バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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時々清掃人

 

 この世界に転生したきっかけは覚えていない。

 何かしらのきっかけがあったんだろうけど、生まれた直後は赤ん坊だったせいか記憶があやふやなんだよな。

 物心つく年齢よりも先にどうにか前世の自我を取り戻せた感はあるが、そのせいで生前の最後らへんに関しては未だ謎が多い。まあ謎だからって何に困るわけでもないから、気にしてないんだけど。

 

 俺はハルペリア王国とサングレール聖王国の間にある小さな村で生まれた。一応村はハルペリア王国に属していたらしい。

 ハルペリア王国とサングレール聖王国は無茶苦茶仲が悪く、国境付近の土地を巡って戦争と和睦を繰り返している。

 俺が生まれた時は戦争もない平和な時だったんだが、国が平和に飽きたのか、俺が九歳になる頃に戦争が再開。両親はその時に死んでしまった。

 

 で、面倒なのがこの俺の両親でな。

 父がハルペリア人で母がサングレール人だったんだ。

 両親を失った俺はとりあえず親類を頼って、遠い町にいる父方のじーさんを訪ねてみたんだが、まあ敵国サングレール人のハーフである俺にいい顔をするわけもなく。

 黒髪に白のメッシュが入ったいかにも雑種って感じのガキを引き取る気にはなれなかったんだろう。

 暴力こそ振るわれなかったが、手切金のようなものだけ渡されて追い出されたわけだ。

 

 普通のガキならここらへんで詰むような人生なんだが、あいにく俺は普通じゃない。

 

 俺は五歳くらいの頃には転生特典なのか何なのか知らないが、奇妙な力に目覚めていた。

 それを使えば、ひ弱なガキでもどうにか食っていけるだけの仕事にありつくことはできる。

 個人的には鑑定とか無限収納とか欲しかったんだけどな。まあ、そんなものがなくてもどうにかなるくらい、俺の持つギフトは有能さんだったわけ。

 

 

 

 ここまで語ると、なんか成り上がっていきそうな主人公感あるよな。

 戦争で両親を失った孤児の転生者。しかもギフト待ち。何も起こらないはずがない。

 

 いや、俺も貧乏には懲りたし、身寄りのない暮らしは嫌だったから立身出世を目指さなかったわけじゃないんだ。

 けどその足掛かりとして入ったギルドでその日暮らしを続けていくうちにこう……な? 

 別に今のままでも良いんじゃね? って気持ちになっちゃったわけよ。

 

 いや、まぁ俺だって多分強敵を倒しまくればどんどん強くなるだろうし、ハーレム生活だって夢に見ないわけでもないよ? 

 でもそのために一つしかない命を危険に晒せるかって話ですわ。

 むしろ危険に晒さないどころか、ちょっとした切り傷や打撲を負うのですら嫌だしね俺は。安全な仕事以外何もしたくねえ。

 

 同じ理由で知識チートもやってない。

 村にいた時一度だけリバーシ的なものを作って一儲けを企てたこともあったけど、村で広まってすぐに何故か村長の息子のクソガキが開発した遊びってことになってたし。

 それだけならまだしも、一月後くらいにクソガキが行方不明になるし。

 

 ……今ではリバーシは、貴族のどこかのお偉いさんが生み出した新しいゲームという触れ込みで王国に広まっているという。

 熱狂してプレイする人が多いってわけでもないんだが、少しお高めのカフェなんかに行くと普通に置いてあるくらいは好調な売れ行きだそうだ。

 

 ……いや、権力って怖いね。

 それを聞いてお前、知識チートしたいかっていうとね。

 ちょっと命がいくつあっても足りないかなってなるよね。

 

 

 

「モングレルさん、また清掃ですか?」

「おうよ」

 

 俺は受付に依頼票を差し出した。

 任務は最低ランクのギルドマンでも受けられるような雑用。都市清掃だ。

 ほとんど金にはならないし人気はないのだが、その割に貢献度の上がりがやや高め。

 何より綺麗好きな俺にとって掃除はさほど苦ではない仕事だった。

 

 つーか汚いんだよこの都市。全体的に。

 俺がよく利用する道くらいは綺麗であってほしいんだわホント。

 

「変わってますよねえ……清掃用具はいつもの倉庫にありますので、そちらをどうぞ」

「はいよー」

 

 

 

 都市清掃はゴミ拾いを中心に、必要とあれば汚物の回収も行う。

 現代人の感覚で言うと地面に落ちてる紙屑と馬糞のどっちが汚いかというと、まぁ大抵の人が馬糞を選ぶと思う。でもこの都市では雨で流れないものの方がゴミとして厄介者扱いされているので、優先度的には固形物の回収がメインなわけ。多分、下水の詰まりに直で影響するからじゃないかと思う。

 都市清掃とは別に下水道掃除なんてのもあるが、俺はそっちは絶対にやらない。臭いので。

 

「あらモングレルさん、また清掃? 怪我してるわけでもないのに」

「あ、どもっす」

 

 ゴミ拾いをしてると知り合いから声をかけられる。

 パン屋のおばさんは暇なのか、喋り好きなのか、特に絡んでくる人だ。

 厄介なことにパンを買ってない日が続くほど絡みやすくなってくる。

 言外の「買え」っていう圧力がつえーんだ。正直やめてほしい。

 

「ところで聞いた? 最近王都からやってきたっていう騎士様の話」

「あー、来るらしいっすね? ナントカっていう。宿屋とか大変そうですねぇ」

「そうなのよぉ。宿屋の旦那さんが愚痴をこぼしてたわ。騎士様って育ちはいいのに部屋の使い方がなってないらしいし」

「パン屋はどうなんすか。なんか、注文とか」

「それが全く! みんな食堂ばかりで誰も買わないんだもの。嫌になっちゃうわ」

「ははは」

「なに笑ってんの」

「すんません。今度買いにきますよ」

「あらっ、嬉しい! 楽しみに待ってるからね〜」

 

 街の人たちと話しながら、街を綺麗にする。

 すると自分が社会の一員になれた気分になるし、実際に街も綺麗になる。

 いいこと尽くめだ。

 

 何より、この貧乏そうな仕事してるアピール。これが大事なんだよな。

 羽振りがいい奴はすぐ犯罪者に狙われるけど、俺みたいな貧乏臭いことしてる奴を狙う馬鹿はそうはいない。

 

 街にとっては無害でちんけな存在。

 そう思われておくことが処世術としては大事なのだと、なんとなく俺は思っている。

 

 

 


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