バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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森の奥地のオーパーツ

 

 レゴール伯爵とステイシー嬢の婚約が決まり、結婚式は秋にも行われるらしい。めでてぇ。

 正直このくらいのスピード感で行われる婚約とか結婚が異世界基準で速いのかどうかはわからん。俺は庶民だしな。

 貴族だし前々から決まっていたことなのかもしれない。

 それでも多少の時間を開けているのは、参列者に対して余裕を持たせるためなんだろうか。

 

 けどまぁ俺みたいな一般ギルドマンには縁のない話である。

 せいぜい行われるかどうかもわからないパレードを遠くから眺めて伯爵夫婦に手を振るくらいだろうか。遠くから“伯爵おめでとー!”なんて叫んだりしてな。

 

 まぁ、表向きはそのくらいでいいさ。

 問題は裏向き。秋頃に行われるであろう結婚式に何を贈るかだ。

 

 俺はブロンズ3の最強ギルドマン、モングレルだ。

 しかし同時にレゴールに潜む謎の発明家ケイオス卿でもある。

 モングレルとしての俺なんてこの街じゃ便利屋くらいがせいぜいだし、そんな奴が“これもらってください”なんてプレゼントを用意した所で衛兵にせき止められた末にそのまま不審物として廃棄されてもおかしくはないだろう。

 いやそこまで言わなくても多分伯爵の元に届くことはない。逆に届いたら怖いわ。もしそんなことになったら警備をちゃんとしておいて欲しい。

 

 でもその点、ケイオス卿としてのプレゼントなら通るはずだ。

 以前送り付けた内政向きの知識はきちんと本人に届いたわけだしな。きっと用意すれば受け取ってもらえるはず。

 

 だからまぁ、ケイオス卿として何かしらの結婚祝いを用意するわけなんだが……。

 別に純粋なお祝いの品なんだし、政治に役立つものでなくても良いよな。

 気持ちが籠もっていればまぁそれだけで……みたいな。

 

 けどケイオス卿もブランドだからな……ブランドを傷つけるわけにはいかないぜ……。

 俺の生っちょろい手作り品を送りつけてもそれはそれで向こうも困るだろう。もっとこう、趣向を凝らした……なんかその……アレよ……。

 

 ……何にしよう……?

 

 

 

「結局森に来てしまった……」

 

 今日は単身、バロアの森の奥地にやってきた。

 俺は何かしら迷うようなことがあると、毎回ここにやってきて考え事や作業に耽る。

 宿屋でもちょっとした工作作業ならできるが、大掛かりな作業となるとさすがに難しいからな。周りを気にせず音を出せるって意味では、ギルドマンも立ち入らない森の奥深くが最も都合が良いんだ。

 

「どこだー、俺の秘密基地4号ー」

 

 そしてこういう時のために、屋外にもちょっとした工作施設というか……隠れ家的なものを作ってある。

 俺の馬鹿力なら山小屋でもなんでも簡単に建設するだけならできるが、野生生物や魔物にぶっ壊されるだろうし、人に見つかるリスクだって馬鹿にできない。

 だから俺の秘密基地は地面の中に、入念に隠してあるのだが……地図もGPSもないもんだから、まぁ普通に見失うことが多いんだわ。

 

 本音じゃでけー木を使ってツリーハウスでも建ててぇんだけどな……目立つからな……いやほんとどこに行ったんだか俺の秘密基地……。

 

「あった、ここだ。この枯れた切り株。間違いない」

 

 諦めて秘密基地5号を作るのはさすがにダルいぞと思いかけたところで、どうにか目印となる枯れた切り株を発見した。

 

 これはバロアの切り株を薬剤で腐らせた上、その周辺の土にも散布して木に飲まれないようにした場所だった。

 芽を出さない切り株だけがぽつんとある地形。これこそが俺の秘密基地。

 

「まぁ入り方はアナログなんだが……」

 

 切り株の下の土をスコップでどかすと、レンガ作りの家が出てくる。

 その表面はタールでベタベタにされ、防水加工が施されている。とても狭い地下シェルターだ。

 当然ながら、この中に入るような真似はしない。これはあくまで倉庫。屋外で何か作業する時のために必要な工具や材料を入れておいた、俺の物置でしか無い。実際に作業をするのは持ってきたテントとかタープの下でやる。その方が普通に快適だしな。

 

「……よし、濡れていない。まぁこんだけベタベタにすれば入る余地もないわな」

 

 街の中に保管しておけよって思うかもしれないが、これは念のためだ。

 試作のベアリングを使った旋盤。ショボい活版印刷機。永久磁石を使った発電機。……こんな大掛かりでヤベェ道具類をな、街中に置いておくわけにはいかんでしょって話なわけで。

 

 一応レゴールにも鐙を使った旋盤っぽい道具はあるが、あれはベアリングを使ってないからな。俺の試作したこいつには苦し紛れだが手製のベアリングが入っている。魔物由来の核を使っているせいもあってか完璧とは全くいえないレベルだが、それでも多分街中にあるどの工作機械よりも有用性は高いだろう。

 こいつが下手に外部に漏れると鉄量で勝るサングレールが活き活きしはじめる可能性があるからどうにも持ち出す気になれない。

 平地の多いハルペリアなら車軸のグレードアップで優位に立てるとは思うんだが……まぁ俺がチキンなだけだよこれは。

 

 活版印刷機は言うまでもない。鉛を使った活字による原始的な印刷機だが、広めた後がなんか怖くてまだ出し渋っている。現状でも活版と似たような技術はあるから杞憂かもしれないが……保留中の技術だ。日の目を見るにしても紙の安価な大量生産から考えなくちゃいかん。植物紙はあるけど高価だからまだまだ活用される時ではないだろう。

 

 永久磁石を使った発電機。これはまあ、かさばるからここに置いている物だ。

 このショボい磁石を作るためだけに俺はオーロラにぶち殺されそうになった。あまり思い出したくない。

 しかも一部の魔物が強い電波に対して強い攻撃性を示すっぽいことが判明してから先進的な電気技術は封印することにしている。ぱっと見何に使う道具なのかはわからないから、街中でも使えるかなーなんて思ったら普通に危険物だったでござる。

 今はせいぜい、軽い電気分解をするための道具かなってところに落ち着いている。

 

 ……電波がなー。なんか魔物の一部がすげー敵対してくるんだよなぁ。

 

 個人的には水酸化ナトリウムを作れるってだけでも電気はすげー有用だと思っているんだが、設備が大掛かりになるとこの世界の魔物がどういう反応を示すのか全くわからん。少なくとも一部がめっちゃ怒るのはわかっている。一度それで痛い目を見そうになった。

 

 国主導で作りたいんだけどなー、ダメかなぁー……。

 ハルペリアは銅と銀はあるからワンチャンあるんだがなぁー……。

 

「ぐぬぬぬ……」

 

 しばらく秘密基地の倉庫に収められた未公開発明品を眺め、唸る。

 発明っちゃ発明だ。どれも国を豊かにしてくれる。だがその後の影響を考えると手が伸びきらないというかなんというか……。

 

「……よし、無難なものにしよう」

 

 結論。俺はチキンになった。

 やっぱ科学を無理やり推し進めても経済や世間が追いつかねえもんな、うん。

 急激な進歩は同時にアホみたいな失業者を生むし……そういう意味でもあまり波風立たないものをプレゼントすることにしよう。

 

 まぁ大丈夫だろ。伯爵だってまごころ込めたプレゼントなら喜んでくれるさ……。

 

 

 

「こうして、こうして……まぁ、これで良し」

 

 クロスレザーシープのカサカサした、つまり紙のような質感の革を、一定のサイズにカットして十何枚か作る。

 サイズはA4。等間隔に穴を開け、ワイヤーを曲げて作った道具で閉じる。俗に言うルーズリーフだ。

 そこに丁寧に文字を書き込んでいく。今回の贈り物は決めた。小ネタ集にする。

 

 家畜飼料の重要性。短期間ですぐに成果を上げる設置物の案。

 農作物における有用な肥料のいくつか。

 軽量化された車輪のデザイン案。

 共通規格のコンテナの必要性について。

 あとはまぁ、睡眠と食事についての話だったり、出産から産後においての留意点……そういったものだ。

 

「ふう。久々に丁寧な字を書いたな……」

 

 出来上がったのはなんともまとまりのない内容の薄い本だ。

 現代日本でこれをネットに公開したらWikiを開いたスマホ片手に特に関係のない各位からお叱りと煽りを受けそうなふわふわした知識ばかりだが、多分無いよりはマシだと思う……思いたい……。

 

「レゴール伯爵なら何割かは有効活用してくれるだろ、多分」

 

 最後にケイオス卿らしく、科学知識がなければ再現の難しい色合いを含んだマーブル模様の膜を固着させた表紙を一緒に綴じて……これで完成だな。

 

「あとはまぁ、機を見てレゴール伯爵に近い人のところに送り届ければ良いな」

 

 仕上がったアイデアノートを見て、俺は頷いた。

 

 ……いやぁでも、ノートだけだぜ……?

 

「まだちょっと物足りないかぁ……? やっぱまだ他に何か付けたほうが良いんじゃねえのか……? うーん……ぬいぐるみとか? いやいや……」

 

 結局、何日も森の奥地で悩み続ける俺なのだった。

 

 


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