バロアの森北部に現れたというホーンウルフは、三匹ほどの群れとして動いているかもしれないとのことである。
残されていたのは、確かなものではホーンウルフの糞。不確かな可能性もあるが参考できる痕跡も挙げると、角によってつけられたであろう樹皮の傷だとか、ホーンウルフのものと思しき食いかけの魔物の死体なんかも見つかっているとのこと。
まあ、色々と情報はあるんだが……二回目の調査で気にするべきは魔物とかち合うかどうかが大きいだろう。真新しい糞なんかが落ちてればそのくらいは参考に報告もできるが、それ以外の情報が求められているかっていうと微妙だしな。
「ホーンウルフは糞が特徴的なんで、それメインに探す感じっスね。正直幹の傷跡とかはチャージディアと似てるんでわかんないっス」
「やっぱそうだよなぁ。似たような角してるもんな。まぁ高さは違うけども」
「足跡も今の時期は微妙っスからねぇ」
「暑いし嫌になるぜ。早く秋になって欲しいもんだ」
「まあまあ。日も高くてこの時間から動き出せるのも夏の良いところっスよ」
中途半端な時間からの出発だったが、日中の長い夏はそれでもなんとかなるので楽でいい。
北部にある作業小屋に到着するまではどうとでもなるだろう。
「てかモングレル先輩、今日は荷物少なめっスね」
「そりゃ防寒具もほとんどいらなくなるからな。今回はお手軽夏用セットだ。ちゃっちゃと任務して、ちゃっちゃと帰ろうぜ」
「……無目的で森に入るときより軽装っていうのがよくわかんないっスね……」
「遊ぶ時こそ本気でやるんだよ」
夏は防寒対策のための荷物を持ち運ぶ手間が無いから楽で良いぜ。
調査任務だし長々と森に居座ることもないだろうから、今回の荷物は本当に必要最低限だ。
森に入ってしばらく歩き続ける。
夏場は寒くない以外の全てが面倒な季節と言っても過言ではないだろう。
なにせ下草がひどい。定期的に管理されているわけでもない地面からはモサモサと雑草が生い茂り、歩く場所を弁えないと転んだり肌を切ったりしてしまう。
とはいえ、俺たちのようなギルドマンだとか、林業をやってる人たちなんかが定期的に森に入っていくわけだから、ある程度人用の道ってのはできているわけで。
そういうのを見つけてしまえば、突き進んでいくのはそこまで難しいことでもない。
……なんて御高説を垂れてしまったが、その道を見つけてくれたのはライナである。こいつがいなかったら俺は多分バスタードソードをぶんぶんさせながら強引に道を作っていただろう。
「んー、これはマレットラビットが叩いた痕っスね」
「何か木の実でも割ろうとしてたんだろうな。平和なもんだ」
「他は……まだよくわかんないっス。もっと進んだほうが良いっスね」
夏は痕跡を探しにくい。
さっきも言ったが、下草が生えているとそれだけで痕跡が埋もれて見にくいってのがひとつ。あとは基本的に乾燥した枯れ葉がないせいで足跡がくっきりと残ってくれないってのもデカいな。冬とか秋なら雪やら枯れ葉やらで痕跡が残ってくれるんだが、夏はそこらへん何も無いからなぁ。草とか枝葉の食痕くらいのもんかね。しかしそれだって一部の魔物や動物に限られるわけだから、なかなか全体的な見当を付けづらい。
「とりあえず日暮れ前に小屋まで突っ切って、明日から本格的な調査にしてみるか?」
「それが良いと思うっス。ここらへんでゆっくりしてても暗くなっちゃうだけなんで、さっさと拠点まで行くのが安牌っスね」
効率で言えば進みながら何か痕跡でも見つけられれば良いんだが、こっちも潤沢な時間があるわけじゃない。ササッと目的地まで進んで、調査は明日に回すとしよう。
「お、人だ。ギルドマンだな」
「マジっスか」
そんな風に歩いていると、森の中で三人の姿を見つけた。
首から下げたブロンズの認識票……ギルドマンで間違いないだろう。何度かギルドでも顔を見たことのある相手だ。
「よう、ご苦労さん」
「お疲れ様っス」
「お……モングレルさんにライナちゃんか。奇遇だね」
二十代なりたて辺りの年齢層で組んだ、若々しいパーティーである。
パーティー名はなんだったかな……“摘果の鋏”だったかな。全員が盾と剣を装備してる堅実な近距離パーティーだ。
以前ギルドで見かけた地雷タンクのローサー君が“パーティーに入れてくれ”と頼み込んでいたのを申し訳無さそうに断っていた、実際に堅実な方針のパーティーである。要するにかなりまともってことだ。
「こっちはホーンウルフの調査に出てるところなんだが、そっちは?」
「ホーンウルフ? へえ、そんなのいるんですか。こっちは適当に探して狩ってるとこですよ。ほら」
「見てください、マレットラビットとハルパーフェレットです。小物ですけどね、結構良い感じに仕留められました」
「おー、良いね」
剣ではなく盾で圧殺したのかな。外傷はほとんどなく、毛皮も無事そうな小型魔物を吊るして運んでいるようだった。
「ホーンウルフの痕跡とか、見つからなかったっスか? 樹皮の低い位置にチャージディアの角痕に似たやつが残ってたらそれっぽいんスけど」
「あー……ごめん、そういうのはまだちょっと見てないかな。力になれなくてごめんよ」
「二人とも、この先の作業小屋までいくつもりかな」
「まあな。そこを拠点に明日一日だけ辺りを調べる感じになるかね」
「ホーンウルフはわからないですけど、ゴブリンの痕跡だったら見つけましたよ。連中の作る棍棒と臭い襤褸があったんで、どっかしらにいるんじゃないかと」
「ゴブリンかぁ」
目当ての魔物じゃなくても討伐するのは別に構わないんだが、ゴブリンはあまり乗り気になれないなぁ。
まず討伐しても連中の鼻を持ち歩きたくねえ。きちゃない。くちゃい。
「じゃ、俺たちはそろそろ戻るんで」
「お疲れ様っス」
「おー、そっちも気をつけてな」
「はーい」
「またなーライナちゃん」
「私の方が先輩なんスけど……」
森の中で不意に同業と遭遇した時、大体こんな感じでちょっと情報交換して別れることになる。
のだが、今のは顔見知りだったから良いんだが、よく知らない相手とバッタリ遭遇するとお互いに緊張感が走るものだ。
人目につかない森の中じゃ法なんてあってないようなもの。相手を殺せば手持ちの財産を奪えてしまうのだから、考えなしの奴が襲撃してくることだって珍しくはない。実際、そういった殺人がバロアの森でも結構ある。
人からの襲撃を防ぐためには、一番はパーティーを組んで集団で行動すること。そしてできるだけ多くのギルドマンと仲良くなることを心がけることだ。
単純に滅茶苦茶強くなって一人で襲撃を返り討ちにするんでもいいけどな。非現実的ではあるが、俺は時々そうやって不届き者をお縄につかせている。
まぁ現実的にはパーティー組んで集団で動くのが最善ではある。
「この時期のハルパーフェレットの毛皮、そこまで高くはなさそうっスね」
「夏はどうしてもなぁ」
夏場は肉も毛皮も微妙である。
暖かくて活動しやすいのは良いんだがね……春や秋ほどのフィーバー感の薄い時期だ。
もうちょい夏場に食いでのある獲物が増えてくれればいいんだが……いや、それはそれで危険か。諦めよう。
ばったりと同業者と遭遇するイベントはあったが、結局イベントらしいのはそれだけだった。
俺たちはするすると森を歩いて作業小屋までたどり着くことができた。
「変な人たちが中にいるって感じでもなさそうっスね」
「だな。まあ後から来るってこともあるかもしれないが……」
小屋には誰もいないようだった。
夏場は適当な野営でもどうにかなるので、冬とは違って必死に移動してここまでやってくる計画性の無いギルドマンも多分来ないだろうとは思う。
まぁ計画性のない奴の行動原理は常軌を逸しているので、絶対にとは言えないんだが。
既に空は薄暗くなりつつある。まだ明るいうちに、ここで泊まる準備を整えたほうが良いだろう。
「モングレル先輩、一応小屋の周りだけちょっと確認しちゃっても良いスか」
「おお、まぁ遠くに行かなけりゃ良いぜ。俺は飯の支度でもやってるよ」
「あざっス。じゃあ鳥仕留められたら鳥も撃ってくるっス。血の匂いをさせれば、明日役立つかもしれないんで」
「なるほど。けど単独行動なんだし気をつけてな」
「っス」
夏場の鳥を仕留められるのはなかなか良いな。
どうせ食うなら美味い飯が良い。頼んだぜライナ。
俺は小屋の虫退治しながら雑務をこなしておくからよ……。
書籍版「バスタード・ソードマン」第一巻の発売日が決定しました。
発売日は2023年の5月30日になります。震えて待て。
(( *・∀・))プルルルン