バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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シーナ視点


隠していない力の一端

 

 ライナが懐いている男の実力と人柄を見る。

 ブロンズ3の平凡なギルドマン、モングレル。

 今回の調査任務は、彼を試す。ただそれだけのものだった。

 

 普段であれば作業小屋までの往復で、道中に現れる低級な魔物を相手にするだけの簡単な仕事。

 しかし時期が悪かったのか、作業小屋には密猟者たちが屯していた。そのせいで少し面倒なことになってしまったけれど……結果としてみれば、モングレルの対人戦闘力を見ることができたし、良かったのかもしれないわね。

 

「お前らはこれから犯罪奴隷だからな。まぁ、抜け出すまでは時間がかかるだろうが。けどお前らもまるきり馬鹿ってわけじゃないんだ。真面目に頑張れば使い潰される前にどうにか、這い上がれはするだろ」

 

 夜。

 焚き火を囲んで食事を摂った後、モングレルは拘束した三人に話しかけていた。

 聞く側からしてみれば自分たちを捕らえた張本人からの説教だ。鬱陶しくもあるだろう。けど、モングレルという男はきっと、他ならぬ彼らのためを思ってそんなことをしているのだ。

 

 

 

 ライナの話でよくモングレルの名は聞いていたし、ギルドによく顔を出していたので話すこともあった。

 ライナがアルテミスに加入する前に彼女を指導していたのがモングレルだ。

 しかし同じパーティーに入れて任務をこなしていたというわけではないらしく、長く付き合いのあるライナから見ても実力などは“よくわかんないっス”ということらしい。

 そんなモングレルが、この前ライナと一緒に街の外に出て、サイクロプスと遭遇したのだという。

 

 別に、付き合うなとは言わない。世話になったのはきっと本当だろうし、ブロンズ3とはいえギルドマンとして長いのだから、そこそこ誠実に仕事はこなせるのだと思う。

 けど、迂闊なことをしていざという時にライナを守ってやれないのでは、こちらとしては困る。

 私はシーナ。アルテミスを預かるリーダーだ。新入りとはいえ、その仲間たるライナをつまらないことで怪我をさせたり、まして殺されたりしてほしくはない。

 

 だから、モングレルを試そうと思ったのだ。

 強ければ良し。けど、それだけではダメ。ライナと一緒にいるのであれば、人柄だって無視はできない。

 ギルドマンに所属するのは粗野な貧民ばかりだ。もしモングレルがライナに悪い影響を与えるような男であれば、今後は一切近づかせないし、ライナからも関わらせないつもりだった。

 

 ……一日彼を見ていて、だいたいはわかった。

 実力は、良し。というより、ブロンズ3とは思えない力と技量がある。

 

 罠を見分ける眼は、さすがに経験があるのか悪くない。道選びも歩き方も合格。

 ……ゴブリンと遭遇した時に撃った矢は、素人丸出しではあったけれど。その後の弓剣による接近戦は素早く、確実にゴブリンを仕留めていた。マヌケな一幕だったけれど、その道化じみた行為をカバーできる実力があってこその振る舞いだったのだろうと、私は思っている。

 

 作業小屋で遭遇したならず者への対処も良かった。

 彼の使うバスタードソードは中途半端な武装だけど、素早い攻撃は上手く相手の虚を突き、瞬時に無力化に成功している。

 よほど身体強化が優れているのだろう。剣で大鉈を弾いた瞬間は、まるで枝でも飛ばすような軽やかさだった。

 いたずらに命を奪わないのも、悪くない。捕縛を試みるのは後衛に危険を及ぼしかねない行為ではあるけれど、いざという時はそれを巻き返せるだけの実力がある故の試みだったはず。多分、ただ甘いだけの男ではないのだ。

 

 力はある。異常者ではない。……うん、ライナと付き合わせても問題ない男ね。安心したわ。

 まあ……もし今日の野営で誰かに手出しするようなら、問答無用で殺すけど。

 

 

 

「変なとこはあるけど、いい人そーじゃん。良かったね? シーナ団長」

「ええ。けど、一番安心してるのは貴方じゃない? ウルリカ」

「……えへへ。まぁ、ライナに何かあったらって思ったらねぇ? そりゃ心配しちゃうじゃない?」

「随分とモングレルにベタベタするから、何かと思ったわよ。ちょっと探り方がわざとらしいんじゃなくて?」

「そ、そうかな? さりげなーくやったつもりなんだけどなー……」

 

 ウルリカは歳の近い後輩ということもあって、特にライナを大事に思っている。

 あとはまあ、そんなライナの元お師匠様ってこともあって、モングレルに対抗意識でも燃やしているのかもしれないわね。

 でもウルリカも、今日でモングレルに対する蟠りなんかは解けたんじゃないかしら。元々、人を嫌いになったり警戒できるタイプじゃないものね。まして、それが人柄の良い相手なら……。

 

「モングレル先輩、新しい肉焼けたっス」

「おお、わざわざ持ってきてくれたのか。悪いなライナ」

「そ……それは俺たちの捌いた肉……!」

「ん? 食うか? まあ今日が最後のまともなジビエ料理になるかもしれないからな。肉も悪くしちゃあれだし、食わせてやってもいいぞ。……ちゃんと今日のことを言葉に出して反省するならなぁ!?」

「く、くそぉ……! 食わせてくれ! 反省するから!」

「あれぇそんなに反省してない感じかなぁ……?」

「反省してますぅ!」

 

 ……いや、どうなのかしらアレ。人柄、良いのかな……。

 

 ……酒場で話すことも多かったけど、いまいち掴みどころのない男なのよね、モングレル。

 

「部屋に水桶を用意した。寝る前に清めておくといい」

「あら、気が利くわねナスターシャ」

「今日は一切戦闘に参加していなかったからな。水魔法の有効活用くらいはさせてもらおう」

 

 彼女はナスターシャ。

 アルテミス加入の頃から一緒にいる、凄腕の水魔法使い。

 王都から飛び出した私に、今日まで長く付き合ってくれている頼れる相棒。彼女もまた、ライナのために今回の任務についてきた一人だ。

 

「シーナ。お前の眼には適ったか」

「ん、まあね。変人なのは変わらないけど、良いんじゃない。悪人じゃなくてほっとしたわ。ナスターシャはどう?」

「面白い男だな」

「……面白い?」

 

 意外だ。冷淡な彼女にしては随分と買っているようだけど。何故? どこが?

 

「さっきあの男、モングレルといったか。奴がバスタードソードを使って、ゴリリアーナの薪割りを手伝っていた」

「ああそうね。働いてくれるのはありがたいと思うけど……」

「奴の剣を観察してみると、面白いことがわかった。何だと思う」

 

 ナスターシャは鋭い目を細めて、楽しそうに笑っている。

 学術的興味ばかり追い求める彼女の笑みだ。……剣に何かある? それがナスターシャの気を惹いたとなると。

 

「まさかあのバスタードソード、魔剣の類だったり」

「いいや。あの剣そのものはただの数打ち品だろう。おそらくロングソードの作り損ないといったところか。面白いところは他にある」

 

 予想以上に酷い得物だった。それだけでも十分に面白くはあるんだけど……?

 

「モングレルは一撃で大鉈を弾いてみせたな」

「ええ、そうね」

「あの時の大鉈を検分してみた。すると、刃の部分に深い切れ込みが刻まれていた。指一本分ほどの深い跡がな」

「……それは」

 

 凄まじい切れ味。そして威力だ。一発で軽々と吹き飛ばしたのにも頷ける。

 

「対してどうだ。モングレルのバスタードソードには、大鉈と打ち合ったはずの刃に少しの傷もできていなかった」

「!」

「面白いだろう。魔剣でもなんでもないただの鋼の数打ちに、大鉈に少しも負けないだけの強化を施せる……。奴の身体強化にも目を瞠るものがあるが、武具への伝達も凄まじい。シーナ、奴のランクはいくつだ?」

「ブロンズ、3……とは思えないわね」

「審査の厳しい王都のギルドであっても、その域の者にはゴールドが与えられるものだ」

 

 強いとは思っていた。ソロで難しい任務もこなすし、日頃から余裕があるとも感じていたが……。

 余裕の理由はそれか。

 

「おそらく、身体能力系“ギフト”の持ち主なのかもしれんな。種類は違えど……私やお前と同じように」

「……!」

 

 ギフト。スキルと同じく、あるいはそれ以上の奇跡として得られる超常の力。

 

 強化系のギフト持ちはそのほとんどが国から召し上げられるか、在野においてもギルドマンのトップクラスとして君臨できるような、戦闘系において最上の素質だ。

 

 ……力を隠しているのは、そういうこと?

 目立って、ギフト持ちであることを知られたくない……なるほど、そう考えればブロンズに固執する理由としては妥当か。

 力ある者が上にいけばいくほど、危険な任務は増えるものだから。

 

「私は面白いものを見れて満足した。モングレルをどう扱うかは、シーナ。お前の好きにすると良い」

「……悩むところね。一度断られてはいるけれど、そうなるともう少ししつこく勧誘する価値もあるか……?」

「個人的な意見を言わせてもらうなら、まあ、悪くはないな。うちには既に(ウルリカ)もいるし、ライナが懐く相手ならば問題もなかろう。シーナの方針に従うさ」

 

 そう言って、ナスターシャはゴリリアーナの元へと歩いていった。

 彼女の桶にも水を補充しに行くのだろう。

 

 ……モングレル。モングレル、か。

 強化系ギフト持ち……よそに取られるくらいなら、うちで抱え込むのも有りかしら……?

 

「おい見てみライナ、ウルリカ。こうしてクレイジーボアの脂身から獣脂を取り出して食い物に流し込んで固めるとな、滅茶苦茶不味くてくっせぇ保存食ができるんだ」

「うわ、くっさ! あはは、まずそー!」

「うへぇ。わざわざ保存食にしなくたって、普通に新鮮なお肉獲って食べれば良いじゃないスか……」

「肉を簡単に獲れる狩人の意見だな……」

「てかボアの脂は蝋燭にしたほうが良っスよ。自分たちで使えるし、数作ればいい値段で売れるっス」

「……確かに……」

「変なのー! 保存食だったら干し肉で良いのにー!」

 

 ……まぁ、入ったら入ったで楽しそうだし、前向きに考えて見ても良いかもしれないわね。

 断られそうな気もするけれど、気長に誘っていけば心変わりすることもあるかもしれないし。

 

 


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