バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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ウィレム・ブラン・レゴール伯爵視点


ウィレムへの婚約祝い

 

 ステイシーさんと私との婚約が決まり、秋には式を挙げることになった。

 人生、何が起こるかわからないものである。私など、伯爵とはいえ一生結婚などできないものだと思っていたのだが。いや、相手が決まらなければ我が忠実なる家令アーマルコが誰かしらを見繕ってきたのだろうけども……まさか、これほどの良縁に恵まれようとは。

 

 既にステイシーさんはレゴールの貴族街に移り住み、貴族らしく顔を売り始めている。それまで騎士団にいて貴族らしい交流を断っていたので、それを挽回するために頑張っているのだ。

 彼女とは定期的に会っているが、この前などはレゴール在住の貴族達とのお茶会ばかりで身体が鈍りそうだと苦笑していた。知らない街に来て、知らない貴族達といきなり交流を重ねるのだ。その心労は凄まじいものがあるだろう。だが私にはどうしようもないことだ。それが少し、心苦しくある。

 

 ……いや、他人事ではないな。私も私で、レゴール伯爵としてやらねばならない仕事が沢山ある。

 

 結婚も大事件だけど、私はそれだけに気を取られているわけにはいかない。

 冬に我が領土にやってきた異色の外交官……“白頭鷲”アーレント。彼の齎した書簡に書かれた、フラウホーフ教区ドニ神殿長からの提言……。

 ハルペリアとサングレールの和平など絵空事だと思っていたが、サングレール側の人間が、しかも神殿長クラスの人間が動いているとなれば、風向きは随分と変わってくる。

 

 実現するためには多くの人々の協力が必要だ。レゴールだけでなく、エルミート男爵との連携も必須となるだろう。今まで以上に周囲の力関係と動向を注視しなければ、まともな議論にさえ持っていけない。

 ……エルミート男爵。野心が強くて怖いんだよなぁ……嫌だなぁ……私は苦手なのだが……けど、さすがにそう弱音を吐いてもいられない案件だ。

 私の手腕を見込んで“月下の死神”もいくつかの力をレゴールに貸してくれている。彼らの有能さを無駄にしないためにも、睡眠時間を削ってでも力を振り絞っていかなければ……。

 

 ああ、そうして決意を固めている間にも、廊下から聞き覚えのある足音が。

 几帳面な早歩き。アーマルコよ、今はこの決意のために新しい案件を持ち込まないでもらえないだろうか……。

 

「ウィレム様。各貴族や団体より婚約祝いの手紙と品々が届いております」

「……はあ。また私は叙任式の時のように忙しい思いをしなければならないのか」

「ご多忙でしょうが、返信に優先度をつけるわけにもいきますまい」

「わかっているさ。後でまとめて目を通しておくよ……」

 

 この手の大量のお祝いの手紙の数々を処理するには、送られてきた内容や差出人によって分類分けしておくことが大切だ。

 分類によって返信内容は似通うので、ある程度の作業時間の短縮になる。……重要度の低いものはアーマルコやうちの者に代筆させることも可能だが、そうもいかない相手も多いからなぁ。本当に重労働だ、これは……。

 

「祝いの品はよく検品した上で目録を作っておいてほしいな。一つの部屋に固めておくべきだろう」

「かしこまりました。ですが、こちらの荷物だけはウィレム様に直接見ていただかなければならないものと思い……」

「うん?」

 

 後でまとめて見ればいいじゃないか。

 そう思ってアーマルコの差し出した封筒を目にして……思わず椅子をガタリと鳴らしてしまった。

 

「その奇妙な紋様! ケイオス卿からの手紙じゃないか! しかも今回のものは随分と大きいな……!」

「未開封ですが、紋様は過去のものと同じ製法によって着色されているものと思われます。呪いの類もない、安全なものかと……」

「今すぐ見……なぜ引っ込める!?」

 

 封筒を取ろうとしたら、アーマルコに戻されてしまった。なんという意地悪だ。

 

「お読みになるのはウィレム様で構いませんが、開封は離れた場所で私が行います。これも安全のためです。よろしいですな」

「む……そうだな、前もそうだった。……しかし今更になって、そのような警戒も無用だとは思うが……」

「相手の素性がわからない以上は避けられない警戒です。くれぐれも初夜におかれましてはそのように童貞じみたがっつかれ方をなされませんように」

「うるさいぞ」

 

 アーマルコが何食わぬ顔で封蝋を剥がし、封筒の中身を取り出した。

 それは……針金で綴じられた数ページの本のようであるらしい。枚数は六枚。そうページの多い本ではないが……綴じ方がなんとも面白い。羊皮紙に開けた大きな穴に螺旋状の針金を通すと……なるほど……あまり見た目は美しくはないが、一本の針金さえ用意すればまとまるという意味ではなかなか面白いな……。

 

「ふむ……危険なものはないでしょう。どうぞ、ウィレム様」

「ああ」

 

 ……表紙には、私に宛てた祝いの言葉が短く簡潔な詩のように刻まれていた。

 そう気取ったものではない。どこにでもあるような祝いの言葉。……だというのに、それがケイオス卿であるというだけで、何故かひどく嬉しい。

 

「さて、中身は……む」

 

 ページを捲る。……捲る。……全てを通しで眺めてみて……思った。

 

「……これは、すごいな」

「ウィレム様、いかなる内容でしょうか」

「今までのような簡単な作りの発明品も書かれているが……他にも多くの、なんというべきか。知識が掲載されている。医療、経済、畜産、農業……本当に幅広い。年老いた賢人の言葉を聞いているかのようだ……」

 

 おお、新たな車輪の造りか……これは。なんと……実際に試作してみないことにはわからないが、試してみる価値はあるぞ。

 いいや、それよりも。物資の管理を画一的な大きさの箱によって管理するというのはなかなか面白いな。これならば扱いやすさが大きく向上する。税関の負担も減るだろうな……。

 

「やはり……ケイオス卿は繁栄を望んでいるよ。望んでいなければ、このような本を贈るはずがない」

「お気に召されましたか」

「もちろんだとも。とても嬉しい……この本にある幾つかの助言だけで、エルミートとの交渉も上手く運べそうだ」

 

 なんと。この比率の紙を半分にすると、同じ比率の紙になるというのか。何度半分にしても比率は同じ、と。おお、これは……とても便利な代物だぞ。融通がきく。

 ……箱といい、紙といい……ケイオス卿よ。これらの規格を定めるのは大仕事なんだぞ。また忙しくなってしまうじゃないか……ふふふ……。

 

「今すぐ着手したいところだが……アーマルコよ」

「は、なんでしょうか」

「私は今から、仮眠をとることにするよ」

「は。……は? 仮眠、でございますか」

「ああ。ケイオス卿が言うには、人が健康な身体を保つためにとるべき最低限の睡眠時間というものがあるらしい。……私の生活習慣はどうやら、それをやや下回っているようなのでね」

「睡眠時間……そのようなものが」

 

 貴族は豊富な灯りで夜を過ごせる。しかし平民は灯りを確保できず、睡眠時間が長いという。そのため、貴族は一日をより長く過ごせるので、勉学や仕事に宛てる時間を長くできるのだが……反面、そのデメリットもあったということか。

 

「これからの人生、私は……一人の身体ではないからね。少なくとも、伯爵を次代に繋ぎきるまでは、長生きしなければならない。……勝手に死ぬことも、床に臥せることもできない。とっても大変だ」

「……」

「アーマルコよ。お前もこれからは今までより長めに寝ると良い。まだまだお前にも、長く仕えてもらうのだからね。決して逃しはしないぞ」

 

 私がそう言って笑うと、アーマルコは珍しく困ったように口ひげを歪めた。

 

「……僭越ながら、ウィレム様。そういった強気なお言葉は、ステイシー嬢に対して使うべきものかと」

「えっ、そ、そうなのかい」

「はぁ、なんと勿体ない……口説き文句をわざわざ男に使うとは……」

「ど、どうしよう。あ、今のメモに残してステイシーさんに使うべきかな……?」

「お疲れのようですから、さっさと仮眠をとられるべきかと。お眠りください」

「……うむ、そうしよう」

 

 はぁ。やはり近頃の仕事で疲れが溜まっていたのだろうか。

 ケイオス卿……貴方の言った言葉は早くも正しさが証明されたかもしれない。

 いや、私が間抜けなだけではあるのだけどもね……。

 

 ……。

 

 ……よし、眠りに落ちるまでの間、ステイシーさんへの口説き文句を考えてみよう……。

 

 


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