バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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職業の貴賤

 

「ようライナ。もう仕事上がりか」

「っス。レオ先輩とゴリリアーナ先輩と一緒に鳥撃ちに行ってたところっス」

 

 東門の解体所で大物の吊り上げ作業を手伝っていると、ライナたちがやってきた。

 レオとゴリリアーナさんは護衛役だろうか。しかし二人ともちょっと疲れている様子からして、森で訓練していたのかもしれないな。

 

「あれ? モングレル先輩、後ろの人って……アーレントさんっスか!」

「やあ」

 

 そう。今日は俺と一緒にアーレントさんも同行している。

 バロアの森で早速ギルドマンの実地研修と洒落込んでも良いのだが、その前に獲物の解体作業を見学してもらっている。

 ここでの仕事はブロンズクラスのお手伝い枠としてほぼ常設であるので、狙い目ってわけじゃないが見せておくべきかと思った。

 まぁ仕事の内容自体は地味なもんだな。内臓を取り分けたり、デカい魔物の死体をロープでぐいっと引き上げたり。鞣す前の皮をまとめて運んだり……俺としてはそこまで好きな仕事じゃないんだが、こういうのもありますよってことでな。

 

「ここの仕事は興味深いね。専用の施設で集中して可食部を分けるというのは画期的な気がするよ。それに、ここで仕事をしているとレゴールに運ばれてくる肉の多さに驚かされるね。……ライナさん、久しぶりだね。以前はどうもありがとう。助かったよ」

「あ、どもっス。……あ、ええと、この人は前に話したアーレントさんっス」

「はじめまして。僕はレオといいます」

「あ、はい……私はゴリリアーナです……」

「ほほう……」

 

 二人の挨拶に、アーレントさんは目を細めた。

 いや、どちらかといえばゴリリアーナさんを見て何か考えている様子だ。……これは、まさか脈アリなのか?

 

「鍛え抜かれた見事な肉体……その若さでその領域に至るとは……やりますね」

「! いえ……光栄です。ありがとうございます……アーレントさんも、とても……鍛え抜かれた肉体をお持ちかと……」

「ふふふ……」

「ふふっ……」

 

 ……脈じゃなくて筋アリだったか。

 物静かなマッチョ二人がよくわからん通じ方をしているのをよそに、ライナが俺の近くまで寄ってきた。

 

「どうしてアーレントさんと一緒にこんなとこいるんスか」

「おう……まぁ、その話をする前に今のハルペリアの状況を理解する必要があるんだよな。少し長くなるぞ」

「っスっス」

「いやいや冗談じゃなくて、これがマジで長くなるんだ。もうちょっとで手伝い終わるから、それまで待っててくれないか?」

「あ、良いっスよ」

「……ええと、込み入った話かな? そうなると僕らは先に帰っていた方が良い?」

「いや、レオ達も一緒に聞いててくれ。“アルテミス”に関わる話になるだろうからな」

「マジっスか」

「マジっす」

 

 こうして解体作業の手伝いをしていたのも、出かけていると聞いたライナを待ち伏せる意味もあった。

 携帯の無い世界ってのはこういう、ちょっとした待ち合わせも難しいからしんどいんだよな。そういうのがスローライフの醍醐味だって言う奴がいたら頬をひっぱたきたいくらいには不便だぜ……。

 

 

 

 解体作業が終わり、跳ねた汚れを丹念に洗い落としてからライナと合流した。

 ギルドに向かって歩くついでに、アーレントさんに関わる話もちょっとしておく。

 

「……つまり、アーレントさんにギルドの色々を教えるってことっスか」

「まぁかいつまんで言うとそうだな。お偉いさんからもそう言われてるんでね、“アルテミス”にもちょっと協力してもらえたらと思ってるんだが」

「申し訳ないね。私のわがままに付き合わせるようで……」

「いや、全然大丈夫っスよ。ギルドマンの仕事を人に知ってもらえるのって結構嬉しいっス。普段から結構、街の人からも白い目で見られることも多いスし……」

「あー、確かにそうだね。僕も、認識票を見られる時は少し……冷たくされていると思う時はあるよ」

「……悪い人もいますけど、いい人もいるんですけどね……」

 

 ギルドマン。というのはまぁ、世間一般じゃあまり褒められた職業とは思われていないのが現実だ。

 前世の創作世界だとSランク冒険者が世界中で一番偉いみたいな立ち位置にされている作品もそこそこ多かったが、この世界じゃギルドマン最高ランクであるゴールド3になったとしても“所詮はギルドマン”という扱いをされることも多い。

 むしろ“それだけ腕が立つのにギルドマンってことは訳ありなんでしょ”って感じだ。実際そういう奴が多いのだから困る。

 あのディックバルトだって本当はもっとゴールドの上位に行ける実力があるのにな……まぁ、普段の行動様式がちょっと……だいぶアレなせいで昇級できないみたいだしな。本人は全く気にしている様子は無いけども……。

 

「……ギルドマンって、なんかこう、卑しい仕事とか思われてるんスけどね。でも実際にはそんな人なんて言うほど多くはないんスよ。アーレントさんにはそれを知ってもらえたら良いなって、思うっス。はい」

 

 ギルドでは花形の“アルテミス”ですら、低く見られることがあるっていうんだから驚きだよな。

 ライナはそういう現状に思うところがあるのか、アーレントさんの件には乗り気だった。

 

「ふむ。私は現時点でもギルドに対する悪感情は……まぁ、さすがに一部はあるけど……そうだね、私のこれも偏見があるかもしれない。ライナさんたちからも色々と勉強させて貰えると嬉しいよ」

「っス! うちのシーナ団長にも話してみるっス!」

「お、そいつは助かるな。頼むぜライナ」

 

 “アルテミス”が手伝ってくれるのなら、ギルド内でのアーレントさんへの風当たりの強さも大分和らぐかもしれん。

 シーナに借りを作る形になるかもしれないが、まぁハルペリアの一大事に成り得る仕事だしな。たまには気合い入れてやってやるとしよう。

 

 

 

 後日、俺とアーレントさんはギルドの酒場にいた。

 “アルテミス”のクランハウスに招待されるなんてことはなく、ギルドでのお話と相成ったわけだ。まぁそうそう気軽に部外者を招待してくれるはずもない。

 

 アーレントさんと直接向き合っているのは、シーナとナスターシャの二人。

 二人ともかなり真剣な眼差しでアーレントさんのことを見つめている。

 

「……“白頭鷲”といえば、半分以上神話扱いされていたけれど……実際の人物を前にしてみると……イメージと違うのね」

 

 シーナの目が時々チラッとアーレントさんの頭頂部に泳いでいる気がするが、やめてあげてほしい。男の人は女のそういう目線に敏感なんだぞ。

 

「これが“呪い師”エドヴァルドの拘束具……なんと、これは……隙のない……まさに闇魔法の芸術だな……」

 

 そしてナスターシャの方は、アーレントさん自身に目もくれず、彼の嵌めている腕輪の方に注目しているようだった。

 おい、そっちはあくまでアーレントさんの枷だぞ。本人見てやれ本人。

 

「ふふふ……良いだろう、この腕輪。これを嵌めていると肉体労働の際に自分の筋肉と向き合うことができるんだ……」

 

 そしてアーレントさんは両腕に嵌められた金色の腕輪を得意げに見せびらかしている。

 前から思ってたけどアーレントさん、そいつ気に入ってるんだな……でも別にそいつはギルドマン養成ギプスとかじゃないんだぜ……?

 

「……サングレールの“白頭鷲”が、何故今更になって融和路線に乗り換えたのか。何故領土を接しているわけでもないレゴールに来たのか……。聞きたいことはいくらでもあるけれど……とにかくアーレントさんは、ギルドマンについて知りたいと。そういうことなのね」

「うん。私は知らないことがあまりにも多いからね。上辺だけで語ってしまうのは簡単だが……この地に実際に根ざしている人々の話や想いを知っておきたいんだ」

「ふうん」

 

 シーナの目はいつになく険しい。

 というか、アーレントさんの前に現れたときからずっと敵意を剥き出しにしているようにも見えた。

 歓迎していないというか、根っから信用していないというか……。

 

「まぁ、そこのモングレルと一緒にであれば、“アルテミス”の幾つかの任務を見学するくらいであれば許可するわ」

「あ、俺もなんだ」

「保護者兼監視役としてね。何か問題が発生すれば、その時は問答無用で責任を取ってもらうわよ」

 

 それはつまり、アーレントさんが何か変な真似をすれば俺がそれを止めろってわけだな。口にはしてないが、たぶん生死問わずで。

 

「太陽神と命にかけて、野蛮な真似はしないことを誓うよ」

「この国でそんな神に誓われてもね」

「……タブーだったかな」

「別に。ただ、人の厄介になるのであれば自分の身の振り方は考えておくべきでしょうね。神を優先するのか、人を優先するのか。私たちはそういう部分もよく見ていると知っておいたほうが良い」

「ふーむ……抵抗感はあるが……よく考えておくよ」

 

 んー、これはなぁ。なんともなぁ。

 信仰の話になるとな……そりゃ確かに、太陽神を信仰する姿なんてハルペリアじゃ見たくはねえもんだけども……信仰はなぁー……。

 

「私はシーナの方針に従おう。それと……その腕輪を空いた時間に観察させてもらえるのであれば言うことは何もない」

「……ちょっと、ナスターシャ」

「シーナ。この腕輪は素晴らしいものだぞ。偏執的なまでに手の込んだ逸品だ」

「……はぁ」

 

 ナスターシャは腕輪ばっかだな。お前はもうエドヴァルドと直接話してこいよ。

 

「じゃあじゃあ、アーレントさん。次はどんな任務が見てみたいっスか。私はアーレントさんに色々見てもらいたいっスけど」

「ライナは乗り気だなぁ……まぁ、色々見とくのはありだと思うぜ。色々な所に顔を出して馴染んでおくのも、外交官には必要だろうしな」

「……外交官ね」

「ふむ、次か……」

 

 アーレントさんはハーブティーを行儀よく両手で包むように飲みながら、目を瞑って考え込んだ。

 

「……ええと、これもちょっとわがままになってしまうのだが……そろそろ討伐の仕事も見てみたいと思っているんだけど。どうだろうか……まだ早いかな?」

「そんなことないっスよ! ギルドマンといえば討伐っスからね」

「だね。僕としても討伐任務が中心だと思っているから、わざわざ外すことはないと思ってるけど……」

「は、はい。私もそう思います……」

 

 いやまぁ俺もわざと討伐を外してたわけじゃねえよ?

 そろそろやっておくかなーとは思ってたから、マジで。

 

「じゃあ……次辺り討伐見学でもしてみるか? アーレントさん」

「是非! ……うむうむ、楽しみだなぁ」

 

 そんなわけで、次回は……ライナも乗り気だし“アルテミス”のメンバーと適当な討伐任務でも受けようかと思う。

 まぁ大層なもんじゃなく、一般的なやつをね。軽ーくね。

 

 

 

「あれ、ところでウルリカいないけどどうしたんだ?」

「ウルリカ先輩は料理中に油を零しちゃったとかで足を少し火傷しちゃったらしいんスよ。ポーション飲んで軟膏塗って、ヒーラーさんのお世話になってしばらくお休み中っス」

「おいおい大丈夫かよ。大変だな……にしても揚げ物か。あいつも結構凝った料理やるんだなぁ」

「ウルリカ先輩の分も討伐頑張るっス」

 

 なんか揚げ物のこと考えてたらボアの串揚げ食いたくなってきちまった。

 やめやめ。お手軽な討伐をやりてえんだ俺は。

 


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