新人が増えてしばらくすると、ギルド内も落ち着いてくる。
明らかに向いてなかった奴は大人しく故郷に帰り、考えなしのバカは早々に衛兵の厄介となって牢屋にぶち込まれるからだ。
新パーティー「神殺しの稲妻」はリーダーが犯罪奴隷堕ちして電撃解散になったりもしたな。神殺しどころかゴブリンすら殺してねーぞ。ある意味伝説的な早さではあったが……。
あとはコンスタントに金稼ぎできないところも速やかに空中分解している。
無駄に人員が多くて頭割りが不味いのが一番のあるあるだ。出来高報酬が発生するような依頼ならともかく、固定報酬の任務をちびちびこなしたって破綻は目に見えるだろうに。こういう計算できないところもまあ、農村出身って感じだ。
かといって、大人数を食い支えるためにより高難度の任務に飛び込むような連中はもっと悲惨な目を見ている。
具体的にどんなトラブルがあったのかまではあえて言わないが……運が良いやつでも、治療費を払うための借金奴隷に落ちてしまう……そんなところだ。悲しいね。
で、残った連中は比較的まともな奴らと言えるわけだが。
現状でもまだ、厳しいことを言うようだが“何故かまだ爆発してないだけの不発弾”みたいな奴も大勢残ってる。
それでも将来有望なルーキーは貴重なので、既存の弱小パーティーなどは新入りという名のパシリを求めてヘッドハンティングをやり始めていた。
使える奴を自分のパーティーで抱え込めれば仕事もやりやすくなるからな。
あと残酷な話だが、だいたいのパーティーでは新入りだからって理由で分け前を低く設定しているらしい。搾取はどこにでもあるわけだ。世知辛い。
とはいえここまで無事に生き残ってきた新入りだって、全員が全員馬鹿ってわけでもない。
鼻のきく奴は悪い先輩を嗅ぎ分けて上手く避けるし、自分から積極的に情報を集めたりもする。
そうやって無事に大手のパーティーに滑り込めた奴こそが、長生きするギルドマン……の、候補になれるわけだ。
ちなみに俺は聞かれれば喜んで情報を渡している。
とりあえず酒でもミルクでも一杯おごってもらえりゃそらもうペラペラよ。
俺は話を聞かない馬鹿はあまり好きじゃないが、自分から訊ねてくる相手にはそれなりに目をかけるタイプだからな。
“お前真面目そうだからここ向いてるよ”とか、“安くて壊れにくい武器ならあの店が良い”とか、“今ならあいつら一人欠けてるから頼めば入れてもらえるかもよ”とか。そんな感じでゆるーく紹介してやっている。
そうして情報屋というか事情通じみたことをしてると、何を思ったのか「モングレルさんのパーティーに入れてください!」とかいう謎の気合いが入った奴が現れたりもして面白い。
ソロでやってるから普通に断っているけどな。
まあ俺を慕ってくれる奴が現れても、しばらくするうちに周りの連中と見比べて「あれ? よく見てみるとあのモングレルさんって変人だな?」となるので、一過性のもんではある。
ソロだと報酬の総取りができるからって、一人じゃ危ない依頼を軽率に受けたりするんじゃないぞ。真似すんなよ俺のこういうとこは。
「モングレルさん、俺たちのパーティーに入りませんか?」
しかしこういうパターンは初めて遭遇する。
あまりにびっくりして噛んでる途中の干し肉を飲み込んじまったよ。
「モングレルさんはこのレゴールでずっとソロでやってるって聞きました。けど俺たちはモングレルさんの髪の事とか気にしません!」
なにこの少年こっわ。後ろにいる少年少女たちも目がキラキラしてて怖いよ。
何の勧誘? 宗教じゃないよね?
てかサラッと俺の髪disるな。
「あー、悪いが俺は好きでソロをやってるんだ。誘ってもらえたのは嬉しいが、人を入れるなら他を当たってくれ」
「えっ……」
逆に何でそんな断られてショック受けてるんだよ。
お前たち周りが見えてないみたいだけど、ギルド内の注目結構集まってるぞ。良い視線じゃないぞーこれは。
「……ああ! まずは自己紹介から始めましょうか! 俺の名前はフランクです! “最果ての日差し”のリーダーやってます! こっちはうちの魔法使いで妹のチェル。こっちは槍使いのギド」
いやいや折れねえなこいつ。断ったじゃん。俺普通に断ったじゃん。
そういう粘りは任務で使ってもろて……。
「……大きな声じゃ言えないんですが、俺とチェルはサングレール人の血が入ってるんです」
別に聞く体勢にも入ってないのに、フランク君はこっそりとカミングアウトしてきた。
距離感がマジでわからんこの子。同じサングレール人の血が入ってるから差別はしませんってことか? そんなこと言われても困るわ。
「あのな。別にサングレール人の血が混じってるかどうかは、俺がソロで活動してることと何も関係ねえよ。俺は気楽だし好きだからソロでやってるんだ」
「……好き好んでソロを……? 誰かと一緒の方がいいのに、わざわざ一人で……?」
「新種の魔物を見るような目をやめなさい。いるんだそういう人たちは。実在するんだ」
まあ実際ソロで上手くやってる奴なんてレゴールじゃ数えるほどしかいないのは事実だけどな。
でもな、岩の下でしか生きていけないナメクジもこの世界にはいるんだよ。そういう人たちはそっとしておかなきゃいかんのよ。
「……では気が向いたらいつでも声をかけてくださいね?」
そう言って、「最果ての日差し」の面々はギルドを去っていった。
……まぁ根は悪くないんだろうけどさ。
ああいうタイプは人の地雷を知らないうちに踏み抜きそうだからなんか怖いわ。世渡りが上手そうなタイプには全然見えない。
若干ナチュラルに上から目線で勧誘してきたし、何か遠からず揉め事を起こしそうな気がする。
物騒な事件だけは起こらないでくれよなー。
「良いのか、モングレル。お前をパーティーに入れてくれる優しいパーティーだぞ? この機会を逃すのか?」
「あちゃー、やっちまったなモングレル……まさかあの伝説のパーティー、最果てのなんちゃらの誘いを断るとは……あー、もったいねえ!」
「うるせー」
遠くでニヤニヤしながら見てた酔っぱらいどもが本当にうるせえ。
あと他所様のパーティー名を公然と馬鹿にするのはよくないぞ。俺の中では全然マシだよ、最果ての日差し。
ハルペリアの軍やギルドの奴らにとっては、太陽モチーフはあまり好まれてないからな。だから傾いてるように感じるのかねぇ。どうでもいいけど。
「モングレル、うちの可愛いライナを危ない目に遭わせたんだってね」
ある日、俺がギルドのテーブルで自家製携帯ポリッジの素を頑張ってミルクでほぐしていた時のこと。
テーブルの向かい側に、一人の美女が座ってきた。相席をするにはまだ周りの席に空きは多いんだが。
「アルテミスのリーダー、継矢のシーナさんじゃないですか。お疲れ様です」
「ライナを連れ出した挙句、サイクロプスと戦ったそうじゃない」
「まぁそれは事実だが、不意の遭遇だったんだから勘弁してくれ。極力俺も安全には配慮してたよ」
「どうだか」
この長い黒三つ編みの女は、シーナ。アルテミスのリーダーだ。
“継矢”の異名の通り天才的な弓の名手であり、弓だけならこの街レゴールで最も優秀だ。
王都出身という色々と過去に謎の多い女だが、詳しくは知らない。まぁ貧乏貴族だか没落貴族だかの子孫じゃないのかなって気はしてる。そんな気品のある奴だ。
パーティーリーダーとしての手腕も本物で、ほぼ女だけのパーティーでありながらお手本のような組織運営を何年も続けている。
……だからこそ、不意とはいえサイクロプスと遭遇した俺に対しては風当たりが強いんだろう。外側から見りゃ、まあ危なっかしい真似をしてるようには見えるだろうからな。俺も普段からソロだし。
あと前にパーティーメンバーの一人に失礼な事言っちゃったし。……主にそこらへんが原因な気もしてきた。
「サイクロプスと一対一で戦うなど、正気じゃないわ。強化ができるからって、サイクロプスは皮膚も体毛も頑強で、そう簡単に倒せる相手じゃない」
「俺も一人ならどうだったかな。けど今回のはライナが弓で顔に傷を負わせてくれたから助かったよ」
「聞いた。けどそれも、傷は浅かったんでしょう」
何だバレたか。まあライナから聞いたらそうなるか。口止めしてたわけでもないし。
「敵は川を歩いて渡ってきたからな」
「私は貴方の実力を疑問に思っているの、モングレル。運良く倒してしまったのか、それとも別なのか」
「……結局俺に何が言いたいんだよ?」
「今度、私たちと合同任務を受けなさい。貴方がライナを守れるだけの力があるかどうかを試させてもらう」
「いやなんで俺が」
「嫌ならライナを外に連れ回すような真似はしないで頂戴。あの子は私たちの大事な仲間だから」
……なるほどね。
少人数でライナを外に連れ出すなら、それなりの力を示して見せろと。そういうこと。でなけりゃ関わるなと。まあ仲間の命を預かるパーティーリーダーとしては尤もな話だ。
「俺はライナと約束してるんだ。また、一緒に行くってな。良いだろう」
「……! 受けるのね」
「ああ。あいつが
「……ああ、自慢してたなあの子。釣りで勝ったって……」
「あれは何かの間違いだったってことを証明してやる」
「……念のために言っておくけど、魚釣りの腕前を試したいわけじゃないわよ? 討伐任務を受けて、剣でも何でも良いから腕前を示してもらえればそれで良いから」
「わかってるさ。ちゃちゃっと見せてやるよ」
とは言ったものの、さて。
人前でスキルを使うわけにもいかんしな。
どうにか工夫して、そこそこ戦えるんだぜってとこを示していかないと駄目か。
まーやってみればどうにかなるだろ。
「シーナ。この携帯ポリッジの素、買うつもりはないか? ミルクやエールに漬けるだけでポリッジになる便利な携行食だ。今なら12個セットで格安で売ってやっても良いが」
「いらない」
「そうか……」