バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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ギルドマン体験ツアー

 

 その日の内にアーレントさんとは会うことができた。

 冬に半分以上投げるような形で対応を放り出したので、会うのはちょうどワンシーズンぶりということになる。

 

「やあ」

 

 ギルドの応接室に現れたアーレントさんは、ちゃんとした服を着ていた。いや普通人はちゃんとした服を着るのが当然っちゃ当然なんだが、初対面からずっと腕白小僧のイメージを引きずっていたんでね。季節に合った真っ当な装いをしているのにちょっと不条理な驚き方をしてしまった。

 さすがにアーレントさんはガタイが良すぎるせいか一般的な礼服のほとんどは着用できなかったのか、ちょっと地味目の春用作業着って感じではあるものの、これはこれで逆に親しみやすくて良いかもしれんね。

 

「お久しぶりですアーレントさん。詳しくは聞いてないんですけど、色々問題は解決したみたいで」

「ああ、本当に助かったよ……わざわざ書簡まで見つけてもらってしまって。申し訳ない……」

「まぁ、俺はその辺りの込み入った話は聞かないようにしてるんで、言わないで大丈夫ですよ。それより、アーレントさんはギルドについて知りたいとか?」

「うん。今回の一件は、私がハルペリアの世間に関して何も知らなかったことがひとつの原因だったからね。二度と同じような失敗をしないためにも、何よりハルペリアの人々の想いを知るためにも、まずギルドマンについて勉強しようと思ったんだ」

 

 そう言って、アーレントさんは首にぶら下がっていた札を見せてきた。

 初めて見るものだが、そこに書かれている文字を見ればなんとなく役割はわかる。

 

「ギルド員……の仮身分証ですか」

「私も詳しくは知らないのだが、これをつけているとギルドの関係者として扱ってもらえるそうだね」

「あー、まぁなんか特例扱いって感じですかね」

 

 いわば研修中だとか、裏方役だとか、そういう人のためのやつだろう。

 特別これを付けているからといってそこらのギルドマンにへーこらされるわけではないが、無碍にされることもないはずだ。

 

「なるほど、それがあれば見学もしやすそうだ」

「うん。モングレルさんには是非とも、ギルドマンについて教えてもらえたらと思うんだ」

「わかった。じゃあこれからはお互い打ち解ける意味でも堅苦しい感じはなしにしようか。改めてよろしくな、アーレントさん」

「おお、それは嬉しいな。よろしく頼むよ」

 

 アーレントさんと握手を交わすと、大きくがっしりした手の感触が伝わってきた。

 常に握り込み、打ち込み続けた拳の感触。硬い皮と、骨。……やっぱり只者ではない。

 

「……それで、さっきから気になっていたんだけど……いやなんとなくわかってはいるけど、アーレントさんの後ろにいるそちらの人は?」

「ああ、この人はね……」

 

 アーレントさんが言う前に、さっきから気になっていた人物が前にズイッと出てきた。

 目の粗い暗色のローブに黄色の仮面。正直なところ、それだけ見れば何者かはわかるが……。

 

「初めまして、私の名はエドヴァルド。“月下の死神”の一人にして、そちらのアーレント氏の護衛を務めております」

 

 どことなくキザっぽいポーズを決めて名乗ったエドヴァルドは、やはり月下の死神の一人であった。

 ハルペリアで最も高度な戦力を有する特殊騎兵部隊。ギルドマンが街の消防団だとすれば、彼らはSWATみたいなもんだな。比べるのもおこがましいレベルの精鋭中の精鋭だ。

 逆に言えばハルペリアは、それほどまでにこのアーレントさんを重く見ているということなのだろう。万が一にも問題を起こさない、起こさせないためにも、ここまでの監視が必要なのだ。

 

 ……いやちょっと……さすがにこういう人らに張り付かれながらじゃやり辛いってレベルじゃねえなぁ……。

 

「ぁあ、ご安心を。このエドヴァルドは四六時中アーレント氏の側に張り付いているわけではありません。お会いするのは数日に一度、“腕輪”の更新の時だけで十分です」

「腕輪?」

「これのことだね。ほら、この綺麗な腕輪だよ」

 

 アーレントさんが何故か自慢げに腕をまくり、装飾品を見せてきた。

 鈍い金色で出来た腕輪である。両腕にしっかりと嵌ったそれは、溝の中に黒っぽい魔力を渦巻かせているように見えた。

 どう見ても呪いの魔道具だわ。

 

「詳細な説明は致しかねますが、その腕輪をつけている間、アーレント氏の身体強化性能は少なく見積もっても半減します。また、この腕輪は吸い上げた魔力によって腕輪の装備者を魔法によって護る力も有しています。アーレント氏を護るための防具でもあり、いざという時の暴力を封じるための枷と言って良いでしょう」

「便利だよね。それにこの細かな細工も綺麗だ」

「……なんか本人気に入ってますけど、これあれですよね。普通に拘束具ですよね」

「紛れもなく、拘束具でございます。老いたとはいえかの“白頭鷲”にハルペリアの空を飛ばれては、仮にその鋭い爪が振るわれた場合、撃ち落とすまでに多くの民が犠牲となってしまうでしょう。それを未然に防ぐための“腕輪”なのです」

 

 あー、まぁ国としちゃそうだわな。

 これが普通にただの文官とかだったらやりやすかったんだろうが、下手に戦力の強い人が来ちゃったもんだから管理が大変だわな。

 

「私は“呪い師”エドヴァルド。私特製のその腕輪さえあれば、3日間はアーレント氏の力を抑えることができましょう。しかしその腕輪の維持には私の力が欠かせません。なのでできれば毎日。でなくとも2日おきに、私による魔力の補充を行わせていただくことになっています。ギルドマンとしての仕事の体験は、あくまでその範疇で行うよう宜しくお願い致します」

「うむ。そういった話は既に書面に書いてあるから、大丈夫だよ」

「ええ。この禁を破った場合には、アーレント氏には死んでいただくことになっておりますので。くれぐれもお気をつけて……」

 

 いきなり物騒な契約内容放り込んでくるやん……。

 “はいはいなるほど了解ですー”で流せない話を間にぶっこんでくるのやめてもろて……。

 

「なに。これをつけるだけで信頼を勝ち取れるのであれば、安いものさ」

 

 いやー。どっちかって言うと全く信頼も信用もされてないからこそ付けられてんじゃねえのかなぁそれ……。

 ……貴族がアーレントさんのギルド体験を推してるのも、この人を貴族街から離したいっていう思惑が強いのかもしれねえなぁ……。

 

 

 

 ちょっと重苦しい話を聞いてしまったが、まぁ要するに猛獣に対して首輪をつけといたっていう話だ。

 それ以外は特にない。死神のエドヴァルドも腕輪の維持だけで普段はくっついているわけではないらしいから、気楽な状態でいられるのはある意味助かった。

 

「よーし、じゃあアーレントさん。早速ギルドマンについて勉強してもらおうかー」

「うん。楽しみだ。護衛とか討伐だろう?」

「まぁそれもある。けど、それは仕事に慣れたギルドマンの仕事だな。そういう切った張ったができないギルドマンっていうのは、もっと地道で単調な仕事ばかりをやらされるもんだ。俺はアーレントさんには先にそういうのから体験してもらいたいね」

「ふむ……なにか考えがあるんだね。わかった、モングレルさんにお任せしてみよう」

 

 個室から出てロビーに戻ってきた。時間は昼間だ。中途半端すぎる時間で人も少ないが、春だったら簡単な仕事も幾つかあるだろう。何も人気な儲けの良い仕事をやろうってわけでもない。単調な仕事をやりてえんだ俺は。

 

「おーいエレナ、夕方までに終わりそうな仕事なにかあるかい?」

「ええ? 夕方までにって……あ、どうも」

「やあ、どうも」

 

 ちょっと畏まった挨拶だ。

 受付にも話が通っているのか。まぁその方が楽でいいや。

 

「アイアンクラスの依頼が良いな。できれば常駐、季節モノだと尚良しって感じかね」

「……えーと……そうですねぇ……夕時まで……あ、でしたら建設現場の運搬作業がありますよ。春になってから建材も運び込まれ続けていますが、人手はいくらあっても欲しいくらいです。……紹介状を書きますね」

「いやいやわざわざそんなもんいらねえよ」

「いえ書きますので」

 

 まぁ建設現場での作業ならわかりやすいか。

 ギルドマンの仕事の中でも特に地道でいい感じだぞ。

 

「……建設作業? ふむふむ……そういった仕事もするのか。サングレールのプレイヤー達は討伐と護衛ばかりだから、面白いなぁ」

「へー、結構プレイヤーってのは仕事の範囲が狭いんだな。ギルドマンはやれることはなんだって依頼になるぜ」

「……モングレルさん、この仕事は私も手伝っても良いかな?」

「もちろん。その筋肉を遊ばせておくのは勿体ないからな。身体を鈍らせるよりは、アーレントさんも動きたいだろう?」

「うん。いい運動になると良いな」

 

 そう言って、アーレントさんは腕をグッと上げてコロンビアなポーズを取ってみせた。

 まぁそうだよな、この筋肉で肉体労働が嫌いってことはないよな。

 

「よーし、じゃあ……そうだな。今日の仕事を熟した後、報酬をもらってそれで飯食う所までやってみようか。アイアンクラスのギルドマンの生活体験ってことでな」

「おお、楽しそうだ。やってみよう」

 

 うーむ。ノリノリだな。こりゃ俺の思っている以上に適性の高い性格してるかもしれん。

 “ギルドマンも甘くねえんすよ~”的な話に持っていこうとしたが不発になりそうな気配が漂っているぜ……。

 

「お? なんだモングレルじゃねーか。それと……後ろの人は?」

「ようバルガー。ああ、こっちは……まぁギルドマンの仕事を体験したいっていうただのマッチョマンだよ」

「……結局何者だよ……?」

 

 酒場の隅の方にいたバルガーが俺たちに声をかけてきた。どうやら今日は珍しく武器の手入れをしていたらしい……いや、手入れっていうかアストワ鋼のレリーフの手入れだな? すっかり高級装備を気に入っちゃってまぁ……。

 

「やあ、はじめまして。私の名はアーレント。モングレルさんからギルドマンの仕事について勉強させてもらっているんだ」

「はー……ギルドマンの仕事をねぇ。そりゃ随分物好きというか……あ、俺はバルガー。そこのモングレルの兄貴分みたいなもんだ。よろしくな」

「永遠に兄貴面されてるぜ」

「兄弟ってのはそんなもんだろ。……で、ちらっと聞いてたが、建設の運搬に行くんだって?」

「まぁな。アーレントさんにそこらへんの地味な仕事を知ってもらいたくてよ」

「なんでまたそんな華のねえ仕事を……んー、じゃあ俺も一緒に行くわ」

「ええ?」

「だって暇なんだもんよ。久しぶりに一緒に作業しようや。……おーいエレナ、俺も同じ仕事頼むなー」

「はーい」

 

 なんか成り行きでバルガーがついてくることになってしまった。

 

 ……まぁけど、この手の地味な仕事を最初に俺に教えてくれたのもバルガーだったしな。

 ある意味ちょうどいいかもしれん。

 

「よーし……チームバルガー、任務開始だ!」

「おお……足を引っ張らないよう頑張るよ」

「いやそんな気合入れんでも……チームもクソもねえし」

「まあまあ、終わったら飯食って酒飲むんだろ? だったら一緒に汗水流そうや。はっはっは」

 

 仕事終わりの飲みが目的かよぉーこのオッサンは……まぁそういうのもギルドマンらしくてアリだけども。

 




当作品の評価者数が3500人を超えました。すごい。

いつもバスタード・ソードマンを応援いただきありがとうございます。

これからもどうぞよろしくお願い致します。

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