バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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ウィレム・ブラン・レゴール伯爵視点


ヒドロアの帳で誓いの言葉を*

 

 結婚式。……まさか、この私が結婚することになろうとは。

 婚約から時間が経ち、いざその当日を迎えてもまだ、私には実感というものが足りなかった。

 

 この日のために誂えた晴れ着は窮屈だ。特注の物なのだから似合ってはいるのだろうが、それでもどうも衣装に着られている気がしてならない。

 ステイシーさん。あの素敵な人と夫婦になるのか。

 

 ……ああ、緊張する。嫌だなぁもう。いや、結婚はとても嬉しいことだけど……。

 この緊張の中で、私は失敗せずにいられるのだろうか。

 うう、お腹が痛い。

 

「ウィレム様。また背筋が曲がっておられますぞ。ただでさえ小柄なのですから、せめて堂々としなくては格好が付きませぬ」

 

 ああ、アーマルコよ。

 お前は主人がこの佳き日を迎えてもなお口酸っぱいままなのだな。

 今はそのいつも通りの日常感が、胃に優しいかもしれないが。

 

「各地から貴族やその代表者も、お二人のご結婚をお祝いに続々とやってきております。既に街中はウィレム様とステイシー様を祝う者たちで賑わい、多くの宿が満室だとか」

「ウッ、胃が」

「祝われているのですから、堂々とされたら良いではありませんか」

「そ、そんな考え方ができるような人生を歩んできた覚えはない……」

「やれやれ。そんな度胸ではベッドの上で女性をリードできませぬぞ。良いですかウィレム様、この私が妻と共に過ごした夜は……」

「やめろ! お前の夫婦仲が良いのは知ってるから! それを私に聞かせるんじゃない!」

 

 全く、アーマルコは何十年経っても惚気話をやめないな。

 内容が生々しいものだから一層困る。

 ……おかげで変な緊張の取れ方をしてしまった。釈然としない。

 

「本日はまず神殿にて、誓いの儀を行います。静謐な儀式ですので、こちらの参加者はあくまで最小限。もちろん周辺の警備は固めていますが……なので、そう無駄にやきもきする必要などありませんでしょう。大勢の人前に出る式典などは、明日からですぞ。ささ、支度は整っているのですから、早く移動しましょう」

「う、うううっ! わかってはいる! わかってはいるが!」

「なんですかこの期に及んで……」

 

 アーマルコに背を押されるが、まだだ。まだ心の準備が整っていない。

 

「……私は、結局ステイシーさんを……口説けていない……」

「……」

「無言で背中を押すなって!」

「時間も押しているのです。押して参ります」

「アーマルコぉー……」

 

 ぐいぐいと部屋を追いやられ、廊下に出た。

 

「あら」

 

 ……そこには、女神がいた。

 ステイシーさん。最初に会った時とは随分と印象も変わったけれど……それでも煌めくほどに美しい、私にとっての女神だ。

 

「おー……普段の格好もピシッとしてるけど、今日の格好は更に決まってるねぇ! ウィレムさん!」

「あ、ど、どうも……ステイシーさんもとても、女神様のようで……美しいよ」

 

 ドレス姿のステイシーさんは、本当に美しかった。

 アップにまとめた黒髪の活発さはそのままに、引き締まった身体は艶やかな白のドレスを纏っている。まるで神話の戦女神を見ているかのような気持ちだ。

 お世辞ではなく、本当に女神のようだったんだ。

 

「……ほら、司教様を待たせちゃいけないよ。早く神殿に行きましょう」

「あ、は、はい」

 

 ステイシーさんは私の褒め言葉をどう受け取ったのか、さっさと先を歩いて行ってしまった。

 ……目が合わない。困ったなぁ。嫌われたのかなぁ、やっぱり……。

 

 

 

 誓いの儀。

 それはヒドロアの神殿にて、月の女神に愛を誓うための儀式だ。

 不貞や裏切りを捨て、女神の前で不変の愛を宣誓する。その儀式はとても古いもので、何百年も形を変えずに残り続けているという。

 立場上、色々な式典に出席したことのある私ではあるが……この誓いの儀だけは初めてだ。初めての式典は何でも緊張する……うう、あらかじめ流れは聞いているし、私達がやることも多くはないが……胃が痛い。

 

 馬車で大神殿まで移動し、別室で待機。そのまま精兵達に警護されつつ、神殿内へと進んでゆく。

 

「すごい蝋燭の数ね」

「う、うん。そうだね。すごい雰囲気だ」

 

 神殿に踏み入ると、ステイシーさんが驚いたように呟いた。

 彼女の言う通り、今夜の神殿内はいつもと様子が違う。そもそも夜にこの神殿を訪れること自体が珍しいのだが、今日は神殿のあらゆる場所が蝋燭の火によって照らされ、暖かな輝きに包まれていた。

 こうした雰囲気の中では、本当に月の女神にお相手しているかのような錯覚を覚える。……私の中にやましい気持ちなどはないが、緊張はする……。

 

 やがて、神殿の奥に並んだ少数の聖歌隊が月夜の聖歌を歌い始めた。

 これがまた長い。歌も退屈だ。様々な式典で聞く歌なのもあって、ちょっと眠くなってしまう。……だがこれも儀式の一つだ。耐えなければならない。

 

「……ウィレムさん、不安な顔をしてる」

「……え」

 

 神殿に聖歌が響く中、横からぼそりとステイシーさんが呟いた。

 

「私と結婚するの、嫌だったり?」

「ちっ、……違うよ。そんなことあるはずがない」

「本当に?」

「神に誓ってもいい。本当に。この気持ちが嘘だというのなら……その場で神罰を受けてやってもいい」

 

 誓いの儀を前にした宣誓だった。

 ちょっと格好がつかないと思ったけれど……ステイシーさんは、良い笑顔を浮かべていた。

 

「なんか、照れるなぁ……そういうの」

「あ、ごめんなさい……」

「ううん、嬉しいの。女神とか、神に誓っても良いとか……ウィレムさんは、私のことを本当に想ってくれているんだって、そう思うとすごく嬉しくなる」

 

 ……嘘をついているようには見えなかった。

 

「逆に、私がさ……ウィレムさんへの気持ちを示せていなかったんじゃないかって、反省してる」

「え?」

「……このレゴールに来てから、色々と勉強して、慣れない人付き合いなんかもしたけど……あまり、上手くいかなくてさ。私ってウィレムさんの妻として、役に立ててないなって」

「そんなことない。そんなことないよ」

「やっぱり私、剣術ばっかりやってたから駄目なんだなぁって……ごめんね。ウィレムさんのために頑張ってはみたんだけどさ」

「貴女はとても立派で、素敵な人だよ。ステイシーさん」

 

 卑屈になりかけた彼女に、私は聖歌にも負けないくらいの声を上げていた。

 

「ステイシーさん。貴女は人付き合いが苦手な人だ。活発で、剣が上手で、とても賢い……だけど、人と関わることを苦手としてる。ただそれだけ。そのせいで今はまだ、目に見える結果が出ていないだけなんだよ」

 

 ステイシーさんは一見すると、ちょっと荒っぽくて明るくて、活動的に見える。

 けれど実際の彼女は、内面に孤独を抱えている。人と関わることを苦手としている部分が強くあって、決して外向的なタイプではなかったんだ。

 だからこのレゴールに来てからの日々は、挨拶や紹介ばかりでとても疲れる思いをしたと思う。慣れないことをして体調を崩したこともあったし、不安定になりかけた時もあった。

 

 けど彼女は、苦手な分野にもめげずに頑張っている。その努力は……そうか。私のため、だったのだね。

 てっきり、なにか別の理由があるものかと……そうじゃなかったのか。

 私に……妻として働ける力を見せたかったと。そういうことだったのか。

 

「私は……よその貴族のように、貴女を窮屈な鳥かごに閉じ込めたりするつもりはない。ステイシーさんの輝ける場所は、そういう場所だけじゃないんだ」

「……けど、私は妻としてウィレムさんを……」

「そうだね。支えて欲しい。けれど、ステイシーさん。私はステイシーさんの輝きを曇らせたくない。貴女は剣豪令嬢のまま、昔窓辺で本を読んでいたあの時の君のままで、いて欲しいんだよ」

 

 私はステイシーさんの好きなことを知っている。本が好きで、剣術が好きで、軍略が好き。

 ……最近はその多くを自ら封印していたけれど、私のためにとそんなことをする必要はない。

 

「私は……輝いているステイシーさんの姿が好きだから。だからどうかこれからは、自分を曲げないでいて欲しい」

「……ウィレムさん」

「なんだったら、ステイシーさん直属の部隊を……」

「それ以上は駄目だよ」

 

 ステイシーさんに言葉を尽くそうとしたその時、彼女の手が私の手を強く握りしめた。

 強い力だ。つ……強すぎてちょっと痛いくらい……。

 

「す、ステイシーさん……?」

「それ以上、貴方からの愛を感じてしまうと……衝動的に、愛を返したくなってしまう」

 

 こっちを見ている。

 なにか、すごい感情の籠もった目で……。

 

 ま、まるで何か猛獣に睨まれているかのような……。

 

「……それでは、祭壇の中で誓いの言葉と口づけを」

 

 ハッと我に返る。

 どうやら歌が終わり、次の段階へと進んでいたらしい。

 

「来て」

「は、はい」

 

 祭壇の上には天蓋があって、布が垂れ下がってヴェールとなっている。

 中での言葉は周囲の人間には秘されるが、神には届けられる。つまり、ヒドロアに誓いを捧げる場所だ。この中に入ってから言葉と……ああ、いよいよだ。ステイシーさんと、口づけを……き、緊張してきた。

 

「入って」

「う、うん。もちろんわかってるけど……」

 

 そんなヴェールの中へ、ステイシーさんはどんどん先に進んでゆく。

 力強い人だ。それになんだか、急いでいる? 焦っている……?

 

 中央にある本当に小さな置物のような祭壇を二人で囲み、向き合う。ここで誓いを交わすんだ。

 予定通りに、間違わないように……。

 

「わ、私は……ステイシーを妻に迎え、月が砕け散るその時まで、彼女を愛することを誓いま……んッ!?」

 

 私が誓いの言葉を言い終わるや否やのタイミングで……口づけが交わされた。

 ステイシーさんの方から。力強く。……長く、情熱的な口づけだった。

 

「……――っはぁ。……私の命が潰えても。月が砕け散っても。ウィレム。貴方を私の知恵と剣で、護ります。貴方を……愛し続けます」

「……はひ」

 

 頭がぼーっとして……なにがなんだか、わからない……。

 

「私も、ウィレムさんのことを好きなんだって。愛しているんだって。証明し続けるから……だから」

 

 あれだけ情熱的な口づけをしておいて、言葉に詰まるステイシーさんの顔は仄かな光の中でも真っ赤に染まっていた。

 

「……結婚しましょう」

「……よろこんで」

 

 ああ……なんだか、肝心の部分をステイシーさんに言われてしまった気がする……。

 

 けど……今はそんなことが、ちっとも気にならないや。

 

 そうか、これが……幸せっていうやつなんだろうな……。

 




バスタード・ソードマン書籍版第一巻がついに発売されました。(昨日)
既に多くの方に買っていただけたようで、たくさんの購入報告を頂いています。本当にありがとうございます。

ここまで来れたのは読者の皆様のおかげです。
これからも当作品を応援よろしくお願い致します。


活動報告で掲載していたファンアートをこちらでも再掲載させていただきます。



【挿絵表示】

(ヽ◇皿◇)モングレルとにくまんのカウントダウンイラストをkanatsu様よりいただきました。ありがとうございます。

( *・∀( ワーイ


【挿絵表示】

(ヽ◇皿◇)ライナのイラストをエンシェントみ様よりいただきました。ありがとうございます。


それと、なんとイラストのマツセダイチ様よりバスタード・ソードマンの販促漫画を描いていただきました。シナリオは私が担当しています。
バッソマンらしい雰囲気の漫画になっていると思います。こちらも非常に素敵なので、ぜひご覧下さい。
(販促漫画*・∀・)



ゲーマーズさんとメロンブックスさんでは特典SSがつきます。こちらは数に限りがあるようなので、欲しい方はお早めにどおぞ。

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