バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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猛禽の羽休め

 

「やあ」

 

 ある朝。ギルドを訪れてみると、受付の真横に男が佇んでいた。

 大柄な身体。分厚く仕立ての良い服の上からでも隠しきれないパツンパツンの筋肉。それらを裏切るかのようなしょんぼりした表情と、寂しく禿げかけた頭頂部。

 サングレール聖王国からやってきた外交官、“白頭鷲”アーレントさんだ。

 

「おー……久しぶり……っていうか、え、なんで今さらギルドにいるんだい、アーレントさん」

「今日は久々に見学でね。ちょっとわがままを言って、ギルドを視察させてもらうことにしたんだ」

 

 視察というか、受付の傍で佇んでいるだけに見えたが……。

 

「……本音を言えば、外交官としての真っ当な仕事がなかなか大変でね。慣れないことをしているのだから当然なんだけど、うん。まあ、これは休憩のようなものだから、気にしないでほしい」

「周りはあまり落ち着かないみたいだけどなぁ……」

 

 さすがにアーレントさんの存在はギルドの中ではすっかり周知され、頭を使わない連中でも“なんか貴族とお話することもある偉い人”という認識をされているようだ。絡みにくいし完全な腫れ物扱いである。受付の中のミレーヌさんもちょっと苦笑を浮かべていた。

 

「もしお暇でしたら、モングレルさん。アーレントさんと一緒に修練場で身体を動かされてはいかがですか?」

 

 そしてミレーヌさんから雑に“おいそこのブロンズ野郎ちょっと修練場でアーレントさんのお相手してこいよ”と言われ、俺たちはとぼとぼ修練場へと向かうのだった。

 

 

 

 修練場では既に幾つかのパーティーが訓練している最中だった。

 木剣と盾を使った攻撃と防御の応酬。型を確かめ合うような稽古である。

 多分、“大地の盾”の若手の連中かな。堅実な太刀筋と構えだ。このまま厳しい訓練を繰り返していけば、軍にも通用する立派な剣士になるのだろう。

 

「武の一切を捨てる覚悟で外交官になったつもりではあるんだけどね。それでもやはり、向き不向きはあるようだ。何度か貴族街で偉い人達と言葉も交わしたけれど、難しい会話というのは実際に頭が痛くなってくるものなんだね」

 

 訓練風景を眺めながら、アーレントさんがどこか物憂げに語る。

 

「私はやはり、こういった景色に故郷があるようだ。人々が訓練し、武を競い合う姿を眺めていると、こう……落ち着くよ。まるで自分が戦うために生まれた人間であるかのようで恐ろしくもあるけれどね」

「……まぁ、得手不得手はあるからなぁ。仕事とはいえ、自分の苦手な分野に向き合い続けるのはそりゃ辛いでしょうよ」

 

 向き不向き。得手不得手。それは単純な熱意や努力では覆しにくいものだ。

 適正ってのはどこにでもあると俺は思う。

 少なくとも、適正が身につくまでの練習や訓練は必要だ。ぶっつけ本番で外交官をやって上手くいったら、それこそ現場の人たちはやってらんないだろうしな。

 

「ま、アーレントさんはもう大事な職についてるからやめろとはいえないけどさ。今日みたいに息抜きするくらいだったら良いんじゃないか」

「……平和を目指す外交官としては、どうなんだろうね」

「ガス抜きはなんだって必要だよ。ほら、向こうちょっと空いたみたいだから、ちょっと稽古の真似事でもしてみよう」

 

 俺は樽に突っ込まれた木剣と木箱に重ねられた木製盾を取り出して、アーレントさんに投げ渡した。

 

「……私は格闘でしか戦ったことがないんだけども……」

「大丈夫大丈夫、俺だって誰かに習ったわけじゃないから。ゆっくり型を確かめる感じで、それっぽい打ち合いでもやって身体動かせば気も紛れるさ」

「……確かに、考えるよりもそっちのほうが私には合ってそうだ」

 

 アーレントさんが木剣と盾を装備し、同じ装備を身に着けた俺と向き合う。

 ……うん。アーレントさんの身体がデカいせいで装備がちっちゃく見えるな。

 

「モングレルさんだ」

「あの人アーレントさんじゃない? 剣使うんだ」

「稽古だ稽古」

「モングレルさーん! 応援してるぜー!」

「あーうるせー。自分たちの稽古に集中してろー」

 

 注目されたって、俺だって素人剣術なのだからじっくりとは見られたくない。普通に下手くそだから困る。

 俺が強いのは動体視力と無理やり速く動くことでなんとかしている部分が大きいんだ。別にどこそこ流の剣術を修めたわけじゃない。

 

「いくぜぇアーレントさん。まずはゆるーく、ほい」

「おっとっと」

「こっちもこうだ」

「おっ、なるほど盾はわかりやすい」

「すげぇ剣の根本で受けるじゃんアーレントさん」

「拳に近いほうが慣れてるからかな」

 

 はじめはノロノロした動きでお互いの剣を受けたり反撃したりを繰り返していたが、互いに呼吸を合わせたら少しずつ早くしていく。

 とはいえオーバーにガガガガッとかやったりはしない。周りの若者が“す、すげぇ……! これが訓練なのか……!”みたいな現象は発生しない。あくまで常識的な速さに留め、打ち合うばかりだ。

 てかお互いに不慣れなことしてるから、わりと真面目にこのくらいの速度じゃないと頭が処理しきれねーんだ。

 

「剣に迷いがあるぜぇアーレントさん」

「迷うさ……知らない武器だし悩み事もあるもの……」

 

 しかしアーレントさん、盾の扱いはなかなか上手い。バックラー向きの使い方だな。相手の剣戟に合わせてパリィするような動きが冴えている。これ実戦でやられたら普通に追い詰められそう。

 

「よーし、じゃあこういうのはどうだ」

「うおっ、これは。なかなか……ぬうっ」

 

 しかし腐ってもこっちだって剣士だ。時にパリィの難しい場所に突きを放ったり、盾で斬るような殴り方をしてみたり。

 色々と雑多な武器の扱いで覚えた動きを使って、初心者特有の弱点を大人気なくチクチクついていく。

 これは訓練じゃねえ息抜きだ……息抜きだからこそ俺が気持ちよく終わりてえんだ……。

 

「なんかモングレルさんの戦い方卑怯だな」

「あの盾の使い方すると副団長に怒られるんだよな」

「うるせー外野! これが俺のやり方だ! 最終的に勝てばよかろうなんだよ!」

「最低なこと言ってる!」

「アーレントさんをいじめるな! みんな、やっちまおうぜ!」

「え、おいおいちょ、ま、お前らそんな騎士道持ってくるな!」

 

 俺の戦い方が外道過ぎて癪に障ったのか、訓練していた若者たちが一斉に俺を狙って襲いかかってきやがった。

 くっそ滅茶苦茶笑いながら向かってきやがる……!

 

「だらぁやってやるよ! 一人ずつ並んでかかってこいや!」

「全員で囲んで叩いちまえー!」

「畜生こういうときだけ騎士道が乗ってこねえ! アーレントさん助けて!」

「ははは……! なんか面白くなってきたね。よし、じゃあ私も盾で援護しようかな……!」

「うわあ! アーレントさんが寝返ったぞ!」

「俺たちの訓練の成果見せてやろうぜ!」

 

 それから俺たちは何故か乱戦に突入し、途中で誰が敵か味方かもわからないバトルロイヤルへと発展し、クタクタになるまで木剣でしばきあったのだった。

 もう完全にテンションに流されるがままに戦ってたな……最後に副団長さんが怒って止めに入らなきゃまだしばらく泥仕合が続いてたんじゃねえかな……。

 

「いやあ動いた動いた……お互い生傷だらけだなぁアーレントさん……あれ? そうでもない……」

「はー面白かった……やっぱりこの腕輪は便利だねぇ。ある程度の攻撃は勝手に私の魔力を使って防御してくれるよ」

「あっ、ズルい。そういやその魔道具付けてもらってたんだな。まだ付けてるのか……」

 

 アーレントさんもバシバシと叩かれていたが、俺ほど生傷だらけではなかった。本来はアーレントさんの剛力を縛るための呪いの腕輪だが、ここに来てプラスの効果を発揮してやがる……。

 俺なんか手加減のために身体強化をほぼ切ってたせいで久々に擦り傷だらけだよ。超いてえ……。

 

「今日は付き合ってくれてありがとう、モングレルさん。最近はちょっと根を詰めすぎていたけど……いや、とてもいい気晴らしになったよ」

「お、それは良かった。あんまり思いつめず、適度に身体を動かして解消するのが一番だよ、アーレントさん」

「うん。きっとその方が良さそうだね。……また今後、次は格闘なんかで模擬戦してみるのはどうだろう?」

「えー格闘かよぉー……それはちょっとなぁー」

「格闘は良いよ、武器がなくても戦えるからね」

 

 なんてことを言いながら、アーレントさんがシャドーボクシングをしている。

 軽くジャブしているつもりなんだろうが既に風を切る音がしてて怖い。ステゴロの喧嘩だって俺は素人だぞ。勘弁してくれそれは。

 

「次やる時は……そうだ、弓にしよう弓。弓なら公平だ。俺下手だから」

「むぅ……弓は使ったことがないなぁ……でも興味はある。面白そうだね、弓もやってみよう。……しかし弓ってまずどう持つのだろうか」

「それはなアーレントさん。こっちをこう持ってだな……あれ? こうだったっけな」

「曖昧だ……」

 

 アーレントさんもアーレントさんで色々大変だろうが、ハルペリアとサングレールの平和のためにも適度に息抜きしながら頑張っていただきたい。

 そのためならまぁ、俺も気分転換のスポーツくらいは付き合ってやるさ。

 格闘以外だったらな!

 


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