馬車で長々と護衛の旅を続けていると、単なる旅行とは違い、思わぬトラブルに見舞われたり出費が嵩むことがある。
その点、ギルドマンは行く先々で仕事にありつきやすいので対処は楽なんだが、時には多少の一言では済ませられない出費を強いられることもある。
「やべぇな……まだ目的地に着いてすらいないのに既に所持金が半分切ってやがる……」
俺は隊商中で空いてる馬車の荷台に座り、所持金と持ち物を整理していた。
そこで判明したのが、今回持ってきた有り金の想定以上の枯渇である。
滅多に行かない街だし土産物だって買うだろうからってことで、念の為に多めに持ってきたはずなんだがな……このペースで行くと土産物を買う前に港町滞在中に有り金が消えてしまう。
「モングレル先輩……どうしたらそんなことになるんスか……」
「わからん……“アルテミス”と被るものはなるべくスルーして、必要なものだけ買ってきたつもりなんだがなぁ」
一緒に馬車で休憩中のライナは呆れ顔だ。まぁ金遣いの荒い奴を見てるとそんな顔したくなる気持ちはわからんでもない。
「これまでの宿代は折半だったろ? 宿での飯もそうだな。で、まぁ昼飯用の食材としてパンと塩の買い足しとかで……300ジェリーずつくらいか。野菜はなるべく街道沿いのを拾うようにしてるから、あーでも酢漬けの買い足しで350くらい出てるか」
「まぁでも安い方っスよね」
「あとは個人用の魔物除けのお香が安かったから数日分を500ジェリーで買ってるだろ? 水代はナスターシャがなんとかしてくれてるからいらないだろ? あーカラメルデーツを買って250ジェリー出たか」
「あれ甘くて美味しかったっス! けどそれも出費と言うには微妙っスよね」
「だな。……んー、最近は夜に酒飲んでるから、そこでエールとビールの代金もあるが、むしろここら辺はレゴールより安いんだよな……大して飲むわけでもないし、つまみのクラゲの酢の物だって50ジェリーくらいなもんだし」
「うーん」
「あとは昨日買った可変式アストワ鉄鋼製ツルハシが24000ジェリーしたくらいだしなぁ……」
「いやそれっスよ! 間違いなくそれじゃないっスか! さっきから見慣れない道具があってなんだろうと思ってたら完全にそれのせいじゃないっスか!」
ライナは床に置かれた可変式アストワ鉄鋼製ツルハシを指差して叫んでいる。
あんまりうるさくすると馬が驚いちゃうぞ。
「まぁ見ろよライナ……こいつはな、T字の頭部分が柄と平行になってくれる上にな、この状態でさらに柄を押し込むことでコンパクトに収納できるっていう……」
「そもそもツルハシなんて何にも使わないじゃないっスか!」
「いやぁ、それはほら……あるかもしれないじゃん……? 密林とか火山とか雪山とか……色々なところで使うかもしれないじゃん……」
「絶対に無いっス!」
いや俺も正直無いとは思うけど、この掘削能力でこの小型、さらにコンパクトになる携行性の高さ、しかもそれがアストワ鉄鋼製となればもう一生モノのツルハシだろ……?
「もーまた無駄遣いして! そもそも普段仕事でやってる鉱夫だってそんな変形するような変なツルハシなんて使うわけないっスよ!」
「い、いやぁわかんねぇよ……」
「どうするんスかそんな荷物まで増やして……港街は、アーケルシアはそろそろなんスよ? 隊商の人もそろそろ漁村だって言ってたし……お金無いのに観光なんてできないっスよ……」
確かにその通りだ。ついつい物欲に目が眩んで衝動買いしてしまったが、どうせ買うなら海でも使える変形する銛とかその辺りにするべきだったんだ。ツルハシなんてあっても護岸をぶっ壊したり嫌いな珊瑚礁を破壊するくらいしか使い道が思い浮かばない。ろくでもねぇな。
「モングレル先輩と一緒に港町の観光したかったのに……」
「ライナ……」
まるで俺が向こうで観光できない貧乏人みたいに言ってるが、別に金が無けりゃ無いで俺は海釣りさえできれば上手くやれるんだが……。
けどまあ、どうせ港町に行くなら金を使って商業施設も回っておきたいよな。
一人で来てるわけじゃないんだ。みんなと一緒に見て回れるくらいの金を……作るか。
「……よし、次の漁村に着いたら俺は金策するぞ。隊商の邪魔にならないよう、半日以下で終わる仕事でな!」
「おおー……そのツルハシ売っぱらうんスね!」
「これは売らねえよ!?」
「えー」
そういうわけで、まぁ付け焼き刃的ではあるんだが、俺は短期バイトを始めてみることにした。
翌日、俺たちは漁村に到着した。
アガシ村というらしく、海岸と砂浜のあるちょっとした集落のようなものだった。
使っている木材が悪いのか塩害の影響なのか何なのか、建っている民家はどうにもそこらの農村よりも見窄らしそうであり、馬車の通る路面も荒れ気味だ。
「よう村長さん、来たよ」
「おーいつもすまないねぇ。そろそろ来る時期だと思ってたよ。また小麦分けてもらえるかい?」
「ああ、二つ目の馬車に入ってるんでな、見ていってくれ。貝焼き粉はいつもの量もらっていくが、構わないか?」
「もちろん、あんなもんでよければ。集会場で詳しい話をしよう」
アガシ村ではちょっとした網を使った漁業をメインに、漁業用の網の作製、そして貝殻を焼いて作った炭酸カルシウム的な何かを最近では商品として作ったりしているそうだ。
炭酸カルシウムは良いぞ……。
「わーすごい、海だー!」
「海っス! 湖よりでっかいっス!」
「わぁ……な、なんだか独特な香りの風だね」
馬車から降りた“アルテミス”の面々、特に初めて海を見る連中は分かりやすく感動している。この世界じゃ見ない奴は死ぬまで見ないからな。早速土産話にできるもんが見れて良かったじゃないか。
「引き続き、馬用の水は私が用立てよう。水場はどこに?」
「ああ助かるよ“アルテミス”さん! こっちに堀があるんで、そこに景気良くやってくれりゃあとは馬が勝手に飲むよ! 頼んますわ!」
「ちょっとライナ! それとウルリカも! あまり波のある場所に近付かない! 危ないわよ!」
アガシ村の海岸は若干遠浅の岩礁ばかりで、とてもではないが大型の船は乗り込めない。だから一部の岩礁近くに桟橋があって、そこから小型の船を出して網漁をする……といったわけらしい。
岩礁地帯は滑りやすく怪我しやすいため、地元の村民でも水がある時は絶対に近づかないそうだ。ただ、潮が引いた時には潮溜りに取り残された魚や貝なんかがいるので、そこで集めるのは楽で助かっているらしい。けどまぁ大規模な漁をするのには不便な地形だろうなぁ。
「ウルリカ先輩! 言ってた通りっス! これマジで塩水っスよ!」
「うげぇ、しょっぱ! あとなんかにっが! あはははっ! 思ってたより不味いねー!」
「二人とも、足元気をつけなよ! シーナ団長も言ってただろう?」
さて……お子様達がはしゃいでるところで、俺は短期バイトを探すとするか……。
「あのー、さっきうちの隊商と話してましたよね? アガシ村の村長さんで間違いありませんか?」
「ん? ああ、そうだが」
ここの村長さんは50歳ほどの日に焼けた男性だった。見るからに海の男って感じがする。
「俺はモングレル、今回の隊商の護衛をしにやってきたギルドマンです。……実はちょっと金が入用でしてね、個人的に仕事のご相談をさせてもらいたいんですけど……」
「んん? なんだ、金かい? 仕事と言われてもね、ギルドの人に頼むような仕事なんてうちにはないよ」
「いやいや、ギルドに通すようなもんじゃなくて良いです。俺、こう見えてかなり力がある方なんで。身体も頑丈なんで、それ使って何かできることがあればなんでも」
「……力持ちねぇ。そうは見えないが」
訝しげな目で俺の全身を見回して、村長さんは手を差し出してきた。
「力比べしよう。俺より強ければ何か頼んでやる」
「よし来た。……ちなみに2000ジェリーくらい貰えてすぐに終わる仕事があれば良いなぁと」
「なにぃ? そんな仕事……お? い、いたたたたッ……!?」
村長さんの手を握り、自己アピールを兼ねて思いっきり圧力を掛けていく。
御社の社風に惹かれて来たんです、伝わってください……俺の熱意……!
「わ、わかったわかった!」
「やったぜ」
「ふぅ……見かけによらずとんだ馬鹿力だ。……けど、そんだけ力があれば任せたい仕事は幾つかあるな。……あー、あんた名前は?」
「俺はモングレルです」
「じゃあモングレルさん、俺はちょっとこれから交渉があって忙しいから対応できないんだが、あっちにある家、あそこにうちの息子がいるから、代わりにそいつから話を聞いてくれんか。大潮溜りの錨の回収をやれって言えば伝わるだろうよ」
「錨?」
色々聞きたいことはあったが、村長さんは忙しいらしく去っていってしまった。
代わりに説明してくれるらしい村長さんの息子の家に行って聞いてみると、村長さんよりは普段遊んでそうな雰囲気の彼は“あー”と面倒くさそうに唸っていた。
「大潮溜りの錨か。岩礁の先、そうだな。ちょうど外の……あそこ。あの松の生えた岩がぽつんと浮かんでるだろ。あの手前辺りでアーケルシアから来た大きめの漁船が座礁したことがあったんだよ。10年くらい前だったかな」
「へぇ」
「あの辺りは無駄に背の高い岩礁に囲まれてるせいで、大潮溜りって言われてるんだ。ちょっとデカい船なんかであの辺りを浮かんでると、運が悪いと沖に閉じ込められたりするんだぜ、すっげぇ座礁しやすいんだ。うちの村の人もあの辺りで何人か死んでるしな。けどたまに大物が閉じ込められてたりするから悪いことばかりでもないんだよなー」
こっわ。天然の罠じゃん。
「まあそれはともかく、あの辺りで昔の漁船の錨が沈んだままになってるわけよ。結構デカい錨だからな、鉄量はそうとうなもんだ。……親父はそれがあれば金くらいは渡してやるって言ってるんじゃねえかな」
「なるほどなぁ。……結構無茶な話だよねこれ?」
「まぁ無茶だなぁ。軍船を使って引き上げるか……海底まで潜って、錨を抱えて……海底を歩きながら戻ってくるくらいしか方法がないもんよ」
なるほど、海底まで沈んで錨を抱える……その手があったか。
超筋肉サルベージだな。……そのまま波打ち際まで歩いて行くのは流石に息が続かないだろうけど、背の高い岩礁を登るようにすれば一応はいけるか……?
「何度も何度も行ってる場所だから俺なら暗くてもわかるけど、危ないからやめた方がいいぜ。それよりは大物突きでもやった方がまだ現実的だよ」
「大物突きって響きも魅力的だけど……深さはどのくらいある?」
「おいおい、やる気なのか? 20mくらいあるぞ」
「あ、意外といけそうなラインだな」
「マジかよあんた。やるつもりか?」
「もちろんやるつもりさ。ダメならすぐに上がってくるから心配しないでくれ。俺はこう見えてハルペリアで……いや、レゴールで一番泳ぎの上手いギルドマンだからな」
「内陸の街の中で泳ぎ自慢されてもなぁ……けどまぁ面白い奴だなあんた。ダメそうな時はすぐ引き上げてやるけど、やるってんなら任せてみたくなったぜ」
村長の息子さんは面白そうに笑い、出航の支度を始めた。
「この時間からじゃ一度挑戦するくらいしかできないが、下見だけでもしてみたいだろ? どうだ、一度ダメ元で行ってみないか」
「おう、任せておけ。この時間で一発で錨を持って帰って来てやるよ」
「ははは! ギルドマンはイカれてんなぁー。けど俺らの海で死なないでくれよ。魚食う気が失せるから」
「死なないって」
こうして俺はそこそこ軽めのノリで、海底に遺棄された錨を回収するバイトをやることになったのだった。