お茶会当日。
俺たちは王都インブリウムの貴族街にやってきた。
貴族街といっても高級住宅地みたいなもんで、街が広くて建物が綺麗なだけの区画って感じかな。貴族街に入るまでに一つだけ身分を検める関所があるだけで、そこもケンさんの依頼証があればほぼ素通りだった。
「レゴール伯爵邸までお連れします。ついてきてください」
「ええ、よろしくお願いします」
ただしそこで、俺たちには案内役という名の監視者がついてくる。
まだ20代前半くらいの若い男だ。多分、従士かなんかだろう。
言葉通りの道案内と、途中で粗相をさせないようにするための係だな。
「……さすがに王都の貴族街に来たのは初めてだな」
「そうなのですか? 私はもう何度も入ってますよ!」
「おーすごいすごい」
遠目に見えるハルペリアの王城。そして立ち並ぶ魔法の塔。
なだらかな地形は攻められやすいとは言うが、あれだけのしっかりした建築物はもはや要塞だ。ちょっとやそっとの部隊じゃ攻めきれないだろうな。その寸前まで切り込まれる状況になってたらもはや詰みってのは置いといて。
「こちらがレゴール伯爵邸になります。別の案内の者が来ますので、しばらくその場でお待ちください」
到着したのはレゴール伯爵邸。
煉瓦造りのおしゃれな建物で、防御性能とかはほとんど考えてなさそうな見た目をしている。貴族の建物としてそれはどうなんだと思うところはあるが、それだけここ貴族街の治安を信頼しているのだろう。
もちろんレゴール伯爵の拠点はレゴールなので、この建物は王都におけるレゴール伯爵の別邸だ。だいたいの偉そうな貴族はこうしたお屋敷を王都の貴族街に持っている。
逆にショボめの貴族は王都に来ることはそんなにないから別邸を持たず、貴族向けの高級宿を取ったりするらしい。結果的にどっちが高くつくのかはわからん。
……しかし、まさか俺が貴族の家にお邪魔することになるとはな。
しかもレゴール伯爵だ。感慨深いもんだね。
「緊張してきましたねぇ、ケンさん」
「そうですか? ようやくお菓子を振る舞えるので楽しみなくらいですが……」
心臓に冬毛でも生えてんのかな?
まぁ今日のお茶会が早くも無事に終わりそうなオーラが出てて良かったぜ……。
「お待たせしました。……菓子職人のケンと護衛二人……ああ、護衛三人に変更になったと書いてありますね。それでは中へどうぞ。道を逸れることなく、付いてきてください」
こうして俺たちは伯爵邸へと足を踏み入れたのだった……。
さあ、いくぜケンさん!
最高のアイスクリームを作って貴族を驚かせてやろうぜ!
「それでは護衛の皆様はこちらの部屋でお待ちください。ご用の場合はそちらの鐘でお呼びくださいますよう……」
で、入って早々にケンさんとは隔離されてしまった。
あなたはこっち。あんたはそっち。荷物だけはこっちで預かってやる。そんな感じだ。
俺のバスタードソードも預かられちまった。まぁ当然のことである。けど腰から無くなったらそれはそれで寂しいな……。
「あとはケンさんのお茶会が終わったら、一緒に帰るだけですね。どれくらいかかるんでしょう」
「さぁなぁ。貴族のお茶だし長いんじゃないか? 茶菓子のおかわりなんて求められたら応じなきゃならんだろうし、結構かかるかもな」
「それまでは待ちぼうけだね」
俺たち護衛役の待たされている部屋は、まぁ貴族の屋敷だし綺麗ではあるんだけど、変に調度品の少ない寂しい部屋だった。
ローテーブルの椅子。あとは窓際にちょっとした花が置いてあるだけだ。
なるべく物を壊されたり盗まれたりしたくないという貴族側の意志を感じるぜ……。
「まぁお茶と簡単なお茶請けがあって助かったよな。しかもベルを鳴らせばおかわりも持ってきてくれそうだし。時間いっぱいまでたらふくお茶でも飲んでやるか」
「意地汚いですね……」
「あ、向こうに飾ってある花は庭にも植えてあったやつだね」
白磁の綺麗なティーカップにお茶を注ぎ、クイッと優雅に飲む。
うん、若干スパイシー。お茶というかチャイというか……まぁ身体には良さそうな味してるよな。
「うーん、高級な貴族のお茶を飲みながら庭園を眺める……これだけで充分に優雅なお茶会ってやつじゃねえか……」
「そのお茶別に高いやつじゃないですよ」
「窓の外から見える庭は裏庭だしあまり褒めるような場所でもないよ」
文化力でマウント取って楽しいかよ……?
良いんだよ俺が良いって言ったらそれは良いものなんだ。その広い心こそが心の豊かさなんだ……。
「裏庭だってそうケチつけるもんじゃねえだろ。ほら見てみろよ。木とか……草とか花とかあるし……」
「まぁ人目につきにくい場所でもよく整えてあるよね。さすがはレゴール伯爵邸だ」
庭が綺麗で、掃除が行き届いてて、ウンコの匂いもほぼしない。それだけで俺にとっては文化的なお屋敷だよ。
「こちらの部屋でお待ちください。中には同じレゴールからのギルドマンの方々も控えていらっしゃいますので」
「あら、そうなのね。案内ありがとう」
「いえいえ」
しばらくお茶飲んでダラダラしていると、入り口から話し声が聞こえてきた。
さっきの使用人の声と……シーナの声だ。
ははーん完全に理解したわ。いやあまり理解してないけど。アルテミスがこういう系の仕事で来てたんだなってのは理解したわ。なるほどな。
「お邪魔するわ……って、サリーさんじゃない」
「おや。“アルテミス”諸君。そちらも護衛かな」
「モングレル先輩!? なんでいるんスか!」
「居ちゃ悪いかよ。いや、でも驚いたな。お前らの王都の仕事もこっち絡みだったのか」
部屋に入ってきたのは“アルテミス”の面々だった。そして今日は珍しくおばさん弓使いのジョナさんもいる。王都でのデカい仕事だからついてきたんだろうか。
ゾロゾロと部屋の中にやってきて一気に華やぐ……と思いかけたが、これでも男はしっかり三人いる。
「あ、やあ……モングレルさん」
「おう。先にお茶いただいてるわ」
そして昨日何故か女装してうろついてたレオは、今日は普通の格好をしていた。
わかった。そういうことなんだな? 良いだろう。知らんぷりしておくさ……。
「モモちゃんどうしてモングレル先輩と居るんスか」
「護衛ですよ護衛。お菓子職人さんを王都までお連れする任務を受けたんです。……母が」
「あーっ、あの変な笑い方の人っスか!」
「こーら、ライナ! お貴族様のお家でそういうこと言わない!」
「いたたた、ウルリカ先輩痛いっス!」
なんともまぁ賑やかなことで。
「なぁシーナ、そっちの任務については聞いても良いのか? どうして王都に?」
「……まぁここにいる人にだったら隠す必要も無いわね。私達は今お茶会に出ている人の護衛よ。王都からレゴールへ観光に来るんですって。それまでの間は……弓の指南とか、お話とか、色々ね」
はー、なるほどそういうことね。
そりゃまた随分長丁場になりそうな任務だ。ライナの誘いに乗らなくて良かったかもしれん。
「あなた達はお茶会が終わった後はすぐに王都を離れるのかしら」
「多分な。まぁケンさんの気分次第なとこもあるけどよ。長居する理由は無いから明日の朝にはさっさと発つんじゃねえかな」
「そう。……これは相談なんだけど、うちの土産物が随分と嵩張ってるから、余裕があるならそれをモングレル達で持って帰ってくれない?」
「ああ? そんだけ人数いるのになんでそんなことに……こっちも荷物があるからタダじゃやらねーぞ」
「銀貨これでどう」
「是非丁重に運ばせていただきます」
「卑屈すぎますよモングレル!」
いや、向こうもレゴールに戻る時には大事な護衛任務があるだろうからな……俺たちもギルドマンの一員として、助け合わなきゃいけねぇだろ……こういうのは……。
「サリー。先ほどここの家令から給水の依頼があった。私の手伝いをしないか」
「また給水か。僕なんかがやるよりナスターシャ一人で充分だと思うけど……まぁ構わないよ。後で行く」
「私もやります!」
「ああ、どうしようか。モモも連れて行っていいかな」
「構わない。人数は多いほど良いからな」
そう言って、魔法使いの三人組は部屋を出て行った。
給水……魔法の水をタンクにジョバジョバする地味なお仕事である。
このくらいのデカいお屋敷ともなると色々なところで水を使うことになるから大変だろうな。
「先輩先輩モングレル先輩、私たち王都観光してきたっス。ヒドロアの神殿とか満ち欠けの群塔とかすごい良かったっス」
「おうおうライナ、王都を楽しんできたか。神殿すごかったろ、お布施とかも」
「それっス! めっちゃ高いお布施がないと入れないから中は見れなかったっス! モングレル先輩は中に入ったことあるんスか」
「まさか。外で神殿に向かって拝んでるジジババたちと一緒に拝んだだけだよ。あんな料金設定詐欺だよ詐欺」
「あーやっぱそっスかー」
ライナは初めての王都を楽しんでいるらしい。まぁこういうのは一度目はテンション上がるよな。
一通り見終わった後はどうか知らんけど。
「レオも王都は初だろ。どうだった?」
「あ、うん。そうだね、やっぱり人が多いね。レゴールにきた時も都会だと思ったけど、ここはそれ以上だ。店を見て一日で回りきれないなんて初めてだよ」
「ねー、色々売ってて楽しいよねー」
「ウルリカは買いすぎ」
「あはは、お金すっからかんになっちゃった。でも大丈夫! 護衛でお金入るし!」
「刹那に生きてんなぁ……あ、どうもどうも」
ジョナさんがお茶汲みをしてくれた。ありがてぇ。
けどこの人数じゃお湯足りないな。使用人さんを呼ぶしかねえ。
……ケンさんのお茶会も盛り上がっているだろうか。
レゴール伯爵と、あとなんか貴族の偉い人。アイスクリームに驚いて、喜んでもらえたら俺も嬉しいな。
……あとはケンさんが変なこと言って無礼討ちされてないと良いんだが。