バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

155 / 325
量産型の侵略者

 

 春の任務が一気に増えた。

 

 代表的なものはパイクホッパーの討伐だろう。そこらへんの土からポコポコ出てきたクソデカバッタどもである。とにかく神出鬼没で出現数も多いものだから、農家だけでどうにかできる仕事ではない。

 割のいい討伐任務とは決して言えないが、稼ぎの少ない冬を越えた年若いギルドマンにとっては程よい仕事だ。レゴール郊外でキャーキャー言いながら頑張っている若者達の姿をよく見かける。

 

 それともう一つの仕事が大発生目前のジェリースライムの捕獲、及び討伐任務だ。

 こっちはジェリースライムを見つけて適当に網とか鈎棒みたいなもので捕まえれば良いだけなので、簡単なパイクホッパー討伐よりも更に楽にできる。

 俺もこの時期になると適当なジェリースライムをふん捕まえて浄化水を作ったりしている。ペーストにしたジェリースライムと数倍の水を混ぜた、まぁうっすい中性洗剤みたいなやつだな。感触がなんかヌルっとしててキモいけど爪の間の汚れとかがよく落ちるからなかなか使える。これを希釈を弱めにして灰を混ぜると更に強力な洗剤として利用できるからみんなも作ってみてくれよな。俺は一度自分で作ってみたら手がクソほど荒れたからもうやらないことにしている。

 

 久々に討伐なり捕獲なりしたいので、本当ならバッタかクラゲかどっちかをやりたい。

 やりたいんだが……今日は黒靄市場に行かなければならない。

 宿に届いた手紙で、メルクリオからの呼び出しがあったからだ。商談に関わる話だろう。なるべく早めに行ってやった方が良いはずだ。

 

「一応メルクリオに売ってもらう小物は作っておいたから、それも持っていくか……」

 

 ついでに王都で買った土産のお香も持っていこう。雑多な人に配る用の小さなお香が入ったセットだ。こいつが地味に容器の蓋がゆるいせいで俺の好きでもない匂いが部屋に溢れて困っている。感謝しなくていいから引き取ってもらいたいくらいだぜ。

 

「しかしメルクリオの話ってのはなんだろうな……」

 

 ちょっと前には差別的な奴にぶん殴られたりして怪我を負ったあいつだ。

 また危ない目に遭ってないと良いんだが……。

 

 

 

 黒靄市場にやってきた。いつも通りのうらぶれた市場である。

 変な形の傷ついた野菜だったり、流行りでもなんでもない微妙な手作り人形だったり、革の端材を加工して作ったツギハギの手袋や靴を売ってたり……あいも変わらずアングラな場所だ。

 けど数年前よりはずっと人も多いし、通りも綺麗になっている。そこらへんで酔っ払って倒れているおっさんも少ない。良いことではあるんだが、ちょっぴりさみしいもんだな……あの限界感が漂っていた黒靄市場が大人しくなっちまって……みたいな。いや、綺麗なのは良いことなんだけどね。客も増えたし。

 

「よう、モングレルの旦那。任務で王都に行ってたんだってな。おつかれさん」

「おーメルクリオ、久しぶり。手紙見たよ手紙、どうしたんだ一体。あ、これお土産ね」

「ありゃ、良いのかい頂いちゃって。すまんね旦那。んー、良い香料だ」

 

 見たところメルクリオに怪我は無いようだった。露店にもしっかり新商品を並べているし、俺が委託した商品も完売したってわけでもない。

 さて、俺は一体なぜ呼ばれたんだろう。

 

「……実はねぇ旦那。旦那に頼まれて売った商品の一つでちょっとばかし問題が発生してさ……」

「なに。故障か? ……あまり複雑な機構のものは……作ってるけど、壊れるほどじゃないと思うんだがな」

 

 脳裏に浮かぶ十徳ナイフ。あれは複雑ではあるが、壊れるようには出来ていないはずだ。結構頑丈だぞ。

 

「いやそういうのじゃない。旦那は一切悪くないんだが……いや、実際に見てもらった方が早いだろうな。今後の旦那からの委託販売にも差し支えるかもしれない話だ」

「おいおい、穏やかじゃないな。どっかの店から嫌がらせでも受けているのか?」

 

 レゴールでも依然として、サングレール人っぽい連中への風当たりは強い。

 このメルクリオだってれっきとしたハルペリア人だが、色々とあるせいでこうした黒靄市場でしか店を構えることができないほどだ。早い話が嫌がらせを受けやすい。

 ……もしメルクリオの店にひでえちょっかいを掛けているようなら、俺も出るとこ出ちゃうが?

 

「問題の商品は……こいつだ」

「おお、これが……えっ、これが……?」

 

 メルクリオは後ろの荷物から、一本のアレを取り出した。

 アレというのは例のアレである。こう、なんかこう酷く見覚えのある……片手ではちょっと持て余すけど両手持ちでは短い感じの……バスタードなサイズの棒だ。

 

 オブラートに包んで言えば、俺の分身を象った棒である。

 

「よく見ろモングレルの旦那」

「いや何このプレイ……ん? おかしいな、俺そんな素材で作ってないぞ」

 

 メルクリオが無駄に神妙な顔で掲げているこのジョークグッズ(ソフトな表現)、俺が作った時はホーンウルフの角から削り出した乳白色のものだった。

 しかしこれは赤い。褐色に近い赤だ。なんともまぁサイズも臨戦態勢な上に色合いまで臨戦態勢になってしまっている。いやそんなのはどうでもいいんだが、この素材がまたおかしい。

 

「……陶器、か?」

「そう……こいつは陶器製の道具だ。しかも形には見覚えがあるだろう? 旦那」

「ああ、忘れるはずもねえ……自分で作ったものだし、何より三十年近く一緒にいた文字通りの“相棒”だ。いや他人の相棒を知ってるわけじゃないけど、苦労して作った部分もほぼそのままだし……まさか」

「そう、その“まさか”だ」

 

 メルクリオは俺の相棒を持ったまま深刻そうに頷いた。

 

「モングレルの旦那のこいつを原型に……どこかで大量生産されている……!」

「あー大量……えっ、大量!?」

 

 思わずデカい声出しちゃったよオイ。

 

「そう、こいつは数日前に売り始められた石棒だ……レゴールの色街にある、こういう夜の道具を取り扱ってる専門店で何本も売り出されているらしい……しかも安い値段でね。黒靄市場で転売されているのを見かけなきゃ俺でも気づけなかった……」

「え……待て待て、そんな店……ああ、あったなそういえば。あれか、山羊の腸とか膀胱を使ったコンドームとか売ってる店か」

「コン……? ああ被せ物か。そうだ、その店だ。……やられたよ。どうやら俺が売った客の一人に店の回し者がいたようだ」

 

 そうか……まぁ原始的な形してるからな。型は簡単に作れるだろう。釉薬をたっぷり使えば危ないってこともない。量産するなら確かに陶器とかの方が向いている。

 

 ……まさか俺の知らない所で究極完全体グレートモングレルのコピー品が出回るとはな……いやいや、勘弁してくれよ……なんで俺の分身が勝手に量産されなきゃいけねえんだよ……。

 

「な、なあメルクリオ……その……量産型モングレルは一体どれくらい出回ってるんだ?」

「わからねぇ……だが色街も最近は賑わっているからな。この手の道具がよく売れてるって話だ。型を取ったってことはその分の費用を回収して余りある程度には作るんだろうな……モングレルの旦那の、ブフッ……モングレルをな」

「あれ? お前今笑わなかった?」

「こっちが小さな店だってわかった上でその連中、堂々と量産しやがった。なぁモングレルさん……こいつを許せるかい? せっかくモングレルさんが頑張って……フフッ、作った道具をっ……」

「笑いながら喋ってるんじゃねーよ!」

 

 いやまぁわかった。何が起きているのかは完全に理解した。

 つまり俺の究極完全体グレートモングレルを元にした量産型モングレルが現れたってことだろう。しかも量産した連中は俺や俺の息子とライセンス契約を結んでいない。これは異世界基準で言っても結構悪どい商売だ。

 だが向こうからしてみればこっちは新参。しかもある意味で向こうの元々の商売を脅かすような品物を作っていた連中だ。言い分の横暴さはどうあれ、きっと悪いことをしてやったとも思っていないのだろう。

 

「どうする旦那……例の店に一言でも言ってやるってんなら、俺はついていくぜ」

「いや……いいです」

「……まぁ一応聞くぜ。なんでだい」

「いや……嫌だよ……恥ずかしいじゃん……」

 

 確かにこっちとしてはね? 無断コピーの大量生産だしね? 思うところはあるよ、うん。

 商売として健全でもないしね? けったいなことしやがるぜって思ってはいるよ。でもさ。

 

「お前は俺に言えっつーのか……! “道具のモデルである俺に許可なく量産するとは何事か”って……! 訴えろっていうのか……!」

「……フフッ……!」

「言いたくねーよそんなこと……! 何の刑罰だ……!」

 

 そんなカミングアウトなんてしたくねーわ!

 んなことで食い下がるくらいなら黙って量産を見守る方が千倍マシだぜ……! いや俺の息子を勝手にコピーして量産するのはやめてほしいけども……!

 現状そのコピー品に俺の顔写真と一緒に“私のを元に作りました”とか生産者表示がついてないから辛うじてスルーできるってだけだけども……!

 

「あーまぁそうだよなぁ……旦那からすりゃそうだよなぁ……」

「この件からは一切手を引くぜ俺は……いいよもう量産型モングレルについては……別の物を作っていけばそれでいいさ……」

「そうか、わかったぜ。……まぁ俺としても見かけたからには一応旦那に伝えておかなきゃいけなかったからな」

 

 まぁ知らない間に量産型モングレルを街で見かけてわけも分からずビビり散らかすなんてことが無くなるから良かったわ……。

 嫌だなぁ……この街にいる女の何人かが俺のモングレルを使って自分を慰めているなんて……想像しただけで……。

 

 ん? 想像しただけで……。

 いや、それはそれでなかなか……。

 

「どういうわけだか、今レゴールの色街は賑わっていてね。その影響もあって、需要が増えているんだろうって話だよ。知り合いの露天商から聞いた話だがね」

「まぁ人が増えれば活気も出るだろ、そういう産業は」

「いやね、それがどうも女達の男を喜ばせる技が一段上がったって話らしいんだよこれが。最近になってスケベ伝道師とかいうけったいな通り名の輩が様々ないかがわしい技術を広めたらしくてな」

 

 あっ……。

 

「それが色街に広まって各店舗に浸透した結果、レゴールの風俗店の評価が他より上がってるって話なわけさ。ま、だからもとを正せば全ての元凶はスケベ伝道師とかいう奴ってことになるのかねぇ。ククク、ひでえ名前だな」

「……ああ、全くもってその通りだぜ……!」

 

 そうか……色街が賑わってるのって……そういうことも影響するのか……。

 ……夜のお姉さん方も、日々頑張って勉強してるんだなぁ……。

 

「……というかメルクリオよ。どうしてお前がその量産型モングレルの現物を持ってるんだよ」

「ああ、これかい。これはまぁ旦那に見せるためにひとつ現品で持っておきたかったっていうのと……ま、あとは転売するためだな! こっちの商品が盗用されたんだ。量産品が出回る前に、少しくらいこいつで儲けさせてもらおうと思ってね」

 

 たくましい商人だなぁお前は……。

 でもさ……俺の分身を転売するのはちょっと……やめてもらえると嬉しいです……はい……。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。