バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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残り物の幸福

 

 今日はバロアの森に来ている。

 特に厄介な魔物が大量発生したとか、トラブルが起きたってわけじゃない。

 なんか森で獲ってくるわって感じで潜ってみただけだ。

 計画性ゼロの森林探索だが、秋の狩猟シーズンはこの雑さでもどうにかなる。ちょっと奥の方まで行けば拾い物だってできるし、なんだかんだ獲物を選り好みできるだけの豊かさがあるのだ。

 

 今の俺は金も欲しいし食材も欲しい。工作に使えそうな素材も色々欲しい。

 そういう時こそ、このバロアの森の探索は捗るのである。

 

 

 

「でもお前らじゃねえんだよなぁ」

「ギャッギャッ!」

「ギィッ」

 

 確かに金は欲しい。だが、バロアの森に潜って初手ゴブリンエンカウントは困る。

 何が困るって、バスタードソードをこいつらで汚したくねえんだよな。

 帰り道ならまだ良いよ。でも潜ったばっかでまだ色々できる状態で剣を汚すのはな……鼻も持ち帰りたくねえし……。

 

「なんかねえかな……遠距離攻撃……」

「ギャッ! ギャッ!」

「うっせ、探してるんだよ、ちょっと待ってろ!」

「グェッ!?」

 

 鞄の中を漁りつつ、半笑いで近づいてきたゴブリンを蹴っ飛ばす。

 向こうでまたなんかギャーギャー言ってるが気にしない。……うーん、チャクラムはあるけどこいつを投げたところで洗う面倒臭さは変わらんな……。

 

「何か石とか……石……石って意外とねえなあ……あ、良い枝あったわ」

「ギャ?」

「ギャギャッ」

 

 秋だけあって、枝は豊富だ。地面に散らばったその中から、腕サイズ……とまではいかずとも、鉄パイプくらいの太さはありそうな棒を見つけた。

 そいつを持ちやすいように細い部分をへし折って、完成である。

 

「じゃーん、バロアのぼう」

「ギャギャギャッ!」

「ギッギッギッ!」

「は? お前ら俺のバロアのぼうを笑いやがったな? 許さんぞ」

「ギッ……!?」

 

 一気に距離を詰め、頭にドーンと叩きつける。魔力を込めて強化した棒はゴブリンの頭蓋に負けないほどに硬化し、その生命を絶った。

 

「ギ――」

「逃げるなって」

 

 もう一体も同じようにドン。いっちょあがりだ。

 ……うん、即席の棍棒で十分だな。けどまぁ今回は上手くいったけども、変な当て方すると俺の力でも駄目そうだし、あるなら剣を使った方が良いか……。

 

「……鼻は……いいか、別に……」

 

 目的を持っての討伐や帰り道だったらまだしも、行きでゴブリンの鼻を持ったまま行動するのは嫌だ。

 というわけで、死体はそのまま残しておく。運良く食い荒らされたりせずにいれば、見つけた誰かがこいつらの鼻を削ぎ落として持っていくだろう。

 

 さて、俺はもっとマシな獲物を探さなければ。

 

 

 

「うーん、マシっちゃマシだけども……」

「ブゴッ……」

 

 次に見つけたのはクレイジーボアだ。クレイジーボア……まぁ狙いの相手っちゃ相手ではあるんだけども……。

 

「死にかけだし……なんか状態最悪そうだなお前」

「ブゴ……ブゴ」

 

 遭遇したクレイジーボアは死にかけというか、見るからに深手を負って病気も持ってそうな見た目をしていた。

 まず右前足が欠けている。罠にかかった後で強引に引っこ抜いてきたのか、病気で腐り落ちたのかはわからない。

 そして尻尾が無い。討伐が困難だったり面倒な状態だったりすると、悪いこと考えるギルドマンなんかは討伐証明となる尻尾だけを上手いこと切り取ってしまうのだ。そんで報奨金だけ貰おうって腹積もりなわけである。大した額にもならないんだが……このクレイジーボアを見ると尻尾だけ持って行きたくなる気持ちもわからんでもない。

 そしてこのボア、何より……毛皮のコンディションがクソだ。

 半分以上毛が抜け落ち、皮膚が病気のせいかすげー荒れている。かさぶたも多い。目ヤニもすごい。てか臭い。絶対に解体しても美味くないし、食ったら腹を壊すタイプの肉質だろう。

 

「こうなると誰もお前を狩ろうとはしないんだろうなぁ……」

「ブゴッ」

 

 元気のなさそうなクレイジーボアは俺の気配も感じ取っているだろうに、攻撃する様子も逃げる様子もない。達観しているというか、悟っているというか。無関心にふらふらと歩き、時々地面を嗅ぎ回るだけ。

 

「……」

 

 殺しても何にもならない。毛皮も肉も何も取れない獲物だ。

 むしろこいつが水辺に横たわるだけで汚染源にすらなってしまうかもしれない。そういう意味ではこの場で殺してやったほうが森のためなのかもしれないが……。

 それだけだ。こいつは特に誰にも殺意を振り撒いていない。殺してくれとも言っていない。ただ、殺してやったほうがこいつのためなんじゃないかと……俺が思っているだけで。

 

 バスタードソードを半ばまで抜いて、しばらく考え込む。

 

「……駄目だな」

 

 結局、俺は剣を納めた。

 

 普段から金のために魔物を適当に殺し回っている俺だが、こういう殺す理由のない個体を前にすると何もできなくなってしまう。

 このクレイジーボアじゃルーキーのギルドマンでも対処できるだろう。危険はないはずだ。だから見逃しても何も問題はない。好き好んで狩られることもないだろう。

 

「……もしかするとお前みたいな奴が、一番長生きするのかもな」

 

 手負いで病気がちなクレイジーボア。生死の境を彷徨っているこの魔物は、ひょっとすると冬まで生き残れるのかもしれない。

 それ以降は流石に、無理だろうが。

 

 

 

「今日はハズレの日なのかねぇ」

 

 目の前に巨大な緑色の魔物がいる。

 体高一メートル。全長は5メートルほどもある巨大生物だ。

 それだけ聞くととんでもない大型の魔物であるかのように感じるが、実際は結構ショボい。

 

「クロステールスライム。……奥地まで来てお前を討伐してもなぁ」

 

 全体的に細長く、半透明の緑色で、粘液に包まれた体はナメクジのようだ。

 そして体の両端がどちらも尾のように細くなっており、動くたびにその頭だか尻だかわからん部分がベチンベチンと辺りの茂みや樹木を叩く。

 こいつはクロステールスライムである。スライムと名前がついているが、特に酸とかを吐いたりはしないし、コアの類もない。

 近くに生き物がいると緩慢な動きでズルズルと這い寄り、体の端の部分でベチッとビンタしてくるだけの謎の生き物である。そんな暴力的な動きをするのだが、別に肉食でもなんでもない。聞いた話によれば腐葉土とかそこらへんの部分から栄養を吸い取っているとのこと。

 

 ギルドマンにとってはほぼ無害な魔物だが、農家にとっては害獣である。美味いもの食わせ過ぎると分裂するので、見つけ次第速やかにぶっ殺す必要があるそうだ。

 

 ちなみに討伐報酬は無い。農家の要請で討伐して初めて金になる魔物である。しょっぺえ奴だ……。

 

「うーん……討伐……まぁ魔物だし、一応襲ってくるし、畑に出れば害も……」

 

 またしてもバスタードソードを抜くかどうか悩む相手だ。

 倒したところで俺にメリットらしいメリットがない。ただ俺の気持ちがちょっとスカッとして、バスタードソードが青臭くなるだけである。デメリットの方がデカいな?

 

 けど今日はまだ何も魔物を斬っていない。バロアの森に潜ってここまで何も無い日も珍しい。

 このまま成果無しで帰るにしても、何か……ちょっとは仕事した感を味わってから帰りたいというか……そういう気持ちもあるんだよな……。

 

 でもこのクロステールスライムを見逃したところで近くに農地なんて無いし……だったら森の分解者として放置していたほうがトータルで見て環境のためになるんじゃないか……。

 

 そもそも。そもそもだ。この身を捩るだけのスライムを斬って俺は満足なのか?

 

「違う、それは断じて違う……!」

 

 迷いながらも、バスタードソードを納めた。

 こいつは斬らない。俺の剣はこいつを斬るためのものではないのだ。そうだ。何を迷うことがある。

 

 俺の剣は……もっとマシなことに使うべきなのだ。

 ていうか青臭くなった剣を拭き拭きするのが面倒くさいのだ。

 

 よしやめよう。もう今日は帰ろう。うん。今日は駄目な日だな!

 

 

 

「はー、この俺が秋の森でボウズとはな……」

 

 なんの成果も得られませんでした。しかしこういう日も無いわけじゃない。

 何度も森に潜っていれば、そんな日もある……逆に話のネタになるとでも思って、レゴールに帰ることにしよう。

 

 ……いや? 待てよ?

 

「これならいっそ、ゴブリンの鼻を削ぎ落として帰るのはアリだな」

 

 こんな日もあると言っといてなんだが、俺は最初の二体のゴブリンをそのまま剥ぎ取りせずに残してきた。

 このまま無手で帰るくらいなら、あいつらの鼻をカッと切り取って帰るのもありかもしれん。

 依頼で出されているわけでもないゴブリンの討伐なんて二束三文だが、手ぶらで帰って門番に笑われるよりはマシに思えてきた。うん、剥ぎ取りしよう。そうだ、それがいい。

 

 というわけで、俺は来た道を覚えている限り辿るように戻り……他のギルドマンに剥ぎ取られていないことを祈りつつ、ゴブリンを討伐した場所までやってきた。

 

 のだが……。

 

「ブゴッ、ブゴッ……」

「……マジっすか」

 

 俺が討伐した二体のゴブリンは、先程見かけた病気持ちのクレイジーボアにガツガツと捕食されているところであった。

 しかもご丁寧に、食べやすい末端部分である鼻は既に完食済みである。

 

 ……ゴブリンなんて美味くもない肉だろうが、自分で狩りをする力も残っていないクレイジーボアにとっては良い飯だったのだろう。

 近くに俺がいることも気付いているようだが、腹が減っていたのか一心不乱に屍肉を貪っている。

 

「……お前、本当に冬まで生き残るかもしれねえなぁ」

「ブゴッ」

「はいはい、お前の勝ちですよ」

 

 ゴブリンを食い散らかす幸運なクレイジーボアを避けるようにして、不幸な俺はそのまま帰ることにしたのだった。

 

 今日は、なんだろうな……敗北感がすげぇ日だぜ……。

 

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