春は小物討伐の季節。
田舎出身の新人たちでギルドが騒がしくなる時期だ。
しかしだからといって新人だけが仕事をするわけではない。
俺たちのようなベテランだって、相応の仕事をしないと食っていけないからな。
肉の質は秋よりも落ちるが、この時期は獣系の魔物もちょこちょこいる。そういった討伐任務に精を出す連中だって多い。
とはいえ、狩り場が新人であふれているとどうしても落ち着いて活動がしにくい。
冬に続いて緊急の大物狩りの依頼が来るのをギルドで待つ奴も、居ないわけではなかった。自由狩猟はどうしても報酬が渋いからな……。
「やっぱり“
「そっかー……ちょっと値段上がっちゃうんだよねぇそれだと」
「ライナのスキルは敵に刺さらなくても矢の回収と再利用が難しいもんね。僕は剣士だから、弓使いの消耗品の多さを知るといつも心配になるよ」
「そうなんスよね。いつもカツカツなんスよ」
テーブルに俺を含めた四人が座っている。
ライナとウルリカとレオだ。今日は三人ともオフの日で、日頃の討伐でのお財布事情なんかを話し合っていた。
「剣士は武器と防具さえ致命的なロストしなきゃどうにでもなるからなぁ。まあ、でも整備用の油が必要だったりするし金がかからないってわけでもないぞ」
「そうだね。けどモングレルさんの場合は僕と一緒であまり金属鎧を付けてないよね?」
「まぁ重いし整備もダルいからな。革鎧で済めばそれが一番だ」
「モングレル先輩はもっと重装備にしたほうが良いっスよ……レオ先輩みたいに飛び道具が効かないわけじゃないんスから……」
俺は魔力でガチガチに強化してるから良いんだよ。
まぁ、それでもバスタードソードに定期的に油塗ったりはしてるからな。俺だって維持費ゼロとはいかない。
そんな話をしていると、ギルドの入り口から大勢の賑やかな話し声が聞こえてきた。
誰かが集団でお帰りになったようだ。
「いやーダートハイドスネーク……獲れすぎたぜェ~……」
「うおお……大量発生だって聞いてはいたがやべぇな。ここの酒場で駄目なら不味いぞ……つか重い……」
「さすがにこの量をうちのクランハウスで消費するのは厳しいねぇ……どうにか説得しないと」
ギルドの酒場に入ってきた“収穫の剣”のメンバーたち。
チャックにバルガー、アレクトラときて、続々と他のメンバー達が入ってくる。
普段からまとまりの無い“収穫の剣”にしては珍しい光景だった。
しかし連中が揃って担いでいるものを見れば理由はわかる。
“収穫の剣”のメンバーは全員、各々が持てるだけのダートハイドスネークの肉を抱えていたのである。
目の前のクラゲの酢の物やっつけようと思ったが思わず二度見しちゃったわ。
というか、ギルドに調理前の肉担いでくるなんてわりと非常識だ。肉屋に持っていけ肉屋に。
「肉すごいっスね。全部蛇っスかアレ」
「大猟だねぇー……あんなにたくさんいる場所あったんだ。いいなー」
どうやら“収穫の剣”が蛇の大量発生しているスポットを見つけ、それをクラン単位で襲撃してきたらしい。
美味い狩り場はできるだけクラン内でもぐもぐするのは基本である。魔物を養殖するのは超重罪だが、一時的に秘匿して自分たちだけで一気に攻略するのはセーフだ。
「あのーミレーヌちゃん? ちょっといい?」
「ええ、アレクトラさん……そちらの蛇肉ですか? 凄まじい量ですね……」
「そうなんだよぉ……デカい巣を見つけて全員で討伐したは良いんだけどさぁ。途中の店とかにいくつか卸したのもあるけど全量は買い取ってもらえなくて……」
「売ってもそれだけ残ってしまったのですか?」
「ギルドでなんとか買い取ってもらえねェかなぁ~……厨房の連中に相談してもらえねェ? 人多いしいけるだろ?」
案の定、蛇肉がダブついてどうにもならないらしい。
冷蔵技術の低いこの世界じゃ肉の保存も一大事だ。しかも食肉として優先されるのはどちらかといえば畜産の肉。蛇肉も食ってみれば悪いもんじゃないんだが、どうしても小骨の多さや淡白さ、見た目の悪さから人気は低い。引き取り手が少ないのも当然だろう。……つかその量は普通にどうしようもねーわ。
「ローエンさん、忙しいところすみません。お聞きになった通りなのですが……」
「ええ、いきなりそんなこと言われてもなぁ……」
厨房に向かっていったミレーヌさんと料理長が話している。
料理長は蛇を担ぐ連中をチラチラみてさすがに焦っている様子だ。まぁ、数が数だしな……。
流石に無理なんじゃないかと思っていると、ミレーヌさんが受付に戻ってきた。
「どうにか大丈夫だそうです」
うせやろ……?
「さすがに買い取り価格は相場の一割減となってしまいますが、全量買い取れます。いかがでしょうか?」
「ああ、助かるねぇ! あんたらもそれで良いな? 良いってよ!」
「いやまぁいいけどなァ……助かったぜ~」
「厨房で下ろさせてくれー。重くてしょうがねぇ」
「ギルドの氷室も使って数日でどうにかさばいて見せるそうです。……皆さん、しばらくは“収穫の剣”の方々が討伐したダートハイドスネークの料理が安めにいただけますよ。是非ご注文してくださいねー」
おおー……良いな蛇料理。ギルドで安くメシが食えるなら何よりだ。
「良いっスねぇ蛇。矢では仕留めにくいし矢柄折られるからあんまり獲りたくない獲物なんスよね」
「あーわかるなぁー。巻き込まれてへし折られちゃうんだよねぇ」
「そういう意味では僕ら剣士が相手すべき魔物だよね」
「だな。俺たちだったら首落とせば終わりだ」
まぁ首を落としてもそれでもビタビタ動くのが蛇ってやつだが。
しばらく厨房の方が慌ただしくなり、少しして料理人の一人がメニューに新たな料理を書き込んだ。
蛇のステーキ、串焼き、スープ、色々だ。蛇づくしだな。何が何でもこの肉を全部使い切ってやろうという強い意志を感じる。
そして値段が安い。ギルドはぼったく……結構高い値段で料理を出すことがほとんどだからこれは良い機会だ。
「いやー“収穫の剣”様々だな。すんませーん、ステーキと串焼き! あとエール!」
「あ、私もスープと串焼きとエール欲しいっス!」
「私もー!」
「僕も串焼き二つください」
俺たちのテーブルからだけでなく、続々と蛇料理の注文が入る。
新鮮な肉が持ち込まれているのを見ると食いたくなるもんな。わかるぜ……。
「だぁー疲れた……」
「ようバルガー、お疲れ。すげぇ量獲ってきたな」
「おおモングレル……いやぁメンバーの一人がとんでもない巣を見つけたっていうからついていったんだがな。まさかここまで大事になるとは思ってなかったぜ……」
“収穫の剣”はどこか疲れた様子でテーブルについている。
ギルドに戻ってくるまでどれほどの店を当たったんだか……しかし戦うよりもその後処理の方がしんどいのはお約束である。ギルドマンは誰もが持ち運びで泣きを見るんだ……。
「――今日ここにいるギルドマン諸君には、是非とも俺たち“収穫の剣”が仕留めたダートハイドスネークを食べてもらいたい。肉付きも良く、新鮮な蛇肉だ。――それに、ダートハイドスネークは男の精力を増してくれる……――今日ここでしっかりと肉を噛み締め、夜に備えておくと良い」
「うおおおー!」
「食うぞ食うぞ!」
「タダじゃないけど食うぜー!」
そして団長のディックバルトもいる。
いや、当然のようにこの後夜みんな娼館に行くような事言ってるけど、別にみんながみんな行くわけじゃないからな?
「……ダートハイドスネークってそんな効果あったんだ。僕知らなかったな」
「ああ、レオはその時居なかったもんな」
「スケベ話してた時っスね」
「スケベ話って……」
「たまーにやってるんだよー」
いつだったか、ギルドで誰かが言ってたな。ダートハイドスネークの何かが精力剤代わりになるとかなんとか……実際どうなのかはしらんけど。
マムシみたいなもんかねぇ。確かに生命力は強いだろうが、何度も肉食った俺としてはそこまでなんだが。
と話している間に蛇肉料理がやってきた。
うんうん、良い感じの肉の匂いだ。まぁ普通に肉だよな。
「ふーん。僕も結構この蛇を仕留めて食べてきたけど、そういうのは初めて知ったな」
「知らないのも無理は無いよー。普通に焼いたり煮込んだりしただけだと効果ないらしいからねー。乾燥させたり皮とか内臓がそういう効果があるらしいからさー」
「へえ、そうなんだ。ウルリカも詳しいんだね」
「え? ああまぁね、うん。これでもアルテミスの狩人だからね……」
「さすがウルリカ先輩っス」
「乾燥、内臓、皮ねぇ。そりゃあんまり美味くなさそうな調理法だな。俺はこうして普通に食ったほうが好きだわ」
「そっかー……あ、でもいざっていう時は身体を温める薬になるんじゃない? 寒い夜とかさっ」
「まぁそれも一理あるな。酒を飲むよりは効果はありそうだ」
寒さを凌ぐために強い酒を飲むのはありだが、酔ったら酔ったで逆に危ないこともある。酔わずに身体を温めてくれる食材があるなら冬場は良いかもしれんね。
……けど股間が元気になられても困るな。
「――うおおお……! 良いぞ、良いぞ……! 滾ってきたァ……!」
「すげぇ! ディックバルトさんが蛇肉をドカ食いしてやがる!」
「ディックバルトさん……今夜は本気だぜ!」
「畜生、団長にだけいい顔させるかよ! 俺たちも続くぜぇー!」
「あ、今日だけは“収穫の剣”の皆様限定でより安値で提供させていただきますね」
「うおおおー! さすがミレーヌさん、わかってるぜぇ~!」
しかし自分たちで獲ってきて、安く売ってそこで金も払うってのは、なかなか良い客だよな……。
ディックバルトの謎のカリスマ性に引かれて男連中が蛇肉を注文しまくってやがる……。
「おいモングレル、どうだ蛇肉は。そっちのレオもどうだ。美味いか」
「美味いぜ。……いやバルガー、お前酔っ払うの早いぞ。もう二杯目かよ」
「どうもバルガーさん、美味しくいただいているよ。お疲れ様」
「お前たちもこいつを食えば夜は色街に行く気になるかもなぁ? ん?」
「行かねえって。今日俺は自分の部屋で縫い物しなきゃいけねえんだ」
「女かよ! いけねえぞモングレルー……男の自慢は使えるうちに使わなきゃなぁ」
あ、ライナがウザそうな顔してる。
やめろよなバルガー。お前みたいに穢れきった生物はうちの清らかなライナに一定以上近付いたら駄目なんだぞ。
「……けどさーモングレルさん。普通に食べても効果は少ないかもだけど、沢山食べたらさすがに効果が出てくるんじゃないのー?」
「無くはねぇかもしれないけどな……そういう時は一人でなんとかするんでね俺は」
「ひ、一人でっスか……」
「っかー、寂しい男だねお前は! ……そっちのレオはあれだな。顔も良いしもうそろそろ良い仲の子できたんじゃないのか」
「い、いや僕はそういうのはまだ……今はギルドマンとして、少しでも“アルテミス”の皆に追いつかなきゃいけないからね」
「どいつもこいつも真面目だなぁオイ!」
まぁレオはちょっと王子様キャラが強すぎるとは思うけどな。
特定の相手もいないし作る様子もないから、新人なのに今じゃすっかりレゴール支部の男性アイドルって感じだ。
「こらバルガー! レオを薄汚い世界に引き込むんじゃないよ!」
「いててて! やめろアレクトラ! 耳引っ張るな!」
「俺は引き込まれてもいいのか……」
「モングレルはまぁ……いいや」
「おい」
まぁもう既に汚いも清いも無い歳ではあるけどよ……。
「……モングレルさん、縫い物なんてやってたんだー? 今どんなの作ってるのー?」
串焼きを慎ましくかじりながら、ウルリカが聞いてきた。
「あー、ポケットの修繕やってるだけだよ。いつも解れてくるからその修繕でな。最近は本読みながら縫い方調べたからそいつを実践しようと思ってな」
「へー……私も詳しいから今日見に行って良い?」
「駄目。こういうのは一人でやりてぇんだ」
「……ちぇー」
「ウルリカ先輩は縫い物めっちゃ上手なんスよ」
「ほー」
「ライナも簡単にできる縫い方だけじゃなくてもっと難しい縫い方も練習しといた方が良いよー? 女の子なんだからさっ」
「半分は当たってるっス……耳が痛いっス……」
なんだライナは縫い物そんなやらないのか。……確かに結構ずぼらなとこあるもんな。でもこの国じゃ女は縫い物できといた方が結婚に有利だぞ。一応ちゃんとやっておけ。そうでなくても普通に古着の修繕とかしなきゃ生活してらんねえしな。
「また衣祭りやってほしいねー」
「っスねぇ……」
「その前に精霊祭だけどな」
「僕、楽しみだな。レゴールの精霊祭」
「めっちゃ盛り上がるんで、レオ先輩も楽しめると思うっス!」
「うんうん。人も多いから、お洒落もできるしね!」
「! うん……」
精霊祭も近い。楽しみだな。金の貯蓄は充分だ。あとは待つだけである。
「――ヌオオオッ……精力がみなぎってきたァアアア!」
「お、俺もなんか暑くなってきたぜェ~!」
「昼から店やってっかなぁー!?」
「追い蛇肉キメろォオオ!」
……けど今のギルドの盛り上がり方は普通に祭りの時に匹敵してる気がするわ。
蛇肉はこうも男を狂わせるのか……。