夏は暑い。気温は前世のコンクリートジャングルほどではないにせよ、エアコンのない世界では普通にどこいっても暑いのが困りものだ。逃げ場がない。
汗も無限に流れ出てくるし、不快感は募る。毎日でもシャワーを浴びたくなる季節だ。実際、俺はこういう季節に外で雨が降ったりなんかすると、水浴びをすることがある。バロアの森の中だったら半裸どころか全裸になることさえあるぜ。天然のシャワーってやつだな。
とはいえ、さすがの俺も雨が降る度に裸族になるわけではない。
特に昼間のギルドでお茶なんぞ注文してまったりしている時なんかは、人並みに“雨だりーなー”なんて思ったりもする。
「雨止まないっスねぇ」
「困りましたね。クランハウスに帰るまでに止んでいると良いのですけど」
ライナとモモは同じテーブルでボードゲームに興じていた。ムーンボードというやつだ。
俺はこのゲームのルールが未だによくわかっていないため具体的なものはわからないんだが、二人ともそれなりに強いらしい。
パーティー同士で交流する機会も多く、歳が近いのもあって二人はそこそこ仲良しだ。性格やタイプは結構違うように思えるんだが、不思議なもんである。
「雨が降ると給水の仕事も焼却の仕事も暇になるから大変ですよ、まったく。そのせいであぶれた魔法使いが別の依頼を取りにくるから、まるで良いこと無しです」
「あー、うちのナスターシャ先輩もそんなこと言ってたっス。雨が降ると魔法使いは仕事を失うって」
「火と水属性は大変ですね。まあ、かといってこんな天候じゃ私みたいな闇属性使いだって微妙なんですけど」
「モモちゃんの闇属性ってどんなことできるんスか」
「ふふん、よくぞ聞いてくれましたね!」
ちなみに俺は別のテーブルで新しくギルドに入荷した魚の図鑑を読んでいます。
今まで貯めてきた貢献度をいくらか払って酒場で読ませてもらっているわけだ。エレナも最近は融通がきくようになってきたもんだぜ。
「闇属性は相手の視界を奪う他、契約や呪い、侵食も司っています! 世にある魔法らしいことのほとんど全てに闇魔法が関わっていると言っても良いくらいなのですよ!」
「はぇーすっごい……」
「よくわかってなさそうな顔してますねライナ……つ、つまりですね。この世の魔道具が魔法的な機能を備えているというのはすなわち、闇魔法の特性である呪いが備わっているということでもあるのです。つまり、魔道具と闇魔法は密接に関わっているということなのですね! 魔道具職人となるためには、闇魔法の研鑽が欠かせないのですよ! わかりましたか!?」
「おー……モモちゃん魔法の話になるとめっちゃ早口っスね!」
「ちょっと! 真面目に聞いてくださいよ!」
「い、いやぁ、聞いてはいるんスよぉ」
騒がしい連中だぜ。まぁ今日はまだ酒のんでギャーギャー言ってる連中が居ない分まだマシだな。
隅っこのテーブルで“レゴール警備部隊”の爺さんたちが孫の話で盛り上がっている平和な空間だ。和むぜ……。
「ちょっとモングレル! 聞いてますか!?」
「いや怒ったテンションを俺に引きずってくるなよ……あと聞いてる前提で話すのやめろ。テーブルちげぇんだから」
「モングレルは色々な装備を持っているんですよね? だったら魔道具の一つくらい持っているんじゃないですか?」
「魔道具は身近で便利なものだから、モモちゃんが褒めて欲しいみたいっス」
「そうは言ってないですけど!?」
魔道具か、魔道具なぁ……まぁ一応あるにはあるな。
「魔石が勿体なくて全然使ってないけど、ほい。これとか魔道具だな」
「え、モングレル先輩魔道具なんて持ってたんスか」
「……ああ、小型の魔道ランプですね? モングレルが持っているとは意外です」
一応常に携帯しているものとして、タバコの箱くらいのコンパクトなサイズの魔道具は持っている。
ビー玉よりちょっと小さいくらいの魔石をカートリッジに入れて扱うタイプの魔道具で、やる気のない豆電球くらいの光量でぼんやりと光ってくれるライトだ。
「ただこいつ、燃費が最悪なんだよな。魔石入れても十分くらいしか光ってくれねえんだよ」
「そんなものですよ。小さい魔石じゃ蝋燭ほど長く光るわけでもないですからね」
「こういう雨の日とかは使えそうっスよね」
「俺もそういう考えで買ったんだけどなぁ。全然使う機会がねーんだ」
俺の唯一の使用機会といえば、野営中の深夜とかに起き出して、自分の寝床の近くで物探しする時とか……そんくらいかな。
いやそのために700ジェリー分の魔石使うか? って話だわ……。
「自動で矢筒から矢を取り出してくれる魔道具とか欲しいっス」
「それはまた大掛かりになりそうですね……」
「海底の地形とか海の中の魚の様子を探る魔道具とかねーかな」
「ありませんよそんな高性能なもの! ……あ、そういえば“アルテミス”はもうすぐ海の方まで遠征に行かれるんでしたっけ」
「っス。アーケルシアまで行って仕事もするんスけど、半分は観光っス! モングレル先輩も来るんスよ」
「そうなんですか!?」
「おう。一緒の馬車に乗らせてもらうぜ。一人で行くよりも安く上がりそうで良いや」
一応、“アルテミス”は向こうで海ならではの討伐もやってみるらしい。
その他幾つか野暮用もあるのだとか。まぁその辺りは俺にはあまり関係ない。
俺としては海産物が手に入ればそれだけで良いからな。あとは調味料とか現地ならではの飯とか……。
「でしたらまた私が改良した足ヒレを持っていくと良いでしょう! モングレルの所感から問題点を洗い出し、幾つか変更を加えた足ヒレです! 海で使えるならきっと売り物にもなるはずですよ!」
「モモお前まだ足ヒレ作ってたのか……」
「もちろんです! まぁそこまで複雑なものでもないですからね! 今度渡してあげますよ!」
「使ってみたらまた感想を言えば良いんだな?」
「ええ! あ、もちろんライナが使っても良いんですよ!」
「えー……私そこまで泳ぐの自信ないっス」
足ヒレか……銛とかヤスとかがあれば漁ができるが……水中メガネ無しでやることじゃねえな……。即席で簡単なゴーグルでも作ってみるか……?
いや、そもそもゴムがないと銛は微妙か。……マジで足ヒレが泳ぐための補助道具にしかならない気がしてきた。
「うげ~、雨だ雨だ! チクショ~馬車乗ってる間に止むと思ったのによォ~!」
「ひーたまんねぇ、おっ? モングレル。それにライナちゃんとモモちゃんか。暇そうにしてるな」
「おーチャック、それにバルガー。任務帰りか? ずぶ濡れだな」
「おはざーっス。お疲れさまっス」
「“収穫の剣”はよくわからない時間に任務に出ていますね……」
雨模様の外からギルドへ転がり込んできたのは、バルガーとチャックだった。同じパーティーとはいえ、意外と珍しい二人組かもしれん。
一応二人は防水用のマントも羽織っていたが、所詮はマントである。さすがに東門からずっと降られていれば相応に濡れてしまうらしかった。
「俺たちはちっと隣街にいたもんでな。ま、大人の男には色々あるんだよ」
「ヘヘッ、ライナとモモにはまだまだ早い世界ってやつだぜェ~」
「どうせまた風俗だろ?」
「ばっ、ちげーしッ! いやそういう店にも行ったけど。競馬見に行ってたんだよ! 競馬!」
「お前らにも見せたかったぜェ~! “ボストークジャック”が最後の直線で前方集団をぶっ千切るところをよォ~!」
「なぁんだ、賭け事っスか」
「お金を粗末にする人は長生きできませんよ!」
二人が真面目に育っているようで俺は安心だよ……。
「まぁ俺も賭け事はしないけど……夜の店にも行ったってことは賭けには勝ったんだな?」
「おぉよォ! 夏最後の競馬だからなァ~、気前よく張ったらもう大当たりだぜェ!」
「しょーがねぇなぁ……賭け事の面白さを知らんお前らにこのバルガー様が酒をおごってやるよ。一杯ずつな」
「わぁい!」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「サンキューバルガー!」
「モングレルにはねぇよ! 自分で頼め!」
「はぁ!? なんでだよ! 俺にも賭け事の面白さを教えてみろや!」
「いい大人が意地汚いっス」
結局俺は奢りにありつけず、ライナとモモにだけ無料のエールが振る舞われることになった。
はー、これだから賭け事は駄目なんだよなぁ。
「お? モングレルはまーた図鑑読んでるのか」
「魚の図鑑だァ~? あ! モングレルてめぇ“アルテミス”と一緒に海に行くんだよなァ~!? ふざけやがってェ~!」
「おう、行くよ」
「羨ましいぜェ~……!」
素直なやつだなぁ……。
「はいはい、まぁ余裕があったら向こうで土産買ってくるから。チャックもバルガーも、何か買ってきてほしいもんとかあるかよ?」
「俺は別に。海と言われてもな。あ、干した貝は好物だぞ。貝柱のやつな。あれがまたうめぇんだ」
「お、良いね貝柱。わかった、買っておこう」
「え~だったら俺もそれにするぜェ。食ったことね~けど」
「へー、そんなのあるんスねぇ」
「私も食べたことないですね」
干し貝柱は美味いぞチャック……酒が無限に進むんだ……。
この世界にもあるんだな、そういう干物系。まぁあって当然か。
「まぁモングレルもついてるし心配はいらんだろうが、海は危ないからな。ライナちゃんは気をつけていけよ。変に深い所泳ごうとすると簡単に死ぬって話だからな」
「はぁーい」
「モングレルも、“アルテミス”の若い連中が溺れないようにちゃんと見ておけよ。お前泳げるんだろ?」
「わかってるって。安全には重々気を払うさ」
不慣れな奴の海難事故ほど恐ろしいものはないからな。しかも泳げるかどうかがかなり怪しいともなれば、堤防釣りでもリスクは高い。海水に落ちただけでも大変だ。
……現地についたら、念のために木製の浮き輪なんか作っておいてもいいかもしれないな。