バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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美味しそうなドブ

 

 大きな甕、桶、深皿、鍋、使えるものはなんでも使い、数日かけてカニの泥抜きを行った。

 その間の水の入れ替えが面倒なこと面倒なこと。魔力で強化できなきゃあまりやりたい作業ではない。近くに上水道が欲しい。

 

 宿の廊下にも入れ物に入れたまま泥抜きしていたので、宿のまだ小さな末っ子の男の子はすっかりカニを気に入ったようだ。デカいけど愛嬌はあるからな。

 んで今朝それを持って行こうとしたら「まさかそれを食べるつもり…?」みたいな目で見てきたので、やむなく一杯分は置いてくことになった。しょうがねえ。ハサミに気を付けてじゃれててくれ。触ったら手を洗うんだぞ。

 

「それで、このカニで料理を作るわけっスか」

「おう。待たせたなライナ」

「待ちすぎて任務一つ終わらせちゃったっス」

 

 ライナを元気付けるためのカニ料理だったが、数日も空けばメンタルもすっかり普通に回復しているらしかった。じゃあ俺は一体何のために……?

 まあまあ、それはいい。ずっと落ち込みっぱなしよりは遥かにマシだしな。

 

 今日俺たちが来たのは市場に近い屋台通り……から少し離れた屋外炊事場。

 このだだっ広い場所には等間隔で屋外用のかまどが配置されており、薪さえ持ってくれば少ない利用料で使えるという便利な施設だ。

 雨の日や風の強い日なんかは不便だが、市場に屋台を出してる人らはここで調理してから持っていく事が多い。共用の大きな水場もあるので、洗い物もできて楽だ。

 よそのかまどにも既に何組か利用者がいて、屋台で売り出す大きなスープなんかを作っている。今日はあのスープの香りにも負けないくらいの料理を作ってやるぜ。

 

「あーそれと、モングレル先輩、これどうぞ」

「ん? おおこれは……卵か! へーどうしたんだこれ」

 

 ライナから差し出されたのは、この世界ではなかなかお高い値段の卵だった。それも3個。

 

「昨日の任務の帰りに村の養鶏場でもらったやつっス。この前の釣りの時のお詫びということで……」

「なんだなんだ、気にしなくてもいいって言ったじゃねえか」

「でもほら……やっぱあれっスから……」

「もー。素直に受け取ってあげれば良いじゃない、モングレルさん」

「お、ウルリカも来たのか」

 

 水場の方から鍋を持ってウルリカがやってきた。

 

「あー、そうなんスよ。ウルリカ先輩もカニ料理を食べてみたいってことで」

「私はエビもカニも食べた事ないんだよね。料理作るの手伝うからさ、ご相伴にあずかってもいいんでしょ?」

「まぁ構わねえよ。元々ライナに誰か暇で来たい奴がいれば連れて来ても良いとは言ってたしな」

 

 サイズの中途半端なカニたちだが、それでも数が数だ。

 こいつらを調理するとライナと二人で食べるにはちょっと多い。

 

「それにしても大荷物だねぇー。鍋とか色々……モングレルさんそんなに道具もってたんだ」

「モングレル先輩はなんでも持ってるっスからね。物を持ちすぎて宿の一室から抜け出せないでいるんスよ」

「あはは、引っ越し大変そう」

 

 何でもは持ってないぞ。衝動買いしたものだけ。

 

「さて、まずはこのカニたちを絞めていく。んでその後よーくカニを洗って蓋を外す。三人いるし全員でやろう」

「っス」

「あのごめんねライナ、これどう持ったらいいの?」

「殻の横っちょを掴むと良いっスよ。こんな感じっス」

「へー。ありがと」

 

 さすがは狩猟メインのパーティー、こうしてカニの解体作業も手慣れたものだ。

 気持ち悪がるような事もなくトドメを刺し、綺麗に洗い、殻を外している。

 

「エラと殻はこっちに入れてくれ。あとカニミソはこっちのボウルで選り分けてな」

「わざわざそんなことするんスか」

「あーこのビラビラしたやつ? 魚と似てるんだね」

「そうそう。まぁそれを取って、ああメスは卵持ってる事あるからそれも分ける感じで」

 

 教えればすぐにやり方をマスターし、サクサク解体していく。なんなら作業は俺より早いかもしれん。

 いや俺もあんまり経験ないから仕方ないんだけどさ。負けてはいられねえ。

 

「てかモングレル先輩、今日これ何作るんスか」

「まぁまぁ。見てればわかる……ことはないだろうが、完成すればわかるさ……」

「見てわからない料理って不安だなぁー」

「っスねぇ」

 

 いやこれマジで工程見てても不安にしかならないだろうからな。

 今回は逆にそのリアクションを見て楽しみたいわけよ。俺が。

 

「さて、本日最大にしてほぼ工程の全てがこちら……どん」

「気にはなってたスけど、それ使うんスね」

「鋳鉄の大鍋……うわぁ、重そう」

 

 本当は石臼とかが良かったんだが、無いからな。代用です。

 

「まずはこの鍋にカニをいれます」

「え? まだちょっと蓋とか外しただけのそのまんまのやつっスけど」

「んでこれをすりこぎでドーン! もういっちょドーン! さらにドーン!」

「うわぁ!?」

「これほんとに料理スか!?」

「料理なんです。俺の元いた場所でも……やってる人はほとんどいなかったけど」

「だからなんでそんなあやふやなんスか!」

「森の恵み亭に渡して料理してもらった方が良かったんじゃない……?」

 

 しかし構う事なくすりこぎでメキメキとカニを潰していく。普通のすりこぎよりも太くてご立派な特製だ。

 そこに俺の力が合わされば殻も脚も鋏も全部纏めてミンチよ。

 

「嵩が減ってきたらさらに入れて砕く!」

「うへぇー……力技っスね。てか汚……」

「茶色い水たまりになってくねぇ……」

「ほれ、ライナとウルリカもやってみろよ。目一杯細かくするんだぞ」

「はぁい……まぁやるスけど……なんなんスかねこれ」

 

 途中でミンチ役を交代しつつ、ガンガンとカニを撞き砕いていく。

 とはいえライナもウルリカも非力なようで、撞いてもあまり変わらない。なのでほとんど俺が砕くことになった。

 殻も身も体液も全て混じったカニのペースト。こうする事で最終的に出来上がるのが……。

 

「ドブっスね……」

「紛れもない完全なドブだね……」

 

 ドブである。灰色と茶色が混じり合い、殻の破片が無数に浮いた生臭い液体。これはもうドブでしかない。いやドブではないんだがね?

 

「え、これ何かの闇魔法で使う奴だっけ?」

「なんか料理とか言ってるスよ、モングレル先輩は」

「失礼な事ばかり仰るねお前らは。まだまだこれで終わりじゃないぞ」

 

 次にこのドブを木製のザルで濾して、別の大鍋に移す。

 すると出来上がるものが、

 

「ゴミの少ないドブっスね……」

「まだまだドブだねぇー……」

 

 うんそうだなまだお世辞にも料理とは言えんな、ドブだな。

 いやドブじゃねえよ。だがまだまだこれからよ。ここからさらに荒布を使って濾していけば……。

 

「ゴミのないサラサラしたドブっスね」

「あはは、私そろそろ帰ろうかな?」

「待て待て待て、そろそろ! そろそろだから!」

 

 肝心なのはここからだ。

 このドブ……じゃない、入念にペーストして異物を排除したカニスープを、今度は火にかけてゆく。

 量が結構多いから薪の火力じゃ少し時間がかかるな。

 それでも熱し続けていけば……。

 

「あ、なんか表面に浮いてきたよ?」

「ほんとっスね。ゴミっスか」

「ゴミじゃないっす。これをまだまだ煮込みます」

「……これアクっスかね」

「すっごい浮いてきたよ!? 取ったりしないやつなの?」

「良いんですこれで正しいんです」

「このままじゃめちゃくちゃ泡の出てるドブっスよ」

「ドブじゃないんですはい、ここで塩! こいつを適量ドーン!」

 

 鍋に塩を振り撒いてやると、するとどうだ。

 

「お、おお? おーっ! なにこれなにこれ、固まってきた!」

「ドブもなんかちょっと透明になってきたっス! モングレル先輩、これは一体……!?」

「俺にもよくわからん」

「わからないんスか!? 自分でやってて!?」

「世の中そういうこともあるんだ」

 

 多分あれだろ、タンパク質がほら、塩でなんかして……そういうのだろ。

 仮に理屈を俺が知ってても説明は難しそうだぞ。スルー安定だ。

 

「で、あとはカニミソと卵を混ぜたやつもよく加熱しつつ入れて……塩でいい感じに整えたら完成だな!」

「おおー……」

「ドブがなんか最終的に料理みたいになったっス!」

 

 地方によって名前は変わるが、俺の知ってるこの料理の名前はかにこ汁だ。

 カニをぐしゃぐしゃにして作るカニそのまんまの汁物。

 本当は醤油とか味噌とかあるといいんだが、無いものはしょうがねえ。カニミソでそれらしく整えればまぁ大丈夫だろ。

 

「はえー、スープなんスねえ……なんだか良い匂い!」

「こ、これは……なんだかお腹が減ってくる匂いだね!」

「さあ存分に啜るが良い。本当のカニ料理ってやつを教えてあげますよ」

 

 三人分の深皿にスープとフワフワに固まったカニの塊的な何かをよそい、いざ実食。

 

 むしゃぁ……。

 

 ……あーうめえ! 100%カニ!

 最高だわ! 醤油ほしい! 味噌欲しい!

 いやでも塩だからこそ素材がそのまま上品に味わえて逆に良いな!

 

「あー……良いっスねぇ……」

 

 ライナはなんかおばあさんみたいにしみじみと悦に浸っている。

 

「美味しい! なんだろ、旨味……? とにかくとっても美味しい!」

 

 対するウルリカは味の良さにはしゃいでいる。

 

 そうじゃろそうじゃろ。うまいじゃろ。まだまだあるからたくさんお食べ……。

 でもこれ冷めると不味いから暖かいうちにな……。

 

「あっ!? モングレル先輩いつのまにエールなんて飲んでるんスか!」

「えー! ひどい! そんなの持ってきてたなんて!」

「酒が欲しくなるだろう……だがこの酒は後片付けと洗い物を手伝う良い子ちゃんにしか分けてやれねぇなぁ……」

「いや最初からやるつもりだったっスよそんくらい!」

「子供扱いしないでよね!」

 

 俺、無言でエールを献上。

 

「あーお酒に合うなぁ……」

「っスねぇ……カニを持ち込んだらお店でも……や、無理か」

「結構疲れる作業だしな。やってくれても金はかかるだろ。……ほれ、熱湯にしばらく浸けておいたからそろそろだ。温泉卵ができたぞ。これもスープの中に入れて食ってみ」

「え? 鶏の卵茹でてたんスか」

 

 ちょっと浅めにスープの入ったお椀にちょいっと塩を足してから……卵をパカリ。

 よし、丁度いい固さの温泉卵になってるな!

 

「おおっ、なにこれーすごい中途半端に固まってる卵だぁー……えこれ食べて大丈夫? お腹壊さない?」

「平気平気。飲んでみ」

「……美味しいっ!」

 

 そうだろウルリカ。もらった卵が一瞬で全部消えちゃったけどまぁ良しだ。

 

「ほぉ……」

 

 ……なんかライナはさっきから食のリアクションは年取った人みたいだけど。

 いやまぁ美味しそうに食べてるから良いけどね。俺は満足よ。

 

 ……こうやって若い連中にどんどんメシを提供してると、自分がすげえ歳を取ってるような気分になるのは気のせいか?

 

 

 

「いやー満腹っス……超美味かったっス」

「私も美味しかった! モングレルさんこんなに料理得意だなんて知らなかったなぁ。シーナさんは……あ、なんでもないけどっ」

 

 シーナがなんだよ。俺はまぁ食材さえあれば料理は……まぁできるっちゃできるぞ。

 ホント食材とな……調味料がな……それだけなんとかしてほしい……それが全てではあるんだが……。

 

「これならエビじゃなくてカニ釣って食べるのもありっスね」

「あ、釣りで獲ったんだっけ。良いなぁー楽しそう。私もやってみたいなぁ」

 

 旨いものに釣られてウルリカが掛かったわ。

 

「おう、釣り竿は人数分あるしできるだろうな。また今度、時期を見て釣りにでも行くか。今度は針の引っかからない場所でルアー釣りをしたいもんだが……ああ、もちろん釣りに行く時はアルテミスの予定をちゃんと合わせてだけどな」

「楽しみー! ライナも次行くときはもう少しおめかしして行こうね!」

「えぇ……やー……まぁ、うっス」

 

 そんなこんな、賑やかに全員で洗い物をしながら今日の料理は終わった。

 

 かにこ汁。必要なものは塩程度なのでカニさえいればだいたいどこの国や文化でも作れそうな気もするが、どうなんだろうな。この異世界でも探せば似たような料理はある気がする。そう思うと、別に今回の料理は革新的でもなんでもないだろう。むしろ原始的だし。

 

 いやーしかし、久々の温泉卵は美味かったな。

 鶏も地鶏だからなんとなく前世より美味かったきがするわ。気のせいかもしれんけど。

 

 

 

「うわぁあああ! 母ちゃんが僕のカニさん殺したぁあああ!」

 

 ちなみに宿に帰ってみると、プレゼントしてやったカニはその日のうちに女将さんの手で茹で殺されたらしい。かわいそう。

 でも子供はそうやって少しずつ強くなっていくんだぜ……。

 

 


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