「モングレル先輩、最近あの女の子とよく話してるみたいっスね」
「おお」
森の恵み亭でぬるいエールを飲んでいると、隣の席にライナがやってきた。
「あの女の子っていうと、ダフネのことか? メルクリオからちょっと頼まれててな。ギルドマンになりたいって言うから、少しだけ面倒見てやってるんだ」
「新人さんスか」
「しかも今まで野遊びもろくにやってこなかったような、典型的な町人タイプだぜ。珍しいだろ」
「え、大丈夫なんスかそれ」
「どうだろうなぁ。ブロンズまで行って護衛依頼が受けられるようになりたいとは言っていたが……」
頭は良いんだろう。
前に話を聞いた時、商売そのものは邪魔さえなければ順調だと言っていた。
良品の生地や端材、木製カトラリー、子供用の遊具など、手広く扱い、売っているのだそうな。
多くの商品を上手く管理しつつしっかり利益を出す辺り、若いのになかなかやり手だなと思う。少なくとも俺よりは上手いはずだ。商品全て売り切って赤字を出すなんてヘマはしないだろう。
ダフネならそのまま商人路線でいくことも不可能ではないし、無理にギルドマンになるよりはマシだと思うんだが……。
「討伐とかもできない人だと、早めの昇格は厳しそうっスねぇ……」
「だな。戦う腕前があれば最初のうちはさっさと上がれるが、それが無いとなると堅実にアイアンの仕事をやっていく必要がある」
だがそのアイアンの仕事は、商人にとっちゃ苦行だろうぜ。
儲からないことがわかりきっている渋い仕事なんだ。下手に先が見えてしまう分、しんどい思いをするだろう。
「だからまぁ、アイアンの地味で儲からない仕事を続けられるかどうか。それがもう少ししたらわかってくるだろう。向いてない、やっぱりやめたい。そう方向転換するなら、それも良しだ。俺としたらそっちの方がまともな人生を送れそうだし、おすすめしたいところだね」
「……いまだにアイアンの仕事やってるモングレル先輩が言えたことじゃないと思うんスけどねぇ」
それは一理ある。
ま、しばらく経過観察ですよ、経過観察。
そんな感じでダフネの様子を見守っていたのだが……これがなかなかどうして、ダフネは辛抱強かった。
都市清掃や下水道整備など一部の作業は一回きりでもうやらないなどと言っていたが、受けた依頼はしっかりこなすし、真面目に取り組んでいるらしい。
どうも熱意が強い。初対面の時にも思ったが、ギルドマンにかけるこの熱量はどっから来るのだか。
「モングレルさん、これから講習やるんでしょ? 私も受けるわよ。はい、受講料」
「お、おう……やる気あるなぁ」
「当たり前じゃない。今はまだ下積みなんでしょ? ここで気張らなくてどうするのよ」
ハッと鼻で笑うようにそう言って、ダフネは席についた。
これから始まるのは俺主催の初心者ギルドマン向けの講習で、ちょうどそこでダフネ向けにもなる内容を教えようと思っていたところなのだ。
「ま、良いか。……さーて、そろそろモングレル流アイアン駆け出し向けチュートリアルやってくぞー」
部屋の片隅を短時間借りて行う、簡単な講習だ。
参加費は10ジェリー。別に1ジェリーでも構わないんだが、1ジェリー分の情報だと思われるのもそれはそれで危険なのでこの額にした。まぁそれでもほぼボランティアみたいなもんだ。ダフネに聞かせるついでに他の奴らにもっていう魂胆がある。
ダフネの他にもギルドマン志望の若者がちらほら集まり、7人ほどになったところで始める事にした。
「俺の名はモングレル。ブロンズ3のベテランギルドマンだ。……お、ちょっと笑ったな? いやいやブロンズ3を舐めてもらっちゃ困るぜ。このくらいのランクに上がるのでもそこそこ時間は掛かるし、クリアしなきゃいけない条件も実はそこそこある。自分なら楽勝だと今から適当に仕事してるようじゃあ……後で痛い目を見るぞ」
ギルドマンを志す若者は、マジで子供が多い。
この世界における成人前、15歳未満も普通にいる。今話を聞いている連中もそんなもんで、やはりまだちょっと落ち着きが足りない。その中でダフネが大人びて見えるほどだ。
しかし今回集まった連中は運がいい。安いし気まぐれで講習を受ける事にした連中がほとんどだろうが、これを機に少し脅しておいてやろう。この脅しがゆくゆくは連中の命を守ると信じて。
……ところでなんでライナまで混じって聞いてるんだ?
教育実習をベテラン教師にガッツリ見守られてる気分だぞ。
「……さて、今回俺が開いた講習は“バロアの森”に関する初心者向けの説明会ってことになっている。レゴールでギルドマンをやるからにはバロアの森で仕事したい。討伐任務を受けて金を稼ぎたい。そう思ってる奴も多いんじゃないか」
元気よく「おう」だの「稼ぎたい」だの声が上がる。
物怖じしないってのは良いね。でも意欲だけじゃ生き残れないぞ。
「そう考えてバロアの森に踏み入るアイアンクラスは多い。そして……その半数は数日中に痛い目を見ることになる。無謀で無茶な探索を行い、魔物にやられ、とんでもない怪我を負って借金まみれになっちまうわけだ」
ルーキー離脱の要因の中でも上位に来るのが、怪我。
それに伴う治療費による破産だ。
この世界は薬や治療手段に恵まれている方だ。
本来は難しい外科手術なんかも切開からのヒールで強引にできてしまうので、治せる病気や怪我は多い。
だがその技術が安くはない。
相応に金がかかるものだし、そしてその治療費は日銭を稼ぐので精一杯なアイアンクラスが賄えるものじゃない。
多くは簡単な治療でどうにか誤魔化し後遺症を残すか、借金して借金奴隷になってしまうか。いずれにせよギルドマンを続けられない状態になってしまう。
「しかもそれはまだ運が良い方だ。命からがら戻って来れる奴らはマシ。大抵はそのまま死んでバロアの森の養分にされちまう。クレイジーボアに蹴り殺されたり、チャージディアに突き殺されたり、イビルフライによって仲間割れしたり……お前たちが馬鹿にしてるゴブリンだって、バロアの森では立派な脅威だぞ。毎年何人も殺されてる。たまに熟練のギルドマンですら手を焼くほどだ」
ランクが上がったからといって、生物としての格が上がるわけではない。強く殴られれば死ぬし、角や牙でぶっ刺されれば死ぬ。攻撃力が上がっても体力や防御力はそう変わらないものだ。英雄がゴブリンに殺されることだって全然不思議な話じゃない。
「そんなバロアの森で生き抜くためには、生き抜くための知識がなきゃいけない。危険な魔物が残す痕跡、足跡の特徴、習性、そして逃げ方……今回は魔物の狩り方は教えないぞ。避け方、逃げ方を徹底的に教えてやる。まぁこの講習だけで身につくようなもんではないけどな。最低限の知識のとっかかりにでもして、覚えていってくれ」
講習を聞いている若者たちの一部からは不満そうな色が見られたが、聞くのと聞かないのとじゃ生存率が違うから聞き流すだけでも聞いといてくれ。
ダフネは……うん、すげー真剣に聞いてるな。
……ここらへんの話聞いてもビビらないとなると、やっぱ実際に森を歩いてみるしかないのか? うーん。
脅しまくって是が非でもやめさせたいってわけじゃないんだが、一体何を考えてるんだか……。
「なーなーモングレルさん。逃げ方も良いけど、倒し方も教えてよ」
「そうだよ、倒せないと危ないじゃん」
おっと、とんだ張り切りボーイが混じってやがるぜ。
まぁ攻撃は最大の防御とも言うしな。消極的な対応だけってのもバランスが悪いか。
でもなぁ……。
「お前たちが想像してるような魔物は、簡単には仕留めきれないぞ。シルバーランクが複数人いてどうにかなるかもってとこだ」
「えー」
「スキル使えばいけるんじゃないの?」
「滅茶苦茶素早く獲物の急所に一発で上手く当てられればな。失敗したらまず間違いなく死ぬぞ。運が良ければ一回目は仕留められるかもな。けど二度目あたりで失敗するだろうなぁ。長生きはできなさそうだ」
そう言うと、ルーキー達がしょんぼりした。
まぁそんなもんだよ実際。
「仮に八割の確率で獲物を一撃で仕留められるだけの腕を持ってるとしても、残る二割で失敗するようじゃダメなのが討伐任務だ。こういう危ない討伐任務をやる場合、必ず腕の立つ仲間と一緒にやらないとマジで死ぬぞ」
一人じゃ怪我した時に助けも呼べない。連携が取れるのが俺たち人間様最大の武器なんだ。それを活用できないようではフィジカルで勝る魔物たちの優位に立てるはずもない。
極端な話、三割の確率で獲物を仕留められるアタッカーばかりの集まりでもいい。仕事としてやっていく以上、十割の確率で安全を確保できる連携の方が大事だ。
「いいか、臨時でも複数人でパーティーを組まないと討伐任務なんてできないんだ。そしてパーティーを組みたいなら最低限、仲間の足を引っ張らないように動けるだけの知識や経験が必要になる。それが、俺がさっき言った避けたり逃げたりって技術のことだ。仲間に庇われたり邪魔をしたりしないようにして、荷物持ちや解体の手伝いをしながら少しずつ討伐の雰囲気に慣れる。いきなり武器を持って戦えるだなんて思うなよ」
まぁそれでもやるのがギルドマンなんだけどな。
刹那的に生きる連中はマジでRPG並みのラフさで魔物を狩りにいくから困る。
「そういうわけで、今回はここまでだ。次またやるかもしれないから、掲示板に書いてあったら聞いといてくれ。金は取るけどな」
「はーい」
「なんか思ってた話と違ったなぁ」
「まだ早いのかぁ」
講習を終えると、若者達は夢が色褪せたような心地で解散していく。
まぁだいたいこんなもんである。もっと他のギルドマンがやるように、武勇伝混じりで楽しく話せれば違うんだろうが……なんか俺は脅しちゃうんだよな。
実際、俺はこういう講習を安全技能講習だと割り切ってるし……。
「ありがと、ためになったわ。モングレルさん」
「おうダフネ。どうだ、感想は」
「んー、やっぱりソロは現実的じゃないんだなって思ったわね。連携できないとどうすることも……あの、その子は何?」
「その子? ああ……」
気がつくと、俺の後ろにライナが立っていた。
「私、ライナっス。シルバー1のギルドマンで、モングレルさんのお世話になってるっス」
「あら先輩。私はダフネ、ついこの間アイアンになったばかりの新人よ。色々教えてね?」
「先輩……むふ……」
先輩扱いされただけでご満悦な顔をしてやがる。チョロい奴め。
「こんなちっちゃな子でもシルバーになれるのねぇー……」
「ちょ、頭撫でるのやめてもらって良いっスか……私18歳っスよ」
「えー!? そうなの! やだ同い年じゃん! 仲良くしてねー!」
「なんで撫でるんスかぁー」
しかし相変わらず尊敬される先輩って感じのポジションにはなれないあたり、実にライナらしいな。
気持ちはわかるが……。
「ああそうだ、モングレルさん。さっき言ってた森歩き……討伐を見せてとは言わないからさ。一度バロアの森を歩くだけでも体験させてもらえない? 一緒に潜るだけでいいからさ」
「っス!?」
「……まぁ、そろそろ森がどんなもんかってのは知ってもらうつもりだったから、別に良いぞ。アイアンの仕事も何個か真面目にやってるみたいだしな」
「やった!」
喜びをライナの撫で撫でで表現するのはやめてやりなさい。
「……あの、心配なんで私も一緒で良いっスか」
「え? ライナも来てくれるの? シルバーの人が一緒なら心強いけど、良いの?」
「大丈夫っス。ダフネちゃん怪我しないか心配っスから」
「まぁライナの方が森を見て回るのは得意だからありがてぇわ。ダフネ、こう見えてライナは俺よりも狩りに詳しいんだぞ」
「さすがシルバー。私はお荷物になっちゃうだろうから、二人とも頼りにしてるわね!」
「おう。まぁ俺だけでもバロアの森の全魔物相手でもなんとかなるけどな」
「っスっス」
そういうわけで、俺たちはバロアの森に潜ることになった。
簡単な散歩みたいなもんだし、気楽にやっていこう。