バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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露天商の誇り

 

「ホーンウルフの……古い角だな。状態が悪い」

「ああ。討伐じゃなくて、死体から取ったもんだよ。これ全部ね」

 

 夕時。レゴールへ戻り、ひとまずは処理場のロイドさんに今回の拾得物を見せる。

 ここで死体から剥ぎ取っただけの物を“討伐して手に入れたものだぜ”って嘘をつくギルドマンがそこそこいるのだが、そういう嘘はロイドさん相手には普通にバレる。こういう嘘がバレると後からギルドの方にも話が行って、自分の信用にヒビが入るので注意だ。悪いことはするもんじゃない。

 

「チャージディアにやられたっぽいスね。近くに角で突かれた痕跡も残ってたっス」

「ふむ……そこまで大きくない角だな。三本とも小柄なホーンウルフのものだろう」

「やっぱそうかぁ……」

「一本は殊更状態が悪いな」

「それは小川に沈んでたやつっス」

 

 死体の損傷が激しくていまいちサイズ感がわからなかったが、三体とも子供に毛が生えたような大きさだったらしい。

 実際こいつらの角はどれも小ぶりで、今まで俺が取り扱ってきたものよりも若干頼りない印象がある。だとすれば、チャージディア一体にコロコロされるのも不思議ではないだろう。

 

「……よし、討伐証明は出せんが鑑定書は付けておこう。小先に刻印を刻むが良いな?」

「おっス、お願いしまっス」

「悪いねロイドさん。……ところで、この時期のハルパーフェレットの毛皮ってどうなんです? 売り物としては」

「ハルパーフェレットか。夏は大したことはないな……一応買い取りはするが、見る目のない小金持ちくらいにしか売れん素材だからな。冬物ほどの値段は期待してもらっちゃ困るぞ。半値どころじゃないからな」

「はえー……仕留めるには微妙なところっスね……」

「マジかー……まぁ金になるだけマシなのかな」

 

 夏は毛皮も安い。需要が薄いのもあるし、毛皮の質も悪いからな。

 季節によってはチャージディアの毛皮の模様がちょっと綺麗めになったりもするんだが……大体のものは秋頃の品が人気と言って良いだろう。何より肉が美味い。

 

「そのホーンウルフの角も買い取るぞ。状態が悪いから、かなり足元を見る形にはなるだろうが……」

「いや、これはいいですよ。俺が個人的な細工物で使うんで」

「っス。この分のお金は私もちゃんと貰ってるんで、大丈夫っス」

「お、そうかい。じゃあゴブリンの討伐証明とハルパーフェレットの分を合わせて、ほれ。交換票もってきな」

「ありがとう、ロイドさん」

 

 そんな感じで、調査任務の報告も無事に完了した。

 ギルドに行って“こいつら死んでたっぽいっすよ”と言って、票を渡すだけの簡単なお仕事だ。

 

 俺たちが直接討伐して仕留めたのであれば報告は簡潔で済むんだが、目標が別の形で死んでいたとなるとさすがに報告は多少もたつく。

 それでも形で残っている遺留物が見つかっていれば、そう長引くものでもない。

 “ホーンウルフはもうあの場所には居ない”という形で話は終わり、そうしてようやくバロアの森が少しだけ平和になったとみなされるわけだ。

 

「いやー疲れたっス……」

「だなぁ。帰りはせかせか歩いたもんだから俺もしんどいぜ……けど、飲みに行く体力は残ってるだろ?」

「もちろんっス!」

 

 中途半端な時間に行ったせいでギルド内はちょっと混雑していた。他所から来たパーティーが楽しそうに酒盛りしていたし、それを邪魔するのも気が引ける。

 何より俺たちは腹が減っていた。ギルドの高い飯で膨らませるより、安くて美味い店に行っちまうのが今の正解だろう。

 

「お、森の恵み亭はそこそこ空いてるな」

「運が良いっスね! エールエール!」

「エール冷えてるかー?」

 

 ギルドから歩いてほんの少し。気軽に腹を満たせて酔っぱらえる店と言えばここだろう。

 店に入ってみると七割ほど埋まっている程度で、まだまだ俺たちの座る余裕は残っていた。

 

「お? メルクリオがいるじゃないか」

「モングレルの旦那! おー、奇遇だねぇ、こういう店で会うなんて珍しい。席空いてるからこっち来なよ」

 

 しかも店内には見知った顔の男が居た。

 メルクリオ。黒靄市場でよく露天を出している、金髪に無精ひげの、どこか胡散臭い雰囲気の商人である。

 ハルペリアでは珍しい金髪がそうさせるのだろうか。メルクリオのテーブルには他に人が居なかった。

 

「お、そっちの子はモングレルさんの教え子かい?」

「ちょっと前まではそんな感じだったけどな、もうギルドのランクは追い越されちまったよ。もはや俺が後輩だぜ」

「いやいやいや、そんなことないっス。まだまだ未熟者っス。……あ、私ライナっス。はじめまして」

「こいつはご丁寧に。……あれま本当だ、その若さでシルバーランクとは凄いねぇ。俺はメルクリオ、しがない露天商さ。モングレルさんとは商売仲間って感じかね」

「俺が商品を用意して、メルクリオに売ってもらってるのさ。……さて、とりあえず酒を頼もうか」

 

 エールとボアの串焼き、クラゲの酢の物、あとは珍しくひき肉入りのポリッジを注文し、腹を満たす。

 

「あーうめぇ。ポリッジが美味く感じる辺り相当だな」

「ポリッジは普通に美味しいっスよ。ごくごく……ぷはーっ、今日も良い仕事っス!」

「ははは、二人共相当に腹空かせてたんだなぁ」

 

 帰り道の強行軍で思いの外消耗したようだ。このくらい減るなら途中で行動食でもちょっと齧っておくべきだったな。

 

「……あ、そうだメルクリオ。さっきバロアの森で拾ってきたばかりの品なんだが、こいつはどうよ。何か売れそうな物に加工しようかと思ってるんだが」

「んん? おー……これは……あれか、ホーンウルフの角かい。へえ、討伐帰りだったわけだ」

「拾ってきただけっスけどね」

「別に今金に困ってるってわけでもないんだけどな。秋は色々の金が入り用になりそうだろ? そのために手っ取り早く稼げるものがあればと思ってさ」

 

 メルクリオに角を渡しつつ、エールをおかわりする。

 あーうめぇ。酢の物の酸味が疲れた身体に染み渡るぜ……。

 

「……まぁ、あれだなぁ。金にしようってんなら、今までにモングレルの旦那が作ってきたような系統の道具……ああいうのが良いだろうねぇ。売れる速さも値段も図抜けているからさ」

「今まで……? 系統……?」

「よしわかった。まぁこの話はやめとこうか。テーブルの上にこんなもん並べてたら酒が不味くなりそうだ」

「そうっスか?」

 

 なるほどな、やっぱりアダルトグッズは強いってわけか……。

 興味深い話だが、今はライナもいるし……賑やかすぎる場所でする話でもない。やめておこう……。

 

 ……うーむ……しかしもう既に量産型モングレルが世に出回ってるからな……似たようなものを作ったところで需要は被っているし、差別化できなきゃ売れるかどうかも怪しいもんだ。

 角のサイズも小さいし、作るにしても何かしらの工夫は必要だろうな……。

 

「稼ぎといえばさ、旦那。秋の収穫祭後に伯爵様の結婚式があるじゃないか」

「ああ、レゴール伯爵様のな」

「その時に俺たち商人だけでなく、町の色んな人が出店を構えられるってのは知ってたかい?」

「へえ、出店」

「あれっスか。屋台みたいなやつっスか」

「おうよライナちゃん、まさにそいつだよ。商業系ギルドだけでなく、レゴールを拠点にしてるならギルドマンでも店を出せるって話だよ。もちろん事前にある程度の申請は必要だけどもね」

 

 屋台を出せるのか。そいつは夢がある話だな。

 別に今でも黒靄市場とかでならかなりゆるい条件で物を売り出すことはできるんだが、祭りともなれば人も多いし、もうちょっと良い通りに店を構えることができるかもしれない。

 レゴール伯爵の結婚式ならよその領地からも大勢集まってくるだろう。そこで規模の大きな商売ができれば……。

 

「……夢があるな」

「だろ? だろ?」

「でもお店って言われても何を売れば良いのか悩むっスね……どっちかといえば、私は楽しみたい方っスけど……」

「まぁそこは俺も同意だ。けど、ただ見て回るよりも自分らで金を稼ぐ側に回ってみるのも面白いかもしれないぞ?」

「そうっスかねぇ……?」

 

 まぁ俺の中では高校の文化祭くらいの気分でイメージしてるけど。

 だが逆に親しみやすいイメージが抱けるからこそ、成功のビジョンも見えてくるわけで。

 

「考えてもみろよライナ。俺が屋台を出して、そこで料理を作ってみたらどうだよ。なんか大繁盛するような気がしないか?」

「それはぁ……む……確かに……モングレル先輩のご飯は美味しいし……人気出るかもしれないっスね……!」

「なんだい、旦那はそういう店にするのかい」

「俺がやるとしたら健全なものしか出品しねぇぞ……!」

「フフッ……いや、いや俺はまだ何も言ってないぜ旦那……」

「目が既に笑ってた……!」

 

 たこ焼き。お好み焼き。フランクフルト。クレープ。……まぁ雑に考えるだけでも色々と思い浮かぶが、どうせやるなら美味く、そして莫大な利益を挙げたいもんだ。

 トータルで全て売れたときの利益がデカいやつで挑みたいところだな……へへへ……。

 

「なーんかまた皮算用してそうな笑顔してるっス」

「旦那は全部売れることを前提に考えるからねぇ」

「あ、やっぱり商売しててもそうなんスね……」

 

 うるさいね君たちは。夢は一番高いところを狙っていくもんだぞ。そうするとたまに何かの拍子に飛び越えられそうになったりするんだからな。

 

「秋……収穫祭の終わりか。まだまだ先の話だぜ……」

「討伐もあるし、秋は忙しくなりそうっスねぇ」

「嬉しい忙しさだな。繁忙期が待ち遠しいぜ」

 

 粉ものか、それともスープ類か。さてさて、どんな阿漕な商売でボロ儲けしてやろうか。夢がひろがりんぐですわぁ……。

 

「あー疲れたー……あれ? ライナにモングレルさんじゃん! 任務終わってたんだー?」

「お、ウルリカも来たか」

「ウルリカ先輩、お疲れ様っス! さっき終わったところっスよ」

 

 ちょっとした未来の話をして楽しく酒盛りしていると、入口からウルリカがやってきた。

 向こうも何かしらの任務を終えてきたのだろう。俺たちの姿を見つけると、そのままこっち側に来ようとした……が。

 

「あっ」

「ん?」

「なんスか?」

「……」

 

 ウルリカがメルクリオを見て、動きを止めた。

 対するメルクリオは……どこか神妙な顔つきで目を伏せている。いやなに、その顔。

 

「……わ、私ー……そういえばクランハウスに忘れ物しちゃってたなぁー! 一緒に飲もうと思ったけどやっぱりやめとく! 二人ともじゃあねー!」

「あれっ、行っちゃうんスか!?」

「随分と早いお帰りだったな、ウルリカ……」

 

 店に入ってすぐにUターン。満員の店以外でそのムーブが出るのもなかなか珍しいな……。

 

「俺は……しがないとはいえ、一端の商売人メルクリオだ!」

「えっ、なになに、どうした急に」

「商売人の義理と誇りにかけて……俺ァ今日、記憶を失うまで飲むことにするぜ!」

「なんかよくわかんないスイッチ入ったっス……」

「わかんねえけど飲むなら付き合ってやるぜ、メルクリオ……」

「わかんないけど私も付き合うっス!」

「ありがてぇ……今日は飲むぜ! ご両人!」

 

 結局この日はよくわからんテンションのまま楽しく深酒し、ライナだけが生き残った。

 俺とメルクリオは死んだ。無茶しやがって……おろろろ……。

 


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