バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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甘くて美味しいあのオクラ

 

「ぬふふ……本日はお集まりいただきありがとうございます。お三方がいらっしゃれば、今回のデザートの試食……きっと実りある意見をいただけるものと思っていますよ」

 

 独特な笑い方をするケンさんの前には、豪華な丸テーブルが置かれている。

 ケンさんのお店がちょくちょく家具類や調度品をアップデートしていることは知っていたが、もはやこの店の内装は貴族街にあっても何ら遜色のないレベルだと言っても良いだろう。

 この上品な艶が出された胡桃っぽい材質のテーブルにあまり似つかわしくない俺と、逆にそこそこマッチしているシーナとナスターシャの二人がついている。

 

 今回のデザートの試食は、俺とこの二人を対象に行われるわけだ。

 

「……この店の菓子は美味しいから来たけれど。どうして私達二人を試食会に誘ってくれたのかしら、モングレル。何かの貸しにするつもり?」

「いや、俺はケンさんから“こういう人を連れてきて欲しい”って言われたから、知り合いで一番それっぽい人を選んで連れてきただけだぞ」

「あ、そう。……こういう人、ね」

「それはどんな人物像なのか」

「貴族らしい理知的な女性と、貴族らしい高圧的な女性だぞ」

「ほう……モングレル。お前はこのシーナを高圧的だと考えているわけだな?」

「ちょっと、その聞き方はどうなのよ。それってナスターシャは私のことを高圧的だと思っているわけ?」

「あ、いいや、そうではないが……」

 

 いいよもう二人共高圧的だし……。

 まぁ何やら勝手に二人の漫才が始まったが、今回俺に頼まれたことはなんてことはない。ケンさんから新作の試食をして感想をくれと言われただけだ。

 タダでデザートが食えるのなら喜んでいくらでも食ってやるよ。なんならかなり攻めたタイプのお菓子でも良い。

 

 とはいえ、ただの試食というわけではない。

 今回ケンさんが試作したデザートは伯爵の結婚式で出す予定のもので、それはもうとても大事な場面でお出しする品となるわけだ。

 味は人の好みとはいえ、失礼があってはいけない。可能な限り美しく、そして美味しいものを提供するのが菓子職人というものだ。

 そこでケンさんは味に関しては俺が力になると見込んだ上で、あとはレゴール伯爵に嫁いでくる侯爵令嬢様のお口に合うようなものを探るため、貴族っぽい女性はいないかとオーダーしたのだろう。

 俺に貴族の知り合いなんてほぼいない。だがシーナとナスターシャは多分似たようなもんだろうから二人をチョイスした。ダメ元で誘ってみたのだが二つ返事でオーケーをくれるあたり、やっぱり異世界でも女は甘いものが好きなのかもしれない。

 

 まあ要するに、俺たち三人が試食してオーケーを出せば、小うるさい貴族様でも大丈夫なんじゃねーのってことだ。

 

「今回お出しするデザートは、王都でもほとんど見られなかった珍しい食材を使っていますからねぇ……今から持ってきますので、お楽しみに……」

 

 と、もったいぶるようにケンさんが奥へと下がっていった。

 珍しい食材と聞くとワクワクするものだが、今回の俺はちょっと違う。

 どちらかといえば“これは絶対美味い奴が来る”という確信を持ったドキドキ感を抱いていた。

 

「甘い匂いがするな、楽しみだぜ」

「珍しい香りね」

「ふむ……この香り、覚えがあるのだが。はて、なんだったか……」

 

 俺はしらばっくれているが、実はこの香りを知っていた。

 店に来て奥の方からこの香りがしてきた時は思わず声を出しそうになったほどだ。

 

 おいおいマジでこれこの世界にもあるの? っていう驚きだ。

 でも知ってたら知ってたでどうなんだろうと思ってリアクションには出さなかった。珍しい食材らしいし正解の対応だったな。

 

「お待たせしました……こちら、ステラビーンズを用いて作りました、ケーキでございます。ぬふふ……」

 

 しばらくして俺達の前に運ばれてきたものは、ケーキ……といえばケーキだが、パンケーキのような薄っぺらいものであった。

 しかも一人前が十二分の一サイズである。結構な細さだ。俺はデカいピザでもここまで細くはしないが、パンケーキだったらなおさらここまで刻まない。

 そして何より、こいつは黒っぽい色をしていた。

 

「あら、黒っぽいのね」

「おお……私はこの黒い原料を食べたことがあるかもしれん」

 

 薄く小さく細い黒パンケーキ。それだけ聞くとちょっと不吉そうではあるが、上にちょこんと乗せられたクリームとふりかけられたナッツの粉末が上品さを演出している。

 

 まあ、それはいい。それはいいんだ。

 重要なのはこいつが、カカオっぽい香りを出しているということだ。

 

「すげぇ良い匂い……どれどれ……」

 

 フォークで適当にカットして、ぱくり。

 ……うん、カカオだ。というかココアって感じか。雑味のあるチョコレート……うん、これは紛れもなくチョコレートっぽい味だ。完全にカカオだわ。すげぇ……生きる希望が湧いてきたぜ……。

 

「ぬふふ、モングレルさんには気に入っていただけたようで……」

「……なんか不気味なほど感じ入ってるわね……私も美味しいと思うわよ。なんというか……豆、なのかしら。香ばしく焦がしたような、そんな香りよね。さっきもビーンズと言っていたし、間違ってはないんでしょうけど」

「ええ、正解です。この黒さと甘い香りはステラビーンズという、一風変わった豆によるものでして……ああお待ちを。今奥から現物を持ってきますので」

「王都の、どこかの会食で出されたことがあるぞ。どこだったか……思い出せないが、飲み物として出た記憶がある。あれは良かったな」

「ナスターシャのお気に入りだったのね」

 

 カカオ系の飲み物。前世でいうチョコレート飲料ってとこかね。あるいはココアか。

 俺も好きだぜこういう系の飲料……ラム酒をちょっと入れたりしても良いしな……。

 

「はい、こちらが加工する前のステラビーンズです。大きいでしょう、これを加工するのもまたなかなか大変な作業でしてねぇ……」

「おっわ、すげぇサイズだな……」

 

 だがケンさんが持ってきたカカオ、もといステラビーンズは、俺の記憶にあるものよりはかなり形が違っていた。

 どっちかというと俺はまさにカカオというか、ラグビーボールみたいな木の実を想像していたんだが、ケンさんが店の奥から持ってきたそれはどちらかといえばオクラに近かった。

 短くて太いオクラ。長さはヤシの実二個分くらいかな。断面が見れるとすれば、なるほど確かに(ステラ)になりそうな気がする形だ。

 

「こちらは山間部でしか栽培できないものだそうでして、ハルペリアの作物ではありません。サングレールから取り寄せたものになるのですよ」

「輸入品かぁ……てことは連合国経由? 金かかってそうだねそれは」

「かかってますよぉ……しかし近頃は連合国との交易も盛んですし、お店の経営も順調すぎるくらいですから、思い切って手を出してみたのです。ぬふふ……原産地のサングレールではなかなか神聖な作物としても扱われているようですよ」

「太陽神絡みの古い神話だな。ハルペリアの神話としても残っているぞ。太陽の神ライカールが地上に振りまいた恵みの一つであり、飢えに苦しむ民はこのステラビーンズにより救われた……だったか」

 

 神学にも精通してらっしゃるか、ナスターシャ。

 ……まぁカカオと同じようなものだとすれば、あれだろ。カカオバター的なものも取れるんだろう。だったらカロリーもなかなかデカいし、神の恵みなんて持ち上げられ方も不思議ではないか。

 

 ……けど、サングレールの神話絡みかぁ……。

 

「美味しいし、歴史もあるのはわかったわ。けれど、ハルペリア貴族の祝いの席に出すものとしてはサングレール色が強すぎる気がするわね」

「だな、俺も同感。いや美味いよ? すげー美味い。こいつと一緒にウイスキーを飲んでも良いだろうし、ミルクも最高だろうさ。けど俺としても、どうかねぇとは思っちまうよ」

「すまない、ミルクを一つ」

「いえ、二つおねがい」

 

 女子二人はミルク飲みたくなったか……多分マッチするぞ。楽しむが良い。

 

「む、むむ……はあ、やはりそうですか……試作してから、店の従業員たちにも感想を求めたのですがねぇ……味そのものは最高に近い評価を貰ったのですが、皆さんと同じように結婚式ではどうかと言われていまして……」

「……俺たちの意見次第では出せるんじゃないかと思って、この試食会を開いた感じかい? ケンさん」

 

 店の奥の方で、若い女性店員がケンさんに厳し目の視線を送っている。

 どうやら店の裏方たちとしても、この食材を出すことに対して反対意見が多いらしい。

 

 ……いや、まぁね。食材に罪は無いと思うのよ俺は。

 うまいもんはうまいで良いと思うのよ。

 

 けど伝統とか貴族とかが絡むとやっぱ面倒なんだよなぁ……。

 

「うん、ミルクが合う。もっと砂糖……あとナッツも色々試してみたいわね……」

「うむ。ミルクも素晴らしい。酒よりはこっちの方が良いだろうな」

「……けどほら、店の中で出す分には良いと思うぜ。そう気軽に、安値で用意できる食材ではないんだろうけどさ」

「ぐぬぬぬ……やはり諦めるしかありませんかぁ……個人的には傑作だったのですがねぇ……」

「元気だしてくれよケンさん。美味かったよ」

「ええ、味は申し分なかったわ」

「美味だった」

「ははは……ありがとうございます……ぬうん! また新たなメニューを考案しなくては……!」

 

 気合を入れるようにステラビーンズをバシンと叩き、ケンさんは店の奥へと消えていった。

 ……ケンさんのことだ。性格はちょっと……結構あれなところはあるが、腕は本物の人なんだ。

 結婚式までにはまたいくつか傑作と呼べるデザートを拵えることだろう。

 

「モングレル、そのクリームを食べないのなら私が食べてあげましょうか」

「……普通に食いたいって言えよ。はい」

「ありがとう」

「私の分もいいぞ、シーナ」

「あら嬉しい。ありがと、ナスターシャ」

 

 カカオか……カカオ……。

 

 カカオバターで唐揚げ……? いややめておこう。アホか。仮に美味いとしても馬鹿高くつくわそんなもん。

 

 やめやめ、この店内で考えるようなことじゃねえ……。

 今は粗野な屋台のことなんて忘れて、ただ懐かしいデザートの味わいに癒やされているとしよう……。

 

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