バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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明け方の二人釣り

 

 港町の市場を活かした様々な果実の酒。

 しかしお高い宿の別料金ドリンク。当然ながらなかなか高い。

 

 あのねぇ……。こちとら元現代日本人だぜ?

 舌は肥えてるし、いろいろな悪どい商売だって飽き飽きするほど見聞きしてるんだよ。

 そんな俺がそんな餌に釣られ……。

 

 ということを考えていたのは一杯目を飲む前までで、飲んでみて“お、うめぇやんけこいつ”となってからはいつになくハイペースで進んでしまった。

 料理はなんかこう主に白身魚の絶妙に好みを外してくるタイプの煮付けだの二枚貝のソース焼きだの色々出てきたが、酒の美味さと量のせいであまりよく覚えていない。

 気がつけばなんか高級な部屋で寝ていたというのが俺のログに残された全てである。

 久々に調子に乗って飲んだな……それでもあまりアルコールが残って無さそうな辺り、やっぱ良い酒だったのかもしれない。

 窓を開けてみると、空の感じは明け方だった。まだ薄暗いが、釣りをするには良い時間だ。思いがけず早起き出来て良かったな。

 

「広くはないが……やっぱ高そうな部屋だなぁ」

「うーん……頭重い……」

 

 ウルリカは酒が弱いのに飲みすぎたのか、時々具合悪そうに唸っている。昼くらいまで引きずるかもしれんな。

 レオは……ウルリカの隣で静かに寝息を立てている。二人とも昨日は動き回ったし、起こすのは勘弁してやろう。

 

「おいウルリカ、水筒ここ置いとくぞ。水飲んどけよ」

「うぅー……」

「念のために桶もこっちに置いておくわ」

 

 哀れアンデッドと化したウルリカを見限って、俺は階下に向かった。

 

 

 

「あら、おはようございます。すみませんねぇ、まだ朝食作ってないんですよ」

 

 ロビーでは宿の人、というよりもメイドさんがいた。

 40代くらいの品の良さそうなおばさんである。どことなく貴族っぽい感じがするのがちょっと怖い。昨日も思ったことだけど、ここの宿で働いてるメイドってみんなそれなりに良いところの教育を受けてるんじゃねえのかな。

 カクタス島自体が観光地というよりは、周辺の海を監視するための拠点としての島って感じがするんだよな……。

 

「いえ、おかまいなく。これからちょっと桟橋の方で釣りをしに行くつもりなので」

「ああ釣りですか。でしたら桟橋辺りも良いですが、この時間は浜の奥の方にも泳いでいる小魚がたくさんいますよ。生憎、私は釣りに詳しくないので釣れるかどうかまではわかりませんけど……」

「お、マジですか」

 

 小魚がたくさんいるってことは、それを狙うデカい魚がいるかもしれないってことだ。

 狙ってみる価値はあるだろう。……まぁ桟橋から狙えるならまずはその方が良い。

 まだ海に入りたい気分じゃないしな。

 

「それと既にお一人、外に出られていますから。釣り竿を使う際には十分注意してくださいね」

 

 そして俺一人かと思ったら、どうやら既に早起きさんがいるようだ。 

 さて、一体誰がいることやら。

 

 

 

「あ、モングレル先輩。おはざーっス」

「おー、ライナだったか。おはようさん」

 

 宿を出て薄暗い外を見回してみると、桟橋の先ですぐにその一人とやらが見つかった。ライナがこっちを見て手を振っているところだった。

 

「そうだよな、ライナは全然酒残ってなさそうだもんな」

「ふつーに目が覚めたんで、外も結構明るいんで出てきたっス。このくらいの明るさだとギリギリ海も怖くないっスね」

「ああ。夜だと怖いもんな」

 

 エアコンのない夏は暑くて嫌になるが、明け方の海辺ともなればなかなか涼しい。

 こうしてぼんやりと明るくなっていく空や海を眺めているだけでも癒やされそうだ。

 

「ウルリカ先輩は大丈夫っスか? 昨日なんか美味しーって言いながらお酒結構飲んでたスけど」

「あー……そういや飲みやすいからって派手にいってたな。今も呻いてるよ。水と桶は渡しておいたから、まぁ大丈夫だろ」

 

 昨日の夕食ではウルリカが主役なところがあったから、気分的にも盛り上がっちゃったんだろう。

 元々酒が弱いのに、タイミングよく味の良い果実酒なんてものが来たもんだから……まぁこれも若い頃の思い出ってやつよ。飲んで吐いてを何度か経験すれば、自分のレッドラインはなんとなくわかってくるさ……。

 

「釣るんスか。あ、そういや桟橋のあっちがわに小魚泳いでるっスよ」

「おお、釣るぜ。ライナもやるか?」

「んー……今は見てるだけで良いっス」

「そうか」

 

 まぁぼんやりしていたい時もあるわな。

 

 けど俺は釣るぜ! そのために来たんだからな。というわけで第一投、しぇいやっ!

 

「……釣れたら食べてみたいっスねぇ」

「だなー。一匹くらいはアーケルシアの魚を釣って食ってみてえもんだ」

 

 今回のルアーは黄色い小型のやつ。まだ今回実績のあるルアーではないが、せっかく作ってきたものなわけだし、色々投げて試してみるつもりだ。

 今のところ赤いルアーが鳥に狙われやすいってことしかわかっていないからな。

 

「……結構桟橋のこの奥側って深そうスけど、上の方で探ってる感じっス? そんな水面近くにお魚いるんスか?」

「これはなライナ。海に釣りに来たときの挨拶なんだ。海の表面にルアーを泳がせて、“今から釣らせていただきますよ”って海にお伺いを立ててるわけ。そういう儀式だ」

「思ってたよりヤバい答えが来たっスね……」

 

 トップなんて釣れない。釣れないけどやる。せめて最初くらいはやっておく。あわよくばかかるかもしれないし……。

 そういうものだ。

 

「まぁ案の定釣れないから、あとは深さを変えつつ探る感じだな」

「釣れないんスかー」

「アーケルシアの魚なんてほとんど知らねえしなぁ……」

 

 レゴールのギルドで新しい魚の図鑑とか読んだりしたけど、全然だな。

 そんなものよりは港の市場で直に魚を見て回ったほうがずっと勉強になるわ。食える奴と値段がわかるのも良い。

 けどどうやったら釣れるのかってのまではわからん……どうすればいいんだろうな?

 

 しばらくルアーを巻いたり投げたりを繰り返した。

 たまに突かれる感じはあるが、食いつくまでには至らない。針のサイズ合ってないのかもしれん。

 

「……ウルリカ先輩、もう3つ目のスキルを覚えたんスよね……」

 

 俺が不毛なルアー投げを繰り返していると、ライナがポツリと呟き始めた。

 

「狩りするのに便利そうなスキルだったっス」

「覚えるの早いよな。まだ歳は20くらいだろ、ウルリカ」

「私は去年ようやく二つ目覚えたばかりなのに……」

「普通はそんなもんさ。ウルリカが特別早いだけだろう。……なんだライナ、嫉妬してるのか?」

「いやぁー……まぁ……はい」

 

 なるほどな。年の頃も同じ、使ってる武器種も同じ。なのにスキルの修得に五年以上の差を付けられてる……なんて考えると、確かに差を感じてしまうもんなんだろう。

 この世界で荒事を生業にして生きている人は、スキルの数や種類で腕前を誇るところがある。

 実際それは正しい。スキルの数は倒してきたモンスターの数と言っても良い。何より強いスキルを持っていればそれだけで強いしな。

 

 上には上がいる。俺からしてみりゃつい最近“貫通射(ペネトレイト)”を修得したライナでも、そういう悩みを抱いたりするんだな。

 

「けどライナには精密な射撃の腕前があるじゃないか」

「……でもスキルが……」

「狩人としての知識や経験だってある。そこらへんは、ウルリカにも負けてないだろ?」

 

 俺から見れば二人ともかなりの腕前を持つ狩人だけど、ライナは特に動物系に対して強い。鳥とか小動物にも詳しいしな。そこらの分野だとライナの圧勝だろう。

 

「それに、ウルリカはライナのそういう射撃の精密さとか……“貫通射(ペネトレイト)”みたいな弾道系のスキルなんかを羨ましがってたしな。二人して隣の芝が青く見えてるだけなんだろうよ」

「ウルリカ先輩が……っスか」

「あいつの矢は射程がそんなに無いだろ? だからライナのことを羨ましがってるんだよ。一時期は俺にもちょくちょくその辺りぼやいてたしな。……これ俺が言ったって秘密な?」

「……ウルリカ先輩が、そんなことを……」

 

 ライナには高い精度と飛距離が。

 ウルリカには威力の高い射撃が。

 同じ弓使いとはいえ、二人の個性はもう既にだいぶ離れてきていると俺は思うぜ。

 

「お前にはお前の戦い方があるんだよ。ウルリカの持ってるスキルも羨ましいだろうが、この先お前には、お前に合わせた成長が待ってるはずだ。悩むことはねえって」

「……はい」

「つーか釣れねーなー。やっぱライナ、お前も一緒に釣らないか? 俺だけじゃなんも上がらないかもしれん。手伝ってくれよ」

 

 俺がそう言ってやると、ライナは眠そうな目を擦って微笑んだ。

 

「……わかったっス! モングレル先輩よりいっぱい釣り上げるんで、見ててください!」

「頼もしいけど……俺だって負けねえぞー」

 

 そういう感じで、朝の良い時間になるまで俺とライナは釣りを楽しんだ。

 

 ちなみに釣果はライナが小型のキリタティス・ケルプ一匹で、俺がゼロだった。

 ……まぁまぁ、ライナがちょっと元気なかったしな。こうやって接待釣りで元気づけてやるのが年長者の役目ってやつよ。

 まんまと俺の狙い通りになっちまったなぁライナ……。

 


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