バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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わりと一般的なエルフさん

 

「それがまたとんでもなく臭くてなぁー」

「わかるっス。臭いっスよねぇ」

 

 ある日の朝、俺はライナと一緒に市場を回っていた。

 

 事の発端は、俺の使っていた弓剣の弦が切れてしまったという悲しい事故に起因する。

 おもむろに鉄弦リュートを弓剣で弾いてみたら一発でブチッといったのにはさすがの俺も驚いたぜ……。

 

 その弦を新しく張り直してくれる店でなんか良いところないかって話をしてみたら、ライナが“アルテミス”で贔屓にしてる弓専門店を教えてくれたわけだ。

 店では刃付きの弓剣を見た店主がいかにも面倒くさそうな顔をしていたが、嫌々ながらも数割増しの価格で弦の張り直しをやってくれることになった。ありがてえ事である。

 今はその帰り道で、適当に朝の市場をぶらぶらしながら歩いているのだった。

 

 

「お、青物市場に出ちまったか。葉物野菜でも買いてぇな」

「モングレル先輩って野菜食べるんスね」

「ライナお前俺のことを何だと思ってるんだよ」

「肉しか食べない人っス」

 

 そりゃまぁわりと肉ばっか食ってるとは自分でも思うけどな。

 こんな俺でも外ではしっかり適当な野草を摘んで野菜成分を摂っているんだぜ。だいたいがあまり美味いもんでもないから頻繁には食わないけど。

 

「ライナも野菜ちゃんと食わないとダメだぞ。野菜食わないと人間長生きできねえからな」

「太った貴族の人みたいになっちゃうんスよね」

「まぁそんなところだけどな。野菜は色々と身体の調子を整えてくれるもんなんだよ」

 

 とはいえ、この世界に存在する野菜や果物がどれだけ有益なのかは俺にはちょっとわからない。

 なんとなくカロテンかな……? とか、ポリフェノール多そうかな……? とか、そこらへんの薄っすらとした予想はあるにはあるが、詳しい栄養素なんてものは全くわからないしな。

 辛うじて前世と同じ品種の作物が何個かあるおかげでこの世界の食事も助かってはいるものの、今でもよくわからん物は多い。

 詳しく検査してみると有害物質が含まれている作物なんかもあったりしてな。それを調べる技術さえ、まだこの世界には存在しないわけだが……。

 俺たちにできるのは可能な限りアク抜きするか、加熱することだけだよ。

 

「せっかくだし私も何か買っていこうかな……あ、タケノコ売ってるっス」

「渋いもんチョイスするなライナ……」

「前お店で食べた時美味しかったんスよね、食感が」

 

 市場には色々な品物が並んでいるが、たまーにこんな風に知ってる顔が転がっていることもある。

 タケノコ。名前の通り竹の新芽を収穫したものだ。

 

 タケノコがあるならチート植物の竹が使えるじゃんって思われるかもしれない。

 だがこの世界における竹はかなり使い辛い植物として通っている。

 

 まず前世の竹よりも成長が遅い。この時点でわりと致命的だ。

 そして強度が低い。細工物にしても心配になるレベルでナーフされている。

 あと成長につれて真っ直ぐではなくかなり曲がっていく。背丈も低いし扱いづらい。

 なんか節の径がデカいせいで真っ直ぐの材がほとんど取れない。ここらへんも加工に関しては致命的だな。

 

 だからまぁ……結構残念な植物扱いされているね。竹。

 それでも二つに割れば良い感じのハーフパイプが出来るわけだから、奇跡的に真っ直ぐ育った材なんかは利用されているらしい。

 あとは、新芽がポコポコ出てくるのは変わらないらしいからこうしてタケノコが食用として利用されているくらいかな。ちょっとした珍味扱いだ。塩焼きや煮物に使われている。

 

「これひとつ、いやふたつくださいっス」

「はいよー」

 

 ライナは健康のことも考えてタケノコを買っているのかもしれない。

 だがこのタケノコ、俺の前世と同じようなものだとすれば、そこに含まれる栄養素はというと……正直この世界ではそんなに心強いものではないだろう。

 カリウムなんて他の野菜にもたくさんありそうだしな……なんとなく味的に……。

 ローカロリーだしこれといったビタミンもあったかどうか……。

 こういう、“食えるけど身体に役立つかというと別にそうでもないもの”の区別がつかないのもまた栄養学が発達してない世界の落とし穴だよな。

 セロリだけを食い続けていくとやがて緩やかに餓死するなんて話を聞いたことがあるが、そこまで極端な話ではなくとも、似たような栄養学の落とし穴にはまっている人は多そうだ。何にせよ、バランスよく色々な品目を摂取しましょうっていう前世と同じ結論になるわけだが。

 

「おや? ……キミは……ああ、少年じゃないか。まさかこんな街で会うなんてね」

「……え?」

 

 ライナが野菜を買っている間ぼーっと考え事をしていたら、どこか懐かしい声が聞こえてきた。

 聞き覚えのある若々しい女の声。そして俺を少年呼びするこの浮いた感じ。異世界とはいえそんな奴は二人もいない。

 

「久しぶりだね、少年。私のこと、覚えているかな?」

「……カテレイネかよ。久しぶりだな」

 

 声のした方……野菜を売る露天商の並びに目を向けると、そこには麦わら帽を被った一人の美女が座っていた。

 カテレイネ。一度見たらまず絶対に忘れることのないであろう女である。

 

「随分と大きくなったね。……ああ、ギルドマンになったんだ」

「あー、まぁな。そうか、カテレイネと会ってた頃はまだなってなかったもんな……」

「根無し草だった少年も、苔くらいには落ち着くようになったということなのかな。ウフフ」

 

 金色の長髪に褐色の肌。整った美人系の顔立ち。それだけならばまだ普通だ。

 しかし彼女の耳を見ると……普通の人間よりは長く、そして目の色は左右で青と金とで異なっていた。

 そして魔法使いが着るようなボロボロの古いローブを身に纏う様は、老練の魔法使いを思わせる。

 

 言うまでもなく、この耳の長い彼女はエルフだ。

 レゴールでもカテレイネのようなエルフはちらほら姿を見かけるが、それでも彼女のように金髪で、しかも浅黒い肌をしたエルフは珍しいだろう。見た目はまさにダークエルフだ。

 そして何より、左右で違う色と目。オッドアイ。これは本当に珍しい。その姿は異世界といえども特異なものであり、麦わら帽が無ければ通りの人の目を引くだろう。

 

 俺は昔、レゴールに来る前。つまり十代の半ば辺りの頃はまだ、拠点を定めずに各地を放浪していた。

 どこかの街に居着くこともせず、ギルドマンにもならず、人に雇われて今以上に適当に仕事をしてたわけだ。

 カテレイネはその頃に何度か依頼人として雇ってくれた相手でもある。

 

「モングレル先輩、買ってきたっス……けど……」

「おお、終わったか」

「……その人、誰っスか……?」

「おや、少年にも友人ができたのか。ウフフ、何だか我がことのように嬉しいよ。はじめまして、私の名前はカテレイネ。ただのしがない野菜売りだよ」

「あ……どもっス。私はモングレル先輩の……ギルドマンの後輩で、ライナっス。シルバー1の弓使いやってるっス」

「ライナね、よろしく。私のことはカテレイネか、お姉さんと呼んでくれていいよ」

 

 カテレイネの放つ独特の雰囲気に、ライナはちょっと気圧されていた。

 

「なんかこのエルフの人……サリー先輩みたいっス」

「こらライナ。失礼だぞ」

 

 初対面の人をサリー扱いするんじゃありません。一応こいつは変わり者ではあるけどしっかり話が通じるから……。

 

「カテレイネは何故レゴールに? お前がこっちまで出張ってるなんて知らなかったぞ」

「それはもちろん、商売になると思ったからだよ、少年。人が多ければそれだけ買い手も増える。昔、君が言ってたことじゃあないか」

「いやぁまぁそうだけど」

「ベイスンで売るのも楽しかったけどね。せっかくの美味しい野菜なのだから、より大勢の人に味わってもらいたい……だろう?」

 

 麦わら帽のつばを上げて、カテレイネが微笑んでいる。

 意味深な微笑みだが……。

 

「ほら、せっかくこうして会ったんだから何か買っていきなよ。とはいっても、取り扱っているものは以前と変わらないけどね」

「……相変わらず根菜ばっかりだな」

 

 カテレイネが広げる茣蓙の前には、適当に土を落としただけの細い根っこばかりが並んでいる。三種類ほどあるらしいが、俺には未だにその違いがわからない。

 だがまぁ、しばらくこの根っことも会えなかったからな。一本くらいは買っておくか。

 

「これにするよ」

「はい、じゃあ銀貨一枚」

「おいおい、安いな」

「え、安いんスか」

「ウフフ。久々だからサービス価格にしてあげる。そっちの少女もどうかな? 同じく銀貨一枚にしてあげるけど」

「え……い、いやぁ、私は別にいっス……」

 

 まぁ無理して買うもんじゃない。やめておけ。

 

「まいどあり。……それじゃあ、またどこかで会おうね。少年」

「ああ……そんな時があったらな」

「応援しているよ」

「……そうか。まぁ、ありがとうな」

「ウフフ」

 

 そういったやり取りをして、俺たちはカテレイネの露店から離れていった。

 

「えっと……あの、モングレル先輩」

「ん?」

 

 やがていくらか歩いたところで、神妙な顔のまま黙っていたライナが俺の顔を覗き込んできた。

 

「さっきのカテレイネさんって、何者なんスか。あの雰囲気……それに口ぶり……絶対に、なんていうか……普通の人じゃないっスよね」

「……ライナはどう思った? カテレイネのこと」

「……正直、よくわからなかったっス。商人みたいに野菜は売ってたけど、あの目とか、髪の色とか……エルフだし……モングレル先輩と昔から知り合いだったって言うし……私から逆に聞きたいっス。あの女の人は、なんなんスか……?」

 

 ちょっとシリアスな雰囲気での問いかけだった。

 そうか。ライナもあの女にそんなヤバい雰囲気を感じ取ったか……。

 

 だがな……実際のところはな、大したことがなかったりするんだぜ。

 

「実はあのカテレイネはな……」

「……はい」

「見たまんまの人なんだ」

「はい……はい?」

「見た目通りエルフだしサングレール人の血も入ってるから金髪だけど、それ以外は普通のハルペリア人だよ」

「えぇ……」

「ガッカリしただろ」

 

 ところがどっこいマジなんだよな……。

 

「ベイスンの方の実家で畑持っててな。そこであの根菜を作ってるんだが、時々遠出して売りに行ってるんだよ。だから肌も日焼けしてるしあの麦わら帽も被ってる」

「え……でもなんだか古いローブとか着てるし……魔法使いとかじゃ……?」

「古着だよあれ。行商中は杖ついて歩いてることもあるから魔法使いに見えるんだよな。俺も最初は勘違いしてたぜ。けどあいつ別に魔法とか使えないし、ただの農作業やってる女の人だよ」

「えええ……」

 

 あとエルフで俺のことを“少年”呼びしてくるけど、俺よりも一歳だけ年上ってだけだから。

 いつまで経っても頑なにお姉さんマウントを取ってくる31歳でしかない。別に数百年とか数千年とか生きてる謎に満ちたダークエルフの某ってわけではマジでない。

 

「じゃああの……左右で色の違う目は……?」

「昔は生まれつきだって言ってたよ」

「ええええぇ……」

「な? ガッカリだろ?」

「いやぁ……勝手にガッカリするのは失礼なんでそういうわけじゃないスけど……確かに想像とは違ってたっスね……」

 

 謎がありそうな属性全部盛りしてるような見た目と喋り方してるけどただの農業と行商やってる一般人だよ。

 一度カテレイネの実家の農作業を手伝ったこともあるけど普通に農家だったしな。エルフの王家の血を引いてるとかそういう裏設定も全く無くて当時は超ガッカリしたよ俺。

 

「……ていうか、モングレル先輩。あれっスか。レゴールに来る前はベイスンとかにも居たんスね……」

「俺もハルペリアのあちこちをうろちょろしてたからなぁ」

「ドライデンの方とかに来たこともあるんスか」

「いいや、そっちはあんまり。だからライナと会ってたってことはないんじゃねえかなぁ」

「そっスかぁ……」

 

 まぁ結局今のレゴールに落ち着いたけどな。

 立地も良いし領主が神すぎる。今のところ動く予定はないし、可能な限りはダラダラさせてもらうぜ……。

 

「ところでモングレル先輩。その根っこは結局なんなんスか」

「これ? これはな、マクレニアっていう植物の根っこでな。齧るとメチャクチャ辛くて身体がカーッと熱くなるやべぇ根っこだよ」

「やっぱあのカテレイネさん変な人じゃないスか!?」

「いやいや、これちょっとすりおろしたやつをお茶とかに入れると冬場は温まるんだよマジで。怪しいもんじゃないから」

「怪しいっスよ!」

 

 それからしばらくライナにこの高麗人参っぽい雰囲気のマクレニアの良さを語り聞かせてやったが、有用性についてはわかってもらえなかった。

 しょうがねえ。寒くなったらこの根っこで作った特製ホットドリンクを飲ませてやるとするか……。

 




「バスタード・ソードマン」の評価者数が3600人を超えました。

いつも当作品を応援いただきありがとうございます。

これからもよろしくお願い致します。

評価者数3600人超えのお礼に、にくまんが踊ります。



ヽ( *・∀・)ノ スッ……

ヽ( *・∀・)ノ ……

( *・∀・)スンッ……

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