バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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リールの追加注文

 

 シュトルーベ開拓村からの帰りは、当然走り。道中は急がなければ辻褄が合わなくなるおそれがあるんでね。

 一週間程度の野営期間なんてものはギルドマンならたまに設けるものだし、それはあまり珍しいものじゃない。

 つまり遠く離れたレゴールからシュトルーベに遠征しに来てるなんて、人間不信の奴が居たとしても想像つかないってことなわけよ。

 まぁ今やってるこれも過剰な警戒かもしれないけどな。毎年やってることだし、念のためってやつだ。

 

 そんな訳でバロアの森まで戻ってきた俺だが、レゴールへの帰り道で賑やかな集団を見つけた。

 

「盾、伏せ! 槍、迎撃用意!」

 

 指揮官の大きな声により、百人近くいる兵士達が規則正しくキビキビと動く。

 夏だっていうのに蒸し暑そうな鎧装備を着込んだまま、大きな盾と槍を素早く構える。遠目に見るとそれは、城壁に槍衾が備わったかのような、難攻不落を思わせる陣形であった。ローマとかでやってそうな感じの奴な。

 

「構えやめ! 整列! ……前方へ突撃!」

「ウァアアアア!」

 

 先程まで堅牢な陣形を作っていた男たちが一斉に立ち上がり、前に向かって走り出す。

 やや若めの雄叫びが響き渡り、夏場の湿った地面に土埃が舞う。

 

 彼らはレゴール領の兵士達。今やってるのは、その集団訓練である。

 たまーにバロアの森の前、東門をちょっと過ぎた広いところでこうやって訓練してるんだよな。

 ここにいるのは多分下っ端の連中だろう。兜を被ってはいても声から幼さが垣間見える。しかし熟練の兵士であっても、誰もがこうして下っ端を経験して成り上がっていくのだ。もちろん貴族は別口だけども。

 

「お、知ってる顔がいるなぁ」

 

 訓練中の新米兵士の中にいる一人が、俺に向かって手を振ってきた。

 簡素なヘルムを被っているせいでちょっとわからなかったが、よく見ればそいつは“大地の盾”から兵士に編入された成り上がり組の一人だった。

 鍛えまくって良いもん食ってやがるなぁ。体つきがちょっとがっしりしてる気がするぜ。

 

 俺が手を振り返すと向こうは更に陽気にブンブンと手を振り回していたが、それを見咎められたのだろう、上司らしい兵士にぶん殴られていた。

 痛そうである。まぁ訓練中だしな……緊張感を持って真面目に頑張ってくれ。

 

 

 

「おう、モングレルか。自由狩猟に出てたんだってな」

「ロイドさん詳しいな。誰から聞いたんですそんなこと。はいこれ、ボアとディアの尻尾」

「ん、随分少ないな」

「遊びみたいなもんだったんでね。それに食えるもんは現地で平らげてきましたよ」

 

 処理場でロイドさんに証明部位を渡し、交換票を受け取る。まぁ自由狩猟の交換で貰える額なんてたかが知れてるけどな。これはただのアリバイみたいなもんだ。

 熊胆は荷物の中に入れて隠してある。さすがにクレセントグリズリー討伐はちょい目立つので。

 

「持ち込む肉はそれだけか」

「ええ。解体はしなくていいですよ。全部自前でやったから」

「なんてやつだ。少しは俺たち処理場の連中にも稼がせろ」

「いやぁ処理場のお世話になる時なんて獲物とれ過ぎた時くらいだし……それにロイドさんは死体の切り口とか見て厳しいこと言うからなぁ」

「ええ? なんだよ。先達として親切心で言ってやってるんだぞ」

「ロイドさんみたいな元ベテランギルドマンから言われちゃプレッシャーがひでえもの。お手柔らかに頼みますよ」

「ふん、調子いい事ばかり言うやつめ」

 

 そう、俺はレゴール一調子の良い男モングレルだ。

 

「ん、交換票だ。ああそうだモングレル」

「どうもどうも。え、なんだいロイドさん」

「鍛冶屋のジョスランが腰痛めたんだとよ。しばらく仕事になんねえらしい。見舞いにいってやれ」

「え! マジかよ、大丈夫なのか……わかりました。顔出しときますよ」

 

 ファンタジー世界だからって人の持つ悩みの多くが幻想の中に消えるわけではない。

 人は老いれば死ぬし、腰だって痛める。それが鍛冶屋だったら致命傷だ。

 

 俺はギルドに行くついでに、寄る年波に負けたおっさんの見舞いに行くことに決めた。

 

 

 

「なんだジョスランさん、結構元気そうじゃないか。心配して損したよ」

「ああ!? なんだぁてめーモングレル。病人を冷やかしに来たのか!」

 

 そんなわけで鍛冶屋にやってきた俺だったが、ジョスランさんは店の奥の方でうつ伏せのまま酒を飲んでいた。

 病人なんだかダメ人間なんだかわからん姿だな。いや、実際すげー痛いんだろうけども。

 

「見舞いだよ見舞い、一応な。ほれ肉やるよ。今朝獲ってきたばかりのディアの脚肉だぜ」

「お、おお……おーいジョゼット! モングレルだ! 肉持ってきてくれたぞ! ちょっと頼む!」

「はぁーい……うぉー、モングレルさん! えーいいのそれくれるの!? やったーありがとう! 今度お礼するからね! あ、また何か面白い仕事あったら教えてね!」

 

 そしてジョスランさんの一人娘のジョゼットは肉を貰うなり挨拶もそこそこに奥へと引っ込んでいってしまった。

 相変わらず勢いのあるせっかちさんだ。

 

「しかしジョスランさん、なんでまた腰なんてやっちゃったんだよ」

「あー? あー……鉄床を動かそうとしただけだ」

「持ち上げようとしてグキッとなったわけか。かわいそうに」

「……油断してただけだ。まだまだ俺は働けるぞ」

「そりゃそうだ。ジョスランさんにいてもらわないと俺も困っちまうよ」

「お前は手を借りるのはほとんどジョゼットだろうが」

「いやいや、新しい装備買った時とかに磨いてもらったりするじゃん」

「ふん、どのみち変な仕事ばかり持ってきやがる」

 

 そうは言うが、街の鍛冶屋なんて手広く便利でなんぼだぜジョスランさん。

 

「……で、もうヒーラーには診てもらったのかい、ジョスランさん」

「ああ。二日にいっぺん、診て処置してもらってる。あとは飲み薬とくっせぇ湿布だな。まだもうしばらくこのまんまだ。退屈でしょうがねえ」

「そりゃ大変だ……仕事できないってのは辛いよな」

「まあ今は丁度俺もジョゼットも暇が出来てたんでな、運が良かった。お偉方の依頼をやっつけてる時じゃないだけ幸運だ」

「そりゃそうだな。……てことは今なら俺から仕事頼んでもいいってことか」

「おい。別に今は無理に仕事したいわけじゃねえんだぞ?」

「わかってるって、頼むのはジョゼットの方だよ。ほら、この前頼んだリール。あれをさらに二つばかり作ってもらおうと思ってさ」

 

 俺はリールを巻くジェスチャーをしてみたが、よく考えたらこれで伝わるはずもなかった。

 

「……ああ、あの糸巻きのやつか」

 

 伝わってたわ。

 

「木型はある。そのくらいだったら構わんぞ。前と同じで良いんだな?」

「ああ。大変な時に悪いね」

「いいや構わん。……あれは釣り道具なんだろう? なんだ、また売るのか?」

「今回のは使う用。釣り竿は幾つ持ってても良いからな」

 

 この夏は“アルテミス”の連中と一緒に海にいくわけだしな。その準備は整えておかないといかん。

 この前の湖でも釣り竿は持っていったけど、海ならやっぱ全部リール付きの竿じゃないとな。

 へっぽこリールでも無いよりはマシなはずだ。

 

「釣りねぇ。俺も近くの川でカニくらいなら釣ったもんだが」

「え、ジョスランさんもそういうことしたことあるのか」

「おおさ。こんくらいの太さの丈夫な糸の先に屑肉をつけてな。でかい岩の影に投げてやるんだよ。あとは潜られない内に引っ張るだけ。まぁ、ガキの頃の遊びの一つさ。街の外だったもんで、親父には怒られたがな」

 

 あー、街出身の人が外出るのはそりゃ大変だろうな。

 この世界は普通に子供を攫う連中がいるからマジで危ない。

 

「焼いたカニはまたうめぇんだよな。食う所なんてほとんど無いようなもんだが……」

「わかる。カニは良い……あのぷりっとした身がな……」

「……おうモングレル。今度カニ釣ってきてくれよ」

「えぇー。いやなんかジョスランさんこの流れで言い出しそうだなーとは思って聞いてたけどさぁ」

「うるせぇ食いたくなったんだよ。……よし、何匹か釣ってきたならなんかうちで余ってる装備一つやるぞ」

「しかも売れ残りかよ」

 

 在庫整理のついでに美味い飯を食おうってか。そんな餌に俺が釣られるとでも思ったか。

 

「多分お前の欲しそうなやつだぞ。うちの倉庫の奥にあって、掃除でもしないと取り出せんやつだ」

「そいつは気になるわ。ジョスランさん、そういうものをなんで店先に置いておかねえんだよ」

「当たり前だろが。売れねえから倉庫の奥にしまってあるんだよ」

 

 確かに……。

 

「あの頃食ったカニの味思い出しちまった。また食いてえなあ……」

「ああ、わかったけど……釣りはまた今度な。多分今の季節は川にいないからさ」

「ふん、そういうものか。俺の頃はどうだったかな……うーん、思い出せん」

「ま、腰が治った後の楽しみに取っておいてくれよな。あ、リールの件は頼んだぜ。料金は前回と同じで二つ分な。先に払っておくからよ」

「おう助かるぜ。お前の金払いの良さだけは俺も尊敬してるぞ」

 

 俺はあまりツケとか借金とかしない主義なんでね。

 

「話に聞いてたより元気そうで良かったよ。それじゃあな、ジョスランさん」

「おー」

 

 そうしてうつ伏せの親父さんと別れ、俺はギルドに帰っていった。

 

 ……レゴールの人々と話したり平坦な道を歩いていると、やっぱなんだかこう、癒されるね。

 





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