木登りが苦手。それはバロアの森においては文字通り致命的になり得るポイントだ。
もちろん木に登ったからといって絶対の安全を確保できるわけじゃない。だが初心者にとって樹上に登ることによって得られる安全は馬鹿にできないし、少しくらいは木登りに関するテコ入れがあっても良いかもしれんね。
「木登りと言えば……まぁ足の間に帯を渡して、樹木との摩擦を増やすやり方が一番手軽か」
靴と靴の間にロープか何かを渡し、ロープを幹に押し付ける感じで登っていく。
摩擦が増えて滑り落ちにくく、結果として登りやすくなるというやり方だ。しかしこれもちょっとコツがいるし、直立したぶっとい木に登れるかっていうとまぁ無理なので、バロアの森で役立つかっていうと微妙なところだ。
一応宿の部屋で靴にロープを結んで試してみているが、うん。それ以前の問題としてこの装備をすぐに用意できるかっていうと無理だな。普段からこんな靴の間をロープで繋いでおけるはずもないし。今どきこんなファッション、ロックミュージシャンでもやらねえだろう。
「もしくは……まぁやっぱこれか。ツリークライミング用のアイゼン……」
アイゼン。これは雪山登山なんかで使われるスパイクの一種だ。靴底にトゲがあり、それで滑るのを食い止めるっていう代物である。
雪山の他にも垂直の崖を登るための、つま先にトゲがついたアイゼンなんかもある。壁を蹴って穴を穿ち、それを取っ掛かりに登っていく方法だ。
ツリークライミングは文字通り樹木を登るやつだな。木は更に柔らかいから、アイゼンはもうちょい簡略化できるし、色々なパターンで作れるだろう。
細めの木でも靴の内側向きのスパイクを用意してやれば、結構スルスルと登っていけるかもしれない。靴がほぼ地面を捉えているような心地で登れるなら、力のない女の子でも平気なはずだ。
……しかし、いかんせんスパイクである。
色々な用途があるバロアの樹木だからなぁ……あまり深くトゲが食い込むような作りをしていると、お叱りを受けそうで怖い。
加工品としてほぼ使われないであろう樹皮部分にだけギリギリ食い込むくらいのスパイクにすればいけるか……?
でも何かそのスパイクで問題があった時に開発者として責められたくねえんだよなぁ……まぁ大して手間の掛かる作りはしてないし、今度ジョスランさんの店で作って貰ってみるかな。
林業でも活躍してくれるかもしれん。つか前世じゃそっちがメインの活躍の場だろうし、大丈夫だろ。多分。
ツリークライミング用のアイゼンはどんなデザインにするかなーと考えていたら、普段他のギルドマンがどんな底の靴を履いているのか気になってきた。
俺が履いているブーツよりみんなチャチだってことはわかっているが、靴によって着けられないならまだしもどの靴にも着けられないなんてことになるとさすがに困る。
なので、みんなの足裏を観察しにギルドにやってきたちょっとやばいおじさんと化してみたのだが……どうやら今日は酒場に人が少ない。
「おー、レゴール支部ギルドがついに閉店か? エレナ」
「違います。……新人を中心に、修練場で何か催し物をやってるみたいですよ。モングレルさんも見に行ったらどうですか?」
どうやら大勢が修練場にいるらしい。ほーん。ちょっと気になるな。何やってるんだろう。見に行ってみるか。
ついでにちょっとみんな、靴の裏見せてよ……。
「よーし投げるぞー」
「内側入れば逆転だぞ!」
「外せ外せー!」
修練場では、主に若手ギルドマン達が集まって何かをやっているようだった。
地面に引かれたライン。向こう側には木製のターゲット。
「ふぅー……っしゃあっ!」
そして投げ放たれるダート。
大きめのダーツと表現して差し支えないそれは、空中でゆるやかな螺旋を描くと……木製のターゲットの下の方に刺さり、落ちた。
狙う場所も微妙だし威力も低い。実に初心者らしい飛び道具って感じだ。
「あー! やっちまった!」
「はい終了ー! 残念だったな!」
「ちくしょー投げナイフよりはマシだと思ったのになー……!」
どうやら若者たちは飛び道具の訓練……というか腕試しをしているらしい。
自前の道具を持って、投げる。その出来栄えで甲乙を決めているのだろう。
ゲームっぽくはあるが、楽しく練習できるなら良いんじゃないか。似たようなことは熟練のギルドマンでも時々やってるからな。ひょっとすると若者たちは、時々ベテランがやっているそんな飛び道具バトルを真似て、こんな催しを思いついたのかもしれない。
よく見ればこの賑やかな中には見知った顔も多い。
最近また真面目にアイアンの依頼を受け始めたダフネに、意外なことにモモのような魔法使いたちの姿もある。
「ようモモ。面白そうなことやってるな」
「ああ、モングレルですか! ええ、みんな飛び道具の腕を競い合っているところです。三回投げて合計点を競っているんですよ!」
魔法使いでも飛び道具を扱うのは珍しくない。殺傷力の強い道具をそのまま投げれば魔力を使う必要もないわけだしな。あとは魔法使いとしてのプライドの問題だけだろう。
「使う飛び道具は何でも良いですが、弓は無しです。こうして実際にやってみると、意外と投げナイフも悪くないみたいですよ!」
「ほー? 投げナイフがねぇ」
俺の中で投げナイフは、そもそも刃の部分がちゃんと当たるかどうか微妙って時点で点数が低めなんだが。
「そこそこターゲットが離れているので、武器の投げやすさも重要みたいです。その点、手斧はちょっと重いので遠いと難しいようです! 投げナイフは持ちやすさもあって、良い成績を残しているようですね!」
「でもダートの方が強いだろ」
「まぁそれは……はい。やっぱり優秀ですね、投げ槍系の武器は……」
目新しい発見はいくつかあったが、落ち着くところに落ち着いているらしい。
しかし手斧くらいの重さでもキツいのか。このくらいの距離なら届かせてもらわないと現場じゃ厳しいぞー。
「よし、じゃあ次は私ね!」
「お、ルーキーのダフネだ」
「ダフネもこういうのは持ってるんだな」
「がんばれーダフネちゃん」
「当然よ! まあ、まだまだ練習不足だけ……どッ!」
ヒュッと風を切り、投げナイフが飛んでゆく。
その後すぐにカッと快音が響き、ナイフがターゲットの内側の円に収まるようにして突き刺さったのが見えた。
「おおー」
「今の投げ方かっこいいな」
「もういっちょ!」
続けて投げたナイフもまたまた命中。もう一発は……命中はしたのだが、柄の部分が当たったせいか刺さらずに地面に落ちてしまった。
腕前は良いのだろうが、結果としては平凡なスコアに終わった。ちょっと残念だな。こればかりは投げナイフあるあるだ。
「あーもう! なんで最後刺さらないわけぇ!?」
「あっぶねぇー負けるところだった」
「でもすごいよダフネちゃん、投げるの上手いじゃない」
「え、えへへ? そう? そうかしら?」
強いかどうかはさておき、扱えると格好良いのが投げナイフ。
ダフネめ……新人のくせにやりおるわ。
「こいつは俺も負けちゃいられねえな……」
「うわっ、モングレルさんが来たぞ」
「ぜってー大人げないことしようとしてるぜ」
「でもモングレルさんこういうの苦手そうだぞ」
好き勝手言いやがってよ。どれどれ、ちょっと俺が大人の力ってやつを見せてやりますかね。
「俺が使うのはこれだ。チャクラム!」
「うわでた」
「それ一度使わせてもらったことあるけど難しかったよ」
「投げナイフの方が良いかな……」
おいおい、俺愛用の飛び道具を前に随分と点数の低いレビュー投げつけてくれるじゃねえの。ユーザー名覚えちゃうぞ? 俺に負けたやつはブーツの裏面じっくり観察の刑だからな……?
「まあ見てな。良いか、チャクラムってのは全周刃物の飛び道具。つまりどう当たっても相手を切ることができる武器だ」
「危ないんだよなぁアレ」
「値段も高かった」
「しまう場所が……」
「つまり! 投げナイフや手斧のように当たる場所が悪いせいで刺さらないということが起こり得ない武器なんだぜ!」
「良いから早く投げてくださいよモングレル。みんな待ってるんですよ」
「ちぇいやぁッ!」
俺は華麗な動きでチャクラムを投げ放ち、それは空中で強く煌めきながら修練場の奥の方まで飛んでいった。
うーん、外角高めすぎたな。
「……やっぱ二投目以降はこっちのダート使って良い?」
「三回投げきるまでは同じ武器じゃなきゃ駄目ですよ!」
「マジか……!」
結果。俺は一枚のチャクラムをターゲットの端っこに当てることに成功した。
当たった時は当たった時で結構良い感じに深い切れ込みが入ったんだが、観衆の反応は薄かった。
「……ベテランギルドマンって言う割には、結構下手だったわねぇ。モングレルさん」
「俺はバスタードソードが本体だから……いや、今回ばかりはあれだ。ダフネの方が普通に上手いんだよ。驚いたぜ、その投げナイフ」
「そ、そう? こういうの向いてるのかしらね」
「毒とか薬を塗れば魔物相手でも使えるから、そういうものから揃えても悪くないかもな」
「……毒、なるほどね……うーん」
「肉が駄目になる毒も多いから、そこらへんはよく考える必要があるけどな」
「そうね……まあ持ってて損はないから、考えてみるわ」
ちなみに遠くに飛んでいったチャクラムは探すのに十分くらいかかった。
まさか半分くらい土に埋まってるとは思わんかった。道理で見つからないわけだぜ……。