寒い季節がやってくると、街ゆく舐めた格好した連中もいよいよもって「あ、そういや冬って寒かったな」と思い出してくる。
人の装いはラフなものからようやく厚着に変わり、街のそこらじゅうで薪割りの音さえ聞こえてくるほどだ。
しかしレゴールもまぁ一応都会っちゃ都会なので、田舎のように各家庭のどこにでもある切り株で薪割りなんてことはしない。
専門の薪を扱う業者から冬の分、必要量を仕入れる形を取っている。今年はちょっと薪の値段上がってるのかな?
で、その専門の業者っていうとこではこの時期になると、それはもうひたすら薪を量産する作業に追われるわけで。
大のこぎりで丸太を玉切りし、玉切りしたものに楔をガッってやって大きなハンマーでガッってやって……。
そんな力仕事の連続だから、当然人手が足りなくなるというか体力が足りなくなる。
求められるのはパワー。つまり、身体強化が扱える荒くれ者達の腕っぷしということだ。
つまり、ギルドマンの出番である。
「いやぁー薪割りの季節が来たなぁ!」
「お前だけだよモングレル、薪割りでそこまで楽しそうにする奴は」
「男の子はみんな薪割りが大好きなんだよ」
「王都育ちならあるかもしれんがなぁ……モングレルお前さんはそんな柄でもないだろ」
「クソ田舎だよ」
「だろうとは思ってたよ」
今、俺は東門近くの製材所にいる。ここでは丸太の玉切りから角材におろすまで様々な加工を請け負っている広い工場だ。レゴールの木材のほとんどはまずここで作られていると言っても過言ではない。
そしてこの時期になると冬ごもりに備えた薪の大量生産でてんてこ舞いになる。
それを縁の下で支えるのが、今回の俺の仕事だった。
「しかし物好きだね。こんな仕事、ギルドじゃ儲けにもならんだろ。普通はガキばっか来るもんだが」
「あー、まぁその日暮らしがせいぜいだろうな」
「重ね重ね、物好きなやつだ。まぁやるってんなら、こっちは金出してるんだ。しっかり働いてもらうがね。ま、終わったらいくつか薪の束くれてやるから、頑張りな」
「ありがてえ」
俺と話しているこの壮年の男は、トーマスという。
タバコを銜えながら淡々と仕事をこなす、なかなか渋い人だ。もうこの道何十年やってるのだろう。そういうこともあまり自分から話すタイプではない。
「ここにあるのは去年の玉だ。本当はもうちょっと水気を抜きたかったが、お上が切羽詰まってるようなんでな。今年は切っちまうことにした」
「木材不足らしいからな。しゃーない」
「道具はそこにあるものを使ってくれ。最初に割る時は楔とハンマーで……いや、お前には必要なかったか、モングレル」
「ああ。去年の見てるだろ? こっち使わせてもらうぜ」
俺はボロい倉庫の壁に立て掛けてあった大斧を掴み、肩に担いだ。
グレートアックスっていうんかね。刃も分厚く、何より重い。使う人を滅茶苦茶選ぶサイズの道具だが、俺はこういうちょっと頭悪い感じのアイテムが大好きだ。
「毎度、よく持てるもんだねぇ……俺じゃ腰やっちまうよ」
「現役ギルドマンを舐めるなよ、トーマスさん」
「現役で脂の乗ったギルドマンは、こんな仕事やらないんだがね。……まぁいい。俺は玉をそこの切り株に置いていくから、モングレルはかち割ることに集中してくれるか」
トーマスさんはログピックを玉切された木口に突き立て、切り株の上にドンと置いた。
こいつをほどよい太さに割っていけばオーケーだ。
バロア材は成長が早いくせに中身が詰まってて硬めだが、その分長く燃える良い薪になってくれる。
「トーマスさん、俺もヘマはしないがそっちも手ぇ気をつけなよ」
「わかってるさ」
魔力を込めて、斧を振り下ろす。
それだけでパッカーンと真っ二つに割れ、切り株から左右に落ちる。
「重ね直して今度は縦にいってみよう。お前なら一発でできるだろ」
「任せろ」
もう一度パッカーン。この大斧で一気に割る時の軽妙な音が良いんだよな。
前世では身体強化なんてできなかったから、こう楽々と木材相手に俺TUEEEできるのって楽しいわ本当。ゴブリン相手にするよりよっぽど良い。
「よし次どんどん置いてくれ」
「早いぞ、腰を労れんのか」
「トーマスさんも引退かー?」
「バカ言え、やったるわい。ちょっと待っとれ」
「お?」
トーマスさんは腰をトントン叩きながら倉庫の中に入り、すぐに出てきた。
その手には……マジックアームの先にUFOキャッチャーのクレーンを取り付けたような機構の、一見すると玩具みたいな道具が握られている。
そして俺はその鉄製器具の名前を知っていた。
「なんだいトーマスさん、その……なに?」
「ふふ。見てもわからんだろ。俺もわからなかったしな。これはな、こうして、ほれ」
トーマスさんがクレーンの先を地面で横倒しになっている丸太に押し付けると、ハサミが開く。
そしてそれを持ち上げようとするだけで、丸太の重さによってクレーンの先が食い込み、スッと持ち上がった。
「おー」
やっているのはくいっと押し付けてそのまま持ち上げるだけ。それを立ったままできるという道具だった。
しかし、驚きだ。設計図は送ったが、まさかこのレベルの鉄製器具も作れるとは。
「リフティングトングというらしい。最近流行りのケイオス卿とやらがうちの森林組合に設計図を送ってきたそうだ」
「発明品ってことか。へー、それで一玉持てるのは便利そうだな」
「ああ。何より腰を曲げないで済む。こっちのログピックを使えば普段持てんようなものも運べるようになった。まぁ、これを作るのもなかなかバカにならん金がかかるそうだが、試しに一個作ってみたら、結局全員分作ることになったもんだ」
「使い心地はそんなに良いのかい」
「現役が伸びるぞ」
トーマスさんはトングとピックを自在に操り、玉をドンと切り株に置いてみせた。
「冗談で言ってるわけじゃない。こいつがあれば腰を理由に職を失わずに済む」
「そんなにかよ」
「ああ。こいつのおかげで昔馴染みの仲間が二人、ここに復職した。……ケイオス卿とやらに礼の手紙のひとつでも寄越してやりたいんだがね。誰に聞いても宛先がわからん」
「へぇー……復職か。それはすごいな……トーマスさん、俺がケイオス卿としてその思いの丈を聞いててやろうか?」
「ほざけ」
まぁ作業が楽になると思って送りつけた設計図ではあったんだが、そんなに覿面だったか。
確かにこれがあればしゃがまなくても重い木材を運べる……なるほど。腰痛で引退ってのも多いのか。過酷な仕事だねぇ。
「モングレル。俺はこのトングの使い方がここで一番上手いんだ。モタモタしてると、次々持ってきて溢れさせちまうぞ?」
「おお? 言ったなトーマスさん。俺の真の斧さばきを見せてやるよ」
「そんな素人丸出しの脚の構え方で斧さばきもクソもあるか。脚は縦に広げず横に構えるもんだ」
「……こうか。よし、俺の真の斧さばきを見せてやるよ」
「めげねえなお前」
パカーン、パカーンと薪が気持ちよく割れる。
寡黙なトーマスさんが手早く木を置いて、俺がそれをパカーンと両断する。
熱中すれば二人の作業は次第に口数も減り、木の割れる音だけが響いていく。
少し遠くから風に乗り、膠を作るくっせぇ匂いが漂ってきた。
そういえば俺の預けてた毛皮のなめし作業もそろそろ終わる頃だったか。
この仕事が終わったら、毛皮が出来てるか顔を出してみようか。
暖炉に薪を焚べて、火の前に敷いたチャージディアのラグマットでゴロンと寝そべれば、今年の冬の寒さも好きになれそうだ。