バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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猜疑心を煽る翅

 

 食道楽。金を出して良いものを食うってのは悪くない趣味だ。

 それだけで数日は活力が湧いてくる。何より、日々必要な栄養を摂取しながらできる娯楽ってのが良いね。ほんの少しも金を無駄にしていないっていう気楽さもあってなかなかやめられん。

 

 ……まぁでも、あれだな。揚げ物ばっかりってのはちょっと胃にくるな。

 俺がもうおっさんだからとかそういうんじゃなくて、普通に揚げ物を食いすぎたかもしれん。あれから数日間は反動であっさりした物ばっか食ってたもんな……。

 

 しかし良いもの食った後には財布が軽くなってしまう。

 食費だからセーフなんて言えるのは食ってる間だけである。使った金は普通に減る。だからまぁ、ある程度飲み食いしたらまた稼がなきゃいけないわけなんですわ。

 

 ……盗賊退治やらアーレントさんのガイドでちょっとした臨時収入があったから現状カツカツではないんだが、手持ちの余裕はさておき、使ったらその分だけ稼いで穴埋めしたくなるんだよな。

 まぁ、貧乏性ってやつだ。

 

 だから朝からギルドに顔を出して依頼を選り好みしていたんだが、いまいち気分が乗ってこない。

 中途半端に金を持ってるせいで、いつもなら飛びつく地味ぃーな仕事をやる気がな……起きねえんだよ……。

 もう少しここで待ってたら好みの依頼でも飛び込んで来ないもんか。

 もしくは誰か割のいい仕事に誘ってくれねえかな。

 

 そんな感じで適当に革を切って革紐を量産しながらのんびりしていたところ、ギルドの入り口あたりが騒がしくなった。

 

「おい聞けよ、“大地の盾”で同士討ちがあったんだってさ」

「マジか! 誤射か? いや、この時期だともしかして……」

「ああ、イビルフライが出たらしい。つっても森に入ったパーティーは場所も覚えてないらしいんだが」

 

 イビルフライ。それを耳にした瞬間、俺は革紐をまとめて縛り、荷物をまとめ始めた。

 

「死人は出てなかったが、二人が怪我してる。何発か派手に殴り合ったらしい……」

「おいおいあいつらにしちゃ珍しいな……イビルフライは討伐できたのか?」

「ああ、討伐証明の複眼は2つだけ、引きちぎったように荷物にぶち込まれていたらしいが、誰も覚えてなかったみたいだからな……それで全てかはわからん」

「もうイビルフライが出てくる季節か……魔法か弓を扱える連中に潜ってもらうしかないな。しばらくバロアの森に潜りたくねえ」

「“大地の盾”は揉めてた二人も含めて、しばらく話し合いの期間を設けるらしいぜ。討伐は遠距離持ちに任せることになるだろうよ」

 

 ……あのクソ真面目な“大地の盾”でも仲間割れするなんてな。

 まぁ、過去にも何度かあったことではある。大手のパーティーでも起こるんだ、この仲間割れは。

 

 イビルフライ。

 1メートル近いサイズの銀色の蝶の魔物。

 特に攻撃らしい攻撃手段は持たないが、その鱗粉を受けた奴は一定時間後に過去数分から数時間の記憶を失うという、恐ろしい魔物だ。

 

 こいつの恐ろしさは……なんだろうなぁ。図鑑とかで特性を読むだけじゃなかなかわからないだろうな。

 数多くある実例を一つ一つ聞いて初めて、ようやくこいつの脅威度を理解できる。そんなタイプの魔物だ。

 

「よし、俺ちょっと森行ってくるわ」

 

 そしてこいつに限っては、俺は報酬度外視でぶっ殺すことに決めている。

 

「おいおいモングレル、どうしたんだ。聞いてなかったのか」

「確かにイビルフライはソロ討伐に向いてはいるがなぁ……どこにいるのかわからないんだぞ」

「あー、そのあたりは東門行って本人達から聞いてくるわ。わからなかったらまぁ、適当に野草でも摘んで戻ってくるさ」

 

 革の端切れに“イビルフライ駆除ツアー開始”とだけ書いて、俺は東門に向けて出発した。

 

 

 

 東門に到着した俺は、ひとまず森へ行く前に併設されている診療所に顔を出した。

 まずはここで“大地の盾”の連中から今日探索する場所の大まかな話を聞いておかなきゃならん。

 

「おーい、見舞いにきてやったぞー」

「……おお、モングレルか」

「賑やかな奴が来たな」

「ははは」

 

 診療所では見知った二人がそれぞれ寝台で横になっていた。

 二人とも顔に派手な痣がある。一人は結構な血が出たのか、真っ赤な布を手で持って鼻を押さえていた。

 

 ぱっと見て仲が悪いようには見えない。だが、これはある意味当然だ。二人は何も覚えていないのだから。

 覚えていないが、“何か”があって……本気で殴り合ったのだ。

 

「怪我は、酷そうだな」

「まあ、見ての通りだ。……今回の件は、自分でも少し驚いている」

「俺たちは何も覚えてないから、質問されても答えられないぞ。潜ったのは3人、討伐した数は2……そのくらいのもんだ。……今日はアレックスも一緒だったが、あいつも覚えてない。今は報告に走って貰ってる。……アレックスには悪いことをした」

 

 アレックスも一緒だったのか。

 性格的に二人の仲介役になってたはずだが、それでも止められない何か禁句が飛んだのか……。

 

「……イビルフライなんざ、初めてってわけでもなかったんだがなぁ」

「……」

 

 この二人はシルバークラスの熟練ギルドマンだ。何年もレゴールで活動しているし、仲も悪くはなかったはず。

 だが……今日は何かの拍子に、迂闊な言葉でも飛び出したのか。結果は、こうなっている。

 

 しかし俺はこいつらに同情したり慰めたりだけしているわけにもいかない。

 俺にはやるべきことがある。

 

「なぁ。今日潜った森がどこらへんかだけ教えてくれないか。ちょっくら行ってきて生き残りのイビルフライがいないかどうか探してくるからよ。……アレックスを入れたお前ら三人が一緒になって戦うことになったイビルフライだ。2匹ってことはないはずだぜ。まだ残っている可能性は高い」

 

 そう、問題は数だ。イビルフライが2体しかいなくてそれが全て駆除できたのなら良い。

 だがこの状況……“大地の盾”の手練れ三人が一斉に戦いを挑むような数ともなれば、それは多分2体ぽっちってことはねえ。

 絶対にもっと多くの蝶がいるはずだ。

 

「……一人で森に潜るのは……ってのは、モングレルには今更か」

「くくく、まさかモングレルが頼もしく感じる事になるなんてな……一応、今日行く予定だったルートを書き残してやる。……悪いが、頼めるか?」

「任せておけ。単独でやってる俺からすりゃ、イビルフライなんて気づけば終わってるだけの美味い任務だしな」

「本当に頼もしいな」

「気をつけてくれよ。俺たちは多分……色々と、油断をしていたからな。こうなった手前、言えた立場じゃないのはわかっているが……頼む」

「任せろって」

 

 場所の記されたメモ書きを受け取り、俺はニヤリと笑ってみせた。

 

「なんたって俺は――」

 

 

 

 記憶はここで吹っ飛んだ。

 

 

 

「……は? ああ……」

 

 気がつくと俺は、夕暮れの森の中で一人立ち尽くしていた。

 手にはいつの間にか握りしめていたバスタードソード。身体はほどよく疲労している。……結構な時間が経過していたらしい。

 

 怪我は、まぁ無し。当然だな。しかし……。

 

「なるほどな。こいつは手を焼くわけだ……」

 

 俺の周囲には五匹のイビルフライの死骸が転がっていた。

 しかもそれだけじゃない。首と胴を数か所深く斬られたサイクロプスの死骸も転がっていたのである。

 

「まさか、イビルフライとサイクロプスがセットで居たなんてな……こりゃ三人がかりにもなるわ」

 

 イビルフライ。こいつの鱗粉は他の魔物にも作用を及ぼすことがある。

 このサイクロプスも影響を受ける魔物の一種だ。

 

 イビルフライに集られ、常に記憶を曖昧に錯乱させながら飢え続け……アレックスたち“大地の盾”と遭遇したのだろう。

 

 襲いかかってくるサイクロプスと記憶を奪うイビルフライのセット。普通に凶悪だ。

 こうなるとただのんびりと蝶を駆除すればいいって話じゃなくなってくる。

 

「……ああ、サイクロプスと何度か戦ったのか……腕の傷は俺のバスタードソードではないな。こっちはアレックスの“風刃剣”の痕かな。サイクロプスを手負いにして、急いで複眼だけもぎ取って離脱したわけね……なるほど」

 

 戦闘中に記憶が飛ぶなんてことがあれば、パニックは必至だ。

 

 想像してみてほしい。

 “よーし、今日は薬草採集頑張るぞー”なんて気持ちで森の入り口に立った瞬間、いきなり目の前にサイクロプスとイビルフライの群れが居るというシチュエーションを。地獄だろう、そんなの。

 戦いが長引けば長引くほど、イビルフライの鱗粉による記憶の消滅は鋭く牙を剥いてくる。あいつらは慎重に退却を選んだってわけだ。

 

 胸元から端材のメモを取り出すと、そこには捜索の進捗が地図形式で書かれていた。

 ……この場の戦闘は、さすがにサイクロプスもいたせいでメモを取る暇もなかったか。

 まあ、帰り道がわかりやすくて助かるけども。

 

「……しかし、仲間割れでもしたのかと思ったが……あいつらの怪我がサイクロプスのせいかもしれないってのは、救いでもあるのかもしれねぇな」

 

 俺はサイクロプスの虹彩を切り取り、複眼を拾い集め荷物に纏めた。

 今回の討伐部位は半分くらいは現地に捨て置かれていたってことにしておくか。“大地の盾”に手柄を押し付ける形だな。

 実際、そのくらいの報酬の上乗せがなきゃあいつらが可哀想だろう。サイクロプスも軽傷ではあったが手負いではあったわけだしな。

 

 不幸な怪我の上に、不本意な仲間割れの危機まで上乗せすることはないだろうよ。

 

「さっさと報告に戻ってやるか」

 

 俺はバスタードソードを鞘に戻し、帰路を急いだ。

 早めに戻って、二人の仲違いは魔物が見せた幻想だったと教えてやらないとな。

 

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