しくじった。
久々にしくじったと感じる。いや、しくじりはしょっちゅうあることなんだが、最近では特にデカいしくじりをやらかしたという意味で。
「あー……いってぇ……久々だな、こんな怪我……」
頭から流れる血を拭って傷口を抑えつつ、俺は診療所を目指した。
「おう……おお? モングレルどうしたんだ、その怪我」
しかし真っ昼間だとさすがに素通りはさせてくれないようで、街の顔見知りから声をかけられる。
心配されるのは良いんだが、あまりデカい噂にされたくはないな……。
「ちとヘマしてな。これから診療所に行って軽めのヒールでもかけてもらおうかと思ってるんだ」
「そうか……モングレルにしては珍しいこともあるもんだ。お大事に」
「ああ、ありがとう。じゃあな」
そう、このくらいで流してくれれば良いんだけどな。
中には大げさに驚くような奴もいそうだからさっさと診療所まで行きたいところ。
「あれ? モングレル先輩じゃないスか。おっスおっス」
「あ」
と、そんなことを考えてたらなんか大騒ぎしそうなタイプの知り合いに遭遇してしまったわ。
買い物途中らしいライナである。
「……って、どうしたんスか先輩! 怪我してるじゃないスか!?」
「ああ……まぁちょっと色々あってな。これから診療所に行くところなんだよ」
「一体何が……」
「まぁまぁ、ひとまず診療所行かせてくれ。こう見えて怪我人なんだからな」
「それは……当然っス。どう見ても怪我人なんスから……わ、私もついていくっス」
「おいおい、わざわざついてくる必要も……まぁいいか。恥ずかしいからあんまり騒がないでくれよ」
自分で歩ける怪我人だから介助の必要もないんだが、それでもライナは心配そうな顔でついてきた。
いやーまぁ心配されて悪い気はしない。しないんだけどな。欲を言えば人から心配されるならもうちょい別のシチュエーションが良かったな……。
「ここって、“レゴール警備部隊”の人らがやってる診療所っスよね?」
「おう、カスパルさんのとこのな。簡単な外傷の治療なら安めの料金でやってくれる。もっと東側に近ければギルドマンも大勢利用してたんだろうがなぁ」
俺たちがやってきたのは警備隊診療所。レゴールにいくつかあるうちのひとつで、ここは南寄りに位置している。
治療院としての設備は最高級……ってわけでは全然ないのだが、ここで常勤してるカスパルさんの腕が良いしお世話になっているので、たまーにしょうもない理由で怪我した時なんかはここを使っている。
「古い治療院を改修して使ってるから、見た目はちょっとボロいけどな。カスパルさんなら腕は確かだよ」
「あんまり話したことない人っス」
「優しいおじいさんって感じの人だよ。ちょっと不養生なとこあるけどな」
診療所の外観も大概な年季だったが、中に入っても印象は変わらない。
しかし床は綺麗に掃除が行き届いており、衛生に気を遣っていそうな雰囲気はちゃんと見られる。
「いらっしゃい。怪我……のようですね。ギルドマンの方ですか?」
「ああはい、ギルドマンです。名前はモングレル。あ、こっちは俺の付き添いなので」
「っス」
なんか一人じゃ病院来れない男みたいになっててちょっと恥ずかしいんだが。
「認識票を見せてください。……はい、大丈夫そうですね。一度診察を受けてから治療法を決めるので、あちらの椅子で……あ、いえ、今ちょうど空いたところなので、向こうの治療室にどうぞ」
「はい、どうも」
治療院や診療所では、最初に診察券や保険証を出したりなんてことはしない。そもそも保険証はないしな。
よほど難しい持病のある人以外ではカルテを作られることはないので、問診してからなんかそれらしい治療をやって終わりである。
それだけ聞くと雑なように思われるかもしれないが、この世界における医療っていうのは案外馬鹿にできたものではない。外科であればむしろ、前世の医療を遥かに上回っていると言えるだろう。
「いらっしゃい……おや、モングレルさんではないですか。おや、これはまあ……頭でも打ってしまいましたか……?」
「やあどうも、カスパルさん。お久しぶりです」
「あ……こんにちはっス。モングレル先輩の付き添いで来たライナっス」
「ええどうも、ライナさん。お久しぶりです。まあ、そちらの椅子にどうぞ」
薬臭い治療室には、前に見たときよりは結構元気そうなカスパルさんがいた。
以前はプルプルと小刻みに震えながら穏やかな微笑みを浮かべていてある種の儚さが垣間見えていたものだが、今はプルプルしていない。普通に穏やかなおじいさんである。是非今後も穏やかなだけでいて欲しい。
「カスパルさんは今日は元気そうですね」
「ははは、私の心配をしてくれるのですか。……近頃はですねぇ、よく睡眠をとるようにしているのですよ。そのおかげかもしれませんねぇ」
おお、適度な睡眠か。それは良い。睡眠を取らないとどんな人間でもパフォーマンスがカスになるからな。
「モングレル先輩は人の心配してる場合じゃないっスよ……」
「おお、そうですねぇ。さて、傷の具合を診させていただきましょうか……ちなみに、これはどのようについたもので?」
「あー……刃物かな。切っ先が勢いよくぶつかって、それで血が出た感じですかね」
「一体何があったんスか……!?」
「いや経緯はまぁ……良いじゃん……?」
「良くはないっスよ……」
カスパルさんに髪の毛をガサガサと選り分けられつつ観察される。
頭の傷は自分じゃわからんからどういう見た目なんだろうな。傷口に触れてた感じからすると、そこまで大きくはないが。
「ふむ……少々派手に血が出ていますが、見た目ほど重傷ではありませんねぇ。しかしこの傷を付けた刃物の状態によって、処置が少し変わるのですが……モングレルさん、これはどのような刃物で付けられたものですか? 事件性があれば、それはそれでまた別途、衛兵の方々に報告しなければならないので……」
「あーそっか」
どうやら全部ゲロるしかないようだ。
言わなきゃいけないのであれば仕方ねえ……。
「刃物は……これです、はい」
「……? これは……なんでしょうか」
「え? 紐……いや、刃のついた鞭……っスか?」
俺が荷物から取り出したのは、先端に金属の刃を付けた革製の鞭である。
それだけならこの世界にも無いことはないが……これは俺の特製の品だ。前世の知識をもとに、さらなる改良を加えている。
「……あの、モングレル先輩。なんでこの鞭、取手から三本も伸びてるんスか」
「それはなライナ……鞭の本数が多ければ、その分攻撃回数が増えそうだろ?」
「いや増えるとか増えないとかじゃなくてそんな鞭まともに使えないっスよ! てかもしかしなくてもこれのせいで怪我したんスか!?」
「いやーいざ作って振ってみたらなー。三本とも思いもよらぬ方向に暴れるもんだから、制御もクソもなくてなー……そのうちの一本が頭にぶつかって、それでな」
「しかも自作っスか!?」
「通常攻撃が全体攻撃になりそうだろ?」
「知らないけど多分無理っスよ!」
いやぁ前世でな、こういう鞭があってな。いやゲームの話なんだけども。
鞭系統では超強いタイプのやつだったんだけどな……けど玄人向けだってことはわかってたから、ちょっと練習しておこうと思ったんだが……。
練習の初っ端から怪我するほど無軌道な暴れっぷりを披露したもんだから、さすがに驚いたよね。思わず身体強化間に合わなかったもんよ。
「ふむ、ふむ……特に錆もなく汚れてもいない普通の金属ですね」
「金属札から削り出したばかりですからね、ピカピカですよ」
「どこかで見たサイズ感っスね……」
「これならばポーションか軽めのヒールで処置するだけで良いでしょう。縫合も必要ありません。もちろん、料金はかかりますが……」
そう、この世界にはポーションもあればヒールもある。
ヒールは魔法系統に属する技術で、習得には魔法以上に個人の才能が関わっている上、知識なども要求される。ヒーラー人口は魔法使いよりも少なく、高給取りだ。
当然だがヒーラーがギルドマンとして前線に赴くことなど戦争中以外ではほぼ無い。リスクが高いからな。カスパルさんのように安全な都市内で医者として活動するのが基本だ。
「ヒールでお願いできますか?」
「ええ、良いでしょう。それでは……」
カスパルさんが俺の頭に手を触れ、集中する。
じんわりと暖かくなってきたような……いやこれはじっと触られてるからか。
「“
しかし詠唱が行われると、実際に暖かなものが傷口を中心に広がっていく……ような気がする。
「はい終わりです」
「どうもありがとうございました」
これで終わりだ。触ってみると、頭にあった傷口は綺麗さっぱり消え去っている。
さっと魔法を唱えて傷を塞いでしまう。ファンタジー世界じゃよくある治療風景だが、実際にあるとマジで便利だ。
なにせこれがあるだけでこのローテクじみた世界でも多少強引な外科手術ならできてしまうのだから。前世じゃちょっとどうしようもないほど内臓が深く傷ついていたとしても、ポーションやヒーラーがいればワンチャンどうにかなってしまう世界なのである。
「今回は頭で済みましたが、目に当たっていたら大変だったかもしれませんねぇ。次からは注意してくださいね、モングレルさん」
「ほんとっスよ……誰かに襲われたんじゃないかと思って、私びっくりしたっス……」
「ははは……いやー、良い鞭が完成したかと思ったんだけどなぁ」
「どう考えてもゲテモノっスよそれは……」
正直俺もこいつを頭にぶつけた時から思ってる。三本の鞭を同時に操作なんてできるわけねえだろ……!
「近頃は工事現場での事故も多く、怪我人が大勢出てますからねぇ……この診療所は東門近くの所とは違って比較的暇なのですが、それでも最近は忙しくなったりもします。今日はタイミングが良かったですね」
「工事現場の怪我っスかぁ。どこもかしこも工事ばっかりスもんね……大変そうっスね、カスパルさん」
「ええ、大変ですよ……中には大きな事故で、一度に大勢が来ることもありますから……まぁ、それこそが私達の仕事なのですけどね」
カスパルさんは青い目を細め、微笑んだ。
優しげなおじいさんではあるものの、彼はいくつもの修羅場をくぐり抜けてきた、立派なお医者様なのである。
医者に逆らってはいけない。
「それにしても……その変な鞭、どうするつもりなんスか」
「売れるかねぇ」
「怪我人増やすつもりっスか……駄目っスよ絶対」
「駄目か……まぁ駄目だよな……」
ロマン武器とはいえ、ほぼ確実に人が怪我する代物を市場に流すわけにはいかねえか……。