もうちょい好きな物食ったり出歩いたりしてみてえわ……。

 

「ケンさん、ケンさん」

「はい?」

「宿ついたら俺、夜までちょっと街中回っててもいいかい?」

「おお、そうですか? もちろん大丈夫ですよぉ。お弁当にお菓子持っていきますか?」

「いやいやいや、大丈夫っす。平気っす。いらないんで平気っす」

「謙虚ですねぇ、試作とはいえ私のお菓子を思う様食べることができるというのに」

「ハハハ、じゃあまあそういうことなんで……」

 

 俺も甘いものは好きだけどな、四六時中甘いものばっかはさすがにキツいぜ。

 人によっちゃ贅沢なんだろうけどなー、これも。俺はなんか無理だわ。ここらへんの感覚は前世の飽食が影響してる気がしてならない。

 

 

 

 そんなわけで、宿で試作に励むケンさんを置いて俺は街中に繰り出した。

 

「僕は別に甘いものだけでも良いんだけどなぁ」

「いやー俺は飽きたよ。やっぱ塩味が無いと駄目だわ。通は塩。自然本来の味。塩こそ最高の調味料……」

「私もちょっと飽きました……甘いものって飽きるんですね……」

 

 律儀に俺と一緒にケンさんの試作品を処理してたモモも甘いものに飽きたようだ。

 同じように食ってるはずのサリーが平気なのがいまいち謎だが、まぁそれは良いや。今日は適当な酒場で飯を食おう。多少居心地悪くても許すわ。甘いのじゃ酒進まん……。

 

「僕は食べる前に魔法商店を見てくるよ。レゴールにはギルバートの魔法商店があっただろう、王都のはその本店さ」

「モングレルも初心者用のセットを買ってましたよね? 魔法商店に興味とか……なさそうな顔してますね」

「うん」

「なんだ、モングレルは諦めたんだ。僕としては何属性が得意なのか気になっていたんだけどな」

「何が得意かどうとかの前にウンともスンとも言わねえんだよ。諦めるわそりゃ」

 

 本は今のところインテリアになってます。

 スコルの宿の末っ子に読ませてやろうかと思っているところだ。魔法を身に着けたいならそろそろ読ませてやったほうが良いんだろうか? けどそもそも普通の子供ってあのくらいの歳で文字が読めるわけでもないんだよな。親がつきっきりじゃないと無理な気がする。

 

「モングレル、私が足ひれの報酬であげた指輪はどうしたんです?」

「俺のコレクションと一緒に並べてあるぜ」

「……せめて使って欲しいんですけど。習熟用の道具なんですけど」

「ああもう、俺のことは良いじゃねえか。俺は魔法は良いから二人で行ってこいよ、魔法屋。俺は武器屋見てくるぜ武器屋。それから適当な酒場だな」

 

 レゴールの武器も色々あって楽しいが、王都の武器屋だったらもっと珍しいものも置いてあるかもしれない。

 まぁ店主からは良い目で見られないだろうが、荒事の品を扱ってる相手ならそこまで人種差別もひどくないだろう。王都でもギルドマンならハーフもそこそこいるはずだからな。

 

「一人で大丈夫かい、モングレル」

「あっ、確かに。そうですよ、危ないんじゃ……」

「お前たちに心配されるほどのことでもねえよ。夜は王都のギルドで飲んでるかもしれねえから、用があったらそこか宿でも覗いてくれ」

 

 もとより武器屋巡りに魔法使いを連れ回す趣味もないしな。こっちはこっちで勝手にやらせてもらうぜ。

 

 

 

 というわけで、サリーとモモの魔法使い親子を振り切った俺は武器屋巡りをしていた。

 レゴールみたいに少ない店舗ではなく、あるところにはいくつも並んでいる。もちろんそれぞれ同じような値段に揃えられているが、並んでいる物の一部にはちゃんと個性もある。

 ただいかんせん、高い。中古の装備を買うようにはなかなかいかない額の品ばかりだな。

 

「商品には手を触れるなよ」

「はいよー」

 

 店主は見ない顔の俺に釘を刺してきたが、ギルドマンの認識票を引っ提げてるから辛うじて見るのは許すって感じだ。

 案の定歓迎されてはいないが、俺の中ではそう邪険にもされていない反応だ。

 

「なあ店主さん、この店にチャクラムって置いてあるかい?」

「チャクラムぅ? また随分骨董品だな……まああるにはあるが」

「ああ、わざわざ出さなくていいよ。一枚の値段だけ聞きたかったんだ。こんくらいの大きさのでな」

「ああ、そのくらいなら……」

 

 暇そうなのでちょっと話しておく。武器の品揃えから、今売れているものの話。

 商売っ気の無い話ばかりだが、向こうも俺の暇つぶしには乗ってくれた。

 

「去年の戦争の影響で、古い在庫が随分と捌けたよ。見た目ばかりじゃない、質の良い鎧が特に好調だな。まあ、親しい仲で死人が出れば思うところもあるだろう」

「ああ、確かに。俺のところのギルドでも腕の良い奴が何人も亡くなったからなぁ……レゴールでもやっぱ正規兵に近い装備が人気出てたな」

「やっぱりそうか。なるほど、レゴールを拠点にしてるなら王都よりも影響は大きそうだな。……うーむ、作るコストは嵩むが、もう少し生産増やすべきか……」

「俺は王都の需要はわからないけど、損は無いんじゃないか。また戦争が起こるかどうかはわからないけど、それに備えて実戦向きの訓練する連中が増えれば防具も消耗するだろうしな。買い手は付くんじゃねえかな……あ、さっき知り合いに焼いてもらったクッキーあるんだけど食べるかい?」

「お、良いのか?」

「甘いのが嫌いじゃなきゃもらってくれ。俺はちょっと食いすぎて飽きた……」

「はは、贅沢な奴だな。ありがたく貰っておこう」

 

 それから少し話を聞いた限りでは、王都の武器屋ではやはり正統派の剣士装備がよく売れているそうだった。

 もともとロングソードと長槍が人気だが、やはり戦争があるとロングソード人気がブーストされるものらしい。

 ここらへんはスキルや身体強化ありきのバランスだから、前世の軍事知識はなかなか役に立たないところだな。

 

 それと、やはり王都のギルドマンが少し減っているそうだ。

 いくつかの有力パーティが移籍したり、あるいは戦争で喪われた兵士の穴埋めとしてヘッドハンティングされたりで数が減ったという。

 それでも王都は人の出入りが多いので、王都を拠点としていないパーティーがなんとかしてくれるそうではあるのだが、活気は落ちたのは確からしい。

 

「これからギルドに寄るつもりなんだけど、恨まれたりしねぇかなぁ」

「さてな。俺はギルドの中までは詳しくない。怖けりゃやめときな」

「……いや、やっぱり行くわ。王都の酒場のメニューが新しくなったかどうかを見ておきたいからな」

「ははは、そんなことのためにか」

「おいおい大事なことだぜ、ギルドマンにとっちゃあよ。じゃあなマスター」

「おう。次はなんか買っていけ」

 

 結局武器屋では何も買わず、そのままギルドに向かって歩いて行く。

 

 レゴールなんかだとギルドはバロアの森に近い東門側に偏った場所に建っていたが、王都の場合はかなり人通りの多い場所にある。

 王都のギルドは護衛の仕事が中心なので、中で適当にプラプラ待機していれば良い感じの馬車の護衛とかが舞い込んできたりするから楽だ。俺は護衛はそこまで好きじゃないから合わないけども。

 

「おー、久々に来たな……」

 

 重厚な扉を開けて、中へ入る。

 中はレゴールよりも広くしっかりした造りだ。さすがハルペリア最大にして全てのギルドを取りまとめる本部である。建物からある種の威容が感じられる。

 入った瞬間のギルドマンたちの視線も、一瞬気にならないくらいだ。

 

 ここで変に声を掛けたり目を合わせたりするのはよろしくない。

 地元でもない場所で浮ついた感じを出しちゃ駄目ってことだ。ふつーのギルドマンっぽく振る舞うのが一番良い。

 

 ちらっと依頼を眺めて、なんとなーく代わり映えしない護衛依頼ばっかだなーってのを確認したら、後は流れるように酒場スペースの人気のなさそうな隅っこへ移動する。

 良さそうな隅っこはなるべく避けるのがコツだ。たまに地元の連中が“俺の席”とか言ってくることがあるからな。

 

「すいません、エール一つと……あと食べ物」

「はい、こちらになります」

「あ、どうもどうも」

 

 王都ギルドの酒場はさすがに広く綺麗だ。

 それに変に田舎のギルドよりも治安が良い。よそ者を毛嫌いする気質も当然あるにはあるんだろうが、その辺りの排他的な雰囲気にもちゃんと気品があるというかね。無駄に事を荒立てない上品さがあるから俺は好きだ。

 

 メニューは……まぁこっちも代わり映えはしないな。

 けどレゴールと違って色々取り揃えられている。護衛任務に出る前や後のギルドマンに心地よく飲食してもらうための工夫だろう。その分料金もなかなかのもんであるが……。

 

「チキンソテーとクラゲの酢の物ください」

「はーい」

 

 普段と違うギルドで普段と違うメシ。

 レゴールと違って少しピリついた落ち着かない雰囲気も無いではないが、たまにはこんな空気も悪くはないなと思える。

 

 今は甘いものじゃなければ何でも良い気分だからな……。

 


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