バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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ダフネと真の仲間

 

「シュトルーベの亡霊が出たんだって」

「マジー?」

 

 夜。ギルドの酒場にて。

 靴底に付けるアイゼンのベルト調整に四苦八苦していると、どこかで聞いたようなワードが出てきた。

 

 別テーブルで酒を飲んでいる“若木の杖”の魔法使い達が話しているらしい。

 黒いボサボサ髪のバレンシアと、どこかチャラっとした雰囲気の茶髪の男クロバルだ。

 

「エルミート出身のギルドマンが話してたんだよ。まぁ本当かどうかは知らないけどね」

「ウソくさ。アタシも前聞いたよ。シュトルーベの亡霊と出会って命からがら逃げてきたって奴。腕に刺し傷あった大男」

 

 それマジ?

 

「えー、本当かよそれ」

「いんや、ウソだったって。後から女に刺された傷だってバレてた」

「あははは」

 

 それはそれで怖い話やん……?

 

 と、まぁ話に入りたい気持ちはあるが……あまり変に話に乗るのもよろしくない。

 完全に知らんぷりするのも不自然だが、話題に登る度に反応してたらどこかでボロを出すかもしれん。そもそも俺は嘘つきのプロフェッショナルでもなんでもないからな。

 特に関わらず、ベルトの調整をやるに限るぜ……。

 

 ……てかこれ普通に苦戦必至だな……やっぱ金属札のサイズからアイゼン作るのは無茶だったか……? まぁ無茶だよな……途中から気付いてはいた……。

 

「バレンシアさん、クロバルさん。……その、シュトルーベの亡霊とはなんですか?」

「あれ? ミセリナちゃんは知らなかったっけ。魔物の呼び名だよ。エルミート領の……ほら、どこだろ? まぁそこらへんにいる魔物」

「めっちゃ強いアンデッドなんだってさー。怖いね。ミセリナこういうの無理っしょ」

「あれ? アンデッドだっけ?」

「さぁ? アタシはそう聞いてるけどしーらね」

 

 エルミートだったらこういう話もよく聞くんだろうが、レゴールで聞くのはなかなかレアそうだな。

 それにしても……アンデッドか。まぁアンデッド……アンデッドかなぁ?

 

「ともかく、俺が知ってるのはエルミートの方にいるとんでもなく恐ろしい魔物だってことだよ。毎年夏になると現れて、近くにいるサングレール兵を襲ったりするんだってさ」

「か、変わってるというか……あまり聞かない魔物ですね」

「ねー、夏だけってのも珍しい気がするし。けどサングレール兵を襲うってのは良いよね。もっとやっちまえって感じじゃん」

「いやー、魔物のことだからなぁ……バレンシアは単純に考えすぎだろ。そんな怖い魔物が近くに居られたら困るでしょ」

「こっちに手出ししたら仕留めれば良いじゃん? アタシはやんねーけど。死にそうだし」

「お前なぁ……ま、国が邪魔だと考えたらでかい討伐隊も組まれるだろう。それまでは……様子見なんじゃないかな。利益になっているうちは、さ」

「あー、駄目だ」

 

 俺は席を立ち、作りかけのアイゼンを机に放り投げた。

 

「上手くいかねぇ」

「あれー? モングレルさんいたんだ。てかなにやってんのそれ」

「あ、どうもモングレルさん」

「これか? ギルドマン用の……靴底に仕込む針みたいなやつだな。木登りを補助する道具だ」

「あーそれ知ってる。モングレルさんのやってる発明品でしょ」

 

 バレンシアが食いついてくれた。よしよし。つまらん話はやめようぜ。

 それより俺のアイゼンを見てくれ。こいつをどう思う?

 

「靴底ねぇー。アタシも似たようなの着けてみた時期はあったけどなぁー。馬車とか傷つけるから怒られるんだよねぇこういうの」

「あ、そうか。マジか。まぁそうだな……」

「それにすぐに駄目になっちゃいますって。探索には向かないっすよ多分」

 

 お、おおう……確かに言われてみれば……細いベルトの耐久性がかなり心配になってきた。いや、しかしそれでもどうにか……ならんかねぇ?

 

「あっ、で、でも私木登りとかは苦手なので……もし登れるようになるなら、魔法の撃ち下ろしが楽になるから、いいなぁとは……はい」

「ミセリナとしては有りか?」

「ええ、はい。……あ、でも使い勝手が悪かったら使わない気がしますけど……」

「わかった。そうだな、難しそうではあるが……みんなの話を踏まえて、また別の改良をしてみるわ。ありがとうな」

 

 やっぱり魔法使いとの話はためになるぜ。

 まあ……そろそろ忙しい時期になるだろうから、アイゼンはちまちま作るに留めておくけどな。

 

 

 

 木登りは一日にしてならず。道具でも人でもそれは共通だ。

 アイゼンだってすぐには作れないし、練習を重ねなければ木登りもできない。

 そして、木登りができなくともギルドマンが向いていないというわけでもない。木登りができないなりに普通に仕事はあるし、人生いくらでもやっていけるのだ。

 

「パーティーメンバーを募集することにしたわ」

 

 そして新入りのダフネはというと、木にぶつかったからといってそのまま登り始めるようなタイプではなかった。

 器用に回避し、さっさと突き進むことに決めたらしい。

 

「パーティーメンバーか。良いんじゃないか? 仲間と組んで仕事する方が色々できるからな。しかし、大丈夫なのか。仲間の目星とかはついてるのか」

「全然! だから気長に募集するつもりよ。ほら、これ条件ね」

 

 どうやら募集要項については既に決めてあるらしい。

 ……って、随分細かいな。契約書かよ。いや、パーティー募集の張り紙は一応掲示板に貼っても良いってことにはなってるけどもさ。

 

「……ダフネ、こいつはちょっと難しい言葉が多すぎるぞ。ギルドマンの中には字が読めない奴も結構いるんだ。もうちっと親切にしてやった方が良いんじゃないか」

「わかってるわよそんなこと。でもそういう人と組んでも私が上手くいくとは思えないのよ。だったら最初から弾いたほうが良いじゃない?」

 

 まぁ組んでから拗れるよりはマシってのはその通りだが……。

 なになに。えーと……報酬は完全山分け。装備費用、治療費は個別に要相談。

 活動はアイアンからブロンズまで、夏から秋の小規模討伐、罠による捕獲、採取など……将来的には護衛を中心に……。

 

「ここに書いてある“防御重視のギルドマン募集中”ってのは?」

「盾役が欲しいのよ。武器だけ持った無鉄砲な仲間なんて居たって揉めそうだしね。それなら堅実さがあって弁えている仲間の方が良いなってだけ。それに、盾にお金回せるくらいの装備なら結構期待できそうでしょ?」

 

 いやぁかなりよく考えてるんだろうけど、ちょっとセコさもにじみ出てるな……!

 本当にすぐ仲間が欲しいってより、長い目で見てる感じだ。……本気でギルドマンになろうとしてるんだな。

 

「おっ、ダフネちゃんも盾持ちの良さに気付いたか。盾を持った男はいい男ばっかりだぞー」

「あら、バルガーさん!」

 

 掲示板の前で話していると、仕事上がりのバルガーがやってきた。

 疲れた風な態度を出しているが、疲れてなくてもこんな感じの雰囲気を見せるのでまともに受け取ってはいけない。こいつは結構サボるおっさんである。

 

「なんだよバルガー。盾を褒められて虫みたいに惹き寄せられたか」

「ろくな防具をつけてないお前よかマシだモングレル」

 

 ロ……ロジカルハラスメント……!

 

「ロングソードを両手を使ってようやく振れるくらいの奴は、まぁおすすめできねえな。片腕を怪我したら何もできないパーティーメンバーは怖い」

「ああ、それは俺も同意だな。そのくらいならショートソードを持ってバックラーを装備した方が良い」

「ま、基本は盾に槍だ。この組み合わせの奴を選べば問題ない! なにせ修理費が安いからな!」

「なるほど! それは確かに!」

 

 でも武器くらい好きなもの使わせてくれ……っていうのは俺くらいの奴が使えるわがままだな。うん。

 

「そういえば前にモングレルさんが私におすすめしてくれた武器構成も盾と短槍だったなぁ」

「お? なんだよモングレル。俺を褒めたきゃ素直に面と向かって褒めとけよ」

「ダフネ。こういう調子に乗るタイプのおっさんだけはパーティーに入れるんじゃないぞ。いつか共有資金と一緒にどっかに飛んでくかもしれないからな」

「おいお前! さすがの俺でもそういうことはまぁ……しない……」

「いやそこは自信を持って答えてくれよ……何もやってないよな……?」

「別にお前らの想像してるのとは違うが……いやまぁあれはノーカンだろ……昔だし……」

「やれやれ。ギルドマンの人って本当にお金にだらしないのね」

 

 そう呆れるダフネはアイアンクラスで細々と稼ぎつつやっている。

 ある程度メインでやってる商売の貯蓄もあるんだろう。それを少しずつ切り崩してやっているようだ。つまり、ジリ貧である。

 普通なら途中で不安とストレスに押し潰されるような生活だが、一定期間は必要経費だと割り切っているらしい。強心臓だ。

 しかもアイアンクラスの仕事と並行してギルドマン向けの図鑑や資料をよく調べているそうだ。

 フィールドワークの回数はほとんどないのに、既に知識だけならブロンズクラスはあるだろう。前はバロアの森で仕掛ける罠についても調べていたもんな。俺は面倒だからほとんど調べてないやつだ。

 

「いやあ、ダフネちゃんと結婚することになる男は苦労しそうだなぁ」

「何よ、稼ぐ女と結婚するんだから楽になるわよ」

「ははは、稼ぐか。……でもギルドマンで稼ぐってからには、強くないと駄目だろ? 結局ダフネちゃんはどんな武器を使うことになったんだ?」

「私のメイン武器は……これよ」

 

 ダフネは革ベルトから幾つかの鋭利な刃を取り出し、ニヤリと笑ってみせた。

 

「飛び道具! 投げナイフとかダートとかに決めたの!」

「ほー、珍しいな?」

「一応ダートを勢いよく投げられる補助具なんてのもあるんだけど……肉を駄目にしない毒薬もあるから、威力はそっち頼みね」

「ん、だな。クレイジーボアが毒を受けたくらいでそうすぐには止まっちゃくれん。なるほど、そのための盾役ってわけだ」

 

 ダフネは遠距離ちくちくで仕留めることに決めたらしい。まるで盗賊ジョブみたいだな。

 まあこの前見たナイフ投げの腕はなかなかのものだったので、行けるんじゃないかとは思う。カバーしてくれる仲間がいれば心強いってのもまさにその通りだ。

 てっきり遠距離攻撃特化の“アルテミス”風の構成を目指すと思っていたのだが、ちょっと予想が外れた形だ。

 

「これから秋になって、お金になる獲物が沢山増える……毛皮も肉も取り放題。そこでお金も貢献度もガッポリ稼いで、どんどんランクを上げていくわよ!」

「がんばれよー、ダフネちゃん」

「まぁ、無理はしないようにな。仲間もそう簡単には集まらないだろうが、集まらないからって一人で森に潜ったりしないようにするんだぞ」

「もちろん、わかってるわ。安心してって」

 

 最近はこの一見能天気そうな笑顔に心配を覚えることも少なくなってきた。

 思い切りが良いことも多いから油断してるんじゃねーかと不安になるんだが、ダフネはそこのとこしっかり考えてから動くから見てて安心できる。

 

 そろそろ夏も終わり、秋になる。

 さて、ダフネはそれまでにパーティーを作れるかな?

 

 

 

 なんて、ちょっと気を抜いたのが駄目だったのだろうか。

 

 

 

「ねえねえモングレルさん、あれからすぐにパーティーメンバーが見つかったのよ! ほらこの人! 大盾持ちのローサー!」

「うん、パーティーの防御は俺に任せてくれ! 俺の鉄壁の守りは、どんな魔物が相手だろうと怯みはしないからね!」

 

 ある日、ダフネが嬉しそうに紹介してくれた新メンバーは……どっかのパーティーで追放された気がする名前と顔と装備をした男であった。

 ダフネ……お前多分だけどそいつ、結構な不良物件掴まされてるぞ。

 


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