バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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ロングコーンカップ ダート1600m

 

 ロレンツォと結婚なんちゃらな話をしたが、俺は今のところ結婚を全く考えていない。俺にとって結婚ってのはハードルが高いんだ。

 この世界の人々は気軽に付き合って結婚までいってしまうパターンが多いが、人種問題とか諸々を抜きにしても俺にはちょっと難しいね。

 

 だが俺のそんな考え方が珍しい部類だってのはわかっている。

 ハルペリアだといい歳して結婚もしてない奴ってのは、まぁなんだかんだで白い目を向けられるものだしな。俺なんかは根無し草だからまだ全然マシというか無関係でいられるけど、町や村に住んでたら結婚圧力はなかなか強いらしい。家同士の結婚は当然として、お見合いさせたがりじいさん、お節介おばさん、仲人なりたがりおじさん……そこらへんの魔物よりもパワーの高い連中がゴロゴロしてやがる。

 俺もシュトルーベに居た頃は……。

 

 まぁ、つまりだ。ある程度の年齢になると自然と結婚を考えるのがこの世界の常識ってことなわけだよ。

 大多数の人間は独身のまま歳をとれば焦るし、なんとなく惨めな気持ちになってしまうのだ。普通はな。

 

 

 

「今回のは絶対に勝てるぞモングレル。今日のロングコーンカップに出てくる馬、ああ、ダブルヒットって名前なんだけどな。本ッ当につええんだ。ヒットは元々は軍馬でな、気性が荒いせいで払い下げられた奴なんだが、他の凡庸な馬とは全然違うんだよ。馬体を見てみりゃわかるぜ。今日はダブルヒットが勝つ!」

 

 今、俺たちに向かって競馬で勝てる勝てるぞと喚いてるこのいい歳したおっさんはバルガーという。

 俺より十ほども歳食ってるくせに未だに結婚するどころか己の生活費すらワンチャン賭場に溶かしそうな日々を送っている、典型的な駄目男である。

 こういう奴が身近にいると変に心に余裕が出てくるから不思議だよな。

 

「競馬かー……見てるだけなら結構楽しいんだけどねー」

「僕も見てるだけなら、そこそこかな。お金を賭けるのはちょっと……」

 

 テーブルにはウルリカとレオも一緒だ。二人は“アルテミス”の女メンバーが女性専用任務で出払っているせいで、ギルドで仕事を見繕っていたところだった。

 

「なんだと、ウルリカもレオも馬好きなのか? だったら俺とモングレルと一緒に来い! 今日は儲かるからな! 任務なんてやってる場合じゃねえぞ!」

「いや俺は強制なのかよ。この顔を見ろよ。行きたがってる顔に見えるかよ」

「……その顔は……大穴狙いか? まぁ良いぞ。他の馬に賭ける分には俺の当たりもデカくなるからな!」

 

 なんだよこいつ無敵か? 行くか行かねえかの瀬戸際の話をしてるんだぞ俺は。

 

「……賭場ってバルガーさんみたいなギラギラしたおっさんが多いから苦手なんだよねー」

「……うん、僕もまあ……ちょっとわかる」

「おい! 聞こえてんぞ二人とも! 大丈夫だから! 今日のロングコーンカップはレゴールで開催するレースだし、警備もしっかりしてるまともな所だから!」

「バルガーがとにかく競馬場に行きたいってことだけはわかったぜ」

 

 レゴールで開催ってことは、闇でもなんでもない正式なレースか。

 それにカップ。名前付きのレースってことはそれなりにデカいのかな? だとすると賑わってそうだな。

 

「なぁとにかく行こうぜ。な? どうせまだ仕事受注してないんだろ? だったら一日くらい俺に付き合わねえか。な?」

「だってよ。どうする?」

「んー……もーしょうがないなぁ。まー暇だし良いよ。場所もレゴール内だしね」

「まだ一度も行ったことのない場所だから、ちょっと楽しみだな。……お金を賭けるかどうかはまだわからないけど」

「よっしゃ! だったら善は急げだな! 馬行くぞ馬!」

 

 こうして俺たち男四人は昼間から競馬場へ行くことになったのだった。

 

 ……まぁレオもウルリカも付き合いくらいのノリだけどな。たまには良いだろ。たまには。

 

 

 

「ほれ、ここが競技場だ。闘技会とか歌唱団とかで来たことないか?」

「私は一度、団長に連れられて来たなー。なんとかっていう楽団の演奏会だったけど、名前はもう覚えてないや」

「僕は初めて来たよ。へえ、すごい大きいね。人もすごいや……」

 

 俺たちが訪れたのはレゴール内にあるコロシアム……のような競技場。レゴール競技場である。そのまんまだな。

 スポーツ関係の催し事となると、だいたいこの競技場が使われている印象だ。

 円形で、フィールド部分はなかなか広い。外側を大きく回るようにすれば競馬も楽しめるだろう。俺もまぁ、さすがに何度か見たことはある。大体はバルガーの付き合いだが。

 

「ダブルヒットはな、第七騎士団長ギルデロスの愛馬だったホワイトヒットの血を引く……あ、今の若いのはギルデロス知らないか。とにかく昔ギルデロスって強い騎士が持ってた強い馬の子孫なわけよ。軍馬だぜ軍馬。実際に見りゃわかると思うが、もうモノが違うんだ」

 

 よく喋るバルガーについていくと、まず競技場内の賭場へ真っ先に案内された。

 男たちがガヤガヤと騒ぎ、喚き、もう既に鉄火場一歩手前の様相を呈している。ここだけ治安がすげー悪そうだ。実際、殴り合いや怒鳴り合いも珍しいことではない。

 

「ああ良かった間に合った。レースは……まだ後半だ。良し! しばらくは他のレースで勝負勘を養っておけるな……」

「……ねえモングレルさん、バルガーさんっていつもこんな感じ?」

「見りゃわかるだろ。バルガーはいつもこうだよ」

「なんか失礼だなお前たち! 良いからこっち来い、俺が買い方教えてやっから! 直近の軽いレースのやつにしよう。金は俺が出す! 好きな番号選んでみな!」

「え、良いの? わーい、タダなら選んじゃおっかな!」

「ちょっとウルリカ……えっと、本当に良いのかな? だったら、うーん……僕はこっちのに……」

 

 世話焼きなとこのあるバルガーだが、悪い遊びを教える腕は大したもんである。

 最初はお試しで金を出してやり、そのまま魅力にとりつかれた後輩を沼にズブズブと……まぁ射幸心を煽られるような勝ちに巡り合えたらの話なんだけどな。

 

 何度か本命前のレースがあり、俺たちはその観戦を楽しんだ。

 この世界の競馬は馬がかなりガッシリとしており、軽やかにスピードを出すようなレースにはならないんだが、逆に土埃がブワッと舞うような力強いレースになる。

 広い競技場の反対側を馬群が走っている時でもその迫力は圧倒的で、ギャンブル中毒な男たちの怒鳴り声にもかき消されないくらい、足音はダイナミックだった。

 

「あの馬は良くないねー、すごい他の馬嫌がってる」

「だね。あっちの一匹でいる子は良いんじゃないかな? 上に乗ってる人の言うこともちゃんと聞いてるし」

「……なんだおいお前ら二人共。随分と馬に詳しいな」

「あれ、バルガーは知らないか。ウルリカもレオも二人ともああいう家畜の多い村出身なんだよ」

「そーそー、馬のお世話だって色々やってきたから、人よりはわかってるよー? どこを撫でたら喜ぶかとか、そういうのね」

「けどこんなに速く走る馬はなかなか見ないよね。上に人が乗ってるのに、重さを感じていないみたいだよ」

「はー……“アルテミス”は本当にこういうの詳しいんだな。……なあ二人共、じゃあ次はどいつが勝ちそうだよ。な、俺に教えてくれ」

 

 まぁ家畜慣れしてるからといって馬の専門家ってわけでもない。二人はそれぞれの経験で予想を立てているが、当たっているんだか当たっていないんだかといった感じだ。大外れはせず、良い線はいってるみたいなんだけどな。

 

「あっちゃー、あの子が勝つと思ったのになー……! 乗ってる人がヘボなんじゃない!?」

「ウルリカ、熱中しすぎ」

 

 そしてウルリカの方は観戦するうちに結構なお熱になってきた。

 いかんいかん。ウルリカがギャンブル中毒になってしまう。

 

「ククク……いいぞウルリカ……お前もこっちの道に入ってこい……馬は楽しいぞぉ……」

「悪い顔しやがって……あれ、バルガー次のレースが目当てのダブルヒットじゃないか?」

「お!? マジか! よし、今日は流れが来てるぞ! おいそっちの二人も、賭けに行くぞ! ダブルヒット本命でいきゃどうにでもなるからな!」

「……私もちょっとお金使っちゃおーっと」

「もう。あんまり使いすぎないようにしなよ」

「大丈夫大丈夫、本当にちょっとだけだから! モングレルさんは?」

「んー……まぁせっかくだし俺もちょっと賭けていくか」

 

 普段は賭け事なんてやらないんだが、こういう場に来たからには多少は見物料のつもりで払ってもいいだろう。応援馬券ってやつだ。

 

「馬体は……よし、良いな。ほれみろあいつがダブルヒットだ。すげぇだろ、まさに軍馬って感じだ。走るだけじゃなくて戦いもできそうな……おーいおっちゃん! 俺もそれ買うぞ! 十枚だ!」

 

 パドックのように馬を見て品定めする時間があるのだが、なるほど確かに、バルガーの言う通りかもしれない。悠々と歩くダブルヒットは他の馬と比べても大きく、引き締まった体を持っていた。見るからにパワフルで、何かをやってくれそうな雰囲気を出している。

 

「次のレースこそ勝っちゃうんだから……!」

「こっちでいいのかな? へえ、オッズかぁ……モングレルさんはどの馬にするか決めた?」

「ん? ああ俺はあいつにした。真っ黒な奴。見た目かっこいいもんな」

「目立つよね。調子良さそうだし、もしかすると勝てるかも。僕は向こうのまだら模様の子にしたよ」

「私は真っ白なボーンキールって子にした! 誰の選んだ馬が勝つのか楽しみだねー!」

 

 なんだかんだ言ってすっかり楽しんでいるウルリカである。

 そして俺たちはバルガー以外誰も本命らしいダブルヒットに賭けていない。金目当てじゃないしなんなら大穴で一発デカイのって気分なのもあるが、ダブルヒットは癖が強そうなのが気になるんだよな……。

 

 

 

 実際、ウルリカやレオが避けるだけのことはあったようで。

 

「いけっ、いけっ! 差せ! そこで差っ……差せよぉおおおっ!? いつでも抜け出せたろうがぁあああ! なんでずっと隣の奴イジメてるんだよお前ぇえええ! 俺の飲み代返せよぉおおお!」

 

 バルガー曰く本命馬らしいダブルヒットは五着であった。

 ポテンシャルそのものは高かっただろうが、落ち着きがなさすぎるのと他の馬に対して絡みすぎるのが最大の敗因であった。軍馬から払い下げられたのも納得の癖の強さである。

 ボロ負けしてキーキー騒いでおるわ。人間、ああいう歳の取り方だけはしたくねえな。

 

「……私もう賭けなんてしない! 乗る人が悪いよ乗る人が! 馬の実力を発揮できてないじゃん!」

「ははは……なんか僕勝っちゃったな……」

「俺は負けだわ。良かったなレオ、結構良いの当たったんだろ」

「うん、けど一口だけだから……こういう時にもっとお金を賭けておけば……って考えちゃうんだよね」

「そいつが罠でもあるんだけどな」

「良いなー! 私も最後は当てたかったよぉ」

「ううっ……俺の飲み代……俺の晩飯……」

「……レオ、向こうの哀れなおっさんのために一杯だけでいいから奢ってやってくれないか」

「……うん、そうするよ」

 

 結局、バルガー率いる競馬体験はレオのなんともいえない当たりで閉幕となった。

 全員トータルで微妙な負け……と言いたいところだが、最後の最後でバルガーが派手にボロ負けしたのでトータルで考えるのはやめたほうがいいかもしれない。

 

 けどまぁ、その後の安い酒場では馬の話題で楽しくやれたから、良しとするか。バルガーは知らんけど。お前はもうちょい真面目に働け。

 

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