どうもレゴール近辺の治安が悪化しているらしい。
極端にヒャッハーしている感じではないのだが、レゴールの発展に伴って交通量が増えたせいか、近隣の宿場町がキャパオーバーしているようなのだ。
レゴールそのものはスラムを刷新したり新区画を作ったりで急増する人口や働き手の仮住まいを整備できていたが、宿場町はレゴールの成長スピードに追いつけなかったのだろう。実際、近年のレゴールの発展は目覚ましすぎるものがある。一体何オス卿のせいなんだ……。
それでも野営なり宿場町近くに身を寄せて夜を明かすくらいのことはこの世界の住人であれば特に苦労もなくやってしまえるんだが、それを付け狙う盗賊なんかは話が別だ。
金目のものを運んでいる馬車が比較的無防備な場所で休んでいる。悪人たちにとってこれほど都合のいいことはなかなかないだろう。
村や町の外に現れる盗賊の類はなかなか対策も難しく、今現在レゴール周辺が頭を悩ませているのはそういった不届き者たちだ。
レゴールからも街道警備の兵士が増員されているし、ギルドもそれに応えてはいるのだが、なかなか撲滅というところまではいってないらしい。
最近の“大地の盾”なんかはこの街道警備に掛かり切りで、ギルドや酒場に顔を出さないことも多かった。“レゴール警備部隊”も今回は積極的に色々な人が仕事を受けているらしい。まあ、世間からすれば治安の悪化だが、俺たちギルドマンからすれば稼ぎ時ではあるんでね。手放しに喜べるってことでもないけども。
「それなのにモングレルさんは、警備の仕事はあまり受けないんだね?」
「護衛とか警備は拘束時間が面倒でなぁ」
「あはは。受付のエレナさんとかが聞いてたら怒られちゃうよ」
「良いんだよ、ここはギルドじゃねえからな。まぁそもそもあんまり隠してもないしよ」
俺は今、狩人酒場でレオと一緒に飯を食っている。
昼間にバロアの森北部のゴブリン討伐で一緒になって、その流れだ。
“アルテミス”の他のメンツは貴族街で弓の指南があるとかで、今回はレオだけが一緒だった。こいつの単独行動っていうのもちょっと珍しいかもしれない。
「俺としてはサッと行ってサッと終わる仕事が一番楽だな。勝手にこっちに向かってきてくれるシンプルな討伐だったら言うことなしだね。ああ、できればゴブリンみたいに剣が汚れる奴以外だと嬉しいんだが……」
肉を食って、酒を飲んで。まぁいつもの夕飯風景だ。
こうしてレオと一緒にやりとりするのも初めてってわけでもない。
しかしどうも今回は、レオの口数が少し控えめなような気がした。
「どうした、レオ。何か悩み事でもあるのか?」
「えっ? ああ、いや……うん、まあそうだね。ごめん、態度に出てたかな」
「いつもより静かだったくらいだけどな。何かあるなら、俺で良けりゃ聞くぜ」
あまり酒が好きじゃない奴の悩み事だ。酒飲んで忘れようなんて雑なことも言えない。
それにある程度の度を超えた悩み事になると酒でどうこうなるものでもなくなってしまう。話して楽になることなら、聞くだけ聞いてやるよ。
答えが欲しければおっさんのうざったい説教にならない程度にアドバイスしてやる。
「……うん、ありがとう。そうだね……モングレルさんだったら事情も詳しいし、話してもいいかな」
「事情とな」
「ウルリカのことで、最近ちょっと悩んでいるんだ」
「おー、ああうん」
例のウルフリック君ですか。はいはい。
……あいつみたいに女装が上手くなりたいって話はしないでね? おじさんそういうのちょっと詳しくないから……。
「実はね……最近、ウルリカの様子がちょっと変なんだ」
「変」
「旅行から戻って来てから、ちょっとだけね。あからさまにおかしいってほどじゃないけどさ……僕は付き合いも長いし、なんとなくわかるんだよ。物思いに耽ることが多いというか、考え込んでいる時があるっていうか……普段は全然そういうの、柄じゃないくせに」
わりと失礼目なこと言われてるなってのはまぁ今は置いておこう……。
「モングレルさんは何か……心当たりとかないかな? 旅行の時何かあったとか、話したとか……」
「いやぁーどうだろうな」
そういえば帰り道でもなんとなくウルリカの様子が大人しかったのが印象に残っている。
口数が減っていたし、なんとなく俺の方をチラチラ見ていたような……。
「……僕は……ふう。そうだね、僕はこう思ってる。ウルリカはモングレルさんに対して何か……あったんじゃないかって」
「俺かよ」
「そうとしか考えられない。……モングレルさん、本当にウルリカとは何もなかった? 何か僕の知らないところで……あの子とな、何かしたり。してないよね……?」
いやいやいや何かってなんだよ。そしてどうしてお前はちょっと焦っているんだ。お前こそ何なんだ。
「怖いこと言わないでくれ……ウルリカが俺にってお前……」
「前からずっと思ってたんだ。昔からウルリカは誰に対してもほとんど対応を変えないのに、モングレルさんにだけはなんだか……親しげだなって。それに、その、久々にウルリカに会った時、ちょっとウルリカが色っぽくなってて驚いたし……」
「待て待て。それ以上はお前多分自爆するぞ。やめておこう」
「自爆?」
「いやー……ウルリカが? 俺に? 何か? ……いやいやいや……」
確かにツラとかは良いだろうけど、あいつ男じゃん。ウルフリックじゃん。世が世なら上級王みたいな名前してんじゃん。揺るぎなき力持ってそうじゃん。
確かにちょっと思わせぶりなところはあるし、俺に対してくっついてくるような素振りも結構あったけど……ええ……?
「モングレルさんが大きな魚を釣った日、あったじゃない。それからだよ、ウルリカの様子がちょっとおかしくなったのは。……あの日の夜、何かあったんじゃないの。思い出せない?」
「い、いやぁ……俺はあの日結構酒飲んでたし……実を言うとあまり記憶がな……」
「僕もあの日はちょっと飲んでたから、寝ちゃってて覚えてない。でも……モングレルさんひょっとして、あの日ウルリカに何かしたんじゃないかって、僕はそれで……」
「落ち着け落ち着け、まだ慌てるような時間じゃない」
過呼吸になりかけてるレオを落ち着かせ、俺もちょっとクールダウンする。
……ええ? ウルリカだろ?
俺が酔って何かしたのか? 酔った勢いで……?
ははは、まさかそんな……。
……いや、記憶がないだけに何も安心できねえ……。
そ、そういえば翌日は……二日酔いのせいかとも思っていたが、ちょっと気怠かったような……いやまさか……。
クソ、ダメだ。なんだかんだツラが良くてムダ毛が薄ければまあいっかくらいに思ってる所あるから自分自身の嗜好を何一つ信用できん……。
「モングレルさん……ウルリカと話して、確かめてもらえるかな。そしてはっきりさせてほしいんだ。あの子に何かをしたのか。……もしモングレルさんがあの子に何か酷いことをしたのなら……」
「まあ待てレオ。その先を言う必要はない。何もないはずだ。だからお前は安心して肉食って酒のんで待っていれば良い」
「……うん。ああダメだ。僕もちょっと酔っているのかもしれない……」
マジでこいつウルリカのこと好きすぎだろ。前々から思っていたけども。
幼馴染属性をこじらせすぎだぜ……。
しかしレオの言う通り、何かあったのだとしたらそれははっきりさせておきたい。
そして万が一何かあったのだとすれば……うん。土下座しよう。よし、これでいくしかない。
というわけで、俺は“アルテミス”のクランハウスへとやってきた。
「わあ、モングレル先輩が自分から来るなんて珍しいっスね」
「悪いなライナ、部外者が連絡もなしに押しかけてきて。何か貴族街の方で任務があったんだってな」
「お貴族様向けの弓の指南だったっス。やっぱ小さな子でもお貴族様の子はいい弓使ってるんスよ。ちょっと羨ましかったっス」
日中仕事をしていた主要メンバーは既にクランハウスに戻っている。つまり、ウルリカも中にいるということだ。
「ちょっとウルリカに渡したいものと話があってな。入って良いかね?」
「え……そうなんスか? まぁ大丈夫だと思うっスけど。ま、とりあえず中どうぞ」
ロビーでは以前任務で一緒になったジョナさんがいて、軽く挨拶を交わした。
“アルテミス”の部屋は全て個室になっているので、個人を訊ねる時は扉をノックするだけで良いらしい。風呂トイレキッチン共用のアパートみたいな感じがイメージに近いな。
ウルリカの部屋の前まできて、扉をノックする。
「はーい?」
間延びした声が中から聞こえてきた。
「おーいウルリカ。オレオレ、モングレルだけど」
名乗ると、部屋の中からなんかすげえ物音がした。何が起きてるのかわからないけど慌てているのは確かだろう。……大丈夫かこれ? 俺マジでなにかやっちゃいました?
「ちょ、ちょ、ちょっと待っててね! 今片付けるから……!」
「あ、はいお構いなく」
ジョナさんが用意してくれたお茶を飲んでしばらく待っていると、部屋から“いいよー”と声が。
……さて。なんか下手な女友達の部屋にお邪魔するより緊張してきたが……覚悟決めるか……。
「い、いらっしゃいモングレルさん……あはは、驚いたよー……まさかクランハウスに来るなんて……」
「ああ、まぁそうだよな……悪いな、急に来ちゃって。あ、これお土産」
「え? なにこれ……あ、綺麗なアクセサリー! ありがとー……あ、中入って良いよ」
ウルリカの個室は、なんというか男の個室にあるまじき芳しい香りに包まれていた。
と思ったら、それは部屋のそこかしこにポプリ……匂い袋があるせいだった。まぁそうだよな。素の生活臭でこれだったらさすがの俺もビビる。
ちなみにウルリカに渡したアクセサリーは偶然うちにあった金属製の御札をゴリゴリ削って作ったちょっとした鉄の飾り物だ。量産すれば売れるんじゃないかなと思ったが、作るのが手間すぎて今のところ量産計画は断念している。
「えと……それでどうしたの? なんていうか、モングレルさんがクランハウスに来るのって珍しいなーって思ったんだけど……」
「あーまぁ、ちょっとウルリカと話したいことがあってな」
「……は、話したいことって?」
……うん。やっぱりレオの言った通りなんというか……態度がおかしい。
「なあ、ウルリカ……聞きたいことがあるんだが、良いか?」
「えっ、えー……な、何? 聞きたいことって……」
「アーケルシアに旅行してた時……カクタス島に泊まった最後の日のことだ。あの日の夜、俺と何かあったんじゃないのか? どうもあの日以来、ウルリカの様子がちょっとおかしくなってたからな……」
もう覚悟決めてダイレクトに訊ねると、ウルリカは目に見えて動揺した。
アカン。これは俺ひょっとしてあれか。無意識のうちにレパートリー広がっちゃってたパターンなのか。
よし、いつでも土下座できるようにとりあえず正座しておこう。
「スゥー…………やっぱり、何かあったんだな。俺が酔ってる間、ウルリカに……何か……」
「ち、違うの。モングレルさんは悪くないの!」
「……俺は悪くない?」
「わ、私が……一方的に……だから……!」
「一方的に!?」
そ、それはつまりあれかい?
真相は“俺が”じゃなくて“ウルリカが俺に”っていう……。
「ご、ごめんなさい! 私、モングレルさんの寝言を一方的に聞いちゃってたの!」
「……寝言?」
ひょっとして何かとんでもないアウトな過ちを犯したんじゃないかと思ったが、ウルリカの口から出てきたのは予想とは違うものだった。
「モングレルさんに薬を飲ませてから……なんだか、それが合わなかったみたいで……モングレルさんが寝ている間、寝言が多かったの」
「寝言って……いや別にそのくらいのことなら別に。同じ部屋で寝てるんだからそのくらいは」
「モングレルさん……“ナツキ”って、多分そういう名前の……女の人の話ばかり……してたから……」
「……」
おっっっっ……と。
これはアウト……寄りのファールかもしれん。