祭りで屋台を出したい。で、どうせだったらアホみたいに稼ぎたいので、原材料やら準備やらのために準備金を用意しておきたい。デカいことをやるためにはそれなりの金がいるのだ。
前世のサラ金も真っ青な金貸し屋はレゴールにも幾つかあるが、そういうのは頼るべきではない。マジで借金奴隷に落ちる危険が出てくるのでね。
なのでここは自力で稼いでやりたいのだが……夏場のブロンズランクが受けられる任務となると、まあ大した仕事は無い。
だから俺は……自分で稼ぐことにした。
こうなることはわかっていた。メルクリオから売れ線商品を聞いて、もう大体この路線に進むことは確定していたようなものだったしな。
今回作るものは……そう、高値で売れるアダルトグッズだ……!
だからホーンウルフ……すまねぇ……。
またこの俺に……力を貸してくれ……!
いいよ(裏声)
ありがとう……!
俺だって技術があれば美麗な彫刻を作りてえさ。
でも俺にそんな技術はない。先進的なパターンとか柄とか、そこらへんは頭の中にあるけどもね。手先の器用さとか技量はどう足掻いたってこの世界の本職には負ける。
だから実用性……実用性? で勝負するしかねえんだよ……。
「へー……今回のは随分と短いやつなんだな? モングレルの旦那」
今回の工作は比較的簡単で、そこまで時間のかかるものではなかった。
強いて言えば削っている間の俺の目が死んでいたくらいのものだろう。
メルクリオは俺から渡された新作を手に取って眺めている。
こういう明らかにけったいな使い方をするとわかっているものを恥ずかしげもなく商人目線で観察できるってのは、結構凄いことだよな。
「そいつは……プラグっていうらしい。今までのものと同じ、こう、後ろに……ガシィンと装備したままにするやつだよ」
「使い方は今までと同じってわけか。ふーん、プラグねぇ……」
見た目はこう、イチゴ型の先端部があって、ヘタの部分にちょっと柄の部分があり、あとは穴の奥に入って取り返しがつかなくなる事故を防ぐための幅広い蓋みたいなパーツのある道具だ。ノブがイチゴみたいな形をしたドアノブといえば直感的にわかりやすいだろうか。
太さや長さはまちまちだが、どれもそう長いものではない。いわばプチモングレルだ。
太さもまぁ常識的……常識的? な程度だろう。知らんけど。
小さめのホーンウルフの角でも作れるサイズなので、今回はこれにした。
幾つか作ったので、こういう目新しい道具を出せばどうせレゴールにいる潜在的スケベ伝道師の誰かが買っていくんだろう。任せたぞ潜在的スケベ伝道師。
「一応使い方のメモみたいな奴も書いたから、それと一緒に売ってくれるか」
「うお、用意が良いな旦那。……へえ、こいつは入れっぱなしにするわけね。練習用と言うか、慣らし用というか……ふうん、そういうのもあるのか」
「俺の作った物で怪我されたらなんか嫌だろ……それに今まで色々と作ってきたけど、模造品で危なっかしいものが広まっても困るしな」
特に今回みたいな短いサイズのやつ。こういうのでヘタな模造品が出ると危ない。
蓋というかストッパー部分が無しだとそのままスポォンと入っていく可能性があるので、それはもう大変なことになる。具体的には診療所に勤めているヒーラーの方々がキレる可能性がある。
これは前世でも似たようなケースは多かったしな……乾電池とか、ブラキオサウルスのおもちゃとか……前世だったら専門の医療機関に行けばいいだけだが、この世界じゃ異物を取り出すには大変な苦痛が伴うだろう……。
正直最近、その手のケースでヒーラーのご厄介になったという噂話を聞くことがちょくちょくあってな……ここらで安全な道具というものを提案しておこうかなとは思っていたんだ。
みんなも知的好奇心や快楽への欲求に流されて、無謀なチャレンジをしたら駄目だぞ……。
身の回りにあるものを使って失敗すると三英傑みたいなことになるからな……。
「……モングレルの旦那、結構詳しいけどよ。こういう物を使ったことあるのかい?」
「無いです。スケベ伝道師から聞いただけです」
「出たよスケベ伝道師。前から時々その名前を聞くことがあるんだけど、何者なんだいそいつは」
聞くことがあるのかよ……お前も……。
「さてな……俺にも詳しいことはわからん。どこにでも居てどこにも居ない。それがスケベ伝道師なのかもしれん……」
「謎が多いなぁ……まぁ、わかった。この手のものは売れるからな。早めに捌ききってみせるさ。任せてくれ」
「頼んだぜメルクリオ。祭りの前までに準備金を集めておきたいからな」
「ああ、屋台ね。結局何にするんだい、旦那は」
「んー、まぁ飯とかになると思うけど、詳しいところは決まってねえんだ。ただ、何をやるにしても金はいるだろうからな。そのための布石だよ、これも」
「そうかい。だったらアドバイスだ。祭りの直前に珍しい食材を買い集めるのはやめておくんだな。似たような考えの連中が一斉に買い漁るせいで、きっと値段が高騰するからよ。事前に店に話を通して置いた方が良いぜ」
「確かに……ありがとな、メルクリオ。必要なものがあったらそうしてみるわ」
小麦粉が無くなる……なんてことはそうないだろうが、収穫祭の直後だとわからんな。
それよりも餃子を作るのであれば野菜類の枯渇が心配だ。屋台で出すものが決まったら早めに揃えておきたいもんだ。
「ああそうだモングレルの旦那。もし機会があったらで良いんだけどよ、俺の知り合いでギルドマンになってみてえって奴がいてさ。そいつにちょっとだけ、ギルドマンの初歩ってやつを教えてやってもらえねえかな?」
「ん? ギルドマン志望かよ? あんまりおすすめはできねえけどなぁ。今の御時世だったら商人目指したほうが良いんじゃねえの」
レゴールも発展しているし拡張区画も出来ている。露天商からでもやっていくには十分なもんだと思うが。
「いやぁ俺もそう言ったんだけどなぁ。女が一人で商売やっていくなら結局は腕っぷしも必要だろうって聞かねえんだよ。まぁスキルが一つでもあれば随分違ってくるのは確かだから、間違っているとは言えねえんだけどさ」
「女か。年齢は?」
「18だよ。名前はダフネっていう。んで気は強いんだが、荒事の経験は無しだ。危なっかしいだろ?」
「危なっかしいなぁ」
ライナと同い年だが、かといってスタートラインは全然違う。
ライナは昔から狩猟をやってたし、その分経験と知恵がある。バロアの森でもやっていけるだけの最低限の能力も培ってきたはずだ。
そのダフネって奴がどんな過去を送ってきたのかは知らないが、メルクリオが心配している辺り期待はできないだろう。
「ダフネも頭の悪い奴じゃないんだが、なかなか負けん気が強くてねぇ。自分で壁にぶつかってみるまでは納得できねえ性分なんだよ。かといって、ギルドマンってのは怖いだろう? ダフネはなかなか綺麗な子だからさ、いきなりアイアンってやつに飛び込んでも、何が起こるかわかったもんじゃねえのよ」
「で、俺に子守を任せたいと。そういう事情ならまあ少しくらいは構わないけどな。それにしたって随分と過保護じゃないか、メルクリオ」
「まぁ、色々と事情があってなぁ……ダフネは世話になった人の妹だからよ。少しくらいは目をかけてやりてぇのさ。……やってもらえるんだな? 旦那」
「タダってわけでもないんだろう? だったら断る理由もないぜ」
「そいつは助かる。ま、本当に初歩から教えてやってくれよ。商売人に向いてる女ではあるんだが、ひょっとしたらそのままギルドマンになっちまうかもしれないしな」
少し安堵したような顔で、メルクリオはメモにサラサラと地図を描く。
ついでにサインを入れて、紹介状のようにもしているらしかった。
「ほい、ダフネの居場所だ。その宿にいる。ここからそう離れた場所じゃないから、すぐ行けるはずだぜ」
「……これ入り組んでるなぁ。宿なんてあったか、ここ」
「あるんだよ、格安のがね。ま、後は旦那に任せたよ」
メルクリオの地図に従ってたどり着いた宿屋は、看板も小さくチャチなものを掲げているだけの、どこか以前のケンさんのお菓子屋を彷彿とさせるものだった。
言われてみないと宿屋だなんてわからんなこれじゃ。
「おーい、ダフネさーん、いらっしゃいますかー」
その宿の奥まった扉を叩き、名前を呼ぶ。夕時だがこんな中途半端な時間に部屋にいるんだろうか。
と、少し心配になったが杞憂だったらしい。部屋の中から物音と“はーい”という返事があって、ドタドタと荒っぽい足音が聞こえてきた。
「誰ー? ってあら? 本当に誰?」
扉から顔を出してきたのは、長い黒髪のなかなかの美人であった。
メルクリオに言われていた通りの気の強そうな目。そして男の来客を前にして下着同然の薄着で出てくる無防備さ。なかなかの逸材だ。心配になるのも頷ける。
「俺の名前はモングレル。ダフネで間違いない?」
「ええ、私がダフネだけど」
「メルクリオって知ってるだろ? そいつの友達さ。メルクリオに言われてここに来たんだ。あ、これ一応あいつからのメモね」
「ふうん。メルクリオさんが……あっ、もしかしてギルドマン?」
「そうそう、ブロンズ3の超ベテランギルドマンだぞ。俺も事情はちょっとしか聞いてないけど、ギルドマンに興味があるんだってな? もし興味があるようなら、慣れるくらいのところまでは協力してやるように言われてるんだが……」
「……はーっ。兄さんといいメルクリオさんといい、とことんお節介なんだから……」
あれ、乗り気じゃないのか。
だったらまぁいいや。とんぼ返りしてなかったことにするけども。
「……本当は一人でもやってみるつもりだったんだけどさ。現役のギルドマンに手伝ってもらえるなら嬉しいわ。お願いできる? モングレルさん」
「おう、任せてくれ。まぁ俺も忙しい時とかはあるから、常につきっきりで指導ってわけにはいかないけどな。お互いに時間を合わせながらやっていくとしよう」
「ん、わかった。私もその方が助かるわ」
こうして、トントン拍子にチュートリアルおじさんとしての仕事が決まったのだった。
第一印象は思っていたほどそう悪くない。素直に聞いてくれるなら、結構早めにレクチャーも終わるかもしれないな。