バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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シルサリス川で魚釣り

 

 久々に釣りに行こうと思う。

 しかしわざわざ遠出するのは面倒なので、近場でやる。

 好物とはいえ毎日肉と粥ばっか食ってると魚への欲求が日に日に膨れ上がってくるからな。程よいタイミングでこの気持ちをガス抜きしてやる必要があるわけよ。

 

 しかし、レゴール周辺の川はどこも水深が浅めで大物に期待できない。

 バロアの森に結構そこそこな深さの川があるのは知っているんだが、そこは結構奥地になるからなぁ。わざわざ長い竿抱えてそこ行くんなら馬車使って少し離れた土地で良いポイントを探すわ。

 

 

 

 つーわけで、昼。近場のシルサリス川までやってきました。

 俺とライナと、ついでにウルリカも一緒である。

 

「この時期になるとエビとかカニが出てくるからな。じゃんじゃん釣っていくぞー甲殻類。魚も狙うけど」

「コウカクルイ? いやそれより……近場なのに随分な荷物を持ってきたんスね……」

「誘ってくれたのは嬉しいけどさー、私もお邪魔しちゃって良かったのー?」

「竿が人数分あるしな。全部活用しとかないと勿体ないだろ?」

 

 釣りは人数が多ければ多いほど釣果を期待できる。いや、掛からない時は同じ場所に何人いても掛からないもんだが、俺くらいの釣り人ともなれば釣れた時のことだけを考えて計算するからな。俺のそろばんじゃもう今日は魚料理デーよ。

 

「基本的に釣れたやつは魚でもエビでも全部油で揚げていくつもりだからな。あ、カニはデカいの釣れたらさすがに茹でておくわ」

「エビ良いっスね! また釣りたいっス!」

「うんうん、良いね良いねー! ザヒア湖じゃ色々な魚を釣ったけど、エビとかカニも釣ってみたかったんだー!」

「あ、料理は俺がするから安心しろよ。ウルリカはこの前油で火傷したんだろ?」

「え? ああまあうんはい」

「エビみたいな甲殻……あー、殻のついてるやつらは揚げる時に油が跳ねないちょっとしたコツみたいなもんがあるからな。釣れたら教えてやるぜ」

「は、はーい」

 

 そういうわけで全員に竿が行き渡りましたとさ。

 一つしかないリール竿はちょっと迷ったけどライナとウルリカで交代で使ってもらうことにした。常にジャカジャカ巻いてる分こっちの方が面白いだろうしな。けど根掛かりしたらその時点で即ルアー釣りは終了である。

 一応ここらの川の中でも水深が深めのポイントを選んではいるが……こればかりは運だな。

 

「……モングレル先輩、その鍋とか大荷物……ひょっとして、調理もここでやるつもりっスか」

「もちろん。油も調理用の道具も全部一式持ってきたぜ……だから頑張って鍋をいっぱいにしてくれよな二人とも」

「えー……私狩りとかなら自信はあるけど、釣りはちょっとどうなるかわかんないよー……?」

 

 ライナもウルリカも自信なさげにしつつ糸を垂らし始めた。

 まぁまぁ、この川はそこそこ釣れる場所だから心配はいらねえって。ショボい釣果でも昼ごはんくらいにはなるはずだ。

 

 

 

 シルサリス川はレゴール東部、シャルル街道をぶった切るように存在する大きな川だ。

 大きさというか川幅で言えば結構なものなんだが、深さはわりとそうでもない。遠浅というかなんというか。だから糸を垂らしてみてもすぐに底に当たってしまうし、ルアーの場合はやたらと岩に引っかかる。

 なのでここでの釣りは近くの岩や草の影にひょいっと投げて、掛かるのを待つ釣りになる。普通に餌釣りだな。

 この日のために適当なパイクホッパーを蹴っ飛ばして肉片を取っておいたんだ。細く千切ったこいつを餌にすれば多分かかってくれるだろう。

 

 と思ったんだが、案外ヒットしない。

 

「釣れないなぁー……」

「エビこの前ので全部居なくなっちゃったんスかねぇ」

「おいおい自然を舐めるなよ。……しかし一時間近くやってるのに釣れないとなると……ポイントか餌が悪いのかもしれないな」

 

 前は適当な石をひっくり返して虫を拾い集めて餌にしていたが、今回はパイクホッパーの肉だ。これがイマイチな可能性は普通にある。ポイントの良し悪しはわからん。俺ら以外に釣り人もいねえしな。

 

「私餌変えてみるっス。前と同じのほうが釣れそうな気がするんスよね」

「うーん、じゃあ私は場所変えてちょっと離れたとこ狙ってみよーっと。モングレルさんは?」

「俺はまだもうちょいこのまま糸を垂らしてるよ。ついでに調理器具の準備もしなきゃならんしな」

 

 色々持ってきた奴のセッティングがあるんだ。釣れてから用意したんじゃ鮮度が落ちるからな。今のうちに道具を展開しちまうぜ。

 今日はいざという時のために簡易野営セットも持ってきたからな。爆釣に備えてってやつだ。何十匹も釣れるようなら長々とここで魚パーティーを続けてやろうって魂胆よ。

 

「まだ一匹も釣れてないのに前向きだなぁー……しょーがない、私が向こうで沢山釣ってきてあげるよ」

「頼んだぜウルリカ」

「じゃあ行ってくるねーライナ! そっちの新しい餌で釣れたら教えてねー!」

「うっスー」

 

 そんなこんなで、各々釣りのスタイルを変えながらの再トライとなった。

 

 まぁ魚の居ない日だってあるからな。時間帯によって活性も変わる。何が正解かなんてわからないもんさ。それが釣りだ。

 二人と違って、じっと同じ釣りを続けている俺の方が釣れる……そんな可能性だって充分にあるだろう。

 

 と思っていたんだが、釣り方を変えた二人の効果はすぐに表れる事となる。

 

「ッ! うわっ、急にすごい食いつき……魚かな?」

「お、どうした!? ヒットかライナ!」

「なんか来たっス……! 糸が動いてるんで、多分魚だと思うっス!」

 

 撓る竿先をビビビと震わせ、ライナが今日初ヒット。

 獲物に合わせて竿を上手く動かし、浅瀬の方へと引きずり込み……やがて魚影が見えてきた。

 

「おー、ラストフィッシュだ。結構良いサイズだな? こいつこんなに大きくなるのか……」

「あ、これ塩焼きのやつっスね! やったぁ」

 

 釣り上がったのはラストフィッシュ。錆色した、若干見た目の悪い川魚だ。けど焼くと川魚なりになかなか美味い。

 ライナが釣ったこいつは今まで見てきたラストフィッシュの中でも一番の大物だな。こいつはなかなか幸先が良いぞ。

 

「わー掛かった! 多分掛かってるよこれー!」

「お? 岩に引っ掛けたわけ……じゃなさそうだな」

 

 そしてウルリカの方も、根掛かりしたわけでもなく竿先が揺れている。ちょっと離れた場所でやったらすぐそれか。……もしや俺は餌もカスな上に場所も悪いのか……?

 

「うぬぬ……これ来てるよ大きいの! 絶対来てる! て、ていうか重い……!」

「手伝うかー? っておいおいマジで竿撓ってるな。頑張れウルリカ!」

「ちょ、ちょっとモングレルさん! これすごいって! 絶対この前のハイテイルみたいなの来てるって!」

「いやそこまでではないだろうが……けど大物だな。自力じゃ無理そうか?」

「無理ー!」

 

 まぁウルリカの持ってる竿はリール竿だもんな。しかもリールが俺お手製の貧弱リールだ。巻き上げもキツいしファイトはもっとキツいだろう。

 

「そのまま竿を握ってろウルリカ! いいか、引っ張られたらそれに対して竿を立てるように、こうだ!」

「わ、わ……!」

 

 ウルリカの後ろから一緒にロッドを握り、文字通り手を取りながらファイトの仕方を教えてやる。

 なーに俺だって素人だが全く知らないよりはマシだ。

 

「手はここ握ったまま離さないで、巻き取るこっちは休み休みだ。魚が強く引っ張ってる時は抑えてゆっくりと糸を吐き出して、向こうが引きを甘えたらすぐに巻き上げろ。こう……グイッとな」

「う、うん……!」

 

 このリールは特に変わってる代物なので、コツのほとんどはこっちになる。

 やってることは前世の釣り竿であれば勝手になんとかしてくれるものばかりだが、こっちじゃそんなものはないのだから自力でなんとかするしかない。

 

「ほらウルリカ、もっと強く竿握れ!」

「こ、こんなにして折れちゃわない……!?」

「大丈夫だまぁこのくらいなら多分! 思いっきり引っ張れ!」

「わ、わかった……モングレルさんがそう言うなら……壊れても知らないからねっ!」

 

 しばらく魚と必死にファイトしているうちに、浅瀬に強い水しぶきが上がってきた。

 ここまでくると向こうも相応にバテてきたようで、水面近くということもあって大した抵抗もなく引きずられてくる。

 

「わー! やった、なんか大きいの釣れたー!」

「おーしよくやったウルリカ……! けどこいつは……なんだっけな、えーっと……」

 

 ウルリカと一緒に釣り上げたのは40cm近くのデカい魚だ。

 身体や口はナマズのようにでっぷりとしているが、ヒゲはない。全体的に黒っぽく、鱗は細かい……。

 

「思い出した、モスシャロってやつだ。一応食える魚だぞ。やったな!」

「ほんと? やったー! えへへー、大物釣っちゃったなぁー、モングレルさんと一緒にだけど」

「次は一人で釣れるようにしろよー」

「えー次も手伝って欲しいなー?」

「私も見たいっス!」

 

 ビチビチと跳ねるモスシャロの口から針を外し、川の水を入れた大鍋の中にドボン。欲張ってデカい鍋持ってきて正解だったわ。小鍋だったら普通にオーバーしてたぜ。

 

 鍋にぶち込まれたモスシャロは窮屈そうに身体を曲げながら、鍋の内側に沿ってぐるぐると回っている。

 それだけで鍋の水がちょっとした渦を作るのだから、こいつのデカさが知れるというものだ。

 ……まさか近場にこんなデカい魚がいたなんてなぁ。良いことを知った。

 

「うわー……改めて見ると本当におっきい……」

「ウルリカ先輩のすごい大きいっスね……私も負けてらんないっス! 場所そっちで試そうっと!」

「あ。じゃあ私はライナと同じ餌使っちゃうもんねー!」

「……」

「モングレル先輩はなにかしないんスか?」

「ていうかモングレルさんだけまた何も無しー?」

「お、俺はまだ今のやり方続けるから良いんだよ! それにほら、お前らの釣った魚の調理もあるからな!」

 

 まぁまだ一回。一回釣れただけだから。だからまだ俺の釣り方だって希望は残ってるはずだ。

 それに魚の調理で忙しいのも本当だし……。

 

「あっ、またなんか掛かったっス!」

「お、いいなー! よーし、私も釣っちゃうからねー!」

 

 ……よし! 調理に集中しよう!

 


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