バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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成長する娘と息子

 

 さて、レゴール伯爵の結婚は決まったが、何も結婚は貴族だけのものじゃない。

 庶民だって結婚するし、庶民なりに式だって挙げる。

 そしてこの国の結婚率は現代日本ほど絶望的ではない。良い感じの仲になれば、何年も同棲することもなくわりと気軽に結婚できる。まぁここらへんは人々の考え方の問題かもな。

 

 で、今日この日、俺の身近でも結ばれる男女がいた。

 宿屋の女将さんの長女、ちょっと生意気なジュリアである。16歳で結婚とは随分と気が早いが、この世界では珍しいことでもない。

 お相手は数年間お付き合いしていた工房務めのシモンである。

 若者にありがちな互いに一目惚れして衝動的に結婚、とかそういうものじゃないだけ随分と真っ当な結婚と言えるだろう。

 

「シモンー! ジュリアちゃん大切にしろよー!」

「ジュリアー! 幸せにねー!」

「ちゃんと稼いで養っていけよー!」

 

 式は教会というか、神殿で挙げられる。

 レゴールに幾つかあるヒドロアを祀る神殿だが、国民の信仰心の薄さからかこういう冠婚葬祭系の時くらいにしか活用されていない。

 神殿の勢力もさほど金があるわけではないので、施設だって慎ましいものだ。レゴールの外れにあるこの神殿は特に狭いもんだから、二人の新郎新婦の親戚友人を招けばすぐに満員になってしまう。

 

「ジュリア……まだ半人前の俺だけど……必ず君を幸せにするから」

「うん……絶対に幸せにしてよね」

 

 いつもより着飾った二人が、そっと距離を縮めて向かい合う。

 月神ヒドロアの下で結婚を誓う二人は、まず夫となる者が妻の頭にヴェールを被せ、その後ヴェールを開き、妻にキスをする。

 このキスは参列者からはヴェールによって隠されていなければならない。その光景を見届けて良いのは奥に控えている神殿関係者だけだ。

 

 ヴェールに隠されながら奥ゆかしく……という感じもあるんだろうが、見えないせいで逆に想像を掻き立てられるせいか普通にキスするよりもなんかこう、あれだよな……うん……。

 

「ヒュー!」

「やるねぇシモン!」

 

 これがまぁ、式のクライマックスだな。

 二人は幸せなキスをして終了。その後は万雷の拍手によって祝福され、結ばれるというわけ。

 

「ジュリアも大きくなったもんだなぁ」

「うっうぐぅー……ジュリア……大きくなって……!」

 

 そして俺の隣では女将さんがすげー号泣しまくっている。

 ほぼ女手一つでジュリアをここまで育てて来たんだ。しかも第一子。そりゃあ感慨深いことだろう。

 

 “スコルの宿”では小さい頃から女将さんの手伝いをし、小さい妹や弟の世話までしっかりやってきた。

 まぁ母親に向かってギャーギャー言ったり生意気な部分はかなり多い子だったけども、変なグレ方もひねくれ方もせず、まっすぐ良い子に育ったんじゃねえかな。

 

「まぁ、本当に良かったですね。真面目そうな男で」

「うん、うん、本当よ。何度か話もしたし、彼なら大丈夫よ。私の旦那よりもずっと良いくらい」

「ははは……」

 

 笑って良いのか困るネタだぜ……。

 

 ジュリアの相手のシモンは、レンガや器など手広くやってる大きな陶器工房に務める18歳の男。黒い短髪に小麦色に焼けた肌が活発そうな印象を受ける、なかなかの好青年だ。

 実にまともそうな男である。家もあって、職を持ってるってのが良い。でなけりゃ女将さんも付き合う段階で反対してただろうしな。

 

 これからジュリアは向こうの家に嫁ぐ。

 向こうはシモンの母親が住んでいるらしいから、姑とどう上手く付き合っていくかって感じになりそうだ。

 まぁジュリアは昔からちゃっかりしてたし、人付き合いもよくできるタイプだから問題はないだろう。

 

 むしろ問題は、残される女将さんの方かもしれない。

 

「女将さん、宿屋の経営は大丈夫なのかい。まだ次女のウィンだって11歳くらいでしょ。一人で切り盛りやっていけるの?」

「なぁに、大丈夫さ。食事の種類を減らして対応すれば簡単なもんよ。最近じゃ色々と便利な道具もあって、やりやすくなったからねぇ。忙しい時は知り合いの子に頼んで働いてもらうよ。子供たちだって野菜の皮むきくらいはできるし」

「うん」

「皮むきやだー」

 

 “スコルの宿”を担っていくウィンとタックはまだまだ小さい。

 ウィンの方は良い子だが、タックがお手伝いレベルでもまだまだゴネる。要教育である。

 

「こらタック! ジュリアがいなくなった後はあんたもしっかり手伝いするんだよ! うちは子供だって遊ばせておく暇なんてないんだからね!」

「……ジュリアねーちゃん、家出ちゃうんだ」

「出ちゃうんだよ。嫁入りってのはそういうものだからね」

「もう会えない?」

「あっはは! 会えるよ、同じレゴールだもの。けど結婚したての時は、そう何度も通ったりするもんじゃないよ」

 

 幸せそうに笑う新郎新婦を見て、女将さんは微笑んだ。

 

「いつの間にかあんなに大きくなっちゃって……幸せになってよね、ジュリア……」

 

 “スコルの宿”の人手が減ってこれから大変になるだろうが、それでも女将さんは嬉しそうだった。

 

 

 

 で、まぁ結婚式の後なんてもんはどこの世界でも決まっていて、飯と酒の時間になる。

 式は日中に行われ、ここからは夕食を兼ねたどんちゃん騒ぎだ。新郎新婦を交えてとにかく“めでてぇ”って言いながら存分に飲み食いを楽しむのだ。

 

「お前ー! 結婚はまだだって言ってたくせによぉー!」

「裏切り者がぁー!」

「痛い痛い、やめろって! 裏切りとかじゃねえし!」

 

 シモンは酒の入った男友達にウザ絡みされている。

 

「えーじゃあそっちの方が市場近道できるじゃん! やったー」

「人が少ないから夜は怖いけど、朝は楽で良いよー、うちの兄貴も前にそこらへんに住んでたからちょっと知ってるんだ」

「でもあれさぁ、道の凹みがあって水たまりがあると跳ねたのが結構ね……」

「あーあれね! あそこのひどいわよねぇ」

 

 ジュリアの方は同年代の女友達と一緒にキャイキャイ喋っている。

 こっちはもうすでに井戸端会議の風格が出てきているな……距離取っておこう。

 

 ……っていうか、あれだな。

 俺も何度かこういう集まりには顔を出してるけど、今までのはほとんどギルドマン繋がりのやつだったから良かったけど……レゴール一般市民の集まりになると途端に顔なじみが少なくなるな……。

 

 いや、時々知ってる顔はいるんだけどもね。普段みたいに喋る相手に困らねーって程ではない。居心地が悪いってわけじゃないけど、なんか新鮮だわ。この空気。

 

「うーむ、どの料理にもローリエが効いてるぜ……」

 

 臭い肉にローリエ。ポトフにローリエ。まぁローリエ無難だから良いんだけどね。祭とかになると途端に使用量がガッと上がって飯全体がローリエ臭くなるのはちょっとやりすぎだと思うんだよな……。

 

「あのー、すいません、モングレルさんですか?」

「ん、うおっ? ああそうだよ、俺がモングレルだ。っていうか、知ってるんだ俺のこと」

 

 一人で黙々と飯を食っていると、突然シモンから声を掛けられて少しビビった。

 男友達からはどうにか抜け出せたらしい。……っていうか俺がギルドマンなせいか、向こうは遠巻きに見守っているようだ。まぁ世間一般じゃギルドマンなんて怖いお仕事みたいなもんだしな。シティボーイには怖かろうよ。

 

「モングレルさんのことは、何度かジュリアさんから聞いてます。宿にずっと泊まってる人で、兄代わりみたいだったって。話には聞いてたんですけどね、ようやく本人に会えましたよ」

「兄代わりねぇ、そんなに言われるほど兄貴らしいことなんてしてないよ俺は。こっちもジュリアからシモンの話は聞いてるよ。良い仕事に就いてて、今じゃ工房で器作りもやらせてもらってるってな」

「ははは……ちょっと恥ずかしいなぁ。そう大したことでは……」

「いやいや、大きな工房でひとつの仕事を任せてもらえるってのはすげーことだよ。誇りを持って良いと思うぜ」

「……なんだかそう言ってもらえると、嬉しいです。はい」

 

 まだシモンも18歳。ジュリアより二つ年上ではあるが、まだまだ若者だ。

 これからもっと色々な仕事に向き合い、任されることになるだろう。妻を、そしてしばらくすれば子供の生活も支えていかなくちゃならない。その重圧を受けながら仕事をやっていくのは、多分すっげぇ大変なんだと思う。

 俺みたいな独身貴族を謳歌しまくってる男からすれば立派すぎて先輩風吹かせることすら躊躇われる相手だぜ……。

 

「……ですけどね。ああ、これは……モングレルさんがあまり俺の知り合いと交友がないからこそ言える悩み事なんですけど……」

「お、相談事かい。良いぜ良いぜ。俺くらいの他人の方が言いやすいこともあるだろ」

「実は……あの、俺本当は、親方に器作りなんて任されてなくて……」

「え、そうなの」

 

 仕事できるアピールは別に相手が不快にならない範囲でいくらでもやれば良いと思うけど、昇進しましたアピールで嘘を吐くのはさすがにちょっとどうかと思うぜシモン君よ……。

 

「いや! その、仕事を任されているのは本当なんですよ。ただその内容が違うというか、ジュリアには本当のことを言えてなくて……」

「あ、そっちは本当なのね。良かった」

「今までは高級な器を焼かせてもらってるだなんて嘘をついてたんですけど……結婚を機に、ジュリアには本当の事を言っておいたほうが良いんじゃないかって……思ってるんですけど」

「んー。器ね。まぁそういう仕事が花形ってことなんだろうが……どうだろうな。ジュリアはそういうことにあまり詳しくないだろうし、本当のことを言っても良いんじゃねえのかな」

 

 見栄を張ったのは随分と些細なことだったらしい。そんくらいならまぁどうでもいいとは思うんだが。

 嘘を付いてるって自責の念を覚えるくらいなら、尚更な。自分のためにも本当のことを告白するってのも良いと思うぜ。

 

「ですけど……俺の今任されてる仕事っていうのが、その……」

「うん?」

「……夜の街で使われているような、その……男性器を模した陶器の道具なんですよ……!」

 

 おっ、えっ、ちょ、いやいや。

 

 それはねシモン君。話がかなり変わってくるっていうか。

 陶器製の男性器を模した道具っていうのは……あれかい?

 

「シモン、それって……ひょっとして今出回っているっていう、赤っぽい色したやつかい?」

「えっ、知ってるんですかモングレルさん。そうです、ていうか多分うちでしか作ってないんじゃないかな、あれは。親方たちもそう言ってたし……」

 

 Oh...

 

「一応……作るのに技術はいりますし、誰にでもできるって仕事じゃないんですよ。作ってて、難しいなって思う時もありますし……やりがいだって、ないことはないです。けど、こんな仕事でもジュリアはわかってくれるんでしょうか……これでも勇気を出して告白すれば、彼女もわかってくれたり……」

「いやぁそれは……どうかなぁ……?」

「あれ? なんか急に弱気になりましたね……?」

「うん、まぁ女の子ってこういうスケベな話を嫌うことも多いからね……それに、あれだ。まだ君は仕事を任されて日が浅いだろう。だったらもう少しタイミングというか、機を待つというか……控えておくに越したことはないと思うぜ、うん」

 

 悪いなシモン君。俺は職に貴賤はないと思っている。

 けどな。君の作っているそいつを世間に認めさせるわけにはいかねえんだ俺は。

 そこでこの俺が頷いてやるわけにはいかねえんだよ……。

 

「いつか……ジュリアにこの仕事を誇れる日が来るんじゃないかなって……あの子が俺の作ったものを見て、“素敵ね”って言ってくれるんじゃないかって、思ってたんですけど……」

「いやー、まぁ、そのね、うん。気持ちはわかる……わかるんだが……ちょっと、どうかな……」

「駄目、なんですかね……やっぱり……」

 

 すまねぇ。すまねぇシモン君。

 君が真面目に仕事をやっているのは悪くない。悪いのは俺の息子だ。いや俺の息子も悪くない。誰も悪くなんてないんだこれは。

 

「……わかりました! まだまだ俺は未熟ってことですね。一つだけ仕事は任されましたけど、駆け出しってことには変わらない。それだけじゃジュリアに、俺の仕事を誇れない。確かにモングレルさんの言う通りです」

「うん?」

「俺……頑張ります。ジュリアに俺の作った物を見せても恥ずかしくないくらい、すごい物を作ってみせます!」

 

 いや良いよ。張り切らないで良いよ。そんなことをしないでも良いんだ君は。

 君は高級な器を作る自分を目指して頑張れば良いんだ。

 俺の息子はいつまでも量産品質で構わないんだ。いやできればライン停止してほしいけども……。

 

「ありがとうございます、モングレルさん。まだ今は……ジュリアには言えないけれど。きっといつか、正直にジュリアにも誇れるような逸品を作ってみせます!」

 

 お、おおお……マジか……マジかよ……。

 

「……ああ、まぁ、無理せずほどほどに頑張れよ……それが良い仕事する大人の秘訣ってやつだからな……」

「はい! やっぱモングレルさんは頼りになる人なんだなぁ……ありがとうございました!」

「……お幸せに……」

 

 そう言ってやけに爽やかに、シモン君は再び男友達の輪へと入っていった。

 

 ……そうか、シモン……お前は俺のモングレルを量産していたんだな……。

 その仕事によって得た賃金で……お前はジュリアと、将来生まれてくる子供を養っていくんだな……。

 きったねぇ大黒柱だぜ……とは言うまい。職に貴賤はないのだから……。

 お前がその道を極めようって言うなら、俺はそれを尊重するさ……。

 

 そこまで言うなら作れよ、最高品質のモングレルを。

 オリジナルを超えるほどの、逸品をよ……。

 

「親の見えないところでも、成長していくものなんだな……娘も、息子も……」

 

 今日のビールはやけに苦いぜ……。

 


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