バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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湾岸都市アーケルシア

 

 錨を回収したその日の夜は、集会場で隊商の人達と一緒にご馳走にありつくことができた。

 どうもこのアガシ村は時々通る隊商に生活必需品の諸々を依存しているらしく、ご馳走はそのために用意しているものなのだとか。クラカスはそう語っていた。

 要はこのアガシ村は普通に隊商のルートを組むと大体無視されがちな若干遠回りな位置にあるらしく、それでは村としては困るっていうことで、隊商の人達が喜ぶようなもてなしを準備しているわけだ。

 交易も行ってはいるが、そっちはメインというわけではないそうだ。

 

「魚介類じゃアーケルシアの大型船には勝てねぇよ。俺たちの村じゃ、自分たちの分を集めるだけで精一杯さ」

 

 寂れた漁村に生まれ育った若者達はアーケルシアに対してコンプレックスを持っているが、それでも結構楽しそうに過ごしている。

 

「それでもまぁ、やっていけてるからなぁ。なんだかんだ仕事は無いわけじゃないし、普通に過ごしてるよ」

 

 ある意味スローライフを満喫しているんだろう。南国出身者特有のおおらかさというか、鈍さと言うべきか。そんな気質を彼らは備えているようだった。

 

「ああ、でももうちっと可愛い子に来て欲しいな! 色白で優しい子な!」

「なぁモングレルさん、あっちの“アルテミス”の子たちって……」

「やめとけ。手を出したら俺より強い人達に縊り殺されるぞ」

「マジかよ……」

「どんなに不死身の大男でも首を絞めて殺し切るような化け物ばっかりだからな。間違っても手は出さん方がいい。俺も手を出させるなって言われているから、見かけたら止めるぞ。乱暴狼藉は御免だぞ」

「うえー、そうかぁ……チッ、綺麗どころを眺めてるだけなんて拷問だぜ」

 

 海の男は気性が荒いというが、話がわからない連中ばかりでもない。話に力を混ぜてやれば大体の国で話が通じやすくなるのは世界共通だ。

 俺の脅しもある程度の効果があったのか、その日は懸念していたような事件が起こることもなく、翌朝は無事にアガシ村を出発することができたのだった。

 

 

 

「あーあー、昨日食べちゃったなー……お魚……」

「お、美味しかったですよね……海の魚……」

「そうだね。今まで海の魚というと干物しか食べたことがなかったけど……新鮮な奴は川魚に比べて随分と風味が違っていて驚いたよ」

 

 アーケルシアに向かってのろのろ走る馬車の中で、“アルテミス”のメンバーが和やかに語らっている。

 道中は日差しもあるので外を歩くのはちょっとつらい。そこで、隊商の人が気を利かせて乗せてくれた形だ。多分、男だらけのムサいパーティーだったらそういう申し出は無かっただろうな。“アルテミス”に後衛が多いから後からでもカバーができるってのも理由としてはあるんだろうが……。

 

「でもさぁー。私本当はアーケルシアに着いてからそういうの食べたかったんだよー! わかるこの気持ち!?」

「何よウルリカ……昨日のご飯は美味しかったじゃないの」

「美味しかったけどー! この最初の感動をさー、どうせならハルペリア最大の港町の一番有名な料理屋さんとかで味わいたかったって思わない!?」

「っスっス」

「あーまたスッス言ってる! なんでよーシーナ団長はそう思わない?」

「そうねぇ……まあ、最初に質の良いものを味わっておくっていうのは、ある意味大切だとは思うけど……」

「私は魚は魚だと思うがな」

「昨日の塩焼きも美味しかったっスけどねぇ」

 

 どうやらウルリカは最初の海水魚体験をアーケルシアで味わいたかったらしい。

 それはアレかい? サトウキビを沖縄で齧らないとちょっとがっかりしちゃうってアレかい?

 わかるようなわからないようなって感じだな。

 

 馬車の外を眺めてみると、横に海が見える。

 このまま俺たちは海岸沿いの道を走り、今日の夕時にはアーケルシアに到着するわけだ。

 海岸の形によっては早い段階で港町が見えるかもしれない。楽しみだぜ。

 

「ウルリカは昔から変なところにこだわるからなぁ……」

「そんなことないよ! ただどうせなら一番最初は良い物を味わいたいってだけ!」

「シーナ先輩、アーケルシアの美味しい魚料理ってどんなのがあるんスかね?」

「……そうね。随分と昔に一度行っただけだから私も偉そうには言えないんだけど……オイル煮は美味しかった記憶があるわね。貝とかエビとか、魚も色々入れてオイルで煮た料理よ。海は魚だけでなく、もっと色々なものが採れるもの。最初から拘らずに、とにかく気になったものを食べたら良いんじゃない?」

「い、良いですね! オイル煮……楽しみです……!」

「オイル煮か。美味そうだ」

 

 アヒージョ、ブイヤベース、アクアパッツァ。魚介類をゴテゴテ突っ込んだ鍋系料理はなんでも美味いよな。

 うーん腹が減ってきた。……けど高いんだろうな、油使うような料理は。クジラやら海獣やら、色々と油の採れる生き物は向こうにも多いんだろうが、全部が全部料理に向いているわけでもないしな……。

 金……アストワ鉄鋼……ウッ、頭が……いやいや、向こうに着けば長々と続けている今の護衛任務もクリアになるわけだから、そこでまとまった金が入る。

 道中は地味に道を通せんぼしてた魔物を退治したし、軽率に襲いかかってきたゴブリンを二回駆除している。まぁこれは微々たる報酬になるだろうが、それなりに懐は温まるはずだ……。

 

「美味しい料理食べてー……あ、そうだ。あとはアーケルシアの港から大きな漁船も見てみたいなー! 大きな軍船も停泊してるならちょっと乗せてもらえたりとかして……」

「おいウルリカ、こっちこっち。外見てみろよ」

「え、なになに?」

「ほら、向こうの海に多分アーケルシアから出港してきたデカい漁船が見えるぜ」

「あーっ! もうだからそういうの見せないでってばー!」

 

 なんか必死過ぎて笑えるわ。すまんな。

 

 

 

 夕暮れ。俺たちの護衛する馬車は無事アーケルシアに到着した。

 アーケルシア。それは本土の南に位置するでかい港町だ。港を護るように点在する幾つもの島によって常に波が穏やかで、天然の良港として栄えている。まぁこの世界じゃ天然の良港しか栄えないだろうなって感じはするが。わざわざ岩を積みまくって防波堤なんか作らんだろうしな。

 

「おーっ! すごいっス! 海にいっぱい船が浮かんでるっス!」

「すごいすごい! え!? あれなに、海戦でもするの!? 全部漁船!?」

「壮観だね……!」

 

 アーケルシアの面する海……キリタティス海。穏やかな内海には大小さまざまな船が浮かび、ゆっくりと動いている。

 こんな夕方までのんびり航海してて大丈夫なのかとも思ったが、どうやらアーケルシアには灯台があるようだ。一際高い石造りの塔が海岸近くにそびえ立っている。あの頂上で光属性を扱える魔法使いか誰かが居るのだろう。あるいは炎を燃やしたりするのかもしれない。暗くなってからのお楽しみだな。

 

「長い期間の護衛、本当に助かった。道中は目立ったトラブルも無かったし、穏やかな移動ができたよ。ありがとう、“アルテミス”さん」

「ええ、こちらこそ。ヒルオール商会の皆さんが旅慣れていたので助かりました。また機会があれば、私達“アルテミス”をご贔屓に」

 

 ベイスンから長らく一緒だった隊商ともここでお別れだ。

 彼らもしばらくここで滞在して羽を休めた後、港の商品を積み込んで再び交易の旅に出るのだろう。

 そんな生活もどこか羨ましいような、やっぱり面倒くさいような。……俺としてはさすがに長期間移動しっぱなしってのはしんどいな。輸送トラックが発明されたらやるかもしれん。俺にはギルドマンが合っていそうだ。あるいは喫茶店のマスターだな。

 

「まずはギルド、それから宿屋を決めて……」

「うんうん! それからー?」

「……はいはい。ウルリカもこう言ってるし、今日は美味しい店を選んで入りましょうか。報酬も入るものね」

「やったー!」

「わぁい」

「ふふ、ほんとに嬉しそうだね」

「ついでにアーケルシアのギルドで依頼見てみるか。どんなもんが貼ってあるのか俺ちょっと気になるわ」

「あ、私も……はい、気になります……」

 

 アーケルシアのギルドは海側……ではなく、街の入口側。つまり内陸側にあるようだ。

 多分、ギルドマンは海に出るよりも街道や山林地帯沿いでの任務が多いんだろう。アーケルシアはハルペリアには珍しく周りに低山があって、そこらで色々とギルドマンの仕事が生まれるんだろうな。

 

「輪っかがあるっス」

「舵輪っていうのよ、あれは」

 

 古い舵輪が看板の上に掲げられているアーケルシア支部のギルドは、街の規模なりになかなか大きいものだった。レゴールよりもデカい。

 夕時で出入りする人も多く、威勢の良い男が多いせいなのかとても賑やかだ。

 規模の似ている王都のギルドと比べて違う所は、サングレール人のハーフである俺に大してあまり差別的な目を向けてくる奴がいない所だろうか。これは多分、アーケルシアが他の国と繋がりが多いせいもあるんだろうな。人種的におおらかなんだろう。戦地からも遠いしな。

 

「すげえ、上玉ばっかりだ」

「ゴールドか……見たことないな」

「王都のパーティーかもな……」

「やだ、あの双剣の子可愛い……誘っちゃおうかしら」

 

 それよりはむしろ“アルテミス”の方に注目が向かっている。まぁ綺麗どころばかり集めた花のあるパーティーだから、周りの反応はわからんでもない。

 ……はいはいシーナさん、睨まなくてもわかってます。俺が前に出て人除けになれってんでしょ。わかってますよ、仕事します。はいはい。

 

 ギルドの内装は特に変わったものはない。強いて言えばちょっと漁師っぽい風味があるくらいだろうか。壁にかけられたデカい海獣の頭骨のトロフィーなんかは圧巻だな。海沿いの街のギルドならではって感じがする。

 

「“アルテミス”様ですね、任務お疲れ様でした」

 

 受付で護衛依頼の最終的な報告を済ませ、報酬を受け取る。ゴールドランクのギルドマンだと、知らない支部に顔を出した時でも対応は若干丁寧になるからお得だ。

 ギルド員としては自分たちの支部にゴールドランクのパーティーを抱えておきたいから、ちょっと媚びた感じになるらしい。ブロンズ相手は義務的かつぞんざいだが、それはそれで気楽だから俺としてはブロンズも悪くないけどな。

 

「モングレル先輩、船の上に乗る護衛依頼なんてあるみたいっスよ」

「おー、すげぇな。ってシルバー前提かよ。結構厳しいんだな」

「弓使いの待遇結構良さげっス!」

「け、剣士はあまり良くないですね……海中の魔物に手出しができないから、でしょうか……」

「かもなぁ。海賊が出ても遠距離攻撃の手段持ってるギルドマンの方が重宝されそうだしな」

 

 ちらっと見たアーケルシア支部の依頼は、なるほど海の街というだけあって船に乗るものも多い。

 交易船、作業船、中には長期間の漁船の護衛なんてものまである。……ほー、槍使いはそこそこ優遇されてるっぽいな。確かに銛みたいに槍を投げるスキルはあるが、そういうのもあてにされてんのかね。

 あとは山林の伐採作業とか、陸上の魔物退治、それと陸路で街を離れる馬車の護衛……ここらへんは普通だな。でもひとつの支部で海と山両方の仕事が体験できるのはなかなか面白いな……。

 

「ほらほらみんな、ご飯食べにいくよー!」

「質の高い宿の場所も聞いておいた。暗くなる前に行くぞ」

「っス!」

「よっしゃ、ようやく荷物を降ろせるぜ」

「その格好、貴方一人にだけ荷物持ちをさせているみたいでいたたまれないのよね。さっさと宿に下ろしてらっしゃい」

 

 アーケルシアに到着。護衛の報酬は受け取り、宿も決まった。

 ……さて、ようやく始まるぜ。観光らしい観光!

 


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