バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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古巣に来る人

 

 王都ギルドの酒場で飯を食っていると、最初は静かだったギルド内が段々と賑わい始めてきた。

 夕方が近づき、仕事を終えたギルドマンが戻り始めたんだろう。

 

 王都ギルドの連中はほとんどが護衛任務だから、ソロはほぼいない。必ず一定数のパーティーを組んで行動する。

 そして見栄えを良くするために装備がなかなか良いやつで揃えてある。

 護衛を依頼する側も見た目を気にするタイプの連中がいるからだろう。正規兵に負けない装備のギルドマンもそこそこ多そうだ。

 見た目が綺麗な装備は大抵の場合性能も高いので、見かけ倒しってことはほとんどない。装備する側も相応の稼ぎがあると考えて間違いないだろう。依頼人はこういう見た目でギルドマンの良し悪しを図るわけだ。

 

「腹減ったなー、店どこいく?」

「酒が飲めりゃどこでも」

「まだガーデンで飯って季節じゃねえな」

「もうここで良いんじゃねえか? 冷えてきたし外歩きたくねぇ」

 

 ……けどまぁ話す内容はレゴールとどっこいだな。

 どの街に行っても、人間の話すことなんて変わり映えしない。王都だとちょっと品があるくらいかな。

 

「なあ、何頼む?」

「私は……どうしよう、こういう時何を頼めば良いのかな」

「わ、わかんねえよ。やっぱ酒だろ? エールとか……」

「結構値段するよ? ねえ、やっぱり店変えない……?」

「馬鹿っ、せっかく王都に来たんだぜ。ここで飲まなきゃ一人前になれねえよ」

 

 そして王都だからといって、王都在住のギルドマンばかりが集うわけでもない。

 あらゆる都市と繋がりのある王都インブリウムは、よそ者や田舎者から多くの人が流れ込んでくる。都会であると同時に、お上りさんの集合場所でもあるのだ。それはギルドだって例外じゃない。

 “一度は王都のギルドで”というすげーふんわりした達成目標を埋めるため、別地方の若手ギルドマンがやってくることも多い。別に来たところで護衛ばかりだからすぐに王都を離れることになるんだけどな。

 

「よう、見ない顔だな。どこから来たんだ?」

「ん?」

 

 俺が二杯目のエールをちびちび飲んでいると、俺の席の前に若い男が座ってきた。

 青髪の、多分剣士だろう。細身だがよく鍛えられてそうな体つきの男だった。

 

「俺はレゴールから、ちょっとした護衛でな。まだ数日は王都で厄介になるつもりだ」

「へえ、そうなのか。……ブロンズ3か」

 

 値踏みするように認識票を見られるが、別に構わない。

 そうなんです。私がブロンズ3のモングレルおじさんです。

 

「レゴールっていうと今はかなり賑わってるよな。それに討伐任務も多い。そっちだと春は稼げそうか?」

「春はぼちぼちだなぁ。小物が多いから数こなしてどうにかってところだ」

「へえ、そうなのか。ああ、俺はキース。向こうのパーティーの副団長をやってる。シルバー3の冴えないギルドマンだよ」

 

 その“向こう”を指で示した先には、五人組くらいの男たちがテーブルを囲み酒盛りしていた。

 何人かがこっちを見てニヤニヤと笑っている。よそ者の俺を酒のアテにでもしているのだろうか。

 

「俺はモングレル、見ての通りブロンズ3だ。そっちは王都拠点か? 俺はあまりインブリウムには寄らないんだよな」

「ああ、王都だよ。俺たち“青い旗の守り手”は仕事は主に隊商護衛。たまに要人護衛なんかもやったりする。団長はシルバー3だけど、そろそろゴールドになりそうだって話だ。まだ20代半ばだけどな」

「ほー、そいつは若いのに凄いな」

「だろう?」

 

 ちょくちょく自慢話が入るのは、自分たちのパーティーの宣伝も兼ねているんだろうが、まぁ普通にこういう話をしたいからってのが大きそうだな。

 向こうの席のお仲間はちょっとこっちを小馬鹿にするような態度を見せているが、自分の話が好きなんだろう。

 実際、聞いてるとその若い団長とやらの腕前はなかなか良さそうである。素直に凄い人だなーって感じだ。それ以上の感想は特に出ないが……。

 

「要人の話は詳しくできないが、俺たちはそれだけ認められている。これから忙しくなるし、良い仕事も増えるだろう。けど、今までやってきた隊商護衛の仕事を疎かにするわけにもいかない。だから“青い旗の守り手”では、護衛のできる別働メンバーを集めてるところでな」

 

 ん? 勧誘か? 

 

「どうだ? 見たところモングレルさんは一人だろう。“青い旗の守り手”の一員として、王都を拠点に頑張ってみる気はないか? 多少の家賃と維持費はもらうがうちにはクランハウスもあるし、働きが認められれば別働隊から俺たちメインメンバーとしての仕事も受けられるようになる」

 

 あっ(察し) ふーん……。

 いや君それって、下部組織というより養分的なあれじゃない? 

 

「あー、俺は結構だよ。レゴール拠点だからな」

「拠点なんて移せば良いだけだよ。王都の方がずっと仕事が多い。無理に魔物とやり合うこともないしな」

 

 初対面の男相手に随分と食い下がりやがる。

 もう少し強めにお断りを入れた方が良いだろうか? 

 そう思っていたところに、二人の魔法使いがやってきた。良いタイミングだ。

 

「やぁモングレル。もう王都で友達を作ったのかい」

「本当にギルドで飲んでいたんですね」

「あーなんだ、パーティーは居ないって言ったのに……って、ええっ、“若木の杖”……!?」

 

 キースが驚き、その名前を聞いた周囲からざわめく。

 サリーとその娘のモモ。まぁモモはともかく、サリーは有名人だろう。なにせゴールド3の魔法使いだ。それにこいつの性格で目立たないはずもない。

 三年間王都を拠点としていたゴールドクラスのパーティ“若木の杖”は、当然この場において絶大な知名度を誇っていた。

 

 っかァ〜〜〜ッ、バレちまったか〜〜〜この俺があの“若木の杖”のリーダーと知り合い……いや仲良しだってことがよ〜〜〜??? 

 いやぁバレちまったか〜〜〜あんまり目立ちたくなかったのにな〜〜〜??? 

 

「よう二人とも、まさかお前らもギルドに来るとは思わなかったぜ。魔法商店はどうだった?」

「パーティーメンバーに頼まれてた物だけ買って、宿に置いてきたよ。まだまだ店主も元気でやっているね」

「……そこの剣士の人は、モングレルの知り合いですか?」

「いいや、さっき知り合ったキースって人だ。俺に向こうさんのパーティーの下部組織に入って欲しいそうだ」

「ああ」

 

 サリーがどこか納得したように頷き、向こうのテーブルで屯する男たちを見ている。

 “青い旗の守り手”の連中は、バツが悪そうに目を合わせない。

 

「王都ではメンバーだけたくさん集めて、そういったギルドマンから運営費を徴収するパーティーもいるから、気をつけた方が良い。僕は前に多少は是正されたって聞いたんだけどな」

「なっ……ひ、人聞きが悪いですねサリーさん。俺たちのパーティーは決してそんな組織ではありませんよ」

「あ、その席僕らが使うからどいてもらえるかな? どうせモングレルはそのパーティーに入らないんだろう?」

 

 スルースキルが強すぎるだろ。いや、このくらい強引にした方が良い手合いなんだろうけど。

 

「ああ、入るつもりはない。悪いなキース、今回はご縁が無かったということで」

「……時間を取ってすまなかったね、モングレルさん。気が変わったらいつでも話してくれ」

 

 そう言って、キースは自分たちのパーティーのいるテーブルへ戻っていった。

 しかし彼らもそう長くは居ないだろう。テーブルにいるメンバーの何人かがそそくさと帰り支度をしている。

 

「やれやれ、やっと座れる。すまない、炭酸抜きエールとサラダ、あとオリーブをお願いできるかな?」

「私はエールとポークソテー、それとキノコのポリッジをお願いします」

「はい、かしこまりました」

 

 二人も腹が減ったのか料理を注文した。

 元拠点だったからか炭酸抜きエールなんて概念までしっかり通じている。今頃厨房では誰かがエールの炭酸を頑張って抜こうとしているのだろうか。俺ならそんな注文されたら1ジェリー多く取るね。

 

「このギルドはあまり変わらないね。まぁ一年じゃそんなものか」

「レゴールよりも清潔感があって私は好きですけどね」

「装備も整ってるし受付のねーちゃんのレベルも高いし、料理も高いけどまぁメニューは豊富だし、レゴールでも真似して欲しいよな」

「受付の人を値踏みするの良くないですよ! 不潔です!」

「不潔ってことはないだろー。レゴールじゃ綺麗どころなんてエレナとミレーヌさんくらいであと男ばっかじゃん。こっちはウエイターも可愛い子多いし見てて癒される。そういうのは大事なんだぜ、モモ」

 

 どうせ眺めるなら綺麗なもの、かわいいものが一番だ。

 見た目で差別されてる俺がそんなルッキズムを全面肯定するのもどうかと思うところはあるが、現実はそんなもんである。見た目は大事。

 

「あの、“若木の杖”団長のサリー様でしょうか?」

「ん? ああ、そうだけど」

 

 食事中、サリーの近くに一人のギルド職員がやってきた。

 ギルドの制服を身に付けた裏方仕事の女性である。

 

「王都にいらしてたのですね。お久しぶりです」

「ああ。ここのオリーブはいつも通りとても美味しいね。来てよかったよ」

「は、はい。喜んでいただけて何よりです。……王都へは任務で?」

「護衛だね。僕に何か用かい?」

「はい。明日、サリー様に受けていただけたらという依頼がありまして……」

「そうなんだ。悪いね、明日も護衛があるから魔力は無駄遣いできないんだ。新しい依頼は全てが片付いてから考えたい」

 

 サリーは内容を聞く前からキッパリと断った。

 ギルド職員が直接相談を持ちかけたあたり良い仕事なんだとは思うが、サリーは優先順位の横入りをあまり好むタイプじゃない。やっている仕事があれば、まずはそれを終わらせてからという性分なんだろう。

 

「そ、そうですか……わかりました。お食事中に失礼しました」

「いいや、気にしてないよ」

 

 ゴールド3ともなれば良い仕事が向こうからやってくる。

 かたやこっちはやりがい搾取されそうなパーティーに勧誘されてるのにな。やっぱ実績やクラスってのは重要だ。

 

「……聞くだけ聞けばよかったのに」

「面倒くさい。オリーブ食べる?」

「いらない」

「あ、俺に一個くれよ」

「はいどうぞ」

「ありがてえ。今は身体がお菓子以外の全てを求めてるんだ」

 

 それから食事中、サリーの姿を見て驚く人がちょくちょく現れたり、中には挨拶に声をかけてくるギルドマンもいた。

 サリーはその全てにいつも通りのペースで返し、苦笑されていた。

 

 変人扱いされてはいるが、煙たがられているわけでもない。

 王都ギルドじゃそこそこ長い間名物人間やってたんだなぁ、こいつ。

 

「お? サリー! なんだサリー、そっちのは新しい旦那か?」

 

 そしてたまに、酔っ払ったおっさんギルドマンがそんな絡み方をしてくる。

 未亡人になって結構経つからこそ言える軽口だな。

 

「モングレルが僕の新しい夫かぁ。周りからはそう見えるのかな。どう思う?」

「サリーと夫婦とか勘弁してくれよ。俺は親から“エールの炭酸を抜いて飲むような女とは結婚するな”って言われて育てられてきたんだぜ」

「はははは! 言われてるぞサリー!」

「シュワシュワのどこが良いんだ……」

 

 まぁ食生活は壊滅的かもしれないが、衛生観だけなら我慢し合えるかもな。サリーも潔癖だから感覚が近いといえば近い。

 

「モングレルもいい年でしょう。結婚はしないんですか?」

「嫌だよ結婚なんて。一人身は気楽で良いぞ、モモ。うるさく言う奴はいないし、好きなことができるし」

「ダメ人間ですね……」

 

 火の玉ストレート投げてくるやん……。

 

「再婚か。モモも成人したしそれもありなのかな」

「えぇー……今更何言ってるの母さん……もうそんな歳でもないでしょ……」

「まぁそうなんだけどね。けど、産む時の辛さや子育てを経験しても不思議とまた産みたいなと思ってしまうんだよ。モモにも遠からずわかるよ」

「……知りたくないし、母さんのそういう話あんまり聞きたくない」

 

 わかる。親の生々しい話って嫌だよな。

 

「まぁ僕なんかよりも先にまずはモモの番だよ。僕の再婚が嫌なら孫の顔を見せてくれ」

「……そっちが本命じゃない。もう……」

 

 孫、孫かぁ。

 この世界じゃ結婚と出産も早いから曾孫なんて言葉もそこそこ使われるんだよな。

 

 子を産んで子育てして、サリーも親らしい考え方ができるようになったんだろうか。

 孫を欲しがるなんて実に人間らしい考え方じゃないか。

 

「次に生まれる子には全属性の英才教育が施せそうだなぁ」

 

 いやそうでもないかもしれん。

 やっぱ親としてのサリーはわりと微妙だわ。

 

 まぁ稼ぎが良いからこの世界の基準で言えば、だいぶ恵まれているんだろうけども。

 

 

 

 


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