バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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掠め取る者

 

 そこそこ早い時間から魚料理に舌鼓を打ち、美味い酒を飲んで良い気分にさせてもらった。夜釣りもちょっと興味があったんだが、まぁ別にいいか。十二分に魚は食ったし、逆に良いものが釣れても困ってしまう。釣る前からする心配ではないけどな。

 

「マリネは冷めても食べられるからうまーっス……」

「ふぅ……僕はちょっと飲みすぎちゃったよ。先に部屋で寝ているね……」

 

 ライナは爽やかな香りのエールが気に入っていつも以上のウワバミっぷりを発揮していたが、レオの方は普段よりも飲んだせいか早めに眠そうにしていた。なんだかんだ俺も眠い。さっさと寝て明日に備えるかね。

 最後に朝釣りで何か狙ってみよう。

 

「大丈夫ー? モングレルさん。飲み過ぎじゃない? ちょっとフラフラしてるよー……? 部屋まで送っていこうか?」

「大丈夫大丈夫、このくらいは良くやる」

「……後でお水と酔いに効く薬あげるから、しっかり休んでねー」

「おう、悪いなウルリカ」

「さて……私達もそろそろ、明日に備えて休みましょうか」

「ああ。荷物の整理もしておかなければな」

 

 それから俺は部屋に戻り、ウルリカから水やら何やら渡されたものを飲んでぐっすりと眠りこけた。

 

 高級宿のベッドは高級なりに暖かくて寝心地は良いんだが、夏だとその暖かさが逆に少し寝苦しくもある。

 しかし高い酒の良質なアルコールによる微睡みも手伝って、俺はそんな不快さをさほど感じることもなく過ごせたのだった。

 

 

 

「……うお、朝だ。いかんな、ちょっと寝過ぎたか」

 

 目覚めはスッキリ快適だった。逆に寝過ぎて怠いまである感じのスッキリというか……うーむ、釣りをするにはちょっと明るすぎるか……? 少し遅めの時間になったかもしれない。

 そもそも今日島から帰る予定なのに荷物の支度をやってない。これだから酔っ払いは計画性がなくて困る。反省しろ。

 

「まぁちゃちゃっと船に積む荷物の支度を済ませたら、桟橋で軽く釣っていくかぁ」

 

 ついでに寝汗を流したい。そうだ、皆が活動的になるまでは水浴びついでに砂浜で釣りでもしてみるか。

 

 

 

 せっかく買った水着を着用し、浅瀬で身体を流しつつ浜にルアーをぶん投げる。

 小さなワーム系の擬似餌だが特に実績は無い。掛かるかどうかは完全に運任せだな。

 

「ああ、モングレルさん。こんなところにいたんだね」

「おー、レオか。おはよう。皆は起きてるのか?」

 

 砂地をこするようにリール巻き巻きを繰り返していると、桟橋からレオが声をかけて来た。

 どうやらこいつも軽く行水をしに来たようだ。

 

「まだみたいだよ。シーナ団長は身支度に時間がかかるみたいだから」

「ああ、女の支度は長い目で見なきゃいけないからな」

 

 それにあの長い黒髪。綺麗に編むのだって相当に時間がかかるだろう。

 

「レオはどうだったよ、今回の旅行は。面白かったか?」

「うん、それはもちろん。海辺っていうのは色々と文化が違うんだなって、驚かされもしたよ。……けどやっぱり、こうも長く離れてると森が恋しくなっちゃうね」

「ははは、まぁそうだな。内陸のギルドマンが暮らすにはアーケルシアはちょっと異文化すぎるよな」

 

 実際、ここアーケルシアにあるギルド支部はなかなか変わっている。

 レゴールは刀剣中心の装備構成が多いんだが、アーケルシアだと槍使いがとても多い。

 多分、船から海獣を狙ったりする機会が多いからだろう。投げ槍スキルがあれば重宝されるだろうしな。そんなこともあって武器のラインナップも結構違っている。

 何より錆で駄目になった時の損失を考えると、なおさら槍一択なんだろうな。

 

「けど、僕は今まで故郷からほとんど離れなかったから……改めて、世界は広いんだなって思った。ハルペリアだけでも、地域によって随分と違うからさ。そういうのを見ていくのも、なんか……やっぱり楽しいね」

「旅の醍醐味だよな……おっ? 来たか……!」

 

 竿に重さ。そして動く気配。引っ張られている。よし来た、何か来たぞ! 巻け巻け……って、ありゃ。

 

「あーあ、バレたか」

 

 竿が軽くなり、手応えが消え失せる。どうやら腹が外れたから、さっさと擬似餌から離れてしまったらしい。残念だ。

 

「釣りもおしまいだね」

「ああ。……海釣りはまた今度だな。次こそは砂浜で何か釣ってやるぞー」

 

 その次ってのがいつになるかはわからないが、まぁ気が向いたり予定が出来たらまた来るさ。

 

 アーケルシア……キリタティス海……俺は必ず戻ってくるぞ……。

 せいぜいデカくてスレてない魚を用意しておくが良い……。

 

 

 

 帰り際、宿の人達が最後の営業を仕掛けてきた。有料のお土産品まで用意していたらしい。とことん俺たちの財布を付け狙ってやがるよ……。

 とはいえ高そうな土産をわざわざ買うのもあれなんで申し訳なさそうにこれをスルーし、俺たちは帰りの船に乗り込んだ。

 ここからアーケルシアまで戻り、土産を買ったらそこからは馬車を護衛しながら陸路の旅だ。早くもレゴールが恋しいね。

 

「うう……船……なにが船よ……」

「シーナ、後ろの方で休んでいよう」

 

 そして案の定、シーナは船酔いが駄目そうだった。昨日は酒もほぼセーブしてたのにな。可哀想な奴である。

 

「あ、また海鳥が寄ってきたっス」

「俺こいつらのことちょっと嫌いになったよ」

 

 ムーンカイトオウルによってカクタス島から追い出された海鳥達も、やがて再びあの島に戻ってくるだろう。

 キリタティス海を行き交う無数の船から伸びるマストは、彼らが翼を休めるには丁度いい。きっと人が行けるような所ならば、どこへでも一緒についてくるはずだ。

 まったく厄介な鳥連中だよ。

 

「……ウルリカ、どうしたの? 口が何か気になるの?」

「えっ? ああ、ううん、別に。昨日食べたやつ……美味しかったなー……って」

 

 ウルリカは海を眺めながら、ぼんやりと唇に手を触れていた。

 

「揚げ物も塩焼きも良かったっスねぇ……近場の湖とかでもまた釣りしてみたいっス」

「ザヒア湖か、あそこも景色が良かったよな」

「魚料理も貝料理も美味しかったね。お土産で日持ちする物があったら良いなぁ」

「うん、美味しかった……また食べたいなー」

 

 こうして船は多少の体調不良者を出しつつもゆったりとアーケルシアへ戻り、俺たちは旅の後片付けを始めるのだった。

 

 

 

 

 アーケルシアの港街の外れに、流民の劇団が枯れ草色の大きな天幕を張って拠点としている。

 サングレール出身の人間はハルペリアにて肩身が狭く、戦地から遠いここアーケルシアにおいても大手を振って歩けるわけではない。

 亡命、奴隷、あるいは混血。サングレール人の彼らはハルペリアにてひっそりと暮らすことを余儀なくされていたが、この天幕周辺はそんな彼等でも安心して暮らすことのできる場所の一つだった。

 

 サーカス。大道芸。歌。吟遊詩人。そして劇。

 それらはサングレールにおいて盛んな芸術であり、彼ら流れ者の職業でもある。音楽系の芸術文化にやや乏しいハルペリアでは彼らの技能は高く評価され、ある意味では本場のサングレール以上の成功も見込める土地だと言えた。

 

 アーケルシアにある流民の天幕は、そんな旅芸人たちが集まるコミュニティだ。

 彼らは己の一芸の腕を仲間と共に切磋琢磨しつつ、困った時には手を差し伸べ合う互助組織でもある。

 

 天幕を中心とする彼らは“ロゼット”と呼ばれている。

 レゴールに存在するサングレール系の互助組織、ロゼットの会は元々このアーケルシアの組織を祖としているのだった。

 

 とはいえ、決して後ろ暗い組織ではない。

 サングレール系の人間が多いと言っても排他的なコミュニティではなく、芸人を志す者であればハルペリア人でも加入はできるし、歴史もそこそこ長いので地域とも密接に関わっている。

 アーケルシアで何らかの催しがある時には、ロゼットの芸人達が招待されることだって多い。侯爵家からも認められている、立派な組織の一つなのである。

 

「うーむ、素晴らしいッ! 異国の地においても歌劇の鍛錬を怠らぬひたむきな姿勢……実に胸が熱くなりますぞ!」

「ええ本当に! 彼らの心がこもった故郷の歌……な、涙無しには聴けませんっ!」

 

 そんなロゼットの天幕を、遠巻きに見守る二人組がいた。

 この辺りでは見かけない二人組の芸人である。

 

 一人は蜂蜜色の短髪を持つ大柄な道化師の男。色とりどりな服に派手な化粧はこの天幕付近でもよく目立っている。

 もう一人は同じ道化姿の女で、こちらはウェーブした長い金髪に色とりどりの飾り物をくくりつけており、近くを通る子供達から指差されていた。

 

 彼らは芸人ではない。

 芸人の姿でこの場所に溶け込もうとして、実際あまり溶け込めていないものたち。サングレールからやってきた聖堂騎士団の二人である。

 

 その名も白い連星・ミシェル&ピエトロ。

 ヘリオポーズ教区神殿長イシドロに仕える、サングレールの精鋭だった。

 

 しかし彼らも停戦中に敵国内で暴れるつもりはない。

 今日彼らがここアーケルシアにやってきたのは、神殿長のイシドロを秘密裏に護衛するためであった。

 そのイシドロはほどなくしてロゼットの天幕にやってきた。

 

「やぁ待たせたね! 二人はここの劇団を見て何か勉強になったかなッ!?」

 

 イシドロ神殿長は老人である。

 細い身体と顔の皺は年齢を感じさせるが、その目だけはキラキラと少年のように若々しく輝いている。

 

「はいッ! この天幕の人々は実に熱心に練習しておりました!」

「歌も踊りも素晴らしいものばかりでした!」

「おおそれは何より! アーケルシアは街の規模も大きいが、この天幕はそれを上回る規模だからね! 生半可な芸人ではやっていけんのだろう! 彼らもここで生き残るのに必死というわけだ!」

 

 イシドロ神殿長は辺りに転がっていた打ち捨てられたフラフープを足に引っ掛け、足元からぐるんぐるんと巻き上げ、腰の辺りで器用に回し続けて見せた。

 

「“港の長”と話をつけて来たが、駄目だったッ」

「なっ、なんとっ」

「神殿長が直々に出向かれたのにですか……!?」

「ああ、どこぞの何者かに先を越されたようだなッ。色良い返事は貰えなかった……以前は“聖域計画”にも乗り気だったくせに、手のひら返しをするなんてまったくもうッ! とんだ無駄骨だったよ! あの金歯だらけの業突く張りめ! 見た目通りの胡散臭さで逆に意外性は無いけどもッ!」

 

 フラフープが回転と共にどんどん上へと持ち上がり、イシドロの頭からすぽんと抜けて、飛んでいった。

 

「……“白頭鷲”がハト派に移るだけならまだしも、平和の使者にまでなってしまった……今回の事と無関係ではあるまい」

「“白頭鷲”……」

「かの伝説の騎士がハルペリアに擦り寄るなど……いまだに信じられませんわ」

「ドニ君には困ったものだよ本当! タカ派も聞かん坊だが、ハト派もハト派で勝手なことばかりだ! 足並みくらい揃えてもらいたいねまったく!」

 

 イシドロを先頭に三人は歩き始め、港へ向かう。

 今回彼らはアーケルシア侯爵と話をするためにやってきたが、それも望まぬ形で終わり、この地での用が無くなった。あとは故郷に帰るばかりである。

 

「やれやれ……為政者にしても英雄にしても、もっと効率的に平和を作ってほしいものだ」

「できますよ! イシドロ神殿長ならば!」

「そうです! 我々白い連星がお力添え致します!」

「うーむ……道化師に煽てられても嬉しく無いな! お前達、さっさと顔を洗ってらっしゃい!」

「ははぁー!」

「承知致しましたっ!」

 

 今回の訪問は空振りに終わった。

 しかし彼らはまた、新たな方法を模索することだろう。

 

 


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