バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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ギルドマンの潮時

 

 ある日、俺がいつものようにきまぐれに都市清掃任務をやっている時のことだった。

 

「ようモングレル。今日も掃除してるのかー」

「ん、ああバルガー久しぶり……ってなんだその格好、すげえな」

 

 バルガーに声をかけられたのでそっちに目をやってみると、そこには歴戦の勇者もかくやというレベルに傷だらけの鎧を着たバルガーが立っていた。

 どうやら任務帰りのようで、背中には大きな荷物を背負っている。そして手に持った短い槍は無惨なまでに折れていた。

 

「どうしたんだよ。アンデッドになって蘇った?」

「生きてるから。いや正直なんで生きてるのか不思議なくらいだったんだけどな」

「ひぇー」

 

 何故か自慢げに見せてもらった鉄製の小盾にも、一体何でついたのやら、細かな凹みや傷でいっぱいだった。中には貫通寸前まで抉れた穴もある。人の体で受けていたら間違いなく重傷を負うか死ぬタイプの傷跡だ。

 

「“収穫の剣”での護衛任務ついでに、遠征先で二次調査の依頼をこなしてた時にな。国境付近の森まで行って違法伐採の調査ってやつ受けたんだが、これがまぁとんだハズレでよ」

「違法伐採、盗伐ってやつか」

「そうだ。国境ギリギリで儲けようとしてるアホな山賊でもいるのかと思ったんだが、居たのがハーベストマンティスでよ」

「うわぁ」

 

 ハーベストマンティス。

 それは全長四メートル近くあるカマキリ型の魔物であり、ハルペリア王国とサングレール聖王国の国境付近の森に生息するクソ強害虫である。

 

 そこらの業物よりも切れ味の良い大鎌は草木をサクサクと、それこそ収穫でもするかのように両断するし、顎は軟弱な鉄鎧くらいならバリバリと砕いてしまうとかなんとか。

 背中に備わった翅では空を飛べないらしいが、その鋭い翅による素早い羽ばたきはそれだけで周囲のものを切り刻む。

 なるほど、盾や鎧にある無数の傷はそれか。

 

「どうにか十人で囲んで、倒しはしたが……仲間の二人が死んだよ」

「二人!?」

 

 俺は心底驚いた。

 

「よく二人だけで済んだな!?」

「だろう? 長期戦にもつれ込まずに済んで助かった。命懸けで腹に飛び込んで斬りかかったあいつがいなきゃ、半壊はしてたかもなぁ。あ、死んだのはモングレルもあまり知らない奴だぞ」

「そうだったか……」

 

 ハーベストマンティスは凶悪な魔物だ。避けづらい大鎌攻撃や厄介な翅の羽ばたき。ぐるんぐるん向きが変わるせいで隙を見せない頭部。

 ゴールドが複数人で挑むような相手だ。はっきり言って、いるとわかっていれば近づかず、放置するような危険物である。

 それを犠牲二人だけで……あの“収穫の剣”がねぇ……。

 

「向こうのギルド支部からは違約金をたんまり貰ったよ。死亡補償も一番手厚いのがついたしな」

「そりゃそうだ。山賊とハーベストマンティスじゃとんでも違いだ。存分にふんだくってやれば良い」

「一次調査を請け負ったパーティにもでかいペナルティが下るそうだ。そんなことで死んだ二人が浮かばれるとも思えんがね」

 

 バルガーもギルドマンとして長くやっている。今回のような不幸な事故も決して一度や二度ではないだろう。

 それでも長く付き合ってきた仲間が死ぬのは堪えるらしい。当然だけどな。

 

「……この短槍も最後の買い替えになるかもなぁ」

 

 折れた柄の荒々しい断面を眺め見ながら、バルガーは物思いに耽るように呟いた。

 

「なんだ、ギルドマンやめるのか」

「そりゃ俺も良い歳だからな、不思議でもないだろ。今回のでわかったよ。いざという時、若い頃のようには動けないってな。まぁさすがにいきなりやめるってことはないし、もうちょい続けはするが」

「……引退ねぇ」

「大怪我してから引退しても、職探しが面倒だろ」

「それはそうだな。……レゴール警備部隊に移籍するって手もあるぜ、バルガー。あそこの警備の仕事なら無理も少ないだろ」

「んーそれも考えないではないんだけどなぁ。いや、良い所だぜ? そりゃわかるんだけどな。やっぱり俺も“収穫の剣”への愛着ってもんがあるからよ」

「そっか」

 

 愛着か。それはまぁ、大事だよな。

 

「ま、今日だけで考えることでもねえわ。またなモングレル。俺はしばらく忙しいから、多分何日かは酒場に寄れん」

「そいつは残念だ。まあ、またいつでも声かけてくれ」

 

 そうしてバルガーは去っていった。

 ボロボロの小盾を荷物の上で揺らす彼の後ろ姿は、かつて俺が兄貴分として仰いでいた頃よりも、やっぱりこう、歳はとるんだなと感じさせるものだった。

 

 

 

 栄枯盛衰。盛者必衰。

 地味にほそぼそとやっていたバルガーだったが、それでも老いには勝てない。

 顔は結構若々しいタイプだと思うんだが、あいつも四十過ぎだ。若いメンバーについていくのも、そろそろしんどくなってもおかしくないだろう。

 

 うーん、知ってる顔が引退をほのめかしてくるのはなんとなく心にくるな……。

 俺自身、無関係とはいえないし。バルガーの姿はある意味、俺の将来にそっくりなわけで。

 

 引退後は何すんべか。

 やっぱ喫茶店のマスターが良いな。グラスとかカップとかを乾拭きしてるだけのマスターだ。

 料理とか配膳とか会計とか、そういう面倒な仕事は誰かを雇ってやらせよう。

 そのためにはまずコーヒー豆をどこからか発見して入手しなければならないという、高すぎてむしろ不可能に近い壁もあったりするが、それも数十年くらい探してればなんとかなるだろ多分。

 

 ……想像してたらやりたくなってきたな喫茶店のマスター。

 引退後とは言わず今すぐ店を開きてえ。昼に喫茶で夜にバーやってる店のマスターやりてえよ俺。

 

 ああでもダメだ。やっぱりまだ今はメシを楽しむ年齢だな。

 ドロップアウトするのは最低でも脂っこいメシを体が受け付けなくなってからにしよう。それまでは今の生活を続けていたほうが得に違いない。俺は人生に詳しいんだ。

 

「さて、明日も頑張るか」

 

 俺は自分の宿の通りだけは数倍丁寧に掃除して、今回の都市清掃任務を終えた。

 

 

 

「おい見ろよモングレル。これこれ、俺の新装備。アストワ鉄鋼の穂先なんだぜ」

 

 翌朝。ギルドに行ってみると、やけにテンションの高いバルガーと遭遇した。

 

「……もっとお通夜みたいな顔しててもいいだろ。なんであんなにウキウキしてるんだ、あいつ」

「バルガーさん、昨日武器屋に入荷したばかりの高級な短槍と小盾を買ったみたいですよ。それで浮かれてるらしいんですが……」

 

 近くにいたアレックスが言うには、でかい買い物だったらしい。

 アストワ鉄鋼といえばサングレールの鋼よりもずっと良いって評判だもんな。

 

「それにこっちの小盾もどうだ。なかなか良い紋様してるだろ。こいつは真ん中で受ければサングレールのモーニングスターですら弾けるんだってよ!」

 

 笑顔の煌めきがもう小学生のそれなんだよな。

 ていうかサングレールのモーニングスターはさすがに無理だろ。

 

「バルガーお前楽しそうだけど、そんな装備良いのか? 次に買う装備で最後にするって言ってただろ。アストワ鉄鋼ってすげえ頑丈って聞くけど」

「らしいな! 俺も初めて使うから楽しみだ! いや違約金で懐が温まってるところにこいつらを見つけちゃったもんだからよ。つい手が伸びちゃって。な?」

「な? っておま、当分引退できないぞそれ……」

「だなぁ? はははは」

「ははははっておま」

「まぁこの質の良い装備があればあと十年くらいは現役やれんだろ! まだまだ若い奴らには負けてられねえからな!」

 

 いやこのおっさん本当に適当だ! 俺が言うのもなんだけど!

 昨日ちょっとしんみりしてた俺のレアなシリアス成分を返してくれねえか?

 

「……まだまだ若い奴らには負けないって、典型的なおじいさんのセリフですよね……」

「ハッ!?」

「アレックス、やめてやれ。真実は時に人を傷つける」

 

 色々あったけど、バルガーは現役を続行するそうだ。

 なんなら装備が良くなった分、前よりも活躍するかもしれない。良かった良かった。

 

 ……でも年寄りってそうやってずっと現役気分でいる時に調子に乗って大怪我するイメージあるからやっぱり頃合いを見て引退してほしいわ……。

 

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