ちょっとした捕物はあったが、なんとか無事に任務は終わった。
作業小屋で一晩寝たら、翌日明るくなってすぐにレゴールへ。
帰りの道中は捕まえた三人組を歩かせる手間も生まれたものの、五体満足の健脚な男たちは渋ることなく帰り道に同道してくれた。心も折れているのだろう。あるいは後ろを歩くゴリリアーナさんが怖かったのかもしれない。俺も怖い。
また、帰り道では木の上にとまっていたマルッコ鳩を、シーナが素晴らしい弓の腕前で仕留めていた。
喉から脳天を貫くように命中した弓矢の一撃は、まさに継矢の二つ名に相応しい絶技。俺も何十年か練習すればあのくらいになるんだろうか。無理だな。何十年もやりたくない。自動車学校の合宿くらいの長さでもめんどくさい。
「モングレル、この鳥肉をあげるわ。お礼というわけじゃないけれど、試したお詫びとでも思って受け取って頂戴」
そんで俺はマルッコ鳩の鳥肉をゲットしたわけだ。
ギルドの報酬の他に臨時収入である。俺はこういうものを必ず受け取るようにしている。食えるものは正義だからだ。
「シーナ、また何かあれば俺を呼んでくれよな」
「……調子が良いと言ってやりたいとこだけど、逆に安いわよ貴方」
綺麗に獲物を取れる狩人と水魔法で清潔さを保てる魔法使いがいるんだぜ。正直一緒に過ごしてて快適だなって思いました。
特にナスターシャの水魔法は正義だ。衛生用水最高。
「んー、だったらモングレル先輩。ウチらのパーティー入ったらどうスか。アルテミス、良いとこスよ」
「あ、それは遠慮しとくわ」
「なんでっスか!?」
「ひどーい」
「そりゃもう一人の気楽さに勝るものはないからな」
「もー、なんなんスかそれー……」
だってほらお前。
ケイオス卿用の素材アイテム集めとか、誰も見てないところでチート使って楽する任務とか、色々あるじゃん。
それを考えたら無理よ無理。
これで釣りに連れて行って良くなったんだし、それで勘弁してくれよな。ライナ。
ならず者三人組の引き渡しはすぐに済んだ。
証拠も本人の自供もあればそう長引くものではない。懸念として土壇場で「いや俺たち密猟なんかやってないです」とかゴネられたら無駄に時間を使うところだったが、それも無く済んだらしい。
三人組は本当に反省しているのかどうかはわからないが、ひとまずまだ誠意を見せることで心証を良くしておくつもりのようだ。犯罪奴隷になってもそのまま真面目にやっていてくれ。別に娑婆に出たお前らと再会したいわけではないけどな。
レゴールに戻ってきた時には夜だったので、報告の後はアルテミス達ともすぐに解散した。
二日にわたって森を歩き通したので、体力も限界でクタクタ……。
なんてことはなく、俺は任務の達成を一人で労うために「森の恵み亭」へと足を運んでいた。
「あー、やっぱエールよ。魔法の水も悪くないけど水分補給はエールに限るわ」
金を稼いで時間が夜。そうなったらもう飲むしかないじゃろがい!
いや猟師飯も山菜もいいよ? 新鮮な素材で作る手作り料理も悪くねえよ?
でもやっぱ自分で一切調理せずに他人が作って出してくれるメシに勝るものはないんだわ。
食いたいもの宣言してボーッと待ってればお望みのものが届く。これは豊かな人生に欠かせないシステムの一つだ。
自分好みの味付けの料理を否定するわけじゃないけどね。たまには……それなりの頻度で楽して飯を食いたいって気持ちもデカめに存在するわけよ、人間にはな。
「あっれー? あはは、さっき別れた人がいるー」
「ん、おお。ウルリカ」
なんて飯を楽しんでいたら、隣の席にウルリカが座ってきた。
アルテミスの弓使いで、気安く話せる若い女……かと思いきや男。正直びっくりしたわ。こうして見ててもよくわからんものな。
まぁこの世界の人間、ハルペリア人もサングレール人も美形多いから余計にってとこもあるんだが。
「もー、せっかくならアルテミスの打ち上げに来れば良かったのに」
「女だらけのとこって疲れない?」
「疲れないよ! みんな凄く良い人だもん。店員さーん! エールとウサギ肉のスープ、あと塩炒り豆くださーい!」
「はいよー」
「そうかぁ。まぁ仲間意識は強そうだよな。ライナも大事にされてるみたいで、俺は安心したよ」
「……優しい人なんだね、モングレルさんは」
何その目。その慈愛のこもった目。
言っておくけどその流し目が許されるのは女の子だけだから。
「ウルリカも、ライナのことよろしく頼むな。まぁ今更だろうが、今後ともってやつだ。あいつもまだまだ都会には慣れてないだろうし」
「うん、機会があれば王都行きの任務にも連れて行くつもりー。アルテミス期待の新人だもん、大事に大事にしてあげるよ」
「そりゃ良かった。……あ、塩炒り豆ちょっともらって良い?」
「えー? しょうがないなぁ……良いよ」
「ありがてえ。このウサギ串肉わけてやるよ」
「本当? ありがと」
今日の森の恵み亭はウサギ肉の日って感じだったんだが、やっぱウサギはイマイチだな。
肉っぽさにおいてはなかなかそれらしい満足感はあるんだが、どうも酒が進むタイプの肉じゃなくて困る。
「んー……お高いお店もいいけど、やっぱりこういうとこも良いなぁー……安いし、結構美味しいし」
「そういやここアルテミスはそんな来ないよな。他の連中は結構来るんだが」
「うん。シーナさんとナスターシャさんが他の違う店を贔屓にしててねー。ここはテーブル席が小さいし、狭いし」
「あの二人の贔屓か……高そうな店なんだろうなぁ」
「あはは、まあ少しはね。私も好きなお店なんだけど……ここはここで好き」
「男の味覚ってのはそんなものだからな」
「えー? 関係あるかなぁー」
ありますよ多少は。この店の味付けはシンプルでガッってくるやつばかりだしな。
そういう意味じゃウルリカ、やっぱお前も男なわけだよ。
「……モングレルさんは私のこと、あまり聞かないよね」
「ん?」
「ほら、こういう格好とか、話し方とかさ」
ああそれね。まあね。
「そっちが話す分にはそれを聞くようにしてやるよ。俺からは無理に聞かない。別に不便もないからな。ウルリカの気が向いた時にでも、そういう話をすりゃいいさ」
いや俺も偏見があるかないかでいうと、完璧に無いってことはないよ。
でもほら、俺の前世。転生する前はあれよ、LGBTだっけ。そこらへんで面倒くさ……色々な問題とかあったわけでな。
無関心でも適当に調べているうちにその辺りの意識というか気遣いみたいなのが、一応育まれていたのかもしれんね。
そりゃそんな世間で生きてたらね、「オカマだぁー! うぇー!」とかんな0点のリアクションは取りませんよ。
偏見を出さないようにしてるってだけで、違和感はあるけどな。
「そっか、嬉しいな」
「なぁウルリカ」
「ん、なんです?」
俺は酒で少しだけ微睡んだウルリカの目を見た。
「もうちょい塩炒り豆もらってもいいすかね」
「……さすがにもう自分で頼みなよぉー!」
「いや新しい一皿って感じの……欲しさじゃねえんだよな今これ。確実に食いたくはあるんだけど、フルではちょっとみたいな?」
「すいませぇーん! 塩炒り豆とエールふたっつくださーい! ……ほら、新しいの注文したからっ。それ一緒に食べよ?」
「ありがてえ」
「まったくもうー」
注文すら人にやってもらうこの怠惰よ……たまんねえな。
その日、俺はウルリカと一緒に男好きする味付けのつまみを味わいながら、遅くになるまで飲み続けた。
そして話していくうちになんとなくではあるが、こいつが俺のケツを狙っているわけではないことにちょっとだけ安堵した。
ただの飲み友達って感じだ。本当によかった……。実はそれだけはずっと危惧してたんだ……。