バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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転ばぬ先の技能講習

 

 夏が近づき、外もなかなか暑くなってきた。

 街をゆく人々の装いはよりラフになり、路肩の汚物は雨が降るまでは悪臭を放ち続ける季節だ。目には優しく鼻にはアホほどキツいシーズンの到来である。

 こういう時期には都市清掃の任務で心と街の衛生を保つのも悪くないが、石造りのギルドでひんやりと涼むのも悪くはない。

 

 というより、ギルド内でも色々と仕事があるのだ。

 備品の点検とか、修理とか、新人への講習だったり、稽古つけたり……。

 

 俺の場合はブロンズだから新人への初期講習はできないんだが、戦技講習であれば教官役として教えることができる。初期講習はギルドマンとしての基礎的なイロハを教える講習だが、戦技講習は修練場で戦い方を覚えさせるやつのことな。こっちはブロンズでも教官になれる。ただし、講習に人が集まるかどうかは人徳とか普段の行いとか……色々あるんでね。勘違いした教えたがりおじさんは嫌われるぞ。

 

 俺は今日、珍しくこの戦技講習を開いていた。

 戦技講習では参加者から一定の参加費を徴収できるのでちょっとした稼ぎにはなるが、任務を受ける時ほど景気よく稼げるわけでもない。ギルドにマージンも取られるし限度額も設定されている。

 

 それでも戦技講習を開く奴がいるのは、有望そうな新人に早めに唾をつけておきたいっていう奴もいるだろうし、単に教えたがりなだけの奴が開いていることもある。

 俺の場合はどちらかと言えば教えたがりおじさんの方なんだが、今回に関してはまた別の思惑もあった。

 

 

 

「アイアンのひよっこ諸君、モングレルの戦技講習へようこそ。夏のクソ暑い時期よく集まってくれた。参加者は九人か……安く設定しただけあってなかなかの客入りだな」

 

 俺の目の前には、多種多様な平服に申し訳程度の部分鎧を付けただけのショボい装備の少年少女が集まっていた。

 アイアンクラスのひよっ子である。将来が楽しみな子供たちだとも言えるし、チンピラに転げ落ちるかもしれないクソガキ候補であるとも言える。まぁ経験上、この中の二、三人くらいはチンピラや犯罪者になると思っておいた方がいいだろう。

 

「よろしくお願いしまーす」

「モングレルさんの戦技講習かー」

「まぁすげー格安のジェリーだったし……」

「友達いるし一緒に木剣と鎧使えるならいいかなーって」

 

 とはいえ、修練場に集まったこいつらは格安とはいえ身銭を切って学ぼうとするだけかなりマシな部類である。装備が無いのは貧乏なせいだ。これから稼いでなんとかしていけばいい。だが稼ぐためには、それなりの技術を身につける必要があるのだ。

 その技術の中には、生き延びるための技術も含まれている。

 

「まぁ金の無いお前らじゃまともな講習受けるのも大変だろうしな。今日はいっちょ俺がまともじゃない講習でお前たちを鍛えてやるよ」

「あんまり痛いのは嫌だぜモングレルさん」

「キツかったら帰るよ」

「説教ばっかは勘弁してよね」

 

 口だけは達者なトーシロばかり……まぁいい。こういうのも若さだ。

 

「どうせお前たちは座学なんてやってもすぐに筆を投げ出して寝るタイプばっかだろうから、今回は身体を動かすことメインの講習にしておいてやる。で、今回の講習だが……こっちのアーレントさんにも手伝ってもらうことになった」

「やあ」

 

 実はずっと俺の隣でスタイリッシュに佇んでいたアーレントさんの登場である。

 もう既に色々なパーティーの任務を視察したり見学することで、結構顔の広くなったお人だ。

 

「誰それ」

「ハゲてる」

「前に“大地の盾”の人と一緒にいたの見たよ」

「おうおう、この人はアーレントさん。サングレールからやってきた外交官……って言っても伝わらないか。まぁハルペリアと仲良くするためにやってきた使いの人だよ」

「サングレール人かよ」

「敵じゃないの?」

「サングレール人にだって普通の人はいるだろ。お前たちだって現状敵でも味方でもないようなもんじゃねえか。それにだ。特にアーレントさんのような外交官っていうのは、ハルペリアにとっては居てもらわないと困るタイプのお人だぞ。この人に何か失礼なことしたら貴族がマジでブチ切れるからな。気をつけろよ」

 

 言っていまいちわからない相手には伝わるようなものを引き合いに出して脅すのが一番だ。こういうガキ相手だったらまあ、貴族を引き合いにするのが楽でいい。

 実際に伝わりやすかったのか、少年少女たちはわかりやすく表情を青ざめさせていた。

 

「今日の戦技訓練は夏と秋の討伐シーズンに備えた、防御の練習だ」

「えー、剣は?」

「槍使いたい」

「うるせー、防御もできない新人がいっちょ前に攻撃全振りしてんじゃねー。お前たちみたいに防御を軽視する奴が多いから俺たちベテランが秋にわざわざ死体の捜索なんてやらなきゃいけなくなるんだぞ。最低限のことは覚えろ。今回の講習を受ければこの中の半分くらいは無駄な怪我をしないで済むようになるから」

 

 時々依頼として出てくる任務に、ギルドマンの遺体の捜索なんてものがある。

 バロアの森なんかで消息を絶ったお仲間を見つけてくれないかっていう任務だな。

 大体は森で無理攻めしたり普通に魔物に殺されたりした奴の遺品を回収するだけの任務になるが、まあ気持ちの良いものではない。捜索願を出される奴なんて大体が若者だしな。

 

「こっちのアーレントさんは格闘戦のプロフェッショナルでな。ここにいるお前たちくらいなら瞬きしている間に素手で皆殺しにできるくらいめっちゃ強いんだぞ」

「やらないよ?」

「まじかよ……」

「その頭で……?」

 

 疑う気持ちもわからないでもないが、実際に動いてみればすぐにわかることだ。無視しよう。

 

「格闘に精通してるってことは、咄嗟の受け身なんかも上手いってことだ。受け身ってのは転んだ時のダメージを減らし、復帰を早くする体術のことな。……そこのお前、笑ったな? ちょうど良い。お前ちょっと綺麗な受け身の見本を見せてもらおうか」

「え? ちょ、なに……」

 

 俺の話し中に半笑いしていた少年に目をつけ、胸当てのベルトを掴む。

 

「うわっ……!?」

 

 そのままグイっと引っ張って足を掛け、その場に転ばせてやった。

 が、受け身は無し。柔らかな地面にドシンと倒れ、呑気に“いってー”とか呻いている。うーん、理想的なまでのゼロ点だな。

 まぁこいつは他の奴とは違って全身に中古っぽい革鎧を付けていたから、怪我をすることはないだろう。

 

「はい、これが駄目な転び方です。今回勉強できなかった奴はこうやってコカされた時に首の骨を踏み折られて死にます。ボアとディアには突き殺されるし、ゴブリンには顔にウンコされるだろう」

「ちょ、ちょっと待ってくれって! もう一回……!」

「再チャレンジは後でやってもらう。今はとりあえずアーレントさんの正しい見本を見てもらうからな。よく見てろよ」

 

 アーレントさんをこの場に呼んだのは、ルーキーたちに顔を覚えてもらうためっていうのもあるが、一番はこの受け身や防御法を実践して見せてもらうためだ。

 意外とこういう受け身とかって教えられていないみたいなので、結構使えるギルドマンが少なかったりする。

 森の中だと敵がいなくたって転ぶ機会は多いし、大荷物を背負っていればそれだけ危ない転び方をすることだってある。

 変な癖のついていない若い内に、是非ともダメージの少ない転び方を覚えてもらいたいもんだ。

 

「じゃ、アーレントさん。見本お願いな」

「ああ、任せてくれ」

 

 それから俺は何度かアーレントさんに柔道モドキの雑な投げ技を仕掛け、何度かアーレントさんを土の上にコロコロさせた。

 しかしアーレントさんはその度にバシィンと美しい受け身を決め、素早く復帰する。柔道でもやってたのか? ってレベルの美しさだ。

 なんか見てると俺でもちょっと勉強になるくらい。

 

「なるべく衝撃を分散させるようにね。あとは急所をかばうように転がるのが大事だよ」

 

 アーレントさんからのアドバイスも飛びつつ、ルーキーたちにも実践してもらう。

 受け身を取らない転び方をさせ、次に受け身ありの転び方を学ばせる。

 比較して実践してみると重要性が伝わったのか、最初はゴロンゴロンするアーレントさんを半笑いで見ていた彼らも真面目な顔でやっていくようになった。

 

「あとは荷物を背負っている時の転び方。それと、武器を持っている時の動きも教えておくな。実際にバロアの森で行動する時はこっちの方が使う機会が多いだろうから、ちゃんと覚えておけよ」

 

 柔道と違うのは、シチュエーションが森の中で、装備満載だってことだろう。

 背嚢だって背負っているだろうし、武器や盾だって持っているかもしれない。そうなった時の受け身の取り方はまた変わってくる。やりやすくなったり、逆に危なくなったりすることもある。その時のためにプロテクターというか、肘や膝を護る防具があると便利なんだよな。

 

「よーし起き上がりも早くて良くなってきたぞ。何度も繰り返せば無意識にでもやれるようになるからな。今日しっかり覚えて、他の暇な日にもやるようにするんだぞー」

「はあ、はあ……はい!」

「すっげぇ疲れた……!」

「なんか強くなった気がする……!」

 

 まあ強くなったのは間違いねえよ。しぶとく、生存率が上がったってことだしな。

 ただ攻撃力には少しの補正もかかってないからあんまり勘違いするんじゃないぞ。

 

「というわけで今日の技能講習はおしまいだ! 水飲んで飯食ってしっかり休めよ」

「ういーっす」

「ありがとーモングレルさん」

「まあまあ面白かった!」

「アーレントさんもありがとうー」

「いやいや。みんな頑張ったね。また機会があればよろしく頼むよ」

 

 とまぁ、だいたい受け身やローリングで終わりましたと。

 けど初心者であればあるほど大事だしな。舐めちゃいかんぜこういうのは。

 

「今日はありがとう、アーレントさん。やっぱ体術上手いなぁ」

「ははは。私はこれくらいしかできないからね。……未来ある若者のためなら、いくらでも喜んで教えるさ」

 

 アーレントさんは穏やかな気性を裏切らず、大の子供好きだ。

 ハゲた頭をいじられることもあるが、あまり気にした様子はない。それよりは元気な様子を見て和むタイプの人だった。

 

「実はサングレールではこういった転倒対策は重要でね。特にほら、サングレールは山道が多いから。足場が悪いせいで酷い怪我をすることだって多いんだよ。だからまず、山で動けるように今日みたいな訓練を積んでおくんだ」

「はー、なるほど。確かに山がちな場所だったらハルペリア以上に重要か……」

 

 そしてそれはそのままハルペリアからサングレールに攻め込む場合の厳しさになっていくと。地の利ってのはやっぱあるよな。

 

「自然の中で魔物と出会った時は、転んだ後や滑落した後の動きが生死を分けるからね……戦うにせよ逃げるにせよ、是非とも今日学んだことを身に着けて欲しいものだよ」

「ああ、確かに」

 

 ちょっとした捻挫をするだけでも駆け出しギルドマンにとっては詰みかねないからな。

 そういう不幸を事前に防げるのであれば、今日学んだことは連中にとって財産になってくれるだろう。

 是非とも今日だけでなく、身につくまで反復練習してほしいものだ。

 

 俺に夏場の遺体捜索はさせないでくれ。しんどいからな。

 


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