ブラッドリー領近くのリュムケル湖で面倒な魔物が湧き出たらしい。
リュムケル湖の厄介な魔物といえばほぼ二種類しかいないと言って良い。水中のゴブリンと呼ばれるマーマンと、巨大ヒトデのアステロイドフォートレスである。
いやマーマンの方はオマケみたいなもんだな。厄介なのはヒトデの方だ。アステロイドフォートレスは時々思いついたように地上に出てきては、新たな水場を求めて侵攻を開始する。マーマンはそれにくっついて来る雑魚敵だ。
しかしこのセットがなんともいやらしいもので、動く要塞とその守備隊という連携を組むものだから、生半可な戦力ではなかなか討伐ができないのだという。
そんなヒトデが複数体侵攻してきたともなれば、その対処には軍やギルドが動く必要が出てくる。
かといって、ブラッドリー領はサングレール領にも近い辺境だ。あまり国軍を大っぴらに動かしたくはない。
そこで魔物の討伐ということでメインに動くのが、ギルドマンなのだが……。
遠くの方でごっそりとギルドマンが動かされると、離れたレゴールの方にまで影響は及んでくる。
アステロイドフォートレス侵攻の報がレゴールにまで届いた今となっては既に害悪ヒトデも駆除された頃なのだろうが、大勢のギルドマンを動かしたことによるシフトの“ズレ”はしっかり残り、波及するのだ。
本来やるべきだった討伐だとか、害獣の駆除だとか、護衛だとか、そういう普段からある仕事だな。緊急の討伐任務が入ったからと言ってやらないわけにもいかないから、別のところから労働力を派遣する必要はあるってことよ。
つまりどういう事が起こったかと言うと、レゴールのギルドがちょっと忙しくなった。
ちょっとな。ちょっと。さすがにブラッドリーからは距離もあるせいか、影響は軽微である。
「モングレルさん、お暇でしたらこちらの討伐をお願いできませんか? 今ちょっと、外に出ている方が多くて大変なんですよ……」
まぁ、軽微なりの余波はしっかり俺の所にまで届いているんだが……。
「えー……討伐? 別に暇ってほどでもないんだけどな……相手は何なんだよ、エレナ」
「スケルトンです。おそらく、複数かと」
「スケルトンかぁー……」
「バロアの森近くのシャルル街道でスケルトンの発見報告がありました。通りかかった護衛のギルドマンが持ち帰った遺品を調べた所、数年前に馬車ごと逃亡して行方知れずとなっていた犯罪奴隷の首輪が確認できました。犯罪奴隷の集団が一箇所で固まっているとなれば……他にもスケルトンが出現するかもしれません」
「んー場所は近いか。近いけどなぁー」
スケルトン。それはこの世界における最も一般的なアンデッドだ。
この世界の死者、特に人間は、死後に野ざらしで放置されたりなどすると骨を素体にアンデッドとして魔物化する。
肉体がついていても同じ仕組みで魔物化するが、そっちはグールと呼ばれているな。しかし実態は骨の周りに肉がついているだけで、スケルトンと変わらないらしいのだが。
まぁそれはともかく……スケルトン討伐ってのは儲からない。
討伐しても素材なんて手に入らないしな。遺品があればそれ目当てにって奴もいるかもしれないが、逃亡した犯罪奴隷の集団がスケルトン化しているとなると、その辺りにも期待できないだろう。仮に金目のものがあったとしても縁起が悪そうで嫌だしな……。
「もう。モングレルさんずっとギルドの酒場で暇そうにしてるじゃないですか」
「いやそんなことないって。そろそろクレイジーボアでも討伐しに行こうかと思ってたところだよ。本当に」
「どうだか。……普段ならスケルトンの討伐なんて小規模なパーティーに任せられますけど、今回のはちょっと数が多そうですから。モングレルさんにやってもらえると助かるんですって。モングレルさん強いんだからいけるでしょう?」
「またまた……エレナ、そうやってすぐ人を煽てて乗せようとする……」
俺はもったいぶるようにゆっくりと席を立ち、首を鳴らした。
「よし。その依頼受けてやるよ。俺は強いからな」
「……ありがとうございます」
「エレナお前もうちょっと愛想良くしろや」
「してますよ普段から」
「してないしてない」
「してる!」
普段からギルドマンをちょっと下に見てるとこあるんだよお前は。
そういう気持ちで仕事してるといざって時に咄嗟に相手を煽てられずにボロを出すぞ!
スケルトンの発見場所は比較的近い。
東門を出て馬車に乗っていればすぐだ。
今回は同じ地元のギルドマンが発見者だったもんだから、スケルトンと会敵した場所がわかりやすくて助かるぜ。どこの畑のどの区画で遭遇したかもわかるってのはありがたい。無駄にうろちょろする必要がなくなるからな。
「ありがとう、ここで下ろしてくれ」
「はいよ」
目的の場所で降りたら、辺りを調査してスケルトンの出現地帯を絞り、森を探していく。
犯罪奴隷が集団でスケルトン化するってなると、逃げた後でどこかで身を寄せ合っていたところで内輪もめでもしたか、強い魔物に襲われて大勢が亡くなったかだろう。
数年も見つからなかったとなると……犯罪奴隷同士で揉めて、殺し合って……死体を一箇所に埋めたか。それが一番有り得そうだな。
ちょっと探せばそれらしい痕跡も見つかるかもしれない。
「どこだースケルトン。暗くなる前に出てきてくれー。暗い時にお前らと出会いたくないんだー」
スケルトンは個体差がある魔物だ。生前にデカい体躯だった人の骨は頑丈だし、その分普通に強くなる。戦闘経験者のスケルトンはどことなく動きも機敏で、厄介なのだとか。
それでも知能は限りなく低いし脆いっちゃ脆いので、危険な魔物というわけではない。集団で現れてもゴブリンと似たような扱いをされてる感じかね。
ただ個人的にはスケルトン相手ってのはどうしても苦手だ。
見た目が普通にド直球のホラーで嫌だっていうのと……骨とはいえ元々人だった奴を相手にしたくないからな。
「……見つけた。ここだな、間違いない。この穴に集団埋葬されてたってわけか……」
根気よく森を探し回っているうち、スケルトンの特徴的な骨だけの足跡を見つけたら……あとは楽だった。
土の中から這い出てきたのであろう、不自然に内側から掘り返された穴がある。
そこにはスケルトンではないいくつかの人骨があり、文字通り物言わぬ屍としてそこで横たわっていた。
埋められた際か、それとも殺された時か。上手い具合に首の骨が砕けたおかげでアンデッド化しなかったのだろう。それを運が良かったと言って良いのかはわからないが……。
「脱走した犯罪奴隷ね……お前らの罪状がどんなもんかは知らなかったが、この森での短い自由は、本当にお前たちが求めていたものだったのか……」
穴の中の白骨死体には、犯罪奴隷を示す首輪などの拘束具が見られる。あまりこいつらを壊しながら探したくはないが……多分、どれも同じ犯罪奴隷の死体……だと思う。多分……。
……このスケルトンたちは犯罪奴隷。しかも逃亡した連中だったからまだいい。
これが何の犯罪も犯していない一般市民とかだったりした時には……正直つらいものがある。そういう討伐任務はハッキリ言って受けたくない。マジで心にくるからな……。
「ケケケ」
「ケケケケッ……」
「……おお、戻ってきたか。長いことこの穴の中で過ごしてきたせいで、ここを自分たちのホームとでも勘違いしてるのかね」
犯罪奴隷としての遺品を回収していると、離れた場所で気配がした。
顎の骨を打ち鳴らす特徴的な音。スケルトン化した連中がわざわざここまで戻って来たのである。
スケルトンにはそういうところがあるんだよな。生前に思い入れの深い土地があると、そこに向かって惹き寄せられる。
そういったものがなくとも、自分が長く居た場所に固執する……。
なんとなーく、こいつらが戻ってくるとは思っていた。そんなアンデッドは何体も見てきたからな。
「さて、と……月の神ヒドロアよ。冥府をゆく彼らに暖かな端切れをお恵みください」
「ケケケ……」
「ケケッ、ケケケケ」
「安心しろ。お前たちはただ、あるべき場所に還るだけだ」
俺はバスタードソードを抜き放ち、八体のスケルトンと向き合った。
こいつらの中身は犯罪者かもしれないが……死んだ後くらいはまぁ、ゆっくりするだけの権利はあるだろう。
そんな感じで、スケルトン討伐任務は順調に片付いた。
速やかに片付いたのは良いが……やっぱりこういう連中を討伐した後は、食欲がちょっと減るな。帰りにクレイジーボアを仕留めてくるかーと思ったけど、そんな気になれなかったわ。殺生の気分じゃない。
あーあ。今日はやる気だったのにな。いいや、また明日にしよう。