バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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猛禽飼育の持ち回り

 

 アーレントさんを時々任務に連れていくようになって、彼の顔も少しずつ広まっていった。

 簡単な討伐任務だったり、都市での雑用だったり、あるいは工事現場での作業だったり。

 

 未だに多くの謎に包まれてはいるが、無尽蔵の体力に圧倒的なパワー、そして穏やかな人柄もあって、アーレントさんはレゴールのギルドマン達から“同業者ではないらしいけどたまに手伝ってくれるなんかすごいマッチョ”としてふんわりと受け入れられ始めた。

 穏やかではあるが優しそうな人って印象はあまり無いらしい。多分マッチョが過ぎるせいだろう。この前なんか解体現場で煉瓦造りの壁を殴りまくって崩してたしな。そんな姿を見たらまぁ普通に怖いわな。

 

 けど、アーレントさんもそろそろ俺ばかりとつるんでいるわけにもいかないだろう。

 確かに俺はジェルトナさんから頼まれてはいるが、だからといってアーレントさんの存在が俺とセットで扱われていたんじゃそれはそれでギルドに馴染みきれない。本末転倒ってやつだ。

 だからここらでひとつ、俺不在でもギルドマン体験活動ができるようになってもらう必要があった。

 

「というわけでサリー、アーレントさんのこと頼めねえかな」

「ふーん」

 

 俺はギルドでサリーたち“若木の杖”の面々と向き合っていた。

 こういう頼み事は“アルテミス”にもしたんだが、どうもシーナは排他的でよろしくない。まぁアーレントさんなんて明らかに敵国のヤベー奴だからリスクを考えたら当然ではあるんだが、“アーレントさんはあのアルテミスと懇意にしてるんだぜぇ? ”って虎の威を借るにはあまりその威を貸してくれなさそうな感じなんだよな。

 だからひとまず“アルテミス”は共同任務で一緒になる程度の距離感で置いといて、もう一つの話が通りそうなパーティー“若木の杖”に話を持ってきたわけだ。

 

「その腕輪、面白いね。それを解析しても良いなら僕としては少しくらいなら構わないよ」

「お前も腕輪かよ……」

「……あげないよ?」

「いやそれ多分アーレントさんの物ってわけでもないぞ」

 

 なんだって魔法使いはこの腕輪に執着するんだ。そんなに良いもんかねぇ。

 

「……アーレントさんは、サングレール人の偉い軍人さんなんですよね。この前ヴァンダールさんが言ってましたよ」

「言ってたっけ」

「サリー団長はちょっと黙っててください」

 

 サリーの隣では、娘のモモが人並みに警戒している。そうそう。そんくらい普通の反応してもらえると安心するわ。

 

「……まぁ、はい。私も工兵の末端でしかなかったので直接お会いしたことはないのですが……聖騎士“白頭鷲”のアーレントといえば、フラウホーフ教区の軍人で知らない者は居ないと思います」

 

 そして元サングレール軍人である副団長のヴァンダールは、アーレントさんを前にあからさまに緊張していた。

 だがそれも無理はないんだろう。聖堂騎士といえば軍のトップみたいなものだ。ハルペリア人にわかりやすい例え方をするなら、敵国(サングレール)に亡命したただの一兵卒が月下の死神を前にしているような状況だろう。そりゃ普通に怖い。

 

「昔の話だよ。今の私は聖堂騎士をやめて、ただの外交官になったんだ。ハルペリアとサングレールの間に平和をもたらす為の、ね」

「は、はぁ……」

「そのために“若木の杖”の皆さんにも協力してもらえたらと思っているのだが……」

 

 そんなアーレントさんの望みに反し、“若木の杖”の面々の反応は淡白だった。

 

「まぁ俺たちは構わないけど……」

「いいんじゃないの? なんかサングレールに恨みある奴いたっけ?」

「そ、そもそも私はあまり関心が……」

「サリー団長が良いって言ってるなら良いんじゃない」

「でもいざという時に暴れられると手がつけられないのは怖いよなぁ」

 

 案外、“若木の杖”のメンバーはサングレール人だからという意味では悩んでいなかった。

 というよりはむしろちょっと手間が増えることについて考えているらしい。……これならなんだかんだでお願いはできそうだな。

 

「もう、皆して能天気なんですから……ヴァンダールさんは、大丈夫ですか? アーレントさんと一緒だと肩身が狭かったりしますか?」

「え、ええまあ、モモさんの言う通りですが……いざそうやって明け透けに言い当てられると気恥ずかしいところがありますね……なにぶん私は帰化した人間ですから、古巣には思うところもありまして」

「ふむ……では兵士らしく戦闘訓練を施すこともできるけど……?」

「いえいえ結構です! “白頭鷲”殿直々の訓練など、私はそれほどの者ではありませんので!」

 

 あー、なんか焦ってる人を見てると少し安心できるな。

 そうなんだよな、アーレントさんってサングレール人からしたらこのくらい畏まられる人なんだよな。

 こういう気持ちは大事にしておきたいぜ。

 

「じゃあ時々アーレントさんを僕らの任務に付き合わせるかわりに、その腕輪を調べさせてもらうってことで」

「……あ、団長。私もそちらの腕輪には興味があります。戦闘訓練よりもそちらの解析をさせてもらえたら……」

「結局副団長も腕輪好きかよ」

「ヴァンダールさんは研究熱心なお人なんですよ!」

 

 モモはヴァンダールの自慢になるとすぐにテンションが上がるな……。

 

「サリー、モモはヴァンダールのこと気に入ってるしお前ヴァンダールと再婚したらどうなんだ?」

「えええ! 勘弁してくださいよ……!」

 

 サリーが何か言う前に、ヴァンダールが割とマジで拒絶していた。

 そうか、そんなにサリーと一緒は嫌か……。

 

「あのね。何故僕が無意味に傷付かなければならないんだい?」

「すまんかった、サリー。今のはさすがに軽率だったわ」

「本当だよ。モングレルはそもそも一度でも誰かと結婚してから言ってほしいものだしね」

 

 ……サリーに言われるとすげー釈然としない気持ちになるけど、おっしゃる通りですと言う他ねぇわな……。

 

 

 

 色々あったが、どうにか“若木の杖”でもアーレントさんの見学を受け入れてくれるようにはなった。

 これで俺の自由時間もある程度戻ってくるだろう。助かるぜ。

 

「最近ギルドに出入りしてる筋肉ハゲの人、サングレール人なんだってさ」

「ああ。でも何かの……外交とか? やってる人なんだろ」

「外交ってなんだ?」

「戦争じゃない?」

「話し合いをする役人のことだよ。ああ見えて殴り合いをする人ではないんだと」

「ハッ。サングレール人なんて喧嘩を吹っかけてくることしかしないだろ。そんな奴らにも話し合いなんてできる役人が居たのか」

「どうだかな。あの見た目じゃきっと変わらんだろ」

「違いない」

 

 ……で、まぁ最近のギルドマンからの反応はというとこんな感じだな。

 ギルドの酒場だったり森の恵み亭だったりで、時々アーレントさんの話を聞くことがある。

 

 サングレール人だってこともそこそこ広まってるから、正直全部が全部好意的なものではない。それは同じ仕事をして同じかまどの飯を食っていてもどうしようもないことだ。

 

「けど結構大手のパーティーも一緒にいるから、偉い人なんだろうな」

「ギルドも丁重に扱ってるしな……注意はされてるよ」

「話しかけていいのかしらねぇ」

「馬鹿が喧嘩を吹っ掛けないように見てねえと、大変なことになるぞ。パーティーの連中に徹底させないと、痛い目を見るかもしれん」

「だな。まぁ、悪い人じゃないだろうからあまり心配はいらないんだろうけどさ」

「色々手伝ってるみたいだしな。ポリッジが好物なんだってよ」

「んだそりゃ」

「安上がりな人だな。ははは」

 

 とはいえ、悪い噂話ばかりでもない。

 人間積み重ねが全てとまでは言わないが、無駄にはなりにくいものだからな。積んだ分がそのままの高さになることは滅多にないが、崩れた分でも山の裾くらいにはなってくれるものだ。

 アーレントさんの地道な好感度上昇作戦は、確かに実を結んでいると言えた。

 

 

 

「先輩先輩モングレル先輩。今度久々に釣り行きたいんスけど……」

「お? なんだよライナ。ついにお前も釣り人魂に目覚めてくれたのか」

「いやそんなの目覚めてないっスけど」

「春だしちょうど良いかもな。今度なんか大物とか狙って釣り行ってみるかー」

「大物……あー、良いっスねぇ」

 

 ま、それはそれとして俺らも自由な時間を楽しみたい。

 悪いが一つのことにかかりきりになるのは柄じゃないんでな。ほどほどにやらせてもらうぜ、アーレントさん。

 


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