翌朝、ほんのり明るくなったくらいの時間から任務を再開した。
ひとまず最寄りの川まで向かって、それ沿いに第二作業小屋のある所まで移動しつつ様子を見る感じだ。
相手がいようがいまいが、今夜もまた同じ作業小屋まで戻って泊まることになる。例外があるとすれば、昼前までにホーンウルフを発見して討伐できれば今日中に帰れるかもしれないが……まぁ無理だろうな。変な期待をしてはいけない。
「一応、昨日のマルッコ鳩の頭とかを持ち歩いておびき寄せてはみたいところっスけど」
「誘引効果があれば良いんだが、居ない時は居ないからなぁ……まぁお守り程度のつもりでやってみっか」
「とりあえずやっといて何かが寄ってくればって感じスね」
「別のが来たらちゃちゃっと退治してやるよ」
「そん時は近接お願いっス」
「任せとけ。というかそのくらいしないと今日は空振りで終わりそうだもんな」
血の匂いを漂わせて魔物をおびき寄せる。というのは、あまり褒められた行いではないとされている。というのも、普通に危ないからだ。
バロアの森の浅い場所ではそこまで血の匂いに惹かれる魔物は多くないが、深部に行くとおっかない連中もいるし、そういう奴らを刺激しないためにも、堅実な探索をするのであればやめておくことがベターとされている。
しかし今日みたいな調査任務、しかも血の匂いに惹かれるタイプでもあるホーンウルフを探す時なんかは、こういう小細工を仕掛けるのも悪くはない。
もちろん、目当ての魔物だからといって自分の安全を確保できていないんじゃ駄目だけどな。対処できる実力があればこそのやり方だ。
そして俺は実力がある。どんどん血を匂い立たせておけ……。
そんな感じで歩き始めた俺たちだったが、これといって襲撃者の姿もなく平和な時間が続く。
川を見つけてもこれといった危険そうな魔物の姿はない。気分はただの散歩だ。
「……モングレル先輩はこのバロアの森のどこらへんまで行ったことあるんスか」
「おー? 森の奥かー。まぁそこそこ奥までは行ったぞー」
「はえー」
一人で長期滞在する時なんかは思い切り深部まで近づいてキャンプするしな。
そこまで行くとギルドマンはほぼ来ないから気楽で良いんだ。
「冬場なんかは奥に行き過ぎさえしなければ安全だしな。手つかずの物が色々あったりして、面白いぞ。もちろん他人に真似してほしいもんじゃないが」
「あー、先輩がよくやってる野営だけするやつっスか。何が良いんスかね……」
「そりゃライナお前、薪を割って焚き火したり、木でなんかこう、小物を作ってみたりだな……」
「普通っスね……」
「だだっ広いところで自分で一気に皮なめしなんてしてみたりもするし……」
「……な、何が楽しいのかわかんないっス……!」
言ってて俺もそうだろうなって思うわ。
この世界のギルドマンにとっては全部ありがちなものだしな。むしろ自分らで皮なめしなんて面倒なだけだから苦行に近いのかもしれない。
俺はそういうのも、たまにやる分には好きなんだけどな。容易く人前に出せないような毛皮とかの処理だってあるしよ。
レザークラフトは良いぞライナ……。
「まぁ俺は楽しんでるけど、ライナはあまりこういうの真似するんじゃないぞ」
「しないっスよぉ」
「面白い面白くないだけじゃなく、危ないしな。特に冬のバロアの森の奥地。少しでも周囲が温かいと感じたら、すぐに引き返せ」
「あー……」
基本的に冬のバロアの森に潜る奴はいない。だからこんな事は言うまでもないのだが、それはそれとして鉄則として教えておくべきことだとは思う。
なまじ魔物がほとんど居ないだけに、いくらでも奥地へ進めてしまうのだから。
「やっぱり奥の方は危険なんスか」
「危険だなぁ。普段そこらで見かける魔物の多くが深部まで来て暖を取ろうと集まってるわけだから、下手すると大勢の魔物に狙われてなす術なく殺されちまうよ」
「ひぇー」
「暖かくなり始めたと感じたらすぐに全力で退却する。これが大事だ。まぁそもそも冬に潜るなって話なんだが」
バロアの森の深部は冬になっても、強大な熱源によって春並みの暖かさになっている。
魔物たちはこの暖かさを求めて深部へと移動し、表面上は森が閑散としてくるわけだ。
だから深部は魔物が多くいるという点でまず危ない。
しかし何よりも危険なのは、深部で周辺の気温と気候すら変動させている怪物の存在だ。見つかったら普通のギルドマンは死ぬ。
「話聞く限り、一番危ないことしてるのはモングレル先輩っスけどねぇ……」
「バレたか」
「あんまし冬場に変なことしないほうが良いっスよ」
「まぁ、ほどほどにやってるさ」
俺だってわざわざ危険な目に遭いたくはない。
その辺りはよーく考えてやっているさ。
……まぁ、たまに剣を持ったよくわからんオーガと出くわしたりなんかはするけどな。
剣持ちオーガのグナク。あいつもまだ生きてるんだろうか。
「とりあえずここで休憩か」
「っスねぇー……あー、見つからない」
「見事に空振りって感じだな」
数時間ほど延々と歩き回ってみたが、成果は無し。
途中で匂いにつられたハルパーフェレットを一匹仕留めたくらいで、他に大物の気配もしなかった。鳥もいくつか見かけたが、ライナ曰く食えない奴とのことで。
それを言ったらハルパーフェレットだって美味いもんじゃないんだよな……。
「ここからはもう川沿いを歩いて戻るべきだと思うっス。前情報も古いんで、ちょっと厳しいっスよ」
「だな。結局糞なんかも落ちてないし……」
「川近くでクレイジーボアが泥浴びしている痕跡くらいしかないっスからねぇ」
いやぁ空振りだ。時間も時間だしあとは拠点の作業小屋まで引き返して一泊したら帰還で良いだろう。やれることはやったはずだぜ。
これ以上は調査不足と言われても困るってもんだ。
「結構頑張って探したけど、全く無かったなぁ」
「っスねぇ……ベストを尽くしても結果は出ないもんスね……」
「そういう日もあるって事だな」
こういう斥候じみた技能に秀でたライナでも、獲物が居ないんじゃ活躍のしようがない。空振りに終わりそうな今回の任務に徒労感を覚えている様子だ。
まぁでも居ないことがわかったっていうのも立派な調査だよ。見つかるはずだと思ってやるもんじゃないのさ、こういうのは。
……いや、俺は半分以上見つかるだろと思ってやってたけどもね。仕方ねえ。ギルドマンはかなり理想高めに皮算用する生き物なんだ……。
「あ」
「お、どうしたライナ……って、あ」
ライナが立ち止まって何かと思って見てみたら、川沿いにある大きめの岩の根本に特徴的な角が転がっているのが見えた。
乳白色でそこそこ太く、彫刻にするのに適した長さ……何よりキメの細かそうな質感。
間違いない。こいつはホーンウルフの角だ。
「い……行きの道に落ちてたんスかぁ!?」
「あー……こいつはあれだな。俺たちが来た方向からじゃ見えないところに落ちてたんだなぁ」
「もー!」
岩陰には二本の角が落ちている。よく見れば頭骨が踏み砕かれ、そこらへんの土や石に紛れて見えにくくなっていたようだ。
どうやらこいつらはチャージディアにやられたらしく、大きな岩には引っ掻いたような痕がついていた。チャージディアが突き殺した相手を引き抜く際につける傷跡で間違いないだろう。
「……あっ、ここにもう一体の死骸……の残りがあるっス。こっちは川に沈んでたみたいっスね」
「全員ここらで死んだみたいだな」
水場として利用していたのか、あるいは利用していた何者かを襲おうとしたのか……。
とにかくホーンウルフ達はチャージディアにやられ、三体ともこの場所で生命を落としたらしい。
それぞれ相当に古い遺骸で、下手すれば一回目の調査の時には既に死んでいたかもしれないくらいだった。
……歩いている時にもっとよく探していれば……いや、わざわざ歩いてきたところを振り返るなんてやらないしな……こればかりは運が悪かったとしか言えねえや。
「思いがけず調査が終わったけど……釈然としないっス!」
「それな。……まぁホーンウルフの角は手に入ったし、臨時収入にはなったぜ」
「ううー悔しい……もっと注意深く探してれば、早く終わってたかもしれないのに……」
「落ち込むなってライナ。あんなのわかんねえって」
自分のスカウト能力をもってしても、簡単に見つけられるような場所の痕跡を見逃してしまった。そのことでライナは随分と悔しそうにしていた。
俺からすれば“お、見つかったぜラッキー”って感じなんだけどな。根が真面目だと大変だな。
「まぁ、これで終わりなんだ。今日はこのまま急いで帰って、一緒に酒でも飲もうぜ。頑張れば間に合うだろ」
「……っス!」
どこかやけくそ気味に返事して、ライナは俺の隣に並んだ。
幸か不幸か、狩りで獲物もほとんど獲ってなかったし、余計な荷物は持っていない。歩くのに支障はないだろう。
変な寄り道をしなければ、このまま明るいうちにレゴールにたどり着けるはずだ。
なんとも肩透かしな終わり方になってしまった調査任務だが、形を成して報告できるだけ今回のは随分スッキリしたパターンである。
普段なら何もいなかったで終わることもザラだしな……。