バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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懐かしき故郷の香り

 

 それから数日かけて、俺たちはレゴールへと帰ってきた。

 王都寄りの街道を通ってスムーズに帰るルートを選んだので、速さを優先した形だ。人がよく通るルートは道も整備されていて安全だし、護衛の仕事も探しやすいから手間がない。アーケルシアで買った土産物の中にはナマモノとまではいかないが食い物もあったから、速やかな帰宅はありがたかった。

 帰り道、レゴールに到着する寸前にちょっとだけ途中で立ち寄った村で野暮用を済ませてたので“アルテミス”とは帰還がズレてしまったが、まぁ誤差だよ誤差。

 

 いやぁ、長旅だったぜ……さすがに久々の長期遠征だったな。任務とは違って遊び中心の旅行ではあったが、遠いだけでえらい苦労だ。移動手段に乏しい世界じゃ観光一つするんでも偉業を成し遂げた気分になるよ。

 

「あらっ、モングレルさんおかえりなさい。随分久しぶりねぇ」

「やあどうも女将さん。ただいま戻りました。はいこれお土産」

「まぁ良いの? ……やだクラゲの辛味漬けじゃないの! これ好きなのよねぇ。助かるわ!」

 

 帰ってきたらお土産の配布作業が始まる。ついでに顔出しして存在アピールだ。

 特にいつもお世話になってる人や施設には良いものを渡しておくことが大切である。

 とはいえ人に抱えられる荷物なんてそう大したもんじゃないから、それぞれの量は大したことないんだけどな。

 前世みたいに500円だか1000円だかで買う薄い箱物のお土産なんて買っていく暇はない。アーケルシアで買える嵩張らない海産物系の飾り物だとか、香辛料の効いた小さな保存食とかがメインだ。

 

 

 

「おっ、ジョスランさん腰もう治ったのかい」

「よう、モングレル。旅行に行ってたんだってな。腰はちょっと前に少しマシになったところだ。今なら仕事ができる」

 

 鍛冶屋にも顔を出してお土産の配布だ。

 ここに注文した金具がなんだかんだ今回は役立ってくれたからな。お礼も兼ねて良い物を持ってきた。

 

「また無理して悪くさせるんじゃないぜ。ほれ、クラゲの辛味漬け。お土産に買ってきたから食ってくれよ」

「むおっ! 辛味漬けだと! よくやったモングレル! おーいジョゼット! 酒だ! 酒用意してくれ!」

 

 工房の奥から娘さんの怒鳴る声が聞こえてきた。

 仕事そっちのけで酒を飲もうとする親父には怒りたくもなるわな。

 ちなみにクラゲの辛味漬けとは、クラゲにたっぷりの辛味スパイスと塩をぶち込んで乾燥させたものである。油でも水でもいいから戻して食うとなかなか美味い。調味料としても使えるが、まぁ完全に酒のつまみだ。

 こういう消えもの系は馴染みの門番なんかにも渡している。アクセサリーよりもなんだかんだ喜ばれるのでね。

 

 

 

「おーモングレルだ」

「“アルテミス”のモングレルが来たぞ」

「あいつはいつかやると思っていたよ」

 

 そしてまぁ、もちろんギルドにも顔を出すんだが……なにやら俺が勝手にパーティーに所属してることになってやがるな。

 

「俺は孤高のブロンズギルドマン、閃光のバスタードソード使いモングレルだ」

「うるせえ! うらやましいぞ畜生!」

「レオから聞いたぞ! ずっと一緒だったんだってな!」

「孤高か閃光どっちかにしろ!」

 

 まぁ女所帯にくっついていくと、男連中からはこういうやっかみも受けるわけで。

 けど予想の範疇だ。それになんだかんだ“アルテミス”と一緒に任務受けたりすることも最近じゃ珍しくないし、あながち間違ってるわけでもない。だからってパーティーに入るつもりは全くないけどな。

 

「俺を馬鹿にするってことはよ……そいつはこのクジラジャーキーがいらねえってことで良いんだよなぁ?」

「モングレル……お前がいないと張り合いがねえよ」

「おかえりモングレル。たまには俺らと一緒に任務でもやろうぜ」

「おいモングレル、こっちの席あいてるぞ。疲れてるんだろ。まぁ座れよ」

 

 こいつら……。

 あまりにも安定しすぎててレゴールに帰ってきた感が得られるから良いんだけどさ。

 

「うめぇ」

「けど思ってたより地味な味する」

「味付けは好き」

 

 馬鹿な男共にクジラジャーキーをまとめて恵んでやり、そのまま受付へ。

 

「ただいまミレーヌさん」

「お疲れ様です、モングレルさん。旅行で身体は休まりましたか?」

「まー色々と面白いもんが見れたよ。はいこれ、証書とお土産。受付と裏方の人たちで食べてくれ」

「あら、どうもありがとうございます」

 

 女向けには柑橘味の飴をプレゼント。何故か表面が塩コーティングされているのだが、逆にその塩味が甘さと酸っぱさにマッチして美味しい飴である。事務職よりも夏場の肉体労働者の方が好みそうではあるけど、なんだかんだ甘味なら外さないだろう。

 

「何か良い感じの任務は来てるかな? できれば討伐で」

「んー……大麦収穫前の畑周辺の掃討依頼が残っていますが、距離がありますし報酬もさほどではないですね」

「それはちょっと渋いなぁ」

「あとはバロアの森の道路拡張部分周辺の掃討任務がありますけど、こちらは恒常なので少し安いです」

「んーそうか。じゃあ適当に都市清掃でもしてようかな」

「もう任務されるんですか。戻ったばかりなのに」

「街の人たちへの挨拶がてら掃除するからね。まぁ安心してくれ、ちゃんと掃除はやるから」

「お願いしますよ? 道具はいつもの場所にありますので」

 

 帰路は護衛任務続きでそこそこ金も貰ったし、財布に余裕はある。アーケルシアを出る時は土産物でかなり財布も軽かったんだが、かなりリゲインした形だ。ホームを目指しながら金策ができるってのはありがたいね。

 

「ああ、そうだモングレル。あの話聞いたか?」

「ん? なんだ。知らん、多分聞いてない」

「“報復の棘”のネッサちゃんっているだろ」

「ああ、あのショテル使いの」

 

 ネッサといえば、“報復の棘”の比較的中堅の位置にいる女剣士だ。

 歳は30くらいで俺と近い。対人戦闘、特に盾持ちの相手に対しての戦い方に秀でた奴で、たまに修練場で模擬戦をやっている姿を見かける。

 正直“報復の棘”はどこか辛気臭い雰囲気のメンバーが多いんだが、ネッサはその中でも明るくムードメーカーな感じの奴だったのだが。

 

「ネッサが任務中に刺されて大怪我したらしい。死にはしなかったけど、引退を考えてるみたいだぜ」

「うわ、マジかよ」

「相手は野盗だってよ。何日か前にあった野盗の討伐任務に出た時、ロングソードの反撃を受けちまったそうなんだわ」

 

 野盗がロングソードか……多分兵士とか、元ギルドマンとか……そこらへんなんだろうな。腕に覚えのある連中に遭遇して、やられたのだろう。

 対人ってのは油断ならない任務だ。相手がどんなスキルを持っているのかわかっていない以上、不意を突かれることは珍しくない。

 “報復の棘”はその辺り徹底して警戒するし、慣れていたんだが……それでもやられる時はやられるか。

 

「ついてねえな」

「本当だよ。まだ治療中なもんで、こっちに顔を出すこともできないらしい」

「最近増えたよなぁ、レゴールの近くの盗賊がよ。楽な警備だと思ってても襲われることがちょくちょくあるんだぜ」

「ああ、俺もそうだ。この前の街道警備で……」

 

 おっと、話し込んでしまったが都市清掃を受けていたんだった。

 さすがにホウキを持たずに駄弁っているわけにはいかない。仕事してるポーズだけでも取らなきゃな。

 

「じゃ、任務行ってくる。またな」

「おー、ジャーキーありがとなー」

 

 ちょっと留守にしてると、知ってる奴がいつの間にか負傷している。ギルドマンあるあるだ。

 剽軽で面白い連中も多いが、蓋を開けてみれば怪我や死と隣合わせの世知辛い職種だってことには変わらない。ギルドマンとはそういうもんなのである。

 

 

 

 都市清掃は夏場は臭いが嫌になるが、長期旅行の後にやっておくとそこそこ良いことがある。

 

「やあモングレルさん、どうもどうも。暑いですねえ」

「ようケンさん。氷菓子が恋しくなりますよ」

「ぬふふ、お高めですが、いつでもお待ちしておりますよー」

 

 勝手に知り合いが声をかけてくれて“お、帰ってきてたのか”って話し相手になってくれるからそこそこ楽しめるんだ。後から足運んで挨拶しにいく手間も省けるし悪くない。

 

 しかし同じようにやる気の薄かったであろう都市清掃前任者のせいなのか、久々にやると路面のゴミやら汚れが酷い。

 結局、俺の中の衛生感ボーダーを満足ラインにまで引き上げるにはこっちが頑張らなきゃいけないのだ。手を抜けねえ……。

 

「あー……けどこの独特の臭さ……磯で生臭いというよりは、もうちょい馬糞寄りの土臭さがあるこの臭い……やっぱりこれが、ホームの臭いなんだなぁ」

 

 大規模な街は例外なくなんだかんだ臭い。

 それでも、街によって臭さもちょっと違う。

 あんまり嬉しくない故郷の匂いを嗅ぎ分けてしまって、俺は苦笑いしながらも掃除を続けるのだった。

 


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