「うわっ!? なんかモングレル先輩がすごいの抱えて戻ってきたっス!?」
「ほんとだー! うわぁあんなの海にいるんだー……って、なんでちょくちょく空見上げながら来てるんだろ」
「鳥に奪われないかどうか気にしているんでしょ」
「ショックだったんスかねぇ」
持ち運びにくいヒドラシア・スカーフやブルーダガー入りのバケツを抱えて戻る途中、ずっと海鳥のことが気になってしょうがなかった。
連中は何にでも食いついてくるからな。最後の最後で台無しにされたんじゃたまったもんじゃない。
「おーい見ろよこれ。どうだ、しっかり釣ってやったぞー」
「うわぁ……おっきいねー……」
「そんなの糸で釣れるんスか!」
「釣れるんだなこれが。いや釣り竿ちょっと傷めたから無事ではなかったんだが」
横に広げたヒドラシア・スカーフはまさに銀色のスカーフといった美しさで、見る角度に寄っては青みを帯びたりしてとても幻想的だ。
これほどの長さと面積の刀剣類もなかなか世に出回ってはいないだろう。そういう意味では太刀魚よりもデカい武器だな。
「す、すごい大きさだね。……これって食べられるのかな?」
「食えるらしいぜ。今からこいつを調理してやるよ」
「マジっスか!」
「な、何人分になるんでしょう」
「ほお……面白いな。水や火が必要であれば言え。私が用意してやろう」
「お、そいつは助かるぜ。この大きさだと色々な調理ができるからな……宿の厨房借りれないかね?」
「じゃあ私が聞いてくるよー!」
「私も何か手伝うっス!」
よしよし、さすがにこのサイズだからな。手伝いは多ければ多いほどありがたい。
だが俺は忘れてないぞ。
「これ釣り上げたから賭けは俺の勝ちだな」
「根に持ってそうね……でも残念、レオは貴方に賭けてなかったわよ」
「な、なんだってー!?」
「あはは……ご、ごめんねモングレルさん。僕はどっちにも賭けなかっただけだから」
なんだよ良い子ちゃんめ……。
まぁ別にいいけどな。大物が釣れただけで俺は満足だ。
宿に掛け合ってみた結果、厨房を使っても良いことになった。
というか厨房が無いとさすがにこのサイズの魚をどうこうするのは難しすぎる。ありがたいことだ。
宿の料理人たちも大物のヒドラシア・スカーフを見て“おおー”と驚いていた。どうやらこの魚はなかなか出回らないレア物らしく、地元民でもなかなか食えないのだとか。しかし超高級魚ってほどではないそうである。その辺りの異世界バランス感覚はよくわからんけど、まぁ高級魚扱いされているなら美味いものではあるんだろう。
「魚の解体作業を見るのは結構楽しいんスよね」
「これほどのサイズであれば皮を何かしらに使えそうなものだがな」
厨房にあまり大勢が押しかけてもあれなんで、今回の調理は少人数で行うことにした。
メインアシスタントはライナ。魔法でのアシスタントとしてナスターシャの手も借りる。
……あとはまぁ、その後ろで興味深そうに見ているコック数人と、たまにちらっと覗きにくるウルリカとかだな。
そんなに見られても、初めて見る魚だし簡単な調理しか出来ないんだがね。
ちなみに俺が数釣ったアーケルシアン・ブルーダガーは宿の人たちが調理をやってくれることになった。ありがてぇ。自分で釣った魚を金を払わず調理してくれるとか最高のサービスだ。
「とりあえずエラのとこから頭を切り落とします」
「っス」
「んで、えーと……ヒレがなんか危ないっぽいから全部……まぁこっからゴリゴリ切っていく感じで……」
「骨っぽい音するんスねぇ」
「中骨とつながってるんだろうな……あー三枚に下ろすなら別にやる必要ないのか」
「……もしかして考えながら解体してる感じっスか?」
「しょうがねーだろ俺だって初めて触る魚なんだから」
後ろの方でコックがうずうずしているが、悪いな。ここは自分でやってみたいんだ。俺にやらせてくれ……。
「まぁ内臓は前と同じように肛門あたりからガーッと開いて……出したらまぁ一回洗い流しておこう」
「水はこの瓶に出しておくぞ」
「おうナスターシャ、ありがとさん。……で、あー断面こうなら……あーちょっと待っててな」
「え、なんスかなんスか」
ちょっと厨房から出ていきまして、目当てのものを持って戻って参りました。
「えーこの魚捌き専用の調理包丁を使って中骨から身を外していきます」
「それバスタードソードじゃないスか!」
「バスタードソードは良いぞ……いざという時に大物の魚を解体できるからな」
ソードブレイカー君では刃渡りが足りなかったとも言う。
大型の獣の解体をする時はビッビッとなんども切れ込みを入れてどうにでもするんだが、なんかこう……魚だと一回でズバッと切りたいじゃん? 伝わらんかライナ、俺のこの熱い想いが。
「で、三枚におろせたら皮を……んー……」
太刀魚なら皮を引く必要はないんだが、こいつも必要無さそうな皮をしているな。
鱗も無いし銀色の……それこそアルミ蒸着シートみたいなペラペラした質感だ。
多分これ焼いている最中にどうにでもなるだろうな。味を損ねるかもしれないし、このままにしておこう。
「次はまぁ、さすがにこのままだとデカすぎるから長さを三分割しておこう」
「最初にやるかと思ってたっス」
「それな。さすがにこのサイズならやっときゃよかったと思うわ……あ、宿の方この身ひとついかがです?」
「貰ってよろしいのですか?」
6ピースに分かれた切り身の二つほどを宿の人たちに提供することにした。さすがにこのままじゃ食いきれないしな。誰かに食ってもらうか使ってくれた方がずっと良い。
「いやーありがとうございます。珍しい魚なのでありがたい。……ああ、ちなみにこの魚はどのように調理しても美味しいですよ。シンプルに塩で焼くのが最高です」
「お、やっぱそうなんですか」
じゃあもうまんま太刀魚だと思って良いのかね?
いやけど顔とヒレの形が結構違うしな……少し食ってから考えるか。
「じゃあこっちの切り身は塩焼きにしてみるか。ライナ、そっち準備できるか?」
「良いっスね。あ、この宿の調理器すごい便利そうっス」
「綺麗だし使いやすいよな。俺の部屋にもほしいくらいだ」
「モングレル先輩の場合は自分の部屋を持ってからっスね……」
一応皮の食感に不安があるっちゃあるので、塩焼き用の身の皮にナイフで細かな切れ目を入れておく。これで仮に皮が酷くとも食感はマシになるだろう。
あとは塩振って火にドーン。焼き上がりを待つばかりだ。
が、その間に他の調理法も試しておかねばなるまい。
「こっちの外した頭とか中骨とかも使えるんだぜ」
「マジっスか」
「可食部はほぼ無いように見えるが。家畜の餌にするのが精々ではないのか」
「それでも良いんだけどな。今回は味にうるさい人間様でも食えるように調理していくぜ。ここらへんのアラはまず適当な形に切ったらサッと湯につけて臭みを取る」
血とかヌルっとした液とかその辺を綺麗にするのが目的だ。
なんだっけ、ムチン? とかそんなやつ。まぁ魚臭いのに慣れてない連中が多いから、丁寧にやっておこうか。
「そしたら鍋に水を入れて、ヤツデ……じゃない。フィンケルプを入れて一緒に煮ていく」
「あ、それ前も使ってた海藻っスよね?」
「おう、アーケルシアの市場で売ってたんだよ。やっぱこれ連合国原産みたいだな」
かつてレゴールで購入したヤツデコンブ……それがここアーケルシアでも売っていたのには感動した。丁度なくなっていたからすげぇ助かったよ。
正式名称もようやく判明したしな。ヤツデ昆布じゃなくてフィンケルプなんですって奥さん。
魚のキリタティス・ケルプと絶妙に名前被ってるんだけど、ケルプって海藻系に多い名前らしくてな……あの魚のどこに昆布要素があるんだろうか。よくわからん。
「鍋の水を加熱して……まぁこんくらいでフィンケルプを引き上げます、と」
「お湯……全然沸いてないんスけど、いいんスかこれ」
「沸騰する前に引き上げるとなんか良いんだってよ。知らんけど」
「ええ……」
正直出汁用の昆布って入れっぱなしでもいいとは思ってる。ヌメリが出るのが嫌な人は引き上げたらいいんじゃねーかなくらい? 正直ここらへんの調理は繊細でよくわからねえんだ……。
「あとはまぁアラを煮込みつつこまめに浮いてくる灰汁を掬って捨てていく感じだな。これ丁寧にやると臭みとかが無くなるんだ。ほれライナ、灰汁掬い任せたぞ」
「っス。……カニの時は浮いてるモワモワが美味しかったんスけどねぇ……」
「あれは特殊だから……」
しかしやっていること自体はあの時の調理とほぼ変わらない。
カニほどの濃厚な旨味は出ないだろうが、まぁ漁師飯だと思って体験してみると良いだろう。
「あとはこっちの身は俺用の刺し身と……こっちはフリッターにして……」
「湖の際にも思っていたことだが、モングレルよ。随分と魚料理に詳しいのだな」
「ん? ああ、まぁ下手の横好きってやつだよ」
「そういう割には洗練されているように見えるがね」
調理場で忙しくしている最中だっていうのに、なんかナスターシャが探りっぽいものを入れてくる。やめてくれ、今の俺はそういうやり取りを上手く捌ききれない程度に忙しいんだ。
おしゃべりな奴を黙らせるにはこれしかない……。
「へいお待ち。塩と柑橘汁につけて食ってみな」
口に何か物を入れて黙らせる。この手に限るぜ。
「……生のようだが?」
俺がヒドラシア・スカーフの刺し身(若干不揃い)を差し出すと、さすがのナスターシャもちょっと驚いた様子だった。
「新鮮な海の魚だったら……まぁものによるけど……生でも食えるんだよ。寄生虫がいる場合もあるから切り身をよく見てくれよな」
「危険物ではないのか……それに、生で美味いものなのか」
「柑橘じゃなくてビネガーでも良いかもしれんけど、まぁ柑橘の香りがあったほうが俺は好みだな。これを絞って、塩と一緒に一切れ……」
「……本当に食っている」
変人を見るような目をされたが、まぁ刺し身文化なんてないだろうしそんなもんだろう。さすがに俺もこれは俺がおかしい方だってことはわかっている。別に広まってくれとも思ってないしな。
しかし……うん、美味い。すげー美味い。
クセがなくて良い具合に脂が乗っててイケる。こいつはいくつか昆布締め作っておくしかねえな……。
「……私も、試してみるか……」
「お」
さすがに食わないだろうと思っていたら、ナスターシャが刺し身を一枚、パクッといった。
「……」
「……どうなんだ、その顔」
「生魚」
「あまり気に入らなかったのはわかるぜ……」
「いや、思っていたほどではないが……忌避感が強くてな」
食えるっちゃ食える。しかし好んで食うかというと……そんな感じだろう。まぁ馴染みのない食文化なんてそんなもんですわ。
「わ、私も食べてみるっス!」
「おいおい無理するなよライナ」
「……ん、ん……まぁ……いけ……うーん……」
多分こういうのは俺にとって馴染み深い醤油やらわさびがあったところで大してリアクションは変わらないんだろうと思う。
まぁその辺りはいいさ。俺だって独りよがりな和食だけを振る舞おうなんて思っちゃいないしな。俺のイメージを押し付けて魚嫌いを増やしてたんじゃ世話無いもんよ。
メインは塩焼きとかフリッターだろうから、そこらへんで楽しんでもらえりゃ充分よ。
「後で食堂に持っていくから、もう少ししたらみんなを食堂に集めてもらえるか?」
「うっス。……完成が楽しみっスね!」
「なかなか面白いものを見れた。魚の解体も独特の理があるのだな」
「ナスターシャさんまた難しく考えてるっス」
「褒めているのだ、これは」
……さて。みんながいなくなったところで……。
刺し身パクパク……うめぇうめぇ……。
炊きたての白米とかない? 無いか……そっか……。