バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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優位な交渉

 

 レゴール北東に位置するバロアの森は、レゴールにおける重要な木材採取地だ。

 資源に乏しいレゴールでは、特に建材としての木材の需要が高い。冬には薪としても大量に必要になる。

 魔物の住処にもなるというわかりやすいデメリットも無視できないが、人はなんだかんだで森の恵み無しには生きていけないのだ。

 

 そんなバロアの森にはいくつか作業用の小屋があり、そこでは簡易的な宿泊であったり、道具の整備、修理ができる簡単な作業台などが置かれている。

 猟師や林業関係者など、さまざまな人が使うこの作業小屋だが、かといって誰でも使っていいわけではない。

 ちゃんと利用者には制限がかかっており、ギルドから許可を得た者だとか、街から認められた者だけが使えるようになっているんだ。

 

 しかし、鍵が掛ってない。

 そうなったらもう、あれだ。誰が何を言っても無駄なんだろうな。勝手に利用する奴らは大勢出てきちゃうんだわ。

 豊かな森の中で寝起きができる屋根と壁付きの、鍵の無い建物。当然、森の無法者はこういう場所が大好きなものでして。

 まぁだからこそ今日の俺たちみたいなギルドマンが定期的な見回りをやってるんだが、もう少しなんとかしたほうが良いとは思うんだわ。

 特に小屋の利用に関しては前もって予約できるようにしてほしい。許可を持っている者同士で利用日が被ってるなんて事がざらにあるんだよ。

 大人数で被ったりしたら山小屋かよってくらい、足の踏み場もないほどの人数が雑魚寝することも珍しくない。誰かの脚を枕に寝る感じだ。俺はそう言うのマジで耐えられんタイプ。

 

「人の気配はする。外のは……解体の跡だな」

 

 作業小屋の近くには東屋があり、そこには作りかけの木材の何かや、粘土から作った煉瓦が無造作に置かれている。

 そしてその側の木からは、野生生物の解体をしたのであろう、ぶら下がった足先がぷらぷらと揺れている。あれはクレイジーボアの足かな。

 

「作業小屋に人がいるわね」

「人数はー……何人かなぁ。話し声はするけど」

「猟師っスかね」

「……さてな」

 

 俺はひとまず、木にぶら下がっているクレイジーボアの足を検分した。

 どうやらくくり罠に引っ掛けたものらしい。締め付けの際に棘付の金具で出血を強いるもので、これは引っ掛けた際にクレイジーボアが暴れまくったせいか、足に深く食い込んで抜けなくなってしまったようだ。頑強な紐が深く埋まり込み、ほとんど一体化している。

 

 そして、俺はこの棘付の金具と紐に見覚えがある。

 

「あーあ」

 

 荷物からつい先程回収した違法罠を取り出して見比べてみると、一致した。

 使っている紐、金具、両方非正規のもので、手作り。だというのに一致している。

 間違いなくこの解体跡は、違法罠を使っていたならず者と同じ奴によるものだ。

 

「面倒なものを見つけたわね」

「全くだ。見つけなきゃ見ない振りもできたんだが……」

 

 思わずシーナと顔を合わせる。

 彼女もまた、俺と同じで少し億劫そうな顔をしていた。

 

 正直、違法行為も少しくらいなら良いんだ。見つからないように、他のやつに危害を加えなければまぁ、破ってる奴なんて結構いるしな。

 ただ調査任務中に見つけたらね。それも、俺たち合同でやってるから見て見ぬふりするのもちょっとしにくいのもあってね……。

 

 だが現実問題として、この作業小屋には既にそいつらがいる。

 しかもそろそろ日が沈む。俺たちはどうあっても、この作業小屋かその近くで夜を明かさなければならない。軽犯罪者たちと一緒にな。

 考えるだけで面倒になるだろ? 

 

「……とにかく、真っ暗になる前に動くか。なぁ、作業小屋の奴らとの話し合いはアルテミスに任せていいか?」

「そうね。私たちの方がランクも……いえ。できればで良いんだけど、交渉も貴方に任せて良い? モングレル」

「え、なんで。俺よりそっちの方が箔ついてるだろ」

「貴方が人を、ならず者を相手にどう対処するかを見ておきたいの。私たちはいざとなれば全員、全力で貴方を守るわ。それでも自信が無いなら、まぁ別に良いけれど」

 

 おいおい、嫌な仕事を任せてくれたな。

 まぁ良いけどさ。援護も誤射さえしなければありがたいし。

 

「わかった。……できるだけ穏便に済ませるつもりだ。聞いておくが、何も知らないふりをして一晩小屋で同居するのは?」

「無理。無法者相手に隙は晒せない。最低限拘束しないと駄目。相手は何をするかわからない犯罪者なのだから」

 

 この辺り、シーナはとても高潔な人間だ。

 まぁアルテミスも女だけのパーティーだし、警戒するに足る経験も色々あったのだろうとは思うが。

 

「モングレル先輩、気をつけて」

「おう」

 

 弓を準備するライナに応え、俺は作業小屋の扉をノックした。

 それまで談笑していた気配が途絶え、沈黙。ややあって、人の気配が近づいてきた。

 

「誰だ?」

「ギルドの者だよ。泊まりにきたんだ。開けるぞ?」

「まあ、構わないが」

 

 小屋の扉を開けると、中には三人の若い男達がいた。装いからして猟師。今は解体したボアの肉の脂身を選り分けているところだったらしい。

 こいつらとはギルドでも顔を合わせたかどうかはわからない。新入りではあるんだろうけど。

 だが、少なくとも明らかに「盗賊!」って感じの奴らではないようで安心した。

 まあほぼ間違いなく違法罠を仕掛けたならず者ではあるんだが。

 

「三人か。表の木に吊り下がってたのは、その肉の奴か?」

「ああ。小さいボアだったよ。パワーのある奴だった」

 

 自慢げに自供されちゃったよ。隠す気もないのか? 

 

「おい、こら」

「あっ、いけね……」

 

 いやいや、今更口滑らせた感じになってもね。

 あーでもこれで決定か。参ったな。こいつらどうしようか。

 街に戻ったらひとまず証拠品と一緒に衛兵に突き出せば終わりなんだが、それまでの間が問題なんだよな。

 

「……違法罠を仕掛けてたの、お前らだろ。回収しといたぞ、これ」

「!」

「聞いてなかったは通らないからな。お前たちの首にぶら下がってるその鉄飾り、新人ギルドマンのものだ。最低限の講習を受けている以上、言い訳はできねえ」

 

 三人の若い青年は、互いに目配せしながら狼狽えている。

 得物は解体用のナイフ。そしてマチェット。ショートソードと同じリーチで威力は高いが、魔力による肉体の強化が使えなければ振りは遅い。

 

「……なぁおじさん」

「まだギリギリおじさんじゃない。モングレルと呼んでくれ」

「……モングレルさん。俺たち金がなくて困ってるんだ。だからこうして頑張って狩りをしてる。確かに罠は……良くなかったと思う。けどそこまで悪いことじゃ無いだろ。もうやらないからさ、今回だけは見逃してくれないか?」

 

 まぁ君たちからしてみればそのくらいの事は言うよね。

 

「すまんな。俺たちも調査の名目でこの森に入ってるんだ。その仕事を放棄して見なかったことにするのは、ギルドマンとしての信用に関わる」

「そこをなんとか」

「それとお前達は違法罠をなんて事のないものだと思っているのかもしれないけどな。このバロアの森はレゴール伯爵の土地で、その一部管理を任されているのがギルドなんだ。貴族からの真っ当な信用と、何者でもないアイアンクラスのお前達のお願い……そんなもんを天秤にかけられるわけがないだろ」

 

 簡単な規則を守る気も無い奴と共犯者なんてごめんだ。無駄に危険なだけでなんの旨味もない。

 それにもうやめるだなんて約束、軽すぎて鼻息だけで飛ばせるわ。今日は一つの違法罠しか見つからなかったが、どうせ探したら他に幾つもあるんだろうしな。

 

「……ノッチ。ジェスト」

「ああ」

「仕方ねえよな……」

 

 明確な言葉は使っていない。だが三人はそれぞれ武器の柄に手を置いて、そろそろと俺に近づき始めた。

 勘弁してくれ。人間の血は苦手なんだ。

 

「あー……外に出てやろうぜ。ここじゃ狭いだろ」

「……モングレルさん。あんたは一人か?」

「いや、一人じゃない。外に五人いる」

「えっ」

「シルバーランクとゴールドランクもいるぞ。弓の名手が三人、ボアを素手で殺せそうな剣士が一人、超凄腕の魔法使いが一人だ。まあ、だからほら。……諦めた方がいい。お前達は運が悪かったよ」

 

 さすがに伏兵の豪華さにビビったか、彼らは小屋を出る事なく立ち止まっている。まぁ怖いよね。

 

「……嘘だ。ハッタリだ」

「嘘か!? ならロディ、やっちまうか……!?」

「まぁ待て。あー、なんなら少し外見てみるか? 見てもらえれば無理だってのはわかってもらえると思う。ここで俺を攻撃したら、こっちも流石に反撃しなきゃならん」

「……外に伏兵はいる。でもその人数とかゴールドってのはハッタリだ。このおっさんはブロンズだぞ。そんな奴が一緒に組めるわけがない」

 

 うーん! 間違ってるんだが妥当な推理だ! 俺のランクが悪いなこれは! 確かにその通りだ! 

 

「おっさんを先に殺して、外のやつも仕留めるぞ!」

「ああ!」

 

 交渉決裂かよ。こりゃ最初からシーナに出てもらったほうが良かったな……! 

 

「悪いみんな、ダメだった!」

 

 言いながら、俺は小屋の外へと飛び出してゆく。

 そして後から三人のならず者が殺到し、マチェットを片手に迫ってくる。

 

「撃つなよ!? 俺一人でやる!」

「!」

 

 三人が飛び出した瞬間、シーナ達は既に発射の態勢を整えていた。

 だがどうにか寸前で踏みとどまってくれた。ありがたい。

 

 逆にならず者達はいざ外に出てみれば言われた通りの布陣が待ち構えていたことに驚き、固まっている。

 

「犯罪奴隷に堕ちても死ぬわけじゃない」

「ぐっ!?」

 

 バスタードソードを振り払い、呆然と構えられたマチェットを弾き飛ばす。

 強化を込めた剣にかかれば、重い大鉈を飛ばすくらいわけはない。

 

 そのまま武器を失ったリーダーらしい男の腹を蹴り上げ、強制的に蹲らせる。

 そこで無防備な首元に切っ先を当ててやれば、終わりだ。

 

「武器を捨てて降伏しろ。一応、悪いようにはしないからよ」

「……! ろ、ロディを殺さないでくれ」

「殺さないから武器を捨ててくれ。二人ともだ。……アルテミス、何かしたら撃って良い」

「当然ね」

 

 警戒はしたが、結局三人はそれ以上の抵抗を見せなかった。

 戦力がどうしようもないことを見た時にはほとんど諦めていたのだろう。大人しく武器を捨て、俺たちの拘束にも粛々と従っていた。

 

 皮肉なことに、連中の拘束には頑丈な罠用の紐が役に立った。

 クレイジーボアの大暴れを縛り止めるだけの強靭な道具だ。これまで散々使ってきたそれで縛られてしまえば、彼らも下手な考えはしないだろう。

 

 

 

「……たった一発だけの剣だったけど、見事だったわ」

 

 両手を縛られた若者達は沈痛な面持ちで小屋のそばに座っている。

 時折ぼそぼそと話しているが、多分脱走の算段ではないだろう。盗み聞きしたい話ではなさそうだ。

 そんな彼らを遠目に眺めながら、俺とシーナは話していた。

 

「ただ相手の得物を弾いただけだよ」

「そうね。けど殺しにくる相手に、少し甘いとも思ったわ」

「寝覚めが悪いからな」

「一歩間違えば誰かが怪我をしたかも知れない」

「それはまさにその通りだ。言い訳のしようもねえわ」

 

 本当なら、決裂の時点で殺すべきだった。

 外に出て、アルテミスの斉射で速やかに殺す。それが安全策で、王道だったのだろう。実際、情けをかけるほどの相手ではないからな。……この世界の基準では。

 

「でも、貴方が躊躇なく人間を殺せるような人じゃなくて良かったとも思っているわ」

「……俺の強さとは関係ない部分だが?」

「そうね。けど、私たちが見たかったのは何も、それだけってわけでも無かったから」

「過保護だねえ」

「ライナはうちの家族みたいなものだから、当然でしょ。……優しい相手と一緒なら、多少のケチは見過ごせる」

「ケチっておま」

 

 ライナとウルリカが小屋周りの朽木を集め、それをゴリリアーナが手頃な大きさに薪割りしている。

 焚き火の支度をしているのだ。今日の飯は……あの三人が捌いてたボア肉ってことになりそうだな。

 

「モングレル、貴方のことを認めるわ」

「へいへい。嬉しいね」

「なによ、もっと喜んでも良いのに。……良ければアルテミスに入れてあげてもいいのよ。任務の性格によっては、一緒に動けないことも多いでしょうけど」

「それは嫌だよ。女ばっかだもん」

「ふふふ、ライナの言った通りの断り方してる」

 

 その時のシーナの笑い方は、アルテミスの仲間内に見せる時と同じような、とても柔らかなものだった。

 

「けど残念ね。貴方がいればウルリカに次ぐ二人目の男メンバーだったのに」

「!?」

 

 男ってあいつかよ! わからんわ! 

 

 


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