バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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市場の散策

 

 昼過ぎまでは根気よくルアーを投げていたが、諦めた。箸にも棒にもかかりやしない。

 途中でライナやウルリカも戻ってきて一緒にやったが、この二人でも駄目だった。もちろんゴリリアーナさんもヒットなし。岸辺で全く魚がいないってことはないだろうが、初日から随分と厳しい出だしだ。

 

「お腹すいたっス」

「なんか食べに行こーよ。あと暑いから帽子買おう、帽子。さっき市場で麦わら帽子見つけたよ」

「そろそろ良い時間だね。食事する場所も考えないと……」

「モングレル先輩、お昼ごはんまだっスか」

 

 そして俺は今日こいつらの昼飯を用意しなきゃいけない使命を持っている。

 シーナの前で“昼飯は任せろー!”とか言っちゃってたしな。だが現実は非情である。俺の分すら無い。

 

「はー……俺はともかく、お前らがいれば何かしら釣れると思ったんだけどな……」

「向こうの砂浜とかは居ないんスかねぇ。歩いてたらなんかお魚の死体みたいなの見つけたんスけど」

 

 浜釣りか。それもアリかもしれん。が……もう昼過ぎだしな。釣りをするにはちょっと微妙な時間だ。

 

「ひとまず切り上げて、続きは夕方頃だな。もう暑くなってきたし、先に市場とか見て回ろうぜ。飯はそこで奢ってやるよ」

「わぁい」

「やった! 何食べようかなー。あ! せっかくだし高いやつ頼んじゃおうかなー」

「こら、駄目だよウルリカ。……モングレルさん、ありがとうございます。僕は自分の分は出すから」

「わ、私も……」

「良いって良いって。錨の臨時収入もあったからな。全員に奢ってやるよ」

「モングレル先輩ブロンズなんスから無理しちゃ駄目っスよ……いたたたた!? いはいっふ!」

 

 ほっぺつねりの刑に処す。

 俺はその気になればブロンズはブロンズでもシルバー以上に稼げるブロンズだぞ。

 

 

 

 釣り道具を宿に置き、市場を散策する。

 市場は海産物、干物、そして交易船などから運ばれてきた各地の品が豊富で、見ていて飽きないものばかりだった。

 これらを見て回るだけでも十分に一日でも二日でも潰せそうだったが、俺たちは腹が減っている。そしてアーケルシアの市場は、屋台から漂ってくる匂いがとても強烈だった。

 

「う、美味そうな匂いっス……」

「アーケルシアンムールだってー。大きな貝だねぇー……」

「おういらっしゃい。焼き立てで美味いよ。昼飯にどうだい」

 

 大きな鉢の中に炭火を入れた屋台に俺たちはまんまと引き寄せられた。

 炭火の上では両手で持っても覆いきれないほどデカいムール貝のような、黒い貝がジリジリと焼かれている。開いた口の中からは湯気が立ち上り、美味そうな匂いを放っていた。

 

「美味そうだなこの貝。5個もらえるかい」

「はいよ、400ジェリー。貝のここ固いところあるから、そことこっちに串を打って食い歩きな」

 

 チャチな木串もついてくる。どうやらアーケルシアンムールとやらはおにぎりサイズの身をもっているらしく、そこにぶっ刺して食べ歩くのだそうだ。

 調味液はナンプラー的なものをつかっているらしく、貝本来の香りの他に調味液の焦げた時の癖のある匂いもすごい。けど美味そうだ。

 

「んー! この貝美味しいっスね!」

「だな。これ一個で腹一杯になりそうだ。酒が欲しくなるぜ……」

「あっ、やだっ、手に汁が垂れちゃう……」

「……ん。この硬い部分、なかなか噛み切れないね。これは時間かけて食べることになりそうだ……」

 

 レオの言う通り、この貝は膨れた身の部分は柔らかくペロッといただけたが、食べごたえのある部位のサイズと硬さもなかなかエグい。最終的にその部分を無限に噛み続けるガムみたいなことになりそうだ。こうなると好みでなくてももう何滴か調味液が欲しくなる。けど噛めば噛むほど味が出て普通に美味い。

 しかしゴリリアーナさんだけはそんな手強い貝の全てを一瞬で食い尽くしていた。強い。

 

「あ、こっちに帽子あったっス! 安いっスよ!」

「網目がガチャガチャしてるなー……けど旅行中とか釣りしてる時だけだし、これでも良いかなー……あ、でも向こうにあるやつの方が好みかも……」

 

 昼間の釣りで日差しに参ったのか、通りで帽子屋を見つけて麦わら帽のチェックに入った。

 かなり値段は安いが、その理由は藁の品質と編みの雑さだろう。

 編み方がだいぶガチャガチャしているし、つばの端の方は切りっぱなしになっているものも多い。数日使ったら寿命が来そうだな。しかしその数日の日差しを防ぐには十分そうに見えるし、こういう雑な作りの麦わら帽もそれはそれで乙なものだ。俺も一個買っちゃおう。

 

「レオ、こっちのも良いよ? 似合うんじゃない? ほら、後で着替えてさー……」

「いや……うん、まぁ……確かに……そうだけど……」

 

 その他、食料品の屋台なんかも見回って魚を観察したりもした。

 死んだ後の魚がツキジめいた並び方をしているだけだが、ここらの魚は全て近海で獲れたものだろう。これを見るだけでもなんとなく釣りのモチベーションが回復してくる。

 

「こいつは俺も見たこと無い魚だなぁ。店主さん、こいつはなんていう魚なんだい? アーケルシアの固有のやつかな?」

「ん? ああ、そいつはチョッパだ。横から見ると四角いだろう、この見た目が特徴的な奴でな。下の長いヒレを使って海底を擦り、餌になるようなものを巻き上げて食ってる奴だ。アーケルシアじゃ珍しい魚でもないが、他の港でも獲れるかどうかは知らんなぁ」

 

 チョッパは横長の長方形の左上に小さな顔、右上に尾びれがあるような変な形の魚だ。長さはだいたい30cmくらいあるだろうか。

 変な形をした奴だが表面積は広いので、食いではありそうな感じがする。

 しかし海底ねぇ。なるほど。釣りする時は参考にしよう。浜でズル引きしたら食いついてくれねえかなぁ。さすがに浅い所にはいないか。

 

「わぁ、こっちの小さいの安いっスね」

「そ、そうですね。量り売りでしか売ってないんですね、これは……」

「そいつらはアーケルシアン・ブルーダガーだな。このあたりの海にはウヨウヨ固まって泳いでるから、いくらでも獲れるんだ。骨がちと多いが、味自体は悪くないぞ。陸に揚げたら水につけた刃物みたいにすぐ駄目になっちまうけどな」

 

 ライナたちが注目していたのはどこかイワシに似た小魚たちだった。

 青銀色の綺麗な皮をした、まさに青っぽいダガーのような見た目の小魚である。

 ……こういうタイプの魚は群れだから、掛かる時はすげぇ掛かるんだよな。逆に掛からない時は全く掛からないタイプの奴だ。近くに泳ぎに来ているかどうかで決まる。

 

 ……こいつらの口は小さいな。このくらいのサイズの口にあった針で餌釣りしてみるのも面白そうだ。

 

「ねーねーモングレルさん」

「ん? なんだよ」

「お魚ってこういうところだとすごい安いんだねー」

「おいウルリカ、それ以上はやめろ」

「もしかして釣りってお魚を買ったほうが早いんじゃ……」

「釣りはそういうもんじゃねえんだ……!」

 

 そりゃ決まってるぜ買ったほうが安いなんて。網漁やってる人らにコスパで勝てるわけがねえんだこんなもんは。

 だがそれでも律儀に竿振って釣るのが釣りなんだよ……!

 

「なんだあんたら、釣りやってるのかい」

「ええまあ、趣味ですけどね。ちょうどさっきまで浜辺ちょっと手前の岩場あたりでやったんですけど、掛かる気配がなくてですね……」

「あー、岩場近くにいる魚はガキ共に取られてるからなぁ。なかなか掛からんと思うぞ」

 

 まーじか。しかし地元民の言う事なら信憑性しかない。

 

「大人しく舟からやってみるか、それか小島に渡ってやるかだな。そっちの魚は掛かりやすいって話だぞ」

「へぇー、小島ですか。あの、港から見える幾つかある……?」

「そうそう。幾つか立ち入りが制限されてる島もあるけどな。けど基本的に俺たちアーケルシアの人間はわざわざ向こうまで立ち寄ることはしないから、まぁ、観光客向けのやつだな。綺麗な砂浜の島なんかもあって、そっちは人気だぞ。魚も釣れるかもしれん。……ま! 向こうに渡るには金もかかるけどな!」

 

 どうやら島へ渡るのは結構大変らしい。多分金持ち向けの観光地なんだろう。

 こういうファンタジーな世界でも普通にそういう観光地はあるからな。王都なんかでも無駄にお高い観光場所が腐るほどあるぜ……。

 

「それより、何か買っていきなよ。何にする?」

「あー……じゃあこのブルーダガーをもらおうかな。ちょっと食ってみたい」

 

 色々教えてもらった手前、何も買わないってわけにもいかない俺なのであった。

 ……後で浜辺で焼いて食うか。このくらいのサイズならおやつ感覚でいけるだろう。

 いや、宿の暖炉近くで炙ればいけるか……? さすがに迷惑か。やめておこう。

 

 

 

「あら、戻ってきたのね。釣りはしなかったのかしら」

 

 宿に戻ると、ロビーでシーナとナスターシャの二人が話していた。

 アーケルシア侯爵へのおつかいは済んで、今はお茶を飲んでいたらしい。

 

「釣りはしてきたよ。何も釣れなかったけどな」

「それは? 釣れたんじゃないの?」

「市場で買ってきたんだよ。後で焼いて食うやつだ。……ところでナスターシャさん、この魚を冷やしたりなんかは……」

「……ライナよ。モングレルから昼食をもらったか?」

「っス。屋台で大きめの貝とかおごってもらったっス。超美味かったっス」

「よし。ならば冷やしてやろう」

 

 よっしゃありがてぇ。やっぱ普段の善行だよな。よしよし、これでちょっとはイワシも長持ちするだろう。

 ナスターシャの杖から出る冷気がアーケルシアン・ブルーダガー達に降り注ぎ、パキパキと霜で覆われてゆく。クーラーボックスにぶちこんでやりたいところだが、そんな便利なものはここにはない。

 

「ウルリカとレオは?」

「さてね。買い物するって言って二人でどこかに消えてったよ」

「お、お二人は……お城、どうでしたか。無事に、終わりましたか……?」

「あー……ええ、まぁ話の通じる人ではあったわ。仕事もひとまず済んだと見て良いでしょう。けど、侯爵様から少し過分な贈り物をいただいてしまってね……その事で少し、悩んでいた所なのよ」

 

 アーケルシア侯爵が贈り物? 一介のギルドマンに? なんのこっちゃ。

 まぁシーナもナスターシャもどことなく貴族っぽいから、そのつながりで話でもあったのかもしれないが……。

 

「……アーケルシアの離れ小島。そこの高級宿で少し休んでいってはどうだと……提案というより、強制させられてね。はあ……きっと何か、“アルテミス”が訪問したということを宣伝に利用するつもりなのでしょうね……」

「モングレル先輩、離れ小島って」

「ああ」

「? なによ、二人して」

 

 よく魚が釣れるという離れ小島への招待。

 こいつはまさに渡りに船ってやつじゃないか。

 


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