ギルドマンは仲間意識が強い。
というより、お互いにガチの喧嘩にならないよう、普段からそういった意識を持とうとしている雰囲気がある。大手パーティーの団長が上手く取りまとめているのもあるが、個人でもそこらへんに気をつけてる奴は多い。
狩り場では他の奴がいれば挨拶だけしてその場から離れるようにするだとか、可能な限り外で発見したギルドマンの遺品などは持ち帰るだとか、喧嘩をするにしたって武器は使わないだとか。
何も考えてないアホばかりに見えて、案外幾つもの暗黙の了解を飲み込んだ上でやっているわけだ。
そもそもギルドマンって仕組み自体が荒くれ者の最後のマトモな職種ってところがあるので、ここで変に居心地悪くしないようにって思いが働くのはある意味当然なのかもしれない。
だが悲しいかな、そんなことも考えられない連中だからこそ普通の仕事に就けないってパターンも多いのでね……中には暗黙の了解も守れず、荒くれ者の集団の中でも更に孤立し、道を踏み外し……犯罪に走るような連中も、珍しくはないのだった。
「モングレル。と、それとバルガーも。良い所に。ちょっと私達の任務に付き合ってもらえるかしら」
「お? なんだぁローザか。見てわかるだろ。俺とモングレルは今神聖な戦いの真っ最中だぞ」
「ただの銅貨積みバトルだけどな……任務ってなんだよローザ」
夜も遅く、ギルドが閉まる少し前の時間のことである。
すっかり人が少なくなったギルドで俺とバルガーが銅貨を一枚ずつ積み重ねていくゲームをやっていたその時、珍しい女から声を掛けられた。
赤い長髪の彼女はローザ。
少数精鋭のパーティー“報復の棘”を取り纏める女団長である。
“報復の棘”は護衛や盗賊討伐などの任務を専門にこなす、対人戦に秀でたパーティーだ。ほとんど浮ついた雰囲気を出すことのないお硬い連中である。
ギルドをたまり場にすることもほとんどなく、解散する時はさっさと各々の拠点に戻って寝る……そんな連中のはずなんだが。
……ローザの後ろに他のメンバーが勢ぞろいしているところを見ると、なんか嫌な予感がするなぁ……。
「人狩りよ。さっきバロアの森で野営中のギルドマンを襲った愚か者が出たの。一人が腕を斬られて怪我をしているわ。下手人はオルドール。野営の支度をしてた二つのパーティーが見たと証言しているし、間違いないんじゃないかしら」
「おいおいマジかよ、オルドールがそんなことを……」
バルガーは積み重ねられた銅貨の塔を思わず崩してしまうほど動揺していた。
だがその反応も無理はない。オルドールは“収穫の剣”に所属していたギルドマンだったからな。バルガーとも歳が近いおっさんだし、話す機会は多かったと思う。
とはいえ、元“収穫の剣”だ。色々とパーティー内で不和があって辞めたって話は聞いている。金使いが荒く、酒癖の悪い……まぁ、問題の多い奴だったらしい。
「ギルドマンが森の中で起こした不手際だ。できれば俺たちギルドマンで解決したい。だろう?」
ローザの後ろからロレンツォが現れ、腰に備えたロングソードの柄を小突く。
“報復の棘”に所属するこいつらもまぁ、なかなか好戦的な連中だ。特に盗賊だったり犯罪者の取締に関しては街中の兵士以上にやる気がある。それはきっと、こいつらの過去に色々あったからなんだろうが……。
「……はあ。わかったよ。俺は手伝う。オルドールとは知らない仲じゃねえし、“報復の棘”だけに任せていたら奴が殺されちまいそうだしな……モングレルはどうする?」
「まず聞きたいことがある。オルドールはバロアのどこに逃げたんだ? 奥地なら面倒だから困るんだが」
「東から進んでいった浅い場所よ。夜だしそう遠くまでは動けないはず。最寄りの街道には既に伝令と警戒が出ているから、逃げ場は森だけね」
詰みじゃん。森の中を延々と逃げ回るしかねえぞそうなると。
……まぁこうやって、まともに街にも入れないような野盗が生まれていくわけなんだが……。
「わかった。考える時間も惜しいし俺も行くぜ」
野盗に森をウロチョロされるのは困るし目障りだ。それが昨日酒を一緒に酌み交わしたかもしれない相手であってでも、早めに叩き潰しておいてやろう。
「決まりね。じゃあ東門まで急ぎましょう。愚か者には相応の報いをくれてやらないと……ね」
ローザが妖しく笑い、後ろのメンバーも目をギラつかせる。
“報復の棘”の名に相応しい、剣呑なオーラを出してやがるぜ……。
「あ、バルガーはその塔崩したからこれ全部俺のな」
「……チッ、無効にはならねぇか」
銅貨積みバトルに負けた者はそれまで積み上げた銅貨を全て失う……。
ルールは絶対だぜ。
東門から馬車に乗り、バロアの森までやってきた。
まぁ当然ながら、めちゃくちゃ暗い。夜の森なのだから当然だ。月明かりでどうにかなるほど自然の夜は甘くないってのがよくわかる。
「オルドールも命は惜しいはずよ。ギルドマンを手に掛けたとはいえ、魔物が出るような森の奥深くまでは逃げていないでしょう。奴はまだ浅い場所で隠れ潜み、身動きできるようになる明け方を待っているはず……。だから私達もここから範囲を絞って、二人一組で捜索していきましょう」
“報復の棘”のメンバーはローザを入れても6人だ。そこに俺とバルガーが加わるので、二人でチームを組むと4チームが出来上がる。
これなら一人が明かりを持っていてももう一人が武器を持って突然の奇襲に対抗できる。
「……俺たちは仕事柄、夜警用の長時間使える松明を持っているからそれを使うが……モングレルのそれはなんだ?」
「よく聞いてくれたなロレンツォ。こいつはランタンシールド。この盾の中に明かりを保存しておける……まさにこの任務にピッタリの装備だぜ」
この任務を受けた直後、俺は宿屋にダッシュしてこのランタンシールドを取ってきた。
急いでいたので剣と幾つかの棘はつけていないが、逆にこの盾の部分だけあった方が森の中では使いやすくて良いだろう。
「ほら、ここ開くと相手の目潰しにもなる」
「うおっ、眩し……そうでもないな」
「松明持ってる相手にはそうでもないのか……マジか……」
まぁでもちゃんと明るいっちゃ明るいから……使えなくはないだろ……多分……。
「こっちはモングレルのそのへんてこなやつがあれば光源としては充分だろう。……で、オルドールを見つけたらどうするんだ? 俺はできれば殺したくはないんだが……」
「抵抗されたら殺すしかないでしょう? まあ、その辺りの塩梅はあなた達に任せるわよ。……時間はひとまず、そうね。浅い場所だけだし鐘一つ分くらいを目安にしましょうか」
捜索時間は短い。本当に近場に居たら対応するってだけの捜索だな。
実際、森の深くに潜られたり街道側に出られていたりしたら手出しのしようがないわけだし。街道にいるならそれはそれで他人任せにできるから楽ではあるんだが……。
「では、行動開始。良き報復を」
炎のゆらめきの向こうでローザが微笑む。
そうして俺たちは散開し、オルドール探しを開始した。
暗闇の中で松明は目立つ。だから居場所そのものは完全にバレバレだ。
……が、その条件はこっちも同じ。もしもオルドールが同じように松明を使っているのであれば、こちらからも向こうの居場所は簡単にわかる。
しかし逃げてる犯罪者がわざわざこのタイミングで居場所のわかるような火を焚くことはないだろう。今の時期は火を使っていなくてもなんとか夜をやり過ごせるし、メリットがない。
だからオルドールが森に潜んでいると仮定した場合、奴は火も焚かず、暗闇の中に身を潜めているはずだ。
「かといって魔物がうろつく森の中、わざわざ土の上で無防備にじっとしているはずもねえ。モングレルはあまり知らないだろうが、オルドールは弱腰で卑怯な奴だった。魔物に対して何かしらの対策は取っているはずだぜ」
バルガーは盾を構えたまま歩いている。
足元に気をつけつつ、話しながらもいつでも俺をカバーできるように気を張っていた。いつになく真剣だ。
「モングレルよ、そういう時の対策といやぁ何かわかるか」
「あー。まぁ単純に考えれば二つかね。一つは魔物除けのお香を焚いているパターン。もう一つは木登りして木の上で明け方を待っているかだ」
魔物除けの香は言うまでもなく、魔物の嫌う香りを漂わせて夜を明かす野営法だ。バロアの森で野営するのであれば絶対に欠かせない道具である。
お香を焚く程度であればそう目立つ炎は必要ない。炭火があれば充分だ。そいつをちょっと隠してやれば光はすぐに見えなくなるだろう。
だが、夜の煙は目立つ。夜闇に漂う煙に光を当てれば、それは単純な光源があるよりもずっと目立つものだ。お香としての匂い以上にわかりやすい目印になってくれるだろう。
「さすがのオルドールも香は焚かねえはずだ。あいつは馬鹿だがその辺りはしっかり警戒するだろうぜ。だから……」
「樹上、か」
「ああ。魔物から身を守れて、朝まで耐えきるにはそれしかねえ。どこぞの岩陰に潜り込むって手もあるが、この暗さじゃそんな都合のいい場所は見つからんだろう」
バロアの森の浅い場所では木の上に攻撃できるような魔物はほぼ居ない。
ならバルガーの言う通り、高い場所に登っている可能性が高い、か。
「上を照らしながら歩くのはしんどいな……」
「便利だなその盾。モングレルの収集癖が役に立つ日がくるなんて驚きだわ」
「うるせぇ俺は便利な装備しか持ってねえぞ。……ん?」
しばらくランタンシールドの反射光を辺りの樹木に振りまきながら歩いていると、途中で奇妙な影を見つけた気がした。
光を振り回している最中、その光が一瞬、不自然な影を作ったような……。
「あ」
「いた」
「……! ば、バルガー……それに、モングレル……よ、よぉ」
改めて怪しい場所に光を照射すると、横に伸びた太枝の上に一人のおっさんがしがみついているのが見えた。
高さ6メートルくらいの辺りで、ロープで自分の体を横枝に縛り付け、落ちないように工夫している。途中で眠りこけても落ちないようにってことだろう。
真下から光を照らされるとさすがに無言のままではいられなかったのか、そのおっさん……オルドールは、明らかに挙動不審な愛想笑いを俺たちに向けている。
「今日はここで野営をしようと思ってな……」
「……オルドール、話は全部聞いてるぜ。ギルドマンを襲ったんだってな。つまらねえ嘘はつくなよ」
見上げながら言うバルガーの横顔は、どこか悲しそうだった。
「……違うんだ。あいつらが俺を、俺のことを。結託して襲いかかってきて……逆なんだよ。俺が襲われたんだ! あいつらに!」
「もしそうなら……野営をしようと思ってるなんて嘘を俺たちにはつかねえだろ。馬鹿が……」
「あ……」
「それだからお前は……もういい、さっさと降りてこい。諦めろよオルドール」
「い……嫌だ! ふざけるな! 冗談じゃねえ、俺が何をしたってんだ! ちょっとくらい盗みをして……まだ盗んでないだろうが!」
オルドールが叫んでいる。もう色々と自棄っぱちって感じだな。聞くに堪えない。
「来るなぁ! このナイフを投げてやるぞ!?」
「……効くと思ってんのか? オルドールよ。お前が投擲系のスキルを持ってるってのは初耳だぜ?」
「今日の俺はランタンシールド装備してるからな。バスタードソードを使うまでもなく、そんな投げナイフは弾いてやれるぞ」
「盾持ち二人を相手にするにはちと弱い脅しってことだ。……そこから持ってる武器を全部捨てて大人しく降りてこいや、オルドール。逆にこっちがお前に投げ物ぶん投げても良いんだぜ。そこで防げるのかよ、お前」
バルガーが腰の投げナイフを手にして凄むと、オルドールは泣きそうな顔を浮かべ……やがてノロノロした動きで、身につけていたナイフや剣の類を木の下に落とし始めたのだった。
「……なぁー……見逃してくれよぉー……」
「覚悟決めろや、馬鹿が」
「頼むよぉー……仲間だっただろぉー」
「同業を襲ったお前はもう仲間としちゃ見れねえよ」
やがて子供みたいに泣きはじめたオルドールは嫌々木から降りてきて、バルガーによって拘束された。
捜索開始から一時間半ほどの、結構なスピード解決であった。
集合場所で待っていると、捜索に出ていた“報復の棘”のメンバーも順次戻ってきた。
「おお、まさかバルガーたちが捕らえたとは」
「よくそんな灯りで探せたな」
「なかなかやるな」
褒めるのは良いけど俺のランタンシールドを貶すのはいただけねえな。
……まぁ確かにこいつらの使ってる金属の反射板がくっついてる松明の方が性能は上そうではあるけどね。主に取り回しとか照らしやすさとか。ランタンシールドは肘あたりに固定されてるから光がしょっちゅう動いて疲れるわ。
「ま、モングレルの装備はともかく……俺たちの受け持った捜索範囲が良かったってことだろうよ」
「だな。運が良かったぜ」
「ふふ、その運はバルガーの縁が齎したものだったのかもしれないわね。オルドールは同じパーティーだったのでしょう?」
「……ふん。昔の話だよ。今のこいつは、仲間でもなんでもねえ」
拘束されて土の上に座り込んだオルドールは、バルガーから顔を背けるようにして黙っている。もはや観念し、バルガーの情に訴えかけることもしないようだ。
「ギルドマンを獲物にするようになったら……そいつはもう、人としておしまいだよ」
「ええ、その通り。裏切りには報復を。それが私達ギルドマンの理」
ローザがオルドールの前髪を乱雑に掴み、強引に顔を上向かせた。
「あ、ぐっ」
「きっと貴方には厳罰が下るでしょうねぇ……楽しみだわ」
「ひ、ひぃい……た、助けて……」
「こいつの引き渡しは私達に任せなさい。手伝ってくれて本当に助かったわ、バルガー、モングレル。後日改めて報酬とお礼は払うから、今日はもう帰ってゆっくりしていると良いわ」
「おう、そうさせてもらうわ」
「後は任せたぞ、ローザ」
そして後の諸々は“報復の棘”に委ね、俺とバルガーは先に街に戻ることにした。
こういう犯罪者の取締は捕まえた後のこういうやり取りが一番面倒だから、正直かなり助かるね。
すっかり夜も更けた帰り道。
任務達成となったとはいえ盛り上がる仕事でもなかったので、俺たちは口数少なく歩いている。
「さすがのバルガーも、馴染みのあった奴相手だとしんどいか」
「ああ? まぁ……そうだな。いざこういう時になってみると“いつかはやるだろうな”って納得もいくような奴ではあるんだが……そう考えちまう自分が少し、嫌になるぜ」
「オルドールねぇ。まあ、あまり良い話は聞かない奴だったからな」
「今回が初めてだったのか、それとも過去何度かやってきたのか……そういうことを考え始めると、憂鬱になる」
初犯か、そうでないか。
……バルガーの前ではあまり言いたくはないが、初犯ってことはないんだろうな。
似たようなことは過去に何度かやってきたのかもしれない。
今回がたまたま明るみに出ただけで。……それは充分に有り得る話だった。
「……バルガー、これから飲みにでもいくか?」
「ああ……いや、やめておく」
「気晴らしになるぞ。今日の俺は銅貨を沢山もってるんだ。奢るぜ」
「そいつは俺からふんだくった銅貨だろうが。……いいよ、本当に。今日酒を飲むとオルドールの酒癖を思い出しそうだからな。そいつは愉快じゃなさそうだ」
「……なるほど」
「確かに昔は何度か話したり、飲むような仲ではあったがよ。今となっちゃ、わざわざ一晩の飲みを費やしてやるほどの奴でもねえのさ、あいつは」
そう言ってバルガーはニヒルに微笑み、路地を曲がった。
バルガーのお帰りはあっちだったな。
「さっさと帰って寝るとするぜ。あばよ、モングレル」
「……おう、おやすみ。バルガー」
「小銭はとっとけ! ライナちゃんに飯でもおごってやんな!」
最後にそんなことを言い残し、バルガーは路地の向こうの闇へと去っていったのだった。
「……ベテランギルドマンってのも大変だよな」
さて、俺も宿に戻ってさっさと寝るとしよう。
確かに今日の出来事は、わざわざ酒で薄く伸ばしてやるほどのものでもない。バルガーの言う通り、さっさと忘れるのが正解なんだろう。
こんなこと、ギルドマンにとっては“ものすごく珍しい事件”ってわけでもないのだから。