バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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ほろ苦いゼリー

 

 ケンさんが貴族にお菓子を振る舞うお茶会を明日に控えた今日。

 宿に集まった俺たちは、お菓子作り最後の調整段階へと入っていた。

 調整ってなんぞねと思うかもしれない。だがこれを避けては通れないのだ。

 人はそれを味見と呼ぶ。

 

「無事に完成しました……数々の素材を吟味し、王都で集められる最善の食材で作り上げた、ゼリー付きアイスです……!」

 

 その完成品を見て俺はびっくりした。

 なんせ俺が特に教えてもいないゼリーが生えてたからである。

 

「えっ……ゼリー? なんこれ……まさかコーヒーゼリー……?」

 

 ケンさんが試しで作り上げたお菓子には、白いアイスの他に黒っぽいゼリーが乗っている。

 それはもう、どう見てもコーヒーゼリーでしかない何かであった。

 

「コーヒーってなんだい」

「ゼリーは聞いたことありますけど」

「おや、モングレルさんはゼリーをご存知でしたか。大抵は料理に使われる、水気を半透明に固める手法ではありますが……この前お話にありましたクラゲの話を聞いてビビッときましてね。お菓子に流用してみたのですよ」

 

 マジで料理漫画特有のインスピレーションじゃねーか! 

 

「ゼリーの原料としては宮廷料理などにも使われる天然食用膠を用いました。それによって、麦とナッツとナーガの皮を深煎りしたお茶を固め、アイスと一緒に冷やしたのがこちらになります。アイス単体の甘さを焼き菓子と共にいただくのももちろん良いのですが、付け合わせとしてこちらのほろ苦いゼリーを一緒に食べることでより満足感が得られるということなわけですよ」

「すげぇ……すげぇよケンさん! まさか自力でここまでのものを作っちまうなんて……!」

 

 もうこんなんコーヒーゼリーとイタリアンジェラートじゃん。しかも焼き菓子付きだ。

 麦も深煎りすると結構コーヒーっぽくなるもんな。こいつは味にも期待できるぜ……! 

 

「ぬふふ……さて、このままだとすぐに溶けてしまいますので、みなさん是非試食されてください。何か意見などがあれば、遠慮なく仰っていただければ」

 

 そういうわけで試食が始まった。

 貴族の人らよりも先に食うお菓子だ……不味いはずがねぇぜ! 

 じゃあ早速、いただきまーす。

 

 むしゃぁ……。

 

「うめぇ……」

「ん! 冷たくて美味しいです! 口の中でとろける感じがして! こっちの黒いのもつるつるしてて良いですね!」

「苦い」

「この苦いのが良いんだろ……うん、香ばしい麦とナッツの香りが良い感じだ……それがこの濃厚なミルクのアイスによく合っている……」

「ぬふふ……この麦の香ばしさはウイスキーにも合うのですよ……!」

 

 そうか、同じ麦を原料としているからこそウイスキーともマリアージュするってことか……。

 

「こいつはやられたぜケンさん……俺の知らない間にまた一つ腕を上げたな……」

「ですかねぇ……私自身、腕が上がっているのかどうかよくわからないんですよね……なにせ私、こうした“成長”しか身に覚えがないもので……」

「言うねぇケンさん……もはや明日の唯一の懸念は貴族の前で放たれるそのビッグマウスくらいなもんだぜ……」

「ぬふふふ」

「ぐふふふ」

「なんなんですかこの二人……」

「仲が良くて良いことじゃないか。モモ、僕のこのゼリー食べる?」

「……まぁ、食べますけど」

 

 ひとしきりケンさんとぬふぬふ笑い合ったところで、時間は三時過ぎ。

 おやつの時間も終わって陽も傾き始める頃だった。

 

「さて、私はここ数日お菓子開発に余念がなかったので……今日は早めに休ませていただこうかと思います。明日は早起きして、万全の状態で臨まなければなりませんからねぇ」

「こんな早くから?」

「もちろん早めの夕食を摂ってからになりますけどね。その後はもう就寝としますよ。モングレルさん達は明日までご自由になさってください」

 

 本番に向けて前日からの張り切った調整。さすがプロだぜケンさん。

 

 ちなみに明日のお茶会にはケンさんはもちろん料理人サイドとして出ることになるが、俺たち護衛役は建物前でケンさんを引き渡したらショボい感じの待合室で待機することになるようだ。

 間違ってもお茶会に出席することも、レゴール伯爵の顔を見ることもないらしい。悲しい。

 まぁ伯爵だもんな……一介のギルドマンが易々と接触できる相手ではないってことだ。

 

 調理補助としてケンさんと一緒に厨房に忍び込めねーかなーと思ったりはしたけど、そこは普通にケンさんに固辞された。

 自分の手でやらないと気が済まないらしい。そりゃそうだわな。

 

「さて。じゃあ僕たちは贔屓にしている薬屋に行ってくるよ。そこの知り合いに挨拶と、ついでに買い物もしないといけないからね」

「お、薬草園の近くに行くのか? 俺もそっちの方に用があるんだが、一緒に行くか」

「あ、私たちの行く薬屋は薬草園から離れているんですよ。そっちは魔除けの香草を栽培してる所ですよね」

 

 なんだ行き先違うのか。

 

「じゃあ別行動だな。夜になったらまた宿に戻ってくるとしようか」

「そうだね。……おや、もう寝てる」

 

 ふとサリーと同じ方向に目を向けると、ケンさんは早くもベッドで小さないびきをかいていた。

 連日研究続きで疲れていたんだろう。なんともお菓子作りに熱心なおじさんだ。

 

「……寝ている邪魔をしたら悪いから、早めに出ましょうか」

 

 モモの言葉に満場一致で頷き、俺らは再び王都に繰り出した。

 ケンさんの買い物の護衛もやってはいるけど、なんかほとんどは王都観光してばっかりで申し訳ねぇな。

 帰りに何かケンさん用の面白い香料でも買っていくか。

 

 

 

 薬草園。

 薬草と聞くと、ゲームの序盤でお世話になる回復薬ってイメージは強いと思う。

 ラノベなんかだと低級冒険者が森に入って採取してるやつって感じかもしれないな。

 

 ハルペリアではわざわざ便利な薬になる素材をいちいち森で採取してくるなんて面倒なことはしない。

 景気良く畑をドーンと使ってそこで大々的に栽培するのが、ハルペリアの薬草だ。

 量産して製薬して各地に送り届ける。ポーションの一大産地がこの王都インブリウムなわけだ。

 

 インブリウムは元々、魔除けの薬草が自生する野原だった。

 魔物が嫌う香りムンムンのハーブがそこらじゅうにあるものだから、昼も夜も滅多なことでは何も寄りつこうとしない。

 そんな天然の安全地帯がハルペリアの中心部になるのは必然だったんだろう。

 時が流れ、道が舗装されたり様々な建物で都会として賑わっているが、昔ながらの魔除けの香やポーションなどは今でもインブリウムで作られ続けている。

 レゴールに出回る魔除けの香のほとんどもここ、インブリウムの薬草園で栽培されている。

 

「いやー、くせぇな」

 

 言葉にすれば伝統ある由来だが、実際にその薬草園に近づいてみると普通に薬草臭い。匂いの強さとしてはドクダミと似たパワーがある。

 だからまぁ、お香にする時はわざわざ他の心地良いタイプの香料を混ぜているんだろうな。そのままだと臭すぎて困る。

 

 薬草園の近くには点々と民家や店もあるし、道も変わらず舗装路だ。

 近所の人からするとデカ目の公園のある住宅地って感じかもしれないな。

 歩いている人も普通に見かけるし、少し通りを行けば市場もある。

 この辺りがピンポイントで活気がないのは薬草畑があること以外に、そっから漂う匂いがキツいってのもあるんだろうなぁ。

 

「まぁ魔物のスタンピードみたいなやつが起きてもここだけは助かりそうな匂いではあるが……」

 

 そうやって薬草園を眺めながら歩いていると、前からドンと人がぶつかってきた。

 あえなく俺のフィジカルで弾き飛ばすところだったが、お互い転ぶことなく無事だった。

 

「す、すみません」

「いや悪い、俺も前を見てなかった。怪我は無いか?」

 

 相手は女だった。背の高い、黒髪の、大人しめのロングスカートを着た、どこか凛々しげな……。

 

 ……いや、レオじゃん。

 

「あ……」

 

 俺が“見ちゃいけないものを見てしまったか? ”と思ったのと同時に、向こうも俺の顔を見て“見られちゃいけないものを見られてしまった”みたいな顔をしている。

 気まずい。と思うより先に、俺の頭は昼過ぎに摂取した糖分のおかげで超高速回転した。

 

 よし、気付かないフリをしよう。

 

「この薬草園を見ながら歩いてたから、ついうっかりしてたんだ。悪いなお嬢ちゃん」

「おじょ……は、ハイ……」

 

 レオは顔立ちが綺麗だし化粧がされていればなるほど、確かに女に見える。

 服でも頑張ってカバーしてる感じはあるし、知り合いじゃなかったら気付かなかったと思う。

 けどまぁやっぱ面影があるからすぐにわかるわ。

 

 わかるけど……なんでお前女装してんの? ウルリカの故郷のしきたりか何か? ていうかレオがいるってことはアルテミスも王都に来てるのか……そういや前にライナから任務があるって話は聞いてたが……。

 

「怪我は……ないです、ありがとうございます……」

 

 顔を見られないように俯いて、頑張ってか細い声を作ろうとしているのがとてもいたたまれない。

 いたたまれないけど、ここで俺が“レオくんオッスオッス”と言ったら彼の自尊心が完全にぶち壊れて憤死することになりそうで無理だ。俺にはシラを切る事しかできねえ……。

 

「まぁ、なんだ、ほら。お前みたいな可憐な子は、あまり一人でぼんやりと歩いてたら危ないぞ」

「え、あ……ハイ……」

 

 キェエエエエエ! シラの切り方がクソ! ゴミみたいなナンパみたいになった! 

 

「じゃあ気をつけてな!」

 

 堪らず俺は退散することになった。

 道のど真ん中でぶつかった挙句、化石になった乙女ゲーくらいでしか聞かないようなセリフをヒリ出したせいで俺の精神はもうボロボロだ。

 

 なんで普段ナンパもしない俺が男とわかってる相手にこんなセリフを吐かなきゃいけないんだ……。

 

 いや、でもこれもレオ少年のプライドを守るためだ……。

 人の趣味は色々……大丈夫、俺は気にしないさ……せっかく知り合いのいない王都に来たんだ、好きにやれ……。

 

 でもなんかちょっと虚しい気持ちになったから今日は色町近くで客引きのおねーさんを冷やかしながら飲もうかな……。

 

 

 

「エレオノーラ、待たせてごめーん! 買ってきたよーってアレ、どうしたの? 顔赤いよ?」

「……ううん、なんでもないよ、ウルリカ。ちょっと……散歩してたら、よろけそうになっちゃって」

「あはは、靴が普段のと違うもんねー。どうする? もう着替えちゃう? なんか付き合わせちゃったみたいだし……」

「……ううん、せっかくだし、もう少しこのままでいるよ」

「ほんと? やった! いやー、やっぱり仲間がいると心強いなぁー」

 

 

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